講演会 & 『Q&Aで読む弥生時代』7 | Hiroshiのブログ

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今後不定期投稿となります

今日は連休2日目、土曜の代わり今夜はサルソン。明日月曜日も休日、遅くまで遊べる〜爆笑ラブ

 

 

 

<講演会>

土曜朝十時から午後三時半まで4名の講演者による、「須恵器が語る歴史」。 みっちりと組まれた講演会で、終わった時は少し疲れたが勉強になった。 後日、その内容は紹介したい。というのも、色々メモした内容がきちんと頭の中で整理されていないので今日は雰囲気だけ報告。

 

因みに、私の須恵器に関する予備知識は、野焼きの弥生土器と違い窯で焼く。それゆえ焼成温度は高い。弥生末期から古墳時代—奈良時代以降まで作られた土器で。半島の技術が伝わったもの。という僅かなレベルてへぺろ

 

まず、最初「大野城心のふるさと館」主催の講演会だったので、何も考えず「大野城心のふるさと館」に行くと、会場は別の「大野城まどかぴあ」だと知らされる。確かにメールにはそのように書かれているが、迂闊でしたガーンショボーン


幸い、隣のビルで歩いて行ける距離。下が「大野城まどかぴあ」。綺麗で立派なビル。流石、大野城市はお金持ち。こうした文化施設で自治体の差が現れる。太宰府などもリッチな自治体で文化施設は立派。

 

さて、ビル内に入ると異様な雰囲気ガーン。ナウい若者集団が何やらダンスの練習をしている。また会場を間違えたのか?と焦るガーン

 

実は当日2つのイベントが開催されていて、1つが大ホールでのダンスイベント。隣の多目的ホールが土器の講演会。

 

だよね〜、若い人が土器て流石にあわないてへぺろ爆笑

 

多目的ホールはちょっと奥まったところが入り口で気がつかない場所。矢印のところに入り口があり。最初気がつかない。

 

無事、会場到着。予め余裕をもってスケジュールを進めていたので、色々手間取ったが開演には間に合う。

 

当日は1名が韓国からの研究者で、同時通訳がついての講演だった。

 

内容については、いずれまた。

 

 

 

 

『Q&Aで読む弥生時代』7

Q30:食器

木製品は腐るので遺跡から発掘されにくい。但し、水中にある場合は酸素から遮断されるので残ることがある。そして残った木製食器は土器と形状が異なる。それは機能が違うから。

 

当時の土器は野焼きで低温焼成されたので水がしみ出す。確かに素焼きはその水分の気化熱で冷蔵効果があると聞いたことがある。だから木製食器では汁物用だとか。p135 

 

逆に土器は火にかけるもの。これは当然のこと。共通な形としては高杯、椀、小型の壺などがある。基本的に大型は土器。

 

ところでこの中に「二脚」というのがある。p136 どのような使い方をしたのか? 二脚だと自立出来ないので不思議。この本にはそれについての言及はない。それでwebで調べてみたが、見つからない。正確に言うと「」で検索すると中国語サイトが幾つかヒットするがどうも関係なさそう。「」では出てこない。 何か固定できる場所に置いたように考えられるが?

 

弥生時代に「案」が出現する。天板に脚をつけた木製台で、同じ形のものが半島から出土していて、完成した形で弥生後期に突然出現している。このことから朝鮮経由だろうされる。p138

 

Q31:男女分業

人類学者マードックが1937年に、世界中の224の種族を調査して男女分業を指数を調べたものがあるらしい。それによると金属工芸、武器製作、狩猟などは100〜98%で男性の仕事とされているらしい。一方、女性は調理、水運び、製粉が92%で女性。p141

 

こうしたデーターを参考にして性的分業を伺わせる図形が銅鐸に刻まれている。それは狩猟、脱穀などだが、そこでの人物の頭は○と△で刻まれている。魏志倭人伝によれば倭人女性は髪を折り曲げて結っていることから、△はそれを表したものだと予想している。確かに狩猟は○、脱穀は△。p142