母は末期癌、私は学生。 〜キヌコの部屋、親が病気の若者たちへ〜 -3ページ目

母は末期癌、私は学生。 〜キヌコの部屋、親が病気の若者たちへ〜

私は大学生の時に母親を癌で亡くしました。親の病気を相談できない、親の死を受け入れられない学生や社会人は実は多いと思います。
また、闘病されている方でお子様との接し方のヒントにもなればと思います!
少しでも多くの人が前を向いて歩めますように!


こんにちは、キヌコです
今日は良い天気ですね晴れ
私はすっかり管が外れました。
明日から本格的にリハビリが始まります💪
ごはんもペロリといただきましたニヤリ


さて、今日は
初めて母の口から病気について聞いた時の
エピソードを〜!

〜一時帰国〜

私は大学2年生の1月に、
成人式のために一時帰国をしました。

帰った次の日、かつらを外してニット帽子をかぶって部屋で寝ている母を見ました。
母も私が部屋に入ってきたのを気づいたみたいです。
「あのね、ママ、病気の治療で髪が抜けちゃったの。つるつる頭なのよ!」

明るそうに話す母黒猫
本当は知られたくなかったのかな?
わかりません。
その時、初めて母の口から病気であることを
聞かされました。

「ママが生きている間に色々なことをちゃんと
教えてあげるから、心配しないでね」

と言われました。

その時、思わず母の所に飛びつき、
何も言わずにただ号泣しました。

教えてもらえた安心感。
それが殆どでした。えーん

不安はありましたよ、
これから戦っていかないといけないと。

でも何よりも
教えてくれてありがとうえーんえーん

という気持ちでいっぱいでした。

ママは一人じゃ無い
私も一人じゃ無い

そう思えました。

成人式での振袖姿を母に見せるために
一時帰国をしてよかったと思っています。
きっと、母も発病した時から、振袖姿を
見れるか分からず、この日が来てとても
喜んでいたと思います

そこからは、ママ大丈夫?
とか連絡出来るようになって、
母娘の会話もすんなり出来るようになりました!

ある程度の年の子供に
病気の事は言うべきです
言わないとお子さんが一人で抱え込んでしまうだけです。
言わなくても気づいています。

何か親の力になりたい!!
この気持ちが親孝行に繋がると思います、

親孝行ができなかった、
と子供が思っているまま他界すると、
一生罪悪感に悩まされます。
だから、家族には打ち明けるべき

色々な意見はあると思いますが、
個人的にキヌコは思います!

続く!

こんにちは、キヌコです!


今日の午後に手術ですが、
昨日の夜から禁食でお腹が空きました笑えー

たまたま大部屋が空いてないとの事で、
無料で個人部屋に一泊だけしましたびっくり

のんびり過ごせるのは良かったですが、
必要最低限しか看護師さんは見回りに来ないです。少し寂しかったですショボーン


母の緩和ケア病棟の事を思い出しました。
日中は家族が来れる時間帯にくるけど、
夜は一人。
自宅ではない場所でずーっと過ごす。

なんで、もっと泊まってあげなかったんだろう
少し後悔しています。
きっと、想像よりも寂しい思いをしていたのだと今更ながらに痛感しました。

しかし、学生生活や仕事のある中で、
泊まり込むって中々難しいですよね。
せめて、夜に電話をしてあげれば良かった。
泊まり込むベッドって固いし、ない所もあるし。
無理しない範囲で、出来ることをしてあげてください!ニコニコ

他の人はどうやって、闘病を支える生活と、
社会の中での自分の活動を両立していたんだろ?
と気になりますね。気持ちの切り替えとか。


それでは、行ってきまーす💫


こんばんは、キヌコです!

