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オビに「サミュエル・ベケットに見出され、ミラン・クンデラが絶賛する著者の問題作」とあって、なにやら本格的なものを想起させ、ちょっと身構えてしまうけど、読んでみるとそうでもなく、たぶん楽しく読める人も多いんじゃないかと思う。早川書房から出たブノワ・デュトゥールトゥル『幼女と煙草』。
ちなみにタイトルは印象に残るけど、名前はこりゃ覚えられない、というより噛まずには読めませんな。

ブラックコメディです。まずここでポイントが高い。ミステリーやホラーもの、アクションもの以外でコメディ要素の強い大人のための翻訳作品はそうはないですからね。コンセプトはタイトルにそのまま象徴されているとおり、管理社会、お子様中心社会への痛烈なアイロニーです。

タバコというのは、少なくとも先進国には通用する、まさに象徴。なにしろここ十何年かで完全に社会の敵役になった(実際にここ日本でも喫煙者率は25%を切ったそうだ)。『幼女と煙草』ではそれがもっとガチガチに徹底されている。敵役というより完全に悪だな。

主役の男(市役所勤務)は、仕事中にトイレで隠れタバコをしたのをきっかけに、あれよあれよという間に立場を悪くしていく。転落は物語の後半さらにスピードアップ、同時にスケールアップし、日本ではもう視られなくなったTVのオーディション番組(スーザン・ボイル、ポール・ポッツでおなじみのやつ)のパロディにおいて、爆発する。このアイディアも含め、ブラックな面白さは思わず人に話したくなるほど秀逸。

日本から見れば個人主義がまだ幅を利かせていて、大人と子供の分離がはっきりしていると思われるヨーロッパ(正確には、とおぼしきところ)が舞台である。仮にそこが日本であれば、よりリアルであったはず。したがって日本人が読むと二重のアイロニーともなるので、ますますブラック。でありつつ気軽に読める、フランスからやってきた苦みの利いた一冊だ。

以下オプション、先進国へまっしぐら・こちら中国タバコ事情。
中国では高級レストランでは分煙が進んでいるが、一般のレストランではモクモク状態だそうだ。路上は事実上、規制なし。列車のなかは全面禁煙。でも吸っちゃう乗客がいて、車掌と必ずケンカになる。駅前がいかにもなのだが、タバコを吸っていると赤い腕章をつけたおばちゃんたちがわさわさと寄ってくる。で、罰金を払わされる。面白いことに額は相手によって変わる。つまりおばちゃんたちにナメられちゃうと罰金がハネ上がるのだ。さらにその罰金の行き先が、実はよくわからないのだそうだ。彼の国はさすがに奥が深い。

今日 【Book Japan】でトム・ジョーンズ(イギリスの歌手じゃないよ)の『拳闘士の休息』を紹介している北條一浩さんは、筋金入りの古本者でもあって、朝日新聞出版から今月刊行された岡崎武志さん監修『古本検定』のメインライターの一人。そんなわけで、 【Book Japan】にメッセージも寄せていただいている。
実は『古本検定』のなかで歌人・穂村弘さんに取材しているのは北條さんであり、その縁もあって、 【Book Japan】での穂村弘さんインタビューとなった次第。このインタビューもとても面白い内容なので、みなさんぜひ読んでみてください。『古本検定』ともどもよろしくどうぞ。 


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あさって、東京・池袋にて、ミステリ創作闘論!が繰り広げられます。
おなじみ杉江松恋さんの司会による、横溝正史ミステリ大賞受賞・初野晴、日本ホラー小説大賞受賞・真藤順丈との、ミステリの創作法、ストーリー発想の秘訣についての熱い討論。ミステリアニアの方々、ミステリ作家志望のみなさん、ぜひお出かけください。詳しくは以下のリンクからどうぞ。 (BJ塚本)


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格差社会である。
就活だ、婚活だと、すべては格差社会のなせるわざ。この方面の自己啓発・ビジネス本はいまが盛りだ。

この際、貧乏でもいいじゃん、日本人ならそれでも清々しく生きられるんじゃないのか、とばかりに文学者中心に貧乏話をたっぷり披露する、岡崎武志さん『あなたより貧乏な人』は、そんな世のなかにあって一服の清涼剤。貧乏話って、(当事者じゃないからね)妙に心温まるのは、これ否定できません。だから、成功者の話は鼻持ちならないのが多いけど、貧乏話は飽きない。あとがきに書かれていたように、志ん生、高田渡の逸話も読みたいぞ。


