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前作の短篇集『ヤイトスエッド』冒頭の一篇「イナセ一戸建て」を発展させたものであろうことは想像がついていた。だから正直なところ、また笑わさせてもらいます、的なノリで読み始めたのだが、そうは問屋が卸さない、いや吉村萬壱が許さなかった。

『三つ編み脇毛』『粘着三昧』というふたつの著作を持つ売れない作家、坂下宙ぅ吉(すごい名前)45歳は、「イナセ一戸建て」において、実はほとんどその姿を現していないのだが、『独居45』において遂に名前を遥かに超えたモンスターとして登場。
宙ぅ吉に心酔する作家志望の男は、堤龍助という名前だけはまともだが、もちろん本当はちっともまともじゃない。
ふたりの周りに、鬱病の主婦や、ゲイの床屋、自殺し損なった老人なども出てきて、まるでこの町での不穏な空気の爆発を待ち構えているかのようだ。

吉村萬壱は今回もまた自らの欲望・衝動を抑えられない人間たちのありのままを描く。それは見方を変えれば、純粋な人間たちの思いつめた、突きつめた姿ともいえるもので、(これは読んでのお楽しみだけど)宙ぅ吉の最後の様子は、まさにそのメタファーであろう。

そしてその純粋さは憎悪の感情とほとんど違いのないことを唐突に明らかにする決定的なビデオカメラ。そこには町の住人たちだけじゃなく、横でこの紛争を眺める読者も確実に映っているはずだ。ここに至って、何が正しくて何が悪いかの判別などもはや不可能な、八方塞がりな現実も暴かれてしまう。

冒頭の一節。
「脱走老人は万世橋の上で目脂を指で刮ぎ取り、口に運んでそれを食べた。」

このなんとも不穏な感じにグッときた人は、読むべきでしょう。

吉村萬壱は心の荒廃に肉体の損傷を伴わせる作家だ。グロな部分がどうしても出てくるのだが、妄想スパイラルでどんどん穴に落ち込むばかりの作品を読むよりは、はるかに健全なのではないかと思う。だって、読んでいて本当に(肉体的に)痛いもの。
そういうわけで肉食系のあなたにもおすすめです。

ちなみに宙ぅ吉は天才でもなんでもない俗物だけど、KYを許さない社会のなかでの一途な男の物語としては、伊坂幸太郎『あるキング』と同じ時期の刊行であるというところにどうしても時代性を感じないわけにはいかない。  (BJ塚本)

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バイオレンスにまみれた雑司ヶ谷から、今度は粘膜である、蜥蜴である。爬虫類は苦手だっていうのに、もう。
かの衝撃のエログロ・ホラー『粘膜人間』に続く飴村行・第2弾『粘膜蜥蜴』。

『粘膜人間』でもそうだったのだが、バイオレンスシーンにおいて飴村行は、これでよしというところから、あと一歩、さらにあと半歩と、登場人物たちを痛めつけてしまう(挙げ句の果ては殺してしまう)。まったく情け容赦ない。
今回も冒頭勢い余って殺してしまう。しかも殺されたのは国民学校初等科というからまだほんの子供。トホホである。別名つかみはオッケーである。

そもそも主役である月ノ森雪麻呂がまだ国民学校初等科なのだが、もはや子供を超えて人間離れしている設定で、まずはそこで唖然とさせられる。面白くするためには現実から乖離してもかまわない、ホラーはその点であまり迷わないジャンルだが、飴村行も躊躇なしだ。
前作と同様、日本の戦争時代の話なのだが、時代考証の正確性などもとりあえず二の次。飴村行のアタマのなかで、こうであるべし、という設定なのだ。

前作と異なるのは、今回は国内と(もちろん架空の)ナムール国のふたつの場所が舞台となっているということだ。なぜナムール国なのかというと、登場人物たちを酷暑の熱帯の国において行軍させ、銃弾を浴びせ、存分に育つだけ育った、誰も見たことのない巨大な生物に襲わせるためである。頭部が蜥蜴の爬虫人の古里も必要だったからである。またしてもトホホである。

人間も怖いが、今回は未知の生物も怖い。合わせ技なのだ。いや、爬虫人も怖いから、トリプルだ。
その爬虫人だが、そもそも雪麻呂の下男が爬虫人の富蔵である。日本人以上に日本人っぽい性格で(だから怖くはないのだが)、下男としての忠実さの反面、ナチュラルにトボけてもいて、この物語に潤いをもたらす。雪麻呂への懸命な奉仕ぶりは爬虫人ながら健気としかいいようのないほどであり、富蔵こそが影の主役だ。

さらに『粘膜蜥蜴』においては、重要な秘密が最後まで読者に伏されている。これは前作にはなかった周到な仕掛けだ。気付くのはちょっとムリかも。だから最後にびっくりするしかない。乞うご期待です。そしてここに至って、人間の真情がほとばしってしまうのだけど、これもまた飴村行の持ち味。怖がらせて笑わせて最後に意外な読後感も味わえる、エンターテイメントぎっしりの「粘膜」第2弾だ。 (BJ塚本)

