新書野郎 -123ページ目

サブプライム問題の正しい考え方 

サブプライム問題の正しい考え方 (中公新書 1941)サブプライム問題の正しい考え方 (中公新書 1941)
倉橋 透

中央公論新社 2008-04
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このテーマも新書需要が顕著だったと思うのだが、中公は今頃出すということは、準備に時間がかかったのか、先発本の対抗の為か。タイトルをみると、後者の様な気もするのだが、金融知識ゼロの人間には何が正しい考え方なのか、そもそも「正しい考え方」なんてものが存在するのかどうかも分かったもんじゃない。とりあえず、その「サブプライム・ローン」というものがどういうものなのかは理解できたのだけど、その影響を被るような投資などは、もちろんしていないので、実感として沸くことはない。円高や、原油高もそれと関係あることは分かったが、実際は「サブプライム問題」とは「その先にある不安」である様だ。日本で「サブプライム問題」が起きない理由は世界でも稀な現金社会ということもあるらしい。韓国でクレジットカード破産が社会問題化したが、これは社会がアメリカ型になっている証でもあろう。人の信用がクレジットカードに支払い記録で決まってしまう社会が健全であるかどうかということはさておき、移民社会や低信頼性社会ではクレジットカードというのは、その人の信用を測る唯一の指針となってしまう。となると、次なるサブプライム問題の候補国はあの国か。
★★

中国汚染 

中国汚染――「公害大陸」の環境報告 (ソフトバンク新書 69)中国汚染――「公害大陸」の環境報告 (ソフトバンク新書 69)
相川 泰

ソフトバンククリエイティブ 2008-03-15
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このタイトルで、『「公害大陸」からの環境報告』という副題も付いているので、オドロオドロ・ジャーナリズムのものかと思ったら、中国環境問題が専門の鳥取環境大学准教授という人が著者だった。前に読んだ『環境共同体としての日中韓』の中国を担当した人だそうで、とかく政治、思想、経済といった事情に左右される環境運動を普遍的なものにしていこうとする立場にある様だ。一昔前は中国で「環保」というと、西洋にかぶれた連中を意味していたこともあった(日本でも当時人気の鈴木保奈美が反エコ主義で話題になった)のだが、最近活発になった「環保」の中国化は、それがまったなしの状況になったことも、西洋的な市民意識が確立したこともあるだろう。とはいえ、やはり政府が、経済的成長より、公害対策にベクトルを向けたことにより、利益追求型の大企業を苦々しく思っていた市民にそのお墨付きを与えたということが大きい楊に思われる。周恩来が水俣病に関心を寄せたことが中国の公害対策のスタートだったらしいが、それを思えば、この辺にも環境版「新左派」と「新自由主義」の二項対立の構図が見えてくる。「公害大陸」の現場報告は、もはや多少のことでは驚かないのだが、政府としても、それが中央批判に向かわない限り、報道が征伐することに期待しているフシもあろう。そうした中国人の「環境」をめぐる意識の変化などは興味深い。なんでも中国の環境法は日本より先進的なものだそうで、日本語が読める中国人研究者はとかく、そのことを自慢するそうだ。問題の根は法に人が追いつかないことであるが、ステレオタイプした感もある「法治社会」と「人治社会」の縮図が、ここにも見られる。中国と日本との関係において、中国が被害者になることはあっても、加害者になることは考えなれないという中国人の感情が議論を難しくしている話もなるほどである。日本の公害被害者だけでなく、中国の公害被害者を招き、中国政府関係者の前で報告させたということはたしかに画期的なものだったろう。市民同士の連帯というアナクロ的な手法は、双方の政府や企業が「グローバル戦略」の中で野合している以上、それと対峙する上で必要なものなのかもしれない。
★★★

「サザエさん」的コミュニティの法則

「サザエさん」的コミュニティの法則 (生活人新書 246)「サザエさん」的コミュニティの法則 (生活人新書 246)
鳥越 皓之

日本放送出版協会 2008-02
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予想通り、薄っぺらい話。

朝鮮史[増補改訂版] 

朝鮮史 増補新版 (文庫クセジュ 922)朝鮮史 増補新版 (文庫クセジュ 922)
金 容権

白水社 2008-03
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朝鮮史も文庫クセジュということで、原書仏語。フランス語使いの在日翻訳者は幾らでもいるんだろうが、この訳者は朝鮮語訳者みたいだから、ハングルの重訳か?もっとも原書は1969年というから、著者も日本語が使える世代か。その辺が関係しているのか、在仏が長かったからか、それほどウリナラマンセー調でもなく、日帝非難はするけど、日本が高句麗に朝貢していたなんて捏造だとも書いている。まあ1969年といったら韓国も今の韓国ではないし、五月革命後のパリでは北朝鮮によるリクルートも活発であったと思われる。そんな中、著者がどういう立ち居地にいたのか分からぬが、「現代史」に関しては、「増補改定」で付け加えられた部分が多いのではなかろうか。六者協議や韓流まで網羅しているのだが、著者は長いフランス暮らしから帰国後、2005年に亡くなられたという。こうして「植民地」の実際を知る歴史家は一人、また一人と消えていくのか。
★★

