久原本家 茅乃舎だし 日本から取り寄せたいお出汁
ジュネーブでおいしいお味噌汁が飲みたい
だけど、美味しい出汁をとるのはなかなか大変です。
化学調味料は使いたくないし
その他の添加物が入っているのもイヤ
スイスに来てから、日本の生協生活よりもさらに添加物の少ない食生活になっていると思います。
手作りが多い事もあって、メニューや食材はあまり代わり映えしないのですが、体に安全な物をシンプルに頂くのがスイス流という感じでしょうか。
子供達も、添加物の入った物はあまり食べないので、たまに食べると気分が悪くなって分かるそうです。
さて、そんな訳で、私は二種類の和風出汁を常備しています。
煮物などには、日本の生協で買った粉末出汁を使っていて
お味噌汁やお吸い物にはこちらの出汁を使っています。
化学調味料・保存料無添加の久原本家の「茅乃舎だし」です。
久原本家でグーグルするとこのページにヒットするので、「通信販売」をクリック
通信販売トップページ (←リンクしています)に飛ぶので、そこで、「だし」をクリック
出汁のページで (←リンクしています)、茅乃舎だしを選びまーす。
博多駅と福岡空港にもお店があるそうです。
海外発送のページはこちらにあります。
また
放射性物質検査測定装置を導入して、検査値を今後公開されるそうです。(2012年5月2日現在の情報)
私はリピート買いしました。
今までいろいろとお出汁を試してきました。
こちらは、お値段も手頃で、シンプルかつ美味で、体にも良さそうです。
甘み、苦み、酸味、それから「うまみ」が分かる子供になってもらいたいです。
昔ジュネーブにいたケルト人と、今のジュネーブのジュネーブ人
確かに彼らはジュネーブにもいたのである。
彼らというのは、ケルト人の事だ。
紀元前の時代から、ローマ人がその名を聞くと震え上がったという勇猛果敢なケルト人が。
ケルト人はとにかく体が大きく、武器を持っている相手にでも素手でつかみかかって戦う勇猛さで怖い者知らず。
ローマのような洗練された暮らしをしておらず、持ち物や住居が祖末だったことから、半未開人だと思いきや、
国際協定に明るい民族で、戦術も多種多様、つねにローマ人の裏をかく戦術で
ほとほとローマはケルト人には手を焼いたらしいのだ。
そんなケルト人は、ヨーロッパの東側から、そして北側から南側に侵入して来たと言われている。
西を目指したケルト人の一部族は、ここジュネーブ付近でローヌ側を渡り、現在のフランスへ侵入して、西への移動を続けたのである。
記述によれば、ケルト人は白い皮膚の下に筋肉が盛り上がっていて、体が大きく、髪はブロンドで、石灰水で洗った髪を撫で付けて、戦闘の時には、鳥のような衣装を着て、まるで陶酔状態に陥っているかのように、歌を歌い楽器をならしながら戦ってくるのだそうだ。想像力のない私でもケルト人とは戦いたくないと思う。あとはケルト人として戦いに行くのも嫌だ。
ローマは幾度となくケルト人と戦って来たけれど、その度にとても痛い思いをしてきたという感じだ。一度はローマが戦闘中のケルト人の気をそらせるために、非武装の老人・女・子供しか残っていないケルト人の村を焼き払ったという事もあったらしい。ローマもつい卑怯な手段を取ってしまったということか。
ケルト人がその猪突猛進、気違いじみた凶暴さで戦う様子は、本当に恐ろしそうだ。ケルト人は、戦いの時には呪術師を使い、一種のトランス状態に入って、死をも畏れない勇敢な戦い方をしたという見方もあるらしい。
そのケルト人の足跡はここジュネーブ付近にもある訳なので、ジュネーブにだってケルト人の子孫はいるんじゃないか・・・・・・
なんて、2000年以上も前の歴史を読みながら
ケルト人って誰?どこから来たの?
