昨日、必死に(そうでもないけど)に仕事してたら、愚妻から電話があるわけです。
『長男の散髪を少し失敗した』なんて、、、。

なんで、そんなことを敢えて連絡してくるのか?
さては、重大なチョンボをして長男をミジメなボウズ姿に変えてしまったのか(怒!)と予想して、だんだんと電話での小生の声はトゲトゲしくなっていく。

すると愚妻は、
『ぜんぜん、わかんないくらいで、よーく見ないとわからないくらいなんだけど、、、、』
っと、ますます怪しい自己弁護じみた話を続けるわけです。

うーむ、怪しい。自分のミスで長男のボウズ頭を悲惨なモノにしたに相違あるまい。
長男も次男も生まれてからずーっと小生がバリカンで散髪していたのですが、このところ多忙なので、前回から息子ふたりの散髪を妻に依頼したのですが、前回も頭に線が入ったような個所があり、もっと慎重に、真面目にバリカンを扱えと叱責していたのだった。

あまりに弁解くさい電話での会話だったので、写真を送ってみろと言うと、、、
しばらくして、携帯電話に息子の後頭部の写真が送られてくる。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1295736/img_1295736_63756397_0?1372736608
ありゃ、まっ。

おのれ愚妻め、長男をトラ刈りにしてしもうた。
怒りに震える手で愚妻に電話をすると、
『なんでーっ!ぜんぜんわかんないじゃん、すぐに伸びて誰にも気づかれないよ』
っと、完全に開き直った態度で、逆ギレしてくる。

愚妻に対し殺意に近い感情がフツフツと心の底から沸き上がってくるのを自覚した。
なんで、この姿が、誰にも、ぜんぜんわかりゃしないんだよ!
学校で長男が、『模様入りハゲ頭』などとからかわれる姿が目に浮かぶようである。ボウズ頭をバカにするヤツが学校にいたら脇腹に回し蹴りをお見舞してやれと指導しているが、虎刈り丸ボウズをバカにされた場合は、潔く認めなければなるまい。

許せん、許せん、、、、、、と思うと同時になんだか悲しくもなってきた。
近頃、歳のせいか、怒り→悲しみという心の変化がよくある。
昨夜も、急に悲しみがやってきて、
『もういいや、どうだって。明日の朝に早起きして、少し短めに刈りなおして修正すれば、、、』っと、愚妻への怒りは急にしぼんできた。
怒りと悲しみの向こう側の、、、沈黙の感情かな。

突如平常心に戻り、仕事を終えて帰宅。
2段ベットで死んだように寝ている長男の後頭部を確認すると、、
『なにが、ドコが、ぜんぜんわからないくらいなんだよ、、、タコでも気づくぜ』
っと、またしても、怒りがフツフツと、、、、。
何に腹が立つかというと、自分が失敗したときに開き直る、愚妻の態度なのだ。
素直に認めているようで、まるでそうではないフテブテしい心の根っこの部分に腹が立つのだ。
おのれ、ゆるせん、、、、成敗の時か。

っと、思いましたが、やめました。
今回の愚妻の失敗は、さらに短く刈りこめば修正の利く範囲であること。あとは、どうしてそんなふうに失敗するのかをキッチリと教えれば済むことなのだと。
あ~これからも、まだまだ、あの女(愚妻のことですが)とずーっと一緒に暮らしていかなければならないのだからな、、、、。
っと、そんなふうな考えが頭をよぎり、あきらめのような心持ちになりました。

そして今朝、いつもより早く長男を叩き起して、チョイと短めの、小生と同じ長さのボウズ頭に刈りなおしました。
トラ刈りボウズの修正完了。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/6d/0c/bmwbikes36/folder/1295736/img_1295736_63756397_1?1372736639
ひとりで生きているわけじゃないんだと、初夏の空を見上げながらタメ息ひとつ。

初恋の女性は、元気にしているだろうか、、、、っとそんなことをふと考えた、駅までの道のりであった。

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 読んでみた、、、『スティーブジョブズ』

 『テクノロジーと文化の交差点に立つ』という一貫した主張と生き方に感動すら憶えます。
 ただ、一緒に働いたら、たいへんな苦労を背負いこむことになるような人だったんでしょうな。
 愛すべき、そして憎むべき対象になってしまう人柄というか人物だったのではなかろうか。
 イッセイミヤケ黒の同じハイネックのシャツを100枚は持っていて、毎日着用していたというのがいいね。
 ワタシはGAPの黒のTシャツを30枚くらい持っていて、毎日着用しています。

