~あの頃~反動。
拒食症だったわたしもいよいよ我慢の限界?食欲の芽生え。
家族で行ったレストラン。大好きなドリアを完食(ベーコンだけはしっかり残し)。
姉が褒めてくれました。どこまでも優しいおねーちゃん。
千葉に住む母の兄家族の家。
おじちゃんおばちゃんに可愛がられ
いとこのお姉ちゃんお兄ちゃんに遊んでもらうのは
本当に楽しみなのでした。
おばちゃんのお料理はほんとに美味しくて
いつもお寿司を作ってくれるのと
お正月には大好きなお豆をたくさん煮てくれて、豪勢なお節料理

毎年恒例、すごいです。栗原はるみばりです。
おばちゃんのお料理をおそるおそる口にしてました。
…おいしい

徐々にわたしが食べられるようになって、みんな安心したことでしょう。
でも、久々に口にする普通な食事のおいしいことおいしいこと…。
いつしかわたしは普通の食事だけでは満足できず
異常な食欲に駆り立てられ
家族に隠れて一人食べまくるでした…

~あの頃~食欲。
拒食症で入院したけど、意外とあっさり退院。
栄養剤を処方され、きちんと服用することをお医者さんと約束したんですが、
薬で栄養とるなんてありえない。わたしは本当は食べたいんだよ。だけど食べられない。
栄養剤?薬のんで太るんなら食べ物で太ったほうがいいに決まってるじゃん。
当然のように薬はのまずにこっそり捨てていたのでした。
食欲。
最も基本的な欲求のひとつ。
それを封印していたあの頃のわたしですが
これが永遠に続くわけありません。
ダイエット→拒食症初期は食欲なんかより痩せる喜びのほうが断然強いわけですょ。
食欲なんて眼中になし!ダイエット道に無我夢中

でも、おいしいものを我慢し続けて病気になって、あんなに痩せ細り
もはや命の危機。限界。
そこまで行ってようやく…食べたいなぁ。食べてみようかなぁという思いがふつふつと湧いてきます。
拒食→過食への階段…。
わたしはこの階段を着々とのぼって行くのでした

きゃー

~あの頃~入院。
ダイエット→拒食症→全身衰弱。入院することに。
カウンセラー?心理士さんだったのかな。優しい女の人と時々話をしたり
両親も何やら面談してましたね。何を話したのでしょう。気になりますね~。
…今さら聞けませんが。
カウンセリングで、わたしは
「痩せたいとは思ってない。」
「これからは食べてもう少し太りたい。」
嘘つきます。
本当は、太りたくない一心であんな姿になってしまったのに。
ダイエットしてること隠すのってよくありますよね。
痩せたい願望を人に知られるのってなんか恥ずかしい。そんな宣言できない。
その感覚です。わたしって昔から見栄っ張りなんですねー

だから?わたしはあの入院があまり意味のあるものだったとは思えないんですね。
わたしの本音は明かされることなく、何の解決策も分からないままだったんですね。
いや、診断はついてたんだから。子どものわたしの知らないところで
両親はわたしとの関わりについて指導とかされてたのかもしれない。
…分かりませんね。今さら聞けません

点滴も開始。点滴ボトルに「ブドウ糖」とかかれてあるのを見てガッカリしたものです。
ムダに糖分なんか取りたくないんだよ…と

こんなんで体重増やすんならおいしいもの食べたほうがどんなにいいか!
でも食べられないのがこの病気ですからね。
病院の食事は相変わらず食べないで捨ててましたし
休息はダイエットの罪ですから。一生懸命病棟中を歩き回りましたよ

それでもさすがブドウ糖!点滴ってすごいね。
確か2週間くらいで2キロ増えたので体力もついたんでしょうね。あっさり退院となったのでした。
…2キロ増えてみんなに良かったねぇと言われたとき
嬉しー。と笑顔でこたえていた当時のわたしの本音は
もちろん、チキショー早く戻さなきゃと舌打ちしてましたね~

しょーもない患者です