ジュネーブ人ってどこから来たの?
ジュネーブの人達のルーツって誰?
ケルト人の血も相当残っているんじゃない?スイス傭兵の歴史とケルト人は切っても切れないつながりがありそうだし・・・・・・
と勇猛なケルト人が活躍した時代の空想に耽っていたところ、
子供が学校からの手紙を持って来た。
彼らというのは、ケルト人の事だ。
紀元前の時代から、ローマ人がその名を聞くと震え上がったという勇猛果敢なケルト人が。
ケルト人はとにかく体が大きく、武器を持っている相手にでも素手でつかみかかって戦う勇猛さで怖い者知らず。
ローマのような洗練された暮らしをしておらず、持ち物や住居が祖末だったことから、半未開人だと思いきや、
国際協定に明るい民族で、戦術も多種多様、つねにローマ人の裏をかく戦術で
ほとほとローマはケルト人には手を焼いたらしいのだ。
そんなケルト人は、ヨーロッパの東側から、そして北側から南側に侵入して来たと言われている。
西を目指したケルト人の一部族は、ここジュネーブ付近でローヌ側を渡り、現在のフランスへ侵入して、西への移動を続けたのである。
記述によれば、ケルト人は白い皮膚の下に筋肉が盛り上がっていて、体が大きく、髪はブロンドで、石灰水で洗った髪を撫で付けて、戦闘の時には、鳥のような衣装を着て、まるで陶酔状態に陥っているかのように、歌を歌い楽器をならしながら戦ってくるのだそうだ。想像力のない私でもケルト人とは戦いたくないと思う。あとはケルト人として戦いに行くのも嫌だ。
ローマは幾度となくケルト人と戦って来たけれど、その度にとても痛い思いをしてきたという感じだ。一度はローマが戦闘中のケルト人の気をそらせるために、非武装の老人・女・子供しか残っていないケルト人の村を焼き払ったという事もあったらしい。ローマもつい卑怯な手段を取ってしまったということか。
ケルト人がその猪突猛進、気違いじみた凶暴さで戦う様子は、本当に恐ろしそうだ。ケルト人は、戦いの時には呪術師を使い、一種のトランス状態に入って、死をも畏れない勇敢な戦い方をしたという見方もあるらしい。
そのケルト人の足跡はここジュネーブ付近にもある訳なので、ジュネーブにだってケルト人の子孫はいるんじゃないか・・・・・・
なんて、2000年以上も前の歴史を読みながら
ケルト人って誰?どこから来たの?
ジュネーブ人ってどこから来たの?
ジュネーブの人達のルーツって誰?
ケルト人の血も相当残っているんじゃない?スイス傭兵の歴史とケルト人は切っても切れないつながりがありそうだし・・・・・・
と勇猛なケルト人が活躍した時代の空想に耽っていたところ、
子供が学校からの手紙を持って来た。
手紙の内容は「学年末のジュネーブ州一斉試験」について
五月の末頃から六月の頭にかけて、2週間程かけて行われるテストで
小学校二年生であっても
算数 2日
フランス語 3日
書き方 1日
各テスト45分から90分のテストが行われ
進級か、留年か、飛び級か
などが判断される大事なテストなのである。
手紙には
「この時期に、病院の予約などを入れて、学校を休まないようにして欲しい」
という注意書きが書かれてある。
でも、その下に
「でも、病気で休んだら、あとでテストを受ける事も出来ます」
みたいな事も書いてある。
そしてさらに下を読むと
「子供達に無理にテスト準備勉強をさせないでくれ」
と書いてある
もっと下を読んでみると
「子供にテスト、テストといって、子供達にストレスを与えないようにしてほしい
大切なのは、テスト前にきちんと眠る事だ・・・・・・
・・・・・・テストの結果は大切だけれども、
1年間の勉強の様子を学校では見守って来ているので、
このテストの結果が何かを大きく左右する事もないと思う。
子供達にストレスを与えず、親も緊張せず
しっかり睡眠をとってリラックスした状態でテストを受ける事が大事
ですよね?」
と手紙には書かれている。ですよね?って・・・・・・最後に保護者に同意を求める州一斉テストなんて聞いた事ないよ。
結局どっちなの?
