性と暴力のアメリカ
鈴木 透
性と暴力のアメリカ―理念先行国家の矛盾と苦悶
大学の講義録を基にしたものらしいので、教科書的で勉強になった。このテーマは桐島洋子や本多勝一の時代から正に「アメリカ的」テーマとして存在しているものなのだが、近年生じている「帝国」の「文化征服」といった次元からもおさらいが必要となってくるだろう。その嚆矢をピューリタン求めるのはあらゆる米国の歴史と同様なのだが、一般に禁欲主義で知られているピューリタンだが、「性」を直視するという意味においては、今日まで続くアメリカの伝統を体現していたと言えるのだろう。一方「暴力」においても、同じことが言えるのかもしれないが、そこには先住民という「他者」の存在が不可欠であり、しばし、「神」の名の下に殺伐が正当化されたという。その論理は、その後西部開拓時代に受け継がれ、20世紀に入っても映画をはじめするメディアに継承され、今日に至っても完全にそれが完全に払拭されたとは言い難い。「他者」が先住民から、カトリック教徒、黒人、アジア人、イスラム教徒と時代とともに変遷を遂げただけで、その根っこが「神」の名の下の正当性にあることは否定はできないものである。その意味では「大地」を女性とみたて、「処女性」を求めるという指摘は面白い。ヴァージニアという地名は由来となった女王の名前以上に、そういう意味があるらしい。たしかに「土地」を表す言葉は本来、女性名詞である。もちろん現代の「性と暴力」についても網羅しており、ある世代にとっては懐かしの「キンゼー・リポート」もキング牧師暗殺の「真相」も詳しく知ることができる。また、「ハイジャック」同様、「リンチ」という語源は人の名前にあるらしい。学生向けなのでマイケル・ムーアや最近の「ブローク・バック・マウンテン」、「クラッシュ」などの映画にも多く言及しているが、「スティービー」とか渋い映画も紹介している。とりあえず指南書としてはよい塩梅に仕上がっていると思う。
★★
私家版・ユダヤ文化論
内田 樹
私家版・ユダヤ文化論
この著者も何が専門なのかよく分からなかったのだが、長年ユダヤ研究は続けてきたらしい。とういうことで、相当ディープなユダヤ論となっているのだが、その著者にしても「私家版」と冠さなくてはならないのには所謂PCとしての「ユダヤ議論」と齟齬が生じているからということの様だ。それは『マルコ・ポーロ』事件に代表される様なユダヤ・ロビーの圧力(そういえば同じ文春だ)があるからということではなく、元が大学での講義ノートということが関係しているらしい。つまり公的に話をするが、あくまでも私見に基づくという「言い訳」なのではあるが、なるほど、これは巷に蔓延る「ユダヤに学べもの」、「ユダヤ陰謀もの」「ホロコースト史観もの」「イスラエル批判もの」などとは全く毛色の変わった本である。著者は「差別されるには差別される理由がある」とか「優秀なのは優秀な理由がある」といった悪しき平等第一主義者なら、その問いすら封殺するものを、否定はせず、あえてその疑問の答えを見つけようとする。そしてそれがユダヤ理解の出発点であり、その解答から「ユダヤ人」という「他者」を発見することが可能となる。その発見した「他者」に対する眼差しが「排斥」に向かうか「賞賛」に向かうかの分岐点になる訳だが、要するに肯定も否定も、敬愛も嫌悪も表裏一体のものであることが明らかになる。そうなると、ヒトラーにしてもユダヤを欲していたはずというのはあながち間違いでもなかろう。人々の欲求に「ユダヤ」がある。というのは単純なスケープゴート的な意味ではなく、羨望と嫉妬を内包したものである。ある意味、中韓の反日もそれに似たものあろう。そこに近親憎悪的なものがあることは、欧米社会の「反ユダヤ感情」と同様である。もしかしたら、日本人は「他者」としてのユダヤよりも、内なる「ユダヤ」を理解する方が容易な希有な立場にいるのかもしれない。
★★★
奪われる日本
関岡 英之
奪われる日本
一時アマゾンが配本を拒否したなんてこともあって、前作はかなりな反響があったみたいだが、これは完全にその続編といった感じ。この「年次改革要望書」については、その中身を言われれば、たしかに憤懣するべきものなんだろうけど、果たしてそれほど単純に考えていいものかという気がしないでもない。「格差社会」がこれだけ話題となっているのも、国民がアメリカ型社会を是としない現れだと思うし、医療制度改革は別に国民皆保険を廃止させようとするものでもなかろう。国民が求めたのはあくまでも「悪平等」の廃止であって、何らかの改革が必要であると考えたからこそ、「小泉劇場」も成り立った訳で、アメリカが紙切れ一枚で外圧を成功させているとしたら、それはあまりにも「世論」を無視したものと言えるのではなかろうか。「談合」は日本的平等システムの産物だから死守すべきものだとするのは、いくらなんでも同意はできないし、郵政改革に反対した小林興起や平沼赳夫をアメリカに抗した愛国者として絶賛するのには、さすがについていけない。アメリカ云々も結構だが、「票」はあくまでも国内にあることを考えないと陰謀論の罠には陥ってしまうのではなかろうか。どうもこの人の本は小林よしのりらの「反米愛国」系の人たちに熱烈に受け入れられている様で、最後の方は「女系天皇」反対、万世一系は世界の奇跡といった感じで、本題とはかなりズレたりもしている。最後のこどもたちと天皇制という話には、ちょっと何だかといった感じもする。純粋な人なんだろう。そのうちジェンダーフリーがどうのこうのとか、性教育反対とか言い出して、反米愛国のつもりが統一協会の罠にハマってしまったなんてオチにならなければいいのだか。
★