 翻訳もじつに自然で良かったように感じます。
 たっぷり儲けたろうな、、、発行元の講談社。
 良い本でした。

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 4月から3年生になった次男坊。
 生活態度に大した違いは発見していなかったが、ちょいと気になることが、、、、。

 それは、3年生に進級したクラスの担任の教師への不満を漏らすのだ。
 次男は、娘や長男と比較すると、どちらかといえば図太いタイプで、些細なことなど気にしない性格だと小生は判断しています。大らかなタイプで、友だちに何かを言われたりしても『あっ、そう、まあ、いいや』という態度で受け流していることが多く、気づきはするが大して気にしない人間なんだと思っていたのですが、近頃、やたらと担任の教師の日ごろの言葉に反応して不満を漏らしていることが多かったのです。
「学校で、先生がこんなことを言った、、あんなことを言った、、、」っと。

 例えば、
 「今日、学校の先生が静かにしろと言えばいいところを、『あんたたちがだまって授業を聞く薬があったらいいね』なんて言うんだ。おかしいとオレは思う」
 とか
 「今日、学校で○○君が、みんなの前で恥をかかされた。先生は、ワザと○○君がバカにされるようなことを言って笑っていたんだっ!」(怒)
 などと。

 そういえば、5月の運動会の昼飯時に嘔吐した次男は午後の部をリタイヤして小生と一緒に帰宅したのだが、翌々日に学校に行ったら、担任の教師からクラス全員の前で「気持ちが悪いと言ってお昼で帰ったのに、あんたは先生が見たときには、お父さんと手をつないで、スキップして帰っていたね」と言われたと次男は激怒していたのだった。小生と手をつないでいた記憶もないし、廊下でも吐いたくらいなのでトボトボと歩いていたハズなのだが、、、まあ、どうでもイイことだと次男の怒りには小生は同調することなく、『リレーでビリだったから、昼休みに帰った根性なしという意味で、そう思われても仕方のないところもあるのだ』っと、教えていたのだが。
 次男の話を少し真面目に聞いてみると、クラスのほとんどの児童は、担任の先生がキライなのだとか。怒り方がヘンだ、、なんだかいつも笑って、オレたちをバカにしている、、、○○君はあんなふうに言われたことがある、○○さんは、こんなふうに言われて泣いていた、、、などなど。
 
 『先生にもいろんなタイプがいて、すべての先生がお前たちのことが大好きだ!なんてことはないんだよ。先生のなかにもいろんな人がいて、お金のために働いているだけの人もいる。先生は友だちじゃないんだから、好きだ嫌いだなんて考える必要はなく、1年間だけ、勉強だけ教わるんだと思えば我慢もできるだろっ!先生だから優しくてイイ人なんだと考えるのはヤメロっ!ニャロメーっ!』
 っと次男には教えておいたのですが、先日授業参観に参加してきた妻が、怒り心頭で小生に訴える。
 まず、人の目を見て話さない。下を向いたままぶつぶつと、『このクラスの子に、あれをせさせてみよう、これをやらせてみようとしているのですが、まるで出来ない児童がいる、、、』というような、できない、できない、、、家庭でなにやってんだ、おまえら、、、という話を延々とひとりごとのように言って、せせら笑っていたというのだ。
 父兄が異論をはさめないように、念仏のように、ただ、ひとりでしゃべって、『はい、時間がきましたので、保護者会は終わりですっ!』と一方的に閉会してしまったというのだ。
 とにかく、先生の表情がよろしくないと、妻が真顔で嘆いていた。

 小生、ここでヒラめいた。
 そういえば、1年前の長男の参観日にいったことがあるのですが、そのときに、長男の学級クラスにたどり着く前に、異様な表情で授業を進めている女教師を見たのだった。陰気な顔つきとうつろな目つきで児童に話しかけている異様な光景。
 強いて例えるなら、中国の外務報道官が尖閣諸島について報道するあの目つきなのである。
 そのときは、あんな教師が担任になったら、そりゃ、児童は不幸だな、、、、っと他人事に思っていたのですが、なんと、あの女教師が進級した次男の担任だったのだ。