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『太宰萌え─入門者のための文学ガイドブック』が今日、毎日新聞社より刊行された。監修はBook Japanでおなじみの岡崎武志さん。…せっかくなので、読者のみなさまへのメッセージを送っていただいた。内容も気になるところなので、コンテンツと併せて、明日Book Japanで紹介できる予定です(このコンテンツ情報が掲載されるサイトとしては、たぶんBook Japanが一番のりのはずです)。
太宰治生誕100年の掉尾を飾るこの太宰研究本は、とてもカジュアルかつユニークな内容です。岡崎さんのファン、そして太宰ファン・文学好きには見逃せないはず。どうぞご期待ください。 (BJ塚本)

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雑司ヶ谷がえらいことになっている。単なる住宅地と思っていたのだが、とんでもない。そこでは血で血を洗う殺戮が繰り広げられていて、商店街の単なる個人商店のおじさんやお寺のお坊さんだって、裏では相当ヤバいことに手を染めているらしい。

というわけで、まるでモーニング連載の「ディアスポリス 異邦警察」(こっちもえらいことになってる。伊佐久の兄貴、本当に死んじゃったの?)を地で行くようなバイオレンスに満ちた雑司ヶ谷なのである。

樋口毅宏のデビュー作『さらば雑司ヶ谷』。
雑司ヶ谷に生まれ育った者たちによる、衝撃の地域限定・東京ローカル・ハードボイルド&バイオレンス小説だ。

9月18日掲載の杉江松恋さんによる新刊チェックのなかの一冊としてピックアップされているので、物語の概要などは、そちらもぜひチェックしてください。不要と思われる人部が出てきたり寄り道もいくつかあったりでもっとシェイプすればさらにカッコよくなったのに、といううらみは残るが、それをカバーして余りある面白さに満ちている。

一度読んでしまったらアタマにこびりついて離れない、情け容赦ないバイオレンスシーン、セックスシーンがバンバン出てくる。杉江さんによる128ページのセックスシーンを必ず読んで、という指摘だが、これは、本当にそのとおりで、読んでいて目が点になった。どひゃーである。思わず3回読み直したくらい。たぶんこの手のシーンでは今年これを超えるものはもうないだろうという凄まじさです。

かなり入り組んでいる全体のストーリーの一方で、主人公の心の奥底には地元・雑司ヶ谷への愛があり、このシンプルなモチベーションが全体のなかで妙にアンバランスで可愛いい。ヤンキー文化と通底している感覚があって、ローカル性が強調されればされるほど、破天荒なバイオレンスとの落差が拡大するという、おいしい仕組み。
その一方で記憶に新しい北京オリンピックのネタを逆手に取るところなど、考え抜かれたヒネリ技も光る。

後書きによれば、続編もあるらしい。またしても雑司ヶ谷が滅茶苦茶なことになるのだろう。雑司ヶ谷といえば鬼子母神だが、現実の鬼子母神は、あくまでのんびりとした佇まい。この落差、やっぱり凄い。 (BJ塚本)

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ロイド・ジョーンズ『ミスター・ピップ』(白水社エクス・リブリス)が面白い。
背景・概要をちょっとだけ。1980~90年代のブーゲンヴィル島のパプア・ニューギニアからの独立運動が背景だ。レッドスキン兵(パプア・ニューギニア軍)とランボーたち(革命軍)の争いによって、島民たちの生活はすっかり破壊されてしまっている。主役である島の少女マティルダは(父親はオーストラリアに出稼ぎに行ったきりなので)母親とふたりで暮らす。熱帯ゆえ、自然の食物に恵まれていること以外はないないづくしの過酷な生活なのだが、楽しみがひとつだけある。村でただひとりの白人であるミスター・ワッツが学校で本を読んでくれるのだ。ディケンズの『大いなる遺産』を毎日1章ずつ読む授業。兵隊たちによって命運が握られているような不安定な島の暮らしのなかで、マティルダをはじめとする子供たちにとって、その物語世界はやがて心のなかで大きな位置を占めるようになる…。

これだけだと、なんだかとても「いい話」と思われてしまいそうだけど、半分は確かにそのとおり。オビに〈「物語の力」を謳いあげた、胸に響く傑作長篇〉とあり、あながちオーバーではない。ただし、それだけだと、現代の物語としてはどうなの? と思ってしまわないだろうか。
読んでわかったのだが、実はあとの半分にこそ、『ミスター・ピップ』の価値がある、と言い切ってもいい。半分と書いたけど、あまりの急展開に暗然とさせられる戦慄のクライマックスがまず凄く、そしてその後がまた面白い(ただしクライマックス以降、分量としては1/4もない)。

戦慄のクライマックスについては読んでびっくりしてください。本当に突然にやってきます。
その後はなんといっても、ミスター・ワッツ(ミスター・ピップ)の謎に迫るくだりがスリリング。この人のどうにも捉えどころの無さは、ここまでずっと物語の底で中途半端に揺れ続けていますからね。少なくとも人格高潔なるどこからも後ろ指のさされようもない人物ではないだろうことは示唆されている。この部分は肝心なところなので読んでのお楽しみだが、ミスター・ワッツの造形こそが、この物語のリアリティ、現代性を支えていることは明らかだ。
ちなみにマティルダが開かれた現実を生き直す姿も実に生き生きとして魅力的。

白水社エクス・リブリスといえば、その前に刊行されたロベルト・ボラーニョ『通話』はさらに素晴らしい。昨年話題を読んだエンリーケ・ビラ=マタス『バートルビーと仲間たち』が好きな人たちならたぶんハマるだろう、そう思いながら読んでいたら、ビラ=マタスへの献辞もあったので、これはつまりボラーニョが保証しているということにもなるわけです。 (BJ塚本)

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