突然ですが、学生生活の最後を手術で〆ますガーン

高校時代に靭帯切ったり、骨折したりで
プレートやボルトが入っています。
それを取る手術ですね。

大掛かりなものではないです。
また、リハビリもそこまで長くないです。

もっと大変な手術や入院を経験されている方は多く、患者さんの気持ちを100%理解できるわけではありませんが、でも事前の不安や、入院中の不自由さなどは少しは分かっているつもりです。
(もっと辛い思いをされている方、ごめんなさい)


いつも、機内持ち込み可能の大きさのスーツケースをつかっています。

長袖のスポーツウェア3枚
バスケのハーフパンツ3枚
UNIQLOブラトップ3枚
タオルは大小2枚ずつ
洗濯ネット
お風呂セット入れる袋
湯のみ・割り箸・ティッシュボックス
洗面用具
類は、入院の必須ですね。

個人的には、本を数冊
ネットフリックスで映画をダウンロード
お気に入りの香りのハンドクリーム
を持ち込んで気分転換をしようと思ってます。


図書館化してる窓際(笑)


写真が縦。
入院食はバランスが良いので、
退院後の食生活見直しのために参考にしようと思ってます

明日、いよいよ手術です。
更新をちゃんと出来るように頑張りますプンプン


こんばんは!
今日は東日本大震災から8年経ちました。
家族の大切さ、命のありがたみを
忘れてはいけない日ですね。

このブログを書き始めて、明日で2週間が
経ちます。

日に日にPVの数が増えたり、フォロワーが増えたりと、見て下さる方が増えて嬉しいですおねがい

ここのところ、毎日のように母が生きていた頃を
振り返ってブログを書いています。


徐々に、母の死が近づくにつれて、
正直苦しいと思うようになりました。


思い出したくない。
悲しい思い出もあります。
後悔もあります。


でも、振り返らないといけない、


自分の経験を伝えることで、
同じように悩んでいる人の不安を解消したい、
一人じゃないと安心してもらいたい。
いつか旅立つ患者さんも、そのご家族も
安心してもらいたい。

そんな思いで、アメブロを続けていきます。

そして、
読んでくださる方の数やアクセス数が
あぁ、伝わっているかも!
頑張ろ!と思う源です!!


今日は一旦心の休養!


この子は愛ネコのロシアンブルーの
きなこですニコ

私が中学生の頃に、母親が里親として
引き取りました。

高校生の時の入院も、
大学生の時の入院も
辛い時ずっとそばにいた愛ネコです。

ペットがいて良かったと、闘病支生活を
振り返って思っていますニコニコ
こんばんは、

今は、アルティメットフリスビーの大会の
遠征に来ております🥏

母の闘病からの現実逃避や、
旅立ちから早く切り替えさせてくれた存在で、
そこで出会った仲間は一生物ですキラキラ

さて、今回は留学中のエピソードを記していきます。

〜2年生の秋〜

私はいよいよ、イギリス留学へ旅立ちました。

「これで家族で当たり前の日常を過ごすのが最後かもしれない」
と覚悟を決めて空港へ向かいました。
出発前の数週間はそわそわしていましたね。
時々、なぜ留学するのだろうと後悔も。
(今となっては、行ってよかったと思ってます)

現地の生活に慣れのに数週間かかりました。

現地の大学は日本と違って、
テスト前でなくても図書館で課題。
あとはサークルに3つほど所属をして活動していましたが、かなり自由な時間が多かったです。

慣れるまでは定期的に母とビデオ電話をしていましたが、ある時からビデオ電話をしなくなりました。そこからはずっとラインでのやり取りでした。


思い切って父親に、母親の事を聞きました。

「ママは病気?」

「ステージ4の癌です。背骨に転移していました。」

と言われました。

その時に、初めて両親から直接母の病気について知りました。

「余命はあと5〜10年ではないでしょうか。
抗がん剤の治療を年内に初めます。
副作用で髪が抜けるそうです」

と付け足し。


留学中に死ぬ事はない。
髪の毛がないから、ビデオ電話してくれないのかな?

安心感と寂しい気持ちが両方ありました。

でも5〜10年が、現在からなのか、
高校二年生の時からなのかで、だいぶ変わってきます。
万が一高校生からならば、あと2年。

帰国したら親孝行しなきゃ
と決心をしました。

あまり、寂しいとかは言わないように意識して
連絡をしていました。
寂しいと言うと、言われた方も寂しい気持ちになりますからね。

でも、一度くらい素直に言えばよかったと後悔しています。


要所要所で弱音を吐いて、甘えるべきだったなぁと当時の自分にアドバイスしたいです。

続くニコ