 そうだったのねーっ!
 って、感じでしたね。

 当然のように保護者会のあとに父兄は、不満タラタラだったそうで、クラスのなかには、3年生に進級したら円形脱毛症になった児童もいるそうな。
 はっきりと『あの先生がイヤだ』という原因で。
 毎日学校に行くのをグズっている児童もいるとか。

 こうなると、担任の教師がかわるまでの1年間ないし2年間を我慢すればイイという問題ではないように思えてきた。中学に進級している娘も『ああ、あの先生は、とにかく嫌われてたよ』と話に口を挟んできたし。

 教員の世界が閉塞的な特殊社会であることは知っているつもりだが、それにしても放置しておくのは間違いなんじゃないかと。人事管理制度が、公立学校にも導入されて『不適格教員』という認定がなされれば、一定の研修の受講義務が生じたり、罷免することも可能なように法律も変わったらしいですからね。
 ただね、誰がそのボタンを押すのか?
 面倒なことだろうが、そのうち何か起きるだろうな。

 次男には『どんなにアホだと思える人間にも少しはいいところがある。お前は、あのイヤな先生のイイところを見つけるようにしてみろ。そうすると、おまえは大きくなって立派な人間になれるかもしれないぞ』っと教えて、イソップ寓話の『北風と太陽』の話をいたしました。
 北風になるのは簡単だか、太陽になってみろと。

 あまりにも先生にムカついたら
『ああ~♪ 先生がもっとわかりやすく授業をする薬があったらいいのにな~♪』
 っというふうに言ってやれと教えてやったらゲラゲラと次男は笑っていたので、まあ、あいつは大してタコ教員から影響を受けているふうでもなかったですかね。

 それにしても、あの女教師の顔つきはよくないな、、、。
 中学時代の仲間の登山隊、これまでは夜の集結ばかりしていましたが、ついに真昼の集結が決行されました。
 中年登山隊5名を固く結びつけているモノ。それは、今から31年前に少年だった我々の思い出。全員が五分刈りのボウズ頭であり、教員による鉄拳制裁が当たり前だった中学校で過ごした日々。つかず離れず31年の時間が過ぎゆき、今や当然のように全員が中年なのである。山の経験豊富なK隊長のもと、いつか山に登ろうとの提案があったのが半年ほど前。
 そして昨日、梅雨の季節のわずかな晴れ間の間隙を突くように、迅速に登山隊5名が集結したのでありました。

 ただ、当日の小生は著しい睡眠不足。というのも前日の夜に、あらぬ団体客がやってきて店をとっ散らかし、23時まで店の掃除をしていたので、自宅の布団に入ったのが1時15分。起床が3時55分で睡眠時間2時間40分で登山突入という、ナポレオン級でのチャレンジとなってしまいました。いかなる状況であろうと『成せば成る、成さねば成らぬ何事も』と己のトボけた状況を受け入れ、K隊長のお迎えにはせ参じたのであった。

 4時30分の定時に自宅のある千葉を出発。最後に宇都宮に在住している仲間と合流して登山隊5名が顔を揃え、いざ、中禅寺湖畔にある、日光男体山の登山口へ。
 空海も修行のために登ったという日光男体山。独立峰のような堂々とした姿で、標高2,486m。
 『延々と登るだけの訓練登山となる』というK隊長からのブリーフィングに隊員一同、あらためて気を引き締めるのであった。

 森林限界をぬけるまでは、草木の生い茂る山道をテクテクと。けっして登りやすい路面状況ではない。梅雨の季節でもあり、ぬかるんだ路面個所がそこかしこにあり、隊長以外のド初心者の4名は、己の歩くペースも掴んでいない。
 さらには日曜日ということもあり、多くの登山者がいて、中には60過ぎのジジババ軍団もたくさん。日ごろから持て余す時間を山歩きに割いているジジババ軍団は、驚くほどに強脚なのであった。30人のメンバーで行動してるジジババ軍団が、登山道に入ってすぐに我々部隊の前を歩いておりましたが、このジジババ軍団を無理な速度で追い抜いたのが、まず最初の失敗。長い隊列のジジババ軍団を追い抜くのに、無理な歩速度で登ったことで息があがり、汗ダラダラ。3合目あたりから前回の塔の岳登山と同じフレーズ『今、どこ?山頂までどれくらい?』が口をついて出てきた小生だった。
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 こんな登りが延々と続く。
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 森林限界を抜けると、見上げるほどにガレ場がどこまでも続いている。トボトボと山頂を目指す中年5名。時にバカ話をしながら、ひたすら山頂を目指す。睡眠不足の小生は、日ごろ瞬発力ばかり鍛えているせいかすっかり部隊のブレーキを踏むことになってしまい、しばしば休憩の要請。膝上の筋肉が今にも攣りそうになり、K隊長から持久力の養成をするようにと指示を頂戴する。
 あと少し、もう少しで山頂というガレ場のキツいこと。山頂を間近にして、はやる気持ちが沸き起こるというよりは、『まだ山頂であり、同じ距離の下りが待っている』という絶望感が心の半分を占めていたワタシなのだった。
 
