最初は何度、本を放り投げようかと思ったことか。これ、オーバーではなく、本当にそう思ったんですよ。青春小説であり、80年代の設定とはいえ、これじゃ能天気にすぎないか。だって、東京にやってきて初めて住むアパートの隣りの部屋は目覚まし時計が鳴りっぱなしだし、その隣りの部屋の女はシチューをいっぱい作ったから、食べていけば、ということで主役の世之介、すっかりご相伴…。この、あまりのステレオ・タイプっぽいベタなゆるーい展開、吉田修一の作品に馴染んだ読者で鼻白まない人がいるだろうか、そんな滑り出しなのである。
さしもの吉田修一も今度ばかりは…、と思いつつ捲った本文50ページ。いきなりの場面転換。十数年後の、世之介の同窓の仲間たち。状況はいきなりシリアスである。
ガーン、この対比で読ませる物語なのかと、有無をいわずに思い知らされる。
学生時代の過剰なまでのゆるさは確信犯的演出であったのだ。
『悪人』以降、コンプレックスを抱えた人間たちの救いようのない物語を描いて、吉田修一の右に出る者はいない。その後味の悪さは、下手に前向きな共感を求める小説よりいっそ潔い。それが僕にとっての吉田修一であり、文字を追ううちに、読む者の淡い期待になぞ、そうそうは応えられませんよとの吉田修一の、ある種、底意地の悪さも垣間見られ、その確信犯ぶりに痺れてしまうのだ(これ、100%褒めてるつもりです)。
『横道世之介』は青春小説の範疇からはみ出す内容の物語とはいえない。ただし、例によって、読者はときにヒンヤリとした苦い気分に陥れられることになる。この吉田ルールは本文50ページで明らかになるわけで、これ以降、青春時代のゆるさも気にならなくなってしまう。まさに著者の術中に絡めとられてしまうわけだ。
ちなみに本文が始まって、50ページまでが学生時代。
50ページの途中から64ページが十数年後。
65ページから、話はまた学生時代に戻り、それが163ページまで。
164ページから、今度は他の同窓の仲間の後日談。
読む側にしてみれば早く後日談を読みたくって仕方がないわけで、この65~163ページのおよそ100ページの間の後半はとくに長く焦らされる気分。たぶん本当に吉田修一は読者を確信犯的に焦らしているのだろう。なんて意地悪な巧者なんだろうと舌を巻く。
恋あり、セックスあり、友情あり、バイトあり、謎のいい女あり、もちろんおキマリの海あり。ひととおり何でも揃っている青春小説。吉田修一のこんな幕の内的展開は初めてだが、悲しみではない、つまり安易な感情移入を許さない苦みの効いているところがいかにも吉田修一流だ。相変わらず読ませる読ませる。ちなみにふと気がつけば、ノンストップ所要時間5時間半。 (BJ塚本)
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