テストは大事なの?大事じゃないの?
失敗しても平気なの?平気じゃないの?
そこまで譲歩しなくちゃいけないほど、みんなストレスに弱いの?
私はこの手紙から何を理解すればいいの??
私が5分前まで読んでいた、ジュネーブを横断して行った遥か昔のケルト人の勇猛果敢でしたたかな一面は
もうジュネーブには1ミリも残されていないのか?
テストに出席してくれれば良いよと、読めなくもない、この手紙は一体・・・・・・。
目をつぶって考えてしまう。
あ、でもケルト人のカレンダーでは1日は「日の出から日の入りまで」の事だったらしいから
睡眠はたっぷりが重要っていうのは、なんだか受け継がれているような、分かるような気もするけど。
そんな訳で
ジュネーブの学校が5月末から学年末試験に入り、
6月半ばに成績表が配られ、残りの2週間はカウントダウンとともに
祭り気分が盛り上がって来て、
最後の日は、終業チャイムがなると、子供達は先生へのお礼もうっかり忘れ、嬉しさのあまり教室を飛び出し
2ヶ月の夏休みへの突入します。
1年は早いな~。
今年は先生にお花でも贈ろうかしら~。あ、お花よりもギフト券の方が喜ばれそうだな~。
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ニート率、高くない?
少し前の話になりますが、イースターの直前に仏語のクラスでお茶をしました。
普段はプライベートな事はあまり話さないのですが、この日は割とみなさん気軽に自分の家族について、話していました。
ポーランド出身の「週末はいつもシャレー(山小屋)で過ごすのでストレスは感じた事はないわ」と言うルイ・ヴィトンバッグを沢山持っているアナが、
「うちの息子、28なのに、働きもしないで嫌になっちゃうわ」
という愚痴から、ニートの話に発展したのでした。
ポーランド人のアナは
「28なのよ?家にお金は入れないし、たまにお金を稼いでも自分の欲しい物を買うだけ。ジーンズはボロボロだし、嫌になっちゃう。」
ドイツ人のカチア
「追い出せば良いじゃないの。」
ポーランド人のアナ
「でも、なかなかそういう訳にもねー。先日はガールフレンドを連れて来たから、ディナーを作ってあげたけど、その娘の口にするものって、お肉とチョコレートだけなの。おかしいでしょ?」
イギリス人のクリス
「スイスでは18歳以上で学生じゃない子供には、親が生活費を請求出来るみたいだよ。」
すると、
アルゼンチン人のドロレス
「20代ならまだマシじゃない?私は6人兄弟だけど38歳の弟がずっと働いていないで家にいるのよ。」
フランス人のアンナ
「あー、それを言ったら私の弟よ。一度も働いた事がなくて、すっごいせまーいアパートに彼女と暮らしているの。で、土曜日になると、洗濯物を持って来て、実家に戻ってくるのよ。親に洗濯物を洗わせるの。もちろん父は激怒しているけど、私たちの母親の世代は、そういうことやってあげる世代なのよね~。」
ポーランド人のアナ
「別の友達にも話したら、あなたのところはまだマシよって言われたわ。友達の子供は42歳でずっと家にいるらしいから。」
この日は全部で8人でしたが、その中でニートを家族に持つ人が3人。
職につかず、学生でもなく、職業訓練を受けるでもない人達
日本人のニートみたいに
「働いたら負けとかおもってるんで・・・」
っていう訳じゃないかもしれないけど、
家族にニートがいても、外国語習得に頑張る母とか
家族にニートがいても、教師として働く姉とか
ニートの家族を心配する家族も大変なようです。