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貧乏つながりのつもりなどまったくなく読んだのだが、辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』、格差小説であった。しかも素晴らしい出来。
東京の大企業に勤めている男を「エリートだ」と何も迷いもなく断じるシーンがあるのだか、ここまできたか、と、そういう感触なのか、の感があり、思わず「就活」という言葉がアタマに浮かぶ。
「就活」がうまくいかなかったら、次は「婚活」だ。
「モテる」「モテない」がいま、価値基準のなかで大きな位置を占めているが、なるほど、この言葉は、上のクラスへの上昇志向(貧乏から金持ちへ、との言い換えも可能)を意図として含んでいるのであり、だからこの時代のキーワードとなっているわけだ。ということも、実によくわかる小説だ。

大した学歴もなく、手に技術を持っているわけでもなく、正社員ではなく、実家が金持ちではない、美人とはいえない、したがってモテない「女」。そして小説の語り手はほぼその逆であり、ふたりは幼なじみ。この両者の葛藤が、物語の推進力となる。

もうひとつ。この両者の母娘の関係。たぶん、すべての母娘に、その母娘だけに特有の愛憎関係があるのであろう。この小説において、ひとつの究極が描かれる。母娘関係は永遠のテーマのようでもあるが、いまのパラサイト社会だからこそのテーマでもある。ちなみに『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』というタイトルには、母の娘への思いが込められていて、それが数字であるだけによりいっそう胸に迫る。

著者・辻村深月が三十歳を前にした、いまだからこその小説とされているが、それに頷きつつ、登場人物たちの描き分けの見事さなどは、とても二十歳代とは思われないというのが実感だ。
この年齢の働く女性たちに寄り添う作家といえば津村記久子が思い浮かぶ。辻村深月の場合は、いくつかの謎とその解決が用意されているし、読後、苦い味が残るしで、その持ち味は随分異なる。ただ三十歳前後のとくに働く女性たちに大きく響く物語であるということでは共通する。山梨の地方都市を舞台にしてそこで繰り広げられる格差物語は、よりリアルな最新形といっていいだろう。
この作品がたとえば直木賞の候補になってもちっとも驚きではない。それくらいの見事な作品。 (BJ塚本)

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ズシッとくるぜっジョルジュ・シムノン『倫敦から来た男』、について書こうと思ったんだけど、それは後日にしておいて、明日のBook Japanの告知です。

明日、B.J.インタビューで人気歌人にしてエッセイスト、穂村弘さんが登場します。筑摩書房から先月刊行された対談集『どうして書くの?』を受けてのロングインタビューです。本を読むことが、文字を読むことが好きな人たちには、とても刺戟に満ちたインタビューですので、お見逃しなく。

『どうして書くの?』で話されていることをフォローしている部分もあるので、読んだ人にとって面白い内容であるのは当然ですが、本を読んでいない人にも間違いなく楽しんでいただけるはずだということも強調しておきます。なんといっても、穂村さんの書くもの、発する言葉が面白いですからね。
とは言いつつ、もちろん『どうして書くの?』、読んでください。

もしも、読んでいなくて、これから初めて穂村さんの著作を読んでみようというのなら、ここは勝手ながら、順番を指定させていただきます・笑。ちょい硬派路線ね。

『短歌の友人』河出書房新社
『整形前夜』講談社
『どうして書くの?』筑摩書房
という順番です。

(1)現代の短歌と穂村さんの表現世界の面白さにいきなりインパクトを受けてしまう。
(2)それがエッセイではどう表現されるか、たっぷり笑わせてもらいつつ、なるほどそういうことかと、ポンと膝を打つ。
(3)たとえば小説との表現の違いなども含め、文字で表現することの面白さ、不思議さに、またしても唸らせられる。
というわけです。

明日のインタビューは、穂村さんの表現世界がさらによくわかる、そのダメ押し。
どうぞお楽しみに。 (BJ塚本)

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しばらく翻訳が途絶えていたという意味で、掘り出し物。バーナード・マラマッド『喋る馬』は、今年最高の掘り出し物と断言したい、素晴らしい短篇集だ。読むことができて本当に良かったと心から素直に思える作品は、そうはない。『喋る馬』はそんな小説である。翻訳は柴田元幸。ありがとう! マラマッドの作品で現在新品として手に入るのは『喋る馬』だけなので、本当に掘り出し物なのだ。ひとりでも多くの人に読んでほしい。

というわけで、昨日の江南亜美子さんの新刊チェック☆☆☆☆☆に続き、僕もダメを推す。☆☆☆☆☆じゃ生ぬるい、もっと付けたいぞ。

えー、冷静に書きますけどね、全11篇、マラマッドがアメリカに移住したユダヤ人の2世であるということが作品に影を落としていて、きらびやかな装飾とは縁遠い、ほの暗いロウソクの灯りのもとでの、貧乏な弱者の物語です。そして弱者擁護の正義感を振りかざすような作風とは正反対の、叙情にあふれた美しい世界。

