『Q&Aで読む弥生時代』6 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

いつも通りの時間に起きる。三連休初日チュー爆笑ラブ



<講演会>

今日は大野城の「ふるさと館」で古代土器に関する講演会に参加予定。

 

今回からちゃんとメールで申し込み結果の案内が来ていた。前回まで結果の連絡がなかったので、問題の指摘をしていたのが効いたみたいだ。やはり「ウザイ住民の声」は必要。




 

 

 

<そもそも東電では無理>

毎度の事。そもそも東電では無理。


これが最初ではない。『やっているふり』と言う事。いまさら驚かない。教科書の最初に書かれている様な事が出来ない組織。






<夜の徘徊で出会った猫達>

暗いので分からなかったが、撫でると首輪をしていたから飼い猫だろう。ここら辺の猫は優しくされているので見知らぬ人にも警戒することはない。大丈夫か?びっくり

 

元炭鉱団地に住む、左耳カットの元雌野良は堂々としている。飼い猫か「家の子」から不明。




 

<裏庭のコンポスト用用地>

20センチも掘ると白い岩盤が現れた。やはりここは切土。

 

表土の僅かな空間にもミミズさんが頑張っている。我が家の頼もしい仲間。

 

 

 

 

 

 

 

 

並行して読んでいる本を忘れないうちに纏めておく。

 

 

『Q&Aで読む弥生時代』6

Q26:家畜

魏志倭人伝には邪馬台国に牛、馬、羊がいないとされ、事実遺跡からもこのような遺物が発見されていない。一時日本列島原産の馬がいるとされたこともあったが、今では遺伝子分析から蒙古馬由来だと判っている。 

 

さらに今ではこの遺伝子分析で様々な家畜の系統が明らかにされている。例えば、弥生豚は列島原産の野生からではなく大陸系の家畜が導入さ得たことなど。p119 


鶏も東南アジアに分布するセキショクヤケイ由来らしい。p121 これも弥生期に持ち込まれた家禽。

 

Q27:漁撈

このように状況証拠を並べると弥生期には既にこれらのものを確実に運べる十分な能力を持つ準構造船があったと考えるのが妥当。実際、準構造船の破片が鳥取の青谷上寺地遺跡(あおやかみじち)から出土しているらしい。ここからは、それ以外にも大量の漁撈活動を示す、釣り針、ヤス、モリ、網なども出土しているとか。p123〜4

 

その他、食料獲得のためだけでなく、装飾品として沖縄諸島では採貝が行われ、九州本土まで交易された。

 

Q29:調理法

弥生期には炉で調理され、竃は古墳時代以降。最初は平底から尖ったものに以降していることから支脚を使うタイプに変化したとも。p131

 

これらは土器の周囲に着いたススの分布からも想像できるとか。また焦げの分析からも、どのような内容物であったかも予想される。p133

 

そうした実験考古学的考察も含めて、弥生期に調理具の容積が小さくなったのは人数が減ったからではなく、主食と副食を作り分けるようになったからだと。p134