昨冬に谷川岳に冬山登山に行って、視界不良と強風で虚しく途中撤退した時のこと。

撤退の理由のひとつが装備。
アイゼン、スノーシューを携えて登ったのですが、雪面の状況によってはスノーシューでは無駄に疲労することがよくわかりました。
装備を転換するタイミングの判断も難しく、心を先にやられたというのが敗因のひとつでした。
状況の変化に対応するには、アイゼン+ワカンのほうが機動性もよいこともわかりました。

リベンジの谷川岳登山のために、ヤフオクでセコハンの、状態もよろしくないエキスパートジャパンのワカンを格安で手に入れて、自前補修作業をしてみました。

格安で手に入れたワカンは、ベルトの一部が切れて、金属の接続部分のリベットが外れてガタガタ。
このままででは、まったく使いモノにならないシロモノ。

まずは、接続部のリベットをすべて打ち直す。
ネジザウルス、金属ヤスリを使って、16カ所に打ち込まれているリベットを外します、、、
って、この作業が一番手間がかかりました。
ネジザウルスでリベットの頭ネジをチカラ勝負で切断したり、ヤスリでパイプの内側から切断したりで、ようやっとバラバラにしたりました。

リベットの打ち直しは、片足で16箇所の穴にリベットを打ち込みました。
もともとのリベットは、パイプの中を貫通させた8箇所留めでしたが、16箇所すべてにリベットを打つことしました。

リベットの素材ですが、もともとのリベットはアルミのようでしたが、強度を上げるためにステンレスを使用。
フランジ径は4ミリ、カシメ板厚は、0.5〜3.2ミリのリベットを選択しましたが、正解でした。
素材はステンレスにしたことで、リベットのカシメ作業は渾身の握力を使う羽目になりました。
もしかすると、アルミニウムでも、十分かもしれません。

片足16箇所、両足32箇所のリベットをすべて打ち直し。
グラグラ、ガタガタだったワカンが、ビクともしないワカンに生まれ変わりました。

切れていたベルトは、オクトスで必要な部位のベルトをバラ売り通販してくれているので、フロントデッキベルト、リアデッキベルト、センターベルトを購入して交換。

デッキベルトの磨耗を緩和させるためのタイラップを装着して補修作業の完了。
ガタつきもなく、満足な仕上がり。
こいつを装備して谷川岳にリベンジだぜ!

ワカンを自前修理しようとしているかたの参考になれば幸いです。

 

 

久しぶりに家族全員が揃って一緒に晩飯

1年ぶりか?

そして今夜ほど人生の侘び寂びを感じた夜はあるまい
シレッとした食卓
自我の形成された我が子3人
打ち解けるでもなし
いがみあうでもなし
時間と晩飯を、ただ咀嚼するだけの時

それぞれが発展途上な感じ、、、
たとえると、伊丹十三監督が描いた「家族ゲーム」の世界のような、、、

これから始まる我が家の未来が、途轍もなく暗くなるような明るくなるような、、不透明な空気

小林一茶が著したかった人生の侘び寂びとは、今夜に感じたワタシの想いなのではなかったのかと、、、
風呂の鏡に映ったオノレの顔を見て納得した、晩夏の夜だった

久しぶりにバイクの整備と洗車。
バッテリーを補充電して、洗車。

蜘蛛の巣が張ってましたけど、エンジン一撃始動。
ガソリンスタンドまでテスト走行しましたが、異音、違和感もなく、無事に復活したような気がします。
タイヤは、もう限界なので即交換でしょうな。

歳をとるとね、、、いろいろあるのだ。

 

色々なんていう、色ごとならいいけど、そうじゃないことのほうが多いのが50代。

先日、学生の頃のチームの先輩から久しぶりにメールがやってきて

『明日、手術することになって、今病院だ、、、、』と。

 

リンパ腫を患って、胃と腎臓に転移した腫瘍が発見され、腎臓の片方を切除することになったとの報告でした。

ワタシより2学年上の先輩で、熱血漢の人でした。

学生の頃に警官をぶん殴って留置場に2泊3日もぶち込まれたこともあるような人で、上級生の中では最も親しくしていただいた先輩でした。

ここ数か月前から、先輩のSNSに病院での血液内科で検査をしていることが記されていたので、血糖値でも高くなっているのかと思っていたのですが、リンパ腫のような重篤な病だとは考えもしませんでした。

臓器への転移があるのは、リンパ腫として進行しているとの判断が医学的になされるようですが、3日前に内視鏡による腎臓の切除手術は無事に終わったとの報告をいただきました。

全身麻酔が切れて、絶望的に痛い、、、ショック死するなんて自分で書いてましたが、昨日になったら、痛みも引いて朝食も取れた、、、週末前に退院するとの安堵の報告もいただきました。

 

明日にでも、病院に出向いて面会してこようと考えておりますが、、、、まあ、とにかく手術が成功してホッとしています。

7年前にチームの同学年の親友が他界してしまってから、どうもワタシはあんまり笑わなくってしまった自覚があって、こういう自分の弱さは他界した友人に失礼なんじゃないかと己に叱咤激励しているのですが、まあ、自分のことでも変えられないものは変えようもないわけで、、、、、時間の経過とともに自分自身が何か変化していくのだろうと考えています。

 

この世の無常は、ワタシ自身も同じことで、まったくもって、そのあたりの覚悟と日々を生きる力のバランスなんぞを考えたりしながら生きてゆくしかないのかなと。

いやはや、いろんなことが人生には詰まっておるのだな~と、夏空を見上げてため息ひとつ。

文京区駒込にある都立庭園『六義園』にふらりと来訪。

初めて訪問したのですが、想像よりも敷地が広く、2万7千坪もあるそうです。

徳川綱吉の側用人の柳沢吉保が 1695年に7年の歳月をかけて造成させた庭園だそうな。

大きな池や小高い丘なんぞもあるのですが、全部人工。平坦地をここまで造成するとは、なんぼの経費がかかったのでしょうかね。  

六義園は躑躅が有名だそうで、綺麗に咲いとりました。

さすがに、こんな雨の日は来園者は少なく、白人や中国人などの観光客の姿がチラホラある程度。

庭園内に数軒あるお茶屋さんも暇そうにしとりました。

ただの平坦地に、池を掘り、数多の石くれを運び込むなんざ、どんだけ手間ひまがかったのでしょうかね。

あんな大きな石を持ってくるだけで大変だったろうに。

明治の初年に三菱財閥の岩崎弥太郎が六義園を購入して整備を手がけ、関東大震災や関東大空襲でも被害を受けることなく、当時の面影を残しているそうです。

岩崎弥太郎が東京都に寄付をして、現在は有料(300円でした)で一般公開されていると。

 

300年の歴史を目の当たりにできるなんて、案外と贅沢な時間でした。