解説に、シャガールの絵画との近似性を批評家から指摘されたと紹介されているが、まさしくそのとおりで、なかでも表題作「喋る馬」にその雰囲気が濃厚。「喋る馬」はサーカスの演し物となっている(どうやら本当に)喋る馬とその御者はなんと聾唖の男というシュールな設定。ね、もうこれ、シャガールそのままでしょう。
喋る馬は自分のなかに人間が入っているんじゃないかと疑い、とにかくいまの境遇から逃れたくって仕方がない。聾唖の男はそれを引き留めるべく、身の程を知れ、とモールスで説得する。こんなぶっ飛んだ二人? の関係が坦々と途中ユーモアにあふれたシーンも挟んで進んでいく、その面白さはまさに格別である。今年読んだ短篇のなかで、もっとも美しく残酷な一篇だ。

「喋る馬」の次に収められているのは「最後のモヒカン族」。アメリカからローマにジョットの研究のためにやってきたユダヤ人が、イスラエルからのユダヤ難民につけ狙われるという、犬が自分のシッポを追い掛けて回転するような物語。とある事件が起きて、そのうちに回転が逆になり、結末はなんとも哀しい。

いずれにしても貧しい者たちに優しい眼差しを向けた物語だ。結末において明るい日射しは差してこない。だからこそ、時代を超えて胸を打つのだ。 (BJ塚本)

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国書刊行会から、とっても濃そうな一冊。実際に読んだら、ホントに濃かった、トマス・M・ディッシュ『歌の翼に』。
治安が乱れ、食料も燃料も不足し、社会不安が蔓延する近未来のアメリカ(ほぼ現在)における、ひとりの男ダニエルの少年時代からの物語。波瀾万丈の生涯を送るダニエルだが、彼の願いは子供の頃からまったく変わっていない。それは「翔ぶ」ということだ。
これ、アメリカも日本もまったく変わらないと思うが、子供時代に「飛ぶ」ことを夢に見ない、とくに男の子っているだろうか(ちなみにオレは、パーマンとフライマンと何度も夢で飛んでいる。なんで基本ギャグなんだか、そこがちょっと悲しいぞ)。

その「飛ぶ」を「翔ぶ」として国家規模で承認し、そこにアメリカの病的なまでの自由への希求、愛と夢と希望までを託した。これが『歌の翼に』の背骨。読めば早々にはっきりするのだが、「翔ぶ」とは幽体離脱である。これを自ら歌うことによって得られる精神の高揚と機械的なメカニズムにより実現する、というわけ。
そんなばかな、と思ってしまうが、そこにリアリティをもたらすトマス・M・ディッシュの丹念な描写の力業はまさに第一級だ。

さらに背骨への肉付けもてんこ盛りである。
SF的な基本設定の上で、ダニエルの芸術家としての成長物語であり、全面的にではないがゲイ小説としての側面もある。さらに親子の対立、金持ちと貧乏人の身もふたもない格差、指導者層のための維持装置としての国家、そしてなんといっても果てしのないキリスト教論争…。これでもかのアメリカがぶち込まれている。

これらが、メインストーリーに迫るボリュームと綿密さで、ときに哲学的に語られるのだ。その濃さをわかっていただけるだろう。昨年刊行された、かのリチャード・パワーズのスーパー大傑作『われらが歌う時』の主役ジョナは、クラシックの声楽家であった。『歌の翼に』のダニエルも、こちらの紆余曲折ぶりは比較にならない激しさだが、結局は同じ職業に就く。
その符合といかにもアメリカの物語であるということも共通しているのだが、サイドストーリーのふんだんさにおいては、『歌の翼に』が上回っている。というところで、『われらが歌う時』をお読みの人なら、かなり想像がつくのではないか。絶望度は高いです。希望と絶望の割合は、著者パワーズとディッシュの心のうち、そのままかもしれない(ディッシュは2008年に拳銃で自殺している)。

世界の経済の軸足がヨーロッパからアメリカに移ったとともに、クラシックがアメリカで興隆し1世紀近くの熟成を経て、こういった作品の誕生につながっている。その伝でいけば、次は日本と韓国、のはず。芸術の世界を舞台にした希望と絶望の絢爛たる物語を、設定は現代で。平野啓一郎でしょう、やはり。1,000頁超の血の滴るような濃いのを書いてほしいものです。おっと中国の足音も聞こえてきた。 (BJ塚本)

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