「―誠実でありたい。そんなねがいをどこから手に入れた。
それは すでに欺くことでしかないのに。」
「雪の日に」という吉野弘の有名な詩の冒頭部分です。
私はこの詩をもう幾度となく読んでいますが、何度かに一度、
必ずジャクソン・ブラウンを思い出します。
そして彼のレコードを聴きたくなるのです。
リベラルな活動家、アメリカの市井の苦悩や挫折を分かり易い言葉で
表現するすぐれた詩人、特にバラードに於けるシンプルで感動的な作曲術、
長髪、カリフォルニア・・・。
みんなが普通に使っているシンガーソングライターという言葉
(そう言えば最近はあまり耳にしなくなったような気もします)のイメージを、
ジャクソン・ブラウンは世界で一番最初に体現して見せたスターかも知れません。
軟弱、欺瞞といく言葉を用いて彼のことを毛嫌いする人々も実はとても多いのですが、
それもいかにもジャクソンが招きそうな評価だと私は思います。
誠実であろうとすることのそもそもの滑稽なまでの困難を引き受け、
それでも何とか誠実でありたい者達の足掻きを表現し続けることが
彼のライフワークなのだろうと思うからです。
このアルバムは1973年に発表された彼のセカンドアルバムです。
「Colors Of the Sun」という地味な曲が私は一番好きで、
何度繰り返して訊いても飽きないくらいです。
強烈な寂しさを感じさせる名バラードで、ドン・ヘンリー(イーグルス)の
コーラスもじわじわと心に食い込むような力を持っています。


一度そのアルバムが好きになると、
何十回、何百回と繰り返し聴くタイプである私は、
いわゆる「数」とは無縁の音楽愛好家です。
色んな音楽を聴きますが、ブルースだけは
これまで聴かない時期というものがなかったジャンルで、
自分に一番合った音楽なのだと思っています。
という訳でコレクターではないとは言え、
それなりに大勢のブルース・ミュージシャンを聴いてきました。
一番好きなブルースマンは誰か、とよく訊かれますが、
いつも私は迷って結局答えられません。
一応誰かの名は挙げるのですが、その時々で答えが変わってしまうのです。
でも一番好きなブルース・ギタリストは?
の問いには躊躇なく「エディ・テイラー」と答える事が出来ます。
50年代には、ジミー・リードというシカゴ・ブルースのスターを支えた
最強の裏方ギタリストで、自身もシングルヒットを持つ人気者です。
しかしあくまでも職人気質の渋いプレイを身上としていますので、
ロッキンで派手なブルースが好みの人には
なかなか受け入れられにくいタイプでもあります。

このアルバムは、72年に録音されたエディの、初めてのソロ・アルバムです。
バックを務めるのは当時西海岸で若手の急成長株だった
フィリップ・ウォーカーのバンドです。当時エディは50才。
ギターのグルーヴ感もヴォーカルの艶もまさしく絶頂期を感じさせます。
50年代のものはヴィンテージ過ぎて、
というブルース初心者の方にもとても聴きやすい音でお薦めです。
このアルバムをきっかけに、ブルースの奥地への旅に出ませんか?


1967年、ビートルズが「サージェント・ペッパーズ・・・」を発表して、
世界中の音楽ファンの度肝を抜いたその年に、このライブ・アルバムも発表されています。
オルガン、ドラム、ベースのトリオ編成による
シンプルでビートの効いたジャズ・ロック。
渋さに走らず、いかにも当時のブリティッシュっぽく
「怒れる若者」のテイストも湛えた迫力あるサウンドで、
音楽的にとても近い場所にいるジョージー・フェイムのファンは勿論のこと、
スモール・フェイセズやゼムなど同時代のビート・ロックの愛好家も
きっと楽しめるバンドです。

10年以上前、ラジカセで音楽を鳴らすことが許可されていた工場で
住宅用の洗面台を製造しながら、私は大音量でこのアルバムを聴いていました。
その現場は音楽好きが集まっており、なかなか好評だったものです。
「回る回る」
誰かが言いました。
その夏の日の作業は深夜にまで及び、暑さと業務用シンナーの匂いで、
私たちはふらふらでした。そこへ来てロイ・フィリップスのオルガンの分厚い音が、
疲れた脳をかき回すように響くのです。みんな酔っぱらったようになりながら、
細かい作業をミスしないように懸命でした。