 山頂から見下ろす中禅寺湖。快晴とはなりませんでしたが、時おり見える、雲の切れ間から眼下に広がる風景が実に晴れやかな気持ちにしてくれました。予定より50分オーバーしての山頂到着でした。
 小生は持参した日本国旗である日ノ丸を掲げて記念写真。
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 100名山の踏破をめざせ!
 持参した昼飯を食って、大満足。登山で愛を深めるカップルに、全隊員5名揃っての記念写真をパチリと撮影してもらってから、いざ下山開始。
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 登りで疲労困憊、中年の膝を労わるよう、翌日の勤務に差し障りがでないように慎重に足を運ぶ。
 下山を開始してみると、『よくぞ、こんなところを登ってきた』との感慨と『還暦を過ぎた人が、こんな山道を登ってこれる力』にあらためて驚きを隠せないワタクシでした。登りに比較すれば格段に楽な下り登山ですが、それでも実に長い距離に感じましたね。登りでも滑る路面は、下りとなればなおさらのこと。何度も足を取られそうになりました。
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 何事もなく無事に下山したときには、なんとも気分が良かった。47歳の男5人で貸切状態の露天風呂に入り、身体は疲れ果てておりましたが、気分は爽快でしたね。

 仕事や家庭などのそれぞれが抱える、色々な47歳の今の状況をどこかにうっちゃって、ただただ、ひたすらに山頂を目指す15歳の少年の日々に戻ったような1日でした。 
 
 個人的には、筋持久力を養うトレーニングをしないといけませんな。
 なかなか楽しゅうございました。

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雑誌『山と渓谷』、買ってみました。

中学生ぐらいのときから、
いつかこんな雑誌をながめる大人になってやるっ、、、、、うっ、、、うう!
と思ってましたが、その瞬間は、こんな47歳のオッサンになるまでやってこなかった。

中学生くらいの小僧だった時からの夢の数々。
●野営道具をもちこんで山でキャンプ。
●オフロードバイクで林道を走る。
●ハングライダーで大空を単身で飛ぶ。
●半荘で役満を2回あがる。
●ステキなオネーチャンと笑顔を溢れるステキな家庭を築く、、、
などなど、、、たくさんの夢を描いてきた。

バイクで山に分け入るという夢は、すっかり現実の出来事として、そのための道具もスキルも自分のモノになってきた。
山に登るということ。いつかいつかと、眼下に広がる山の稜線に憧れていながら、その夢はずっと果たせずにいた。身近にそんなことをしている人はいなかったし、単身で突然おっぱじめるには、大人になり過ぎていて度胸が足りなかった。
そこへ、中学のころの友人であるKが登場。冬の塔の岳に連れて行ってもらい、オッサンの体力になっている自分をイヤというほど知らされる。イッパツ奮起してオッパじめたトレーニングもすで1年以上続いて、瞬発力だけは20代のころと変わらないほどに。Kからは、山は長く使える持久力のある筋力だと、何度も言われますけどね、、。
 
これまでは、書店で『山と渓谷』を手にとってみても、どこか心の中で他人事のように感じておりました。それが今日は、初めて「買ってみようか」と感じました。
 ページをめくると、30年くらい前の自身の心の高揚が思い出されます。
 空の青さ、山の緑が誌面を飾る。
 かつては素人を受け入れない姿勢のようなものが誌面にアリアリと出ていましたがが、今ではカタブツ路線は少し緩和されてますね。

 『山と渓谷』
 良い雑誌だな、、、、という話をEさんとしていたら、、山と渓谷社は買収されていたそうな。倒れかかったところをインプレスという会社に買われたそうです。
 山を熟知した古い編集者なんかは一掃されたのかもしれませんね。
 どうりで、誌面が刷新されているわけだ。
 時は流れいるわけで、、、、。