フォト・リテラシー 

フォト・リテラシー―報道写真と読む倫理 (中公新書 1946)フォト・リテラシー―報道写真と読む倫理 (中公新書 1946)
今橋 映子

中央公論新社 2008-05
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著者は文学研究が専門らしく、別に名は体を表わすではないらしいが、スーザン・ソンタグばりの写真評論を展開している。「フォト・リテラシー」というのは著者の造語ではないそうだが、猫も杓子もの「メディア・リテラシー」ほど用いられている語ではないので、「市民が写真メディア(特に現実を報道する役割を担う写真)、芸術史的および社会的文脈の双方でクリティカルに分析し、評価する力、延いてはその知識と倫理をもって、一方で歴史認識を精錬し、他方で現在における多様なコミュニケーションを創り出す力を指す」と著者なりに定義したらしい。そんなことを考えながら写真を見るのも厄介なものだが、「写真」を巡って何が議論されているのかという動きを知るには良いテキストだと思う。著者はカルティエ=ブレッソンの研究をしているらしく、マグナムによって、報道写真が芸術的価値を認められる様になり、ユージン・スミス、セバスチアン・サルガードに至るまでの論議がまとめられてある。トリミングや、やらせ、或いは撮るべきか、助けるべきかといった問題は「報道写真」がその社会的地位を確立した以上、避けて通れない問題であるのだが、いずれも撮る側にとっては、「そこにあるものを撮る」という答えに帰結してしまう。むしろ、撮る側の倫理が問われるのは「オリエンタリズム」の問題ということになろう。ソンタグがサルガドを「オリエンタリズム」と批判できるかというのも深い話になるのだが、プロパガンダ写真でも傑作の粋に達していれば芸術として処遇されるものでもある。デジタル化は写真界にとって重大な問題なのだが、テーマは報道写真だけに絞ってもよかったのではなかろうか。
★★★

ブッダの幸福論 

ブッダの幸福論 (ちくまプリマー新書 (077))ブッダの幸福論 (ちくまプリマー新書 (077))
アルボムッレ・スマナサーラ

筑摩書房 2008-02
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この在日スリランカ人の坊さんは、最近売れているらしい。宗教ものは胡散臭さしか感じないのだが、韓国ハレルヤとかじゃないし、仏教が根付いている国だから、それほどカルトでもなかろう。まあ、ちくまプリマーくらいなら読んでもいいかなと思った。で、まあ正論というか、まあこんなもんかなという程度。ブッダの話は最初に寓話としてちらっとあるくらいで、後は道徳ネタ。プリマーには響くのかも知らんが、オトナにとっては、そんな気楽に生きられたら世話ないといったとこだろう。しかし、アキバの事件みたいなものがあると、宗教系の人たちって、やっぱり不信心が原因かと思うのかな。たしかにオウムとか人民寺院にしても、枝分かれしたカルトの仕業ではあるのだが、世界三大宗教が殺伐し合っているのはご承知の通り。宗教で心の闇が救われるケースより、闇が広がるケースの方が多いのは事実であろう。間違っているのは幸福のカタチではなく、幸福を追求する生き方ではないかと思う。人類はそろそろ進化をやめて、退化をして動物に戻っていっても良いのではなかろうか。

日本の地名遺産「難読・おもしろ・謎解き」探訪記

日本の地名遺産「難読・おもしろ・謎解き」探訪記51 講談社+α 339-1D日本の地名遺産「難読・おもしろ・謎解き」探訪記51 講談社+α 339-1D
今尾 恵介

講談社 2007-03-21
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著者が気負いすぎでツマラン。

物語の役割

物語の役割 (ちくまプリマー新書 53)物語の役割 (ちくまプリマー新書 53)
小川 洋子

筑摩書房 2007-02
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これはイイね。
★★

見習いドクター、患者に学ぶ 

見習いドクター、患者に学ぶ―ロンドン医学校の日々 (集英社新書 431I) (集英社新書 431I)見習いドクター、患者に学ぶ―ロンドン医学校の日々 (集英社新書 431I) (集英社新書 431I)
林 大地

集英社 2008-02-15
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ロンドンの医学校で医師免許をとった人の体験記なのだが、幼少期もケンブリッジで過ごしたという。育ちのよさそうな感じもしたので、どっかの有名教授の息子だなとピンと来たのだが、林望の息子だった。林信吾の息子という線はさすがになかったか。集英社新書は父親が出した翌月の出版だそうだが、イラストで参加しているのは娘かな。ということで、英語には不自由ない家族の様だが、最初に「アレキサンダー」と教授に命名されるところから始る。これを英国式同化策に屈したと読者が想定するのを見越しているのか、その命名は自分から頼んだもので、ファーストネームの「ダイチ」は「死」に通じるので、病院では不適切だし、患者さんからも覚えられる名前をつけるのが医師としての務めであるという説明が続く。最近のヨーロッパでは、自国名を外国人に押し付ける様なことは、あまり流行らないだろうし、むしろ「エスニック名」の方がクールに思われるだろう。まあ「通名」の99%は自らの意思で使っているもので、それを差別の象徴などとするのは本末転倒の話であることは日本においても変わりはない。そんな「アイデンティティ」の模索から始る話は、医師免許取得後に帰国して、日本で医師となることを選択するところで終わるのだが、そこに葛藤がある訳でもなく、スマートなもんである。ほぼネイティブの語学力と、医学生としてのステータスは、「東洋系」が英国社会で生きる上で、ハンデを意識させないものなのであろう。もっとも、あちらでは「医療」が一番、エスニック化が進んでる業界とも言われるから、あえて、そうした居心地の良さを避けて、システムも価値観も違う日本で勝負しようと思ったのだろうか。親父の「後を継ぐ」為か、医学部進学がならなかったのか、どうか知らぬが、最初は慶應の文学部に進んだそうだ。「医学部」が先なのか、「英国留学」が先かもわからない。とにかく上品な話ばかりで、そんな野暮なことは「ドクター」が話す必要もないか。

骨董掘り出し人生

骨董掘り出し人生 (朝日新書 80) (朝日新書 80)骨董掘り出し人生 (朝日新書 80) (朝日新書 80)
中島 誠之助

朝日新聞社 2007-11-13
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業界の仕組みは分かった。