エルビン・ビショップとポール・バタフィールドは大学の友人で、
ブルースという共通の音楽に耽溺していました。
意気投合した二人はバンドを結成、
白人による世界で最初の本格的エレクトリック・シカゴ・ブルース・バンド、
ポール・バタフィールド・ブルース・バンドの誕生です。1963年のことです。
バンドは、一世を風靡したと言って良い活躍をしましたが、
1968年、エルビンはバンドを脱退、ソロ活動を開始します。
今回ご紹介するアルバムは1975年発表の5作目に当たるものです。
エルヴィンは超絶テクニックを誇るギタリストでもなく、
ヴォーカリストとしても決してテクニシャンではありません。
しかし、突き抜けたような明るさと
ナチュラルな黒人っぽいフィーリングを持ったミュージシャンです。
作ったり演じたり技巧に走ったり、多少なりともぎこちなさが付きまとう
白人のブルースミュージシャン(最近はそうでもなくなりましたが)
の中に合って、その個性は貴重だと言えるでしょう。
「Juke Joint Jump」はブルースがダンサブルで
楽しい音楽であることを実感させてくれる良いアルバムです。
伸びやかなのです。
私は20数年前(この時期に出会った音楽の多さに自分でも驚きます)
少し年長のとてもギターの上手い友人からこのアルバムのLPを借りました。
五重塔が窓から見えるボロアパートで、
片目の黒猫と一緒にその人は暮らしていました。
私達は一緒にバンドをやろうと盛り上がり、
何度かスタジオでリハーサルもしたのでしたが、
活動は本格的なものにはなりませんでした。
事情があってその友人は故郷である東京に戻らなければならなくなったのです。
そういう類の頓挫を、おそらく世界中のバンド少年と同じく、私もいっぱい経験しましたが、
このバンドだけは続けてみたかった、という気持ちが未だに残っています。
そういう経緯があって、エルヴィン・ビショップを聴くと私は
この先輩ギタリストを思い出すのです。まったくの音信不通ですが、
今もまだギターを弾いていたら良いなと思います。



1990年、私はこのアルバムをアナログ盤のLPで手に入れました。
そろそろバブル景気に影が差し始めた頃ですが、
人々はまだまだ十分浮かれていました。私は、まあ食えてはいましたが、
どちらかと言えば貧しくて、金がない分だけ余計にいきがった
20代前半の若者でした。黒人のブルースに既にどっぷりはまっていて、
ひと頃は夢中だった白人のブルースからは、少し心が離れている時期でした。
チャーリー・マッセルホワイトは1944年生まれですから当時46才、
脂が乗り切った絶頂期の作品と言うことになります。
前回このコラムで取り上げたポール・バタフィールド同様、
最も古い白人ハーピストの一人です。ポールとこの人は、
他の白人ブルースバンドの大部分がそうであったように
ブルースを見よう見まねで始めた人ではありません。
少年時代から黒人クラブに入り浸って、
直接リアルブルースマンの手ほどきを受けたいわば「別格」的な存在です。
ポールは惜しくも87年に亡くなりましたが、
チャーリーは66才の今もバリバリの現役選手です。
白人のブルースは久しぶりでしたが、チャーリーの新譜となれば
やはり気になって、私はわくわくしながら買ってきたばかりの
「Ace Of Harps」をターンテーブルに置き針を落としました。
音が流れ始めた瞬間、その低音の効いたいかにもアメリカっぽい
乾いていてロッキンなサウンドに私は驚きました。
ベテランブルースマンですから、ヴィンテージっぽさに拘った
古めかしい音をイメージしていたからです。
この人はキャリアに甘んじないクリエーティブな活動を大切にしている人なのだ、
と感じて、そう思ってからはどんどん好きになりました。
ジャケットに映っているブーメランみたいな形のハーモニカも
仲間内で話題になったものです。
「Yesterdays」というクロマチックハーモニカを用いたインストが収められているのですが、
チャンドラーなどの小説を読みながら聴きたい哀愁漂う傑作です。
私もクロマチックハーモニカを始めていましたが、
どうしたらこんな美しいヴィブラートが出来るのか、見当も付かず、
聳え立つ巨塔を見上げる気持ちでただ聴き入っていました。