石破円高? & 『世界遺産 宗像・沖ノ島』6 | Hiroshiのブログ

Hiroshiのブログ

今後不定期投稿となります

 

<石破効果?>

石破ショックで円高だとか。 

 

それで以前自分自身の独自の発見?と傲慢にも思った仮説を思い出したてへぺろ

 

「国力と為替レートは成長期と停滞期で関係性が異なる」とした発見。爆笑てへぺろ

 

 

 

経済成長期(赤)は為替レートに逆相関し、停滞期(茶)は無関係。

 

今は絶賛停滞期だから、円安にしても円高にしても経済発展には効果ない、単に為替レイトの変動での個別の損益が出るだけ? また円高で、

 

個別に損益が出るだろうけど、日本の経済成長には無関係

 

勿論、これは単なる経験則。未来はどうなるかわからない… しかし世の中の経済通はこれをどう見るのかな? 素人の戯言?   

 

ただ繰り返すが、アベノミクスは10年以上継続されたがGDPは横ばい。更に金融緩和を続けて経済成長達成されると思うのは、過去に学ばないと私には思えるが?

 

仮説を検証する実験を10回続けても思うような結論が得られない時は、キッパりと仮説を捨てる。これが自然科学では普通です。経済学では違うらしいグラサンてへぺろ爆笑

 

 

 

 

素人の戯言ですお聞き流しくだされ。

 

 

 

 

<昨夜もいつものサルサナイト>

サルサの曲と同じくらいバチャータがかかるけど踊れない。この際習うかな? でないと半分の時間が待機時間になってしまう。

 

でもこのドミニカの曲は密着度が高くかなりエロい、ちょっと気恥ずかしい?爆笑ラブ

 

 

 

 

<クロちゃん>

昨日の昼下がり、いつものクーラーの放熱板の近くでクロちゃん昼寝。声をかけたら起こしてしまったぽい。ごめんちゃい。

 

 

 

 

 

『世界遺産 宗像・沖ノ島』6

次に著者は、推古16年に宗像の神が山背(山城)に招請される理由を解説する。この時、招請されるのは大島の、中津宮の大神のみ。これをミヤケの存在と朝鮮での対外戦争に絡めて解読する。

 

著者によれば、大島が物資輸送と関係ある重要な拠点だったという。その後、朝鮮半島への軍事的侵攻に際して、益々大島の存在が大きくなったという。p154

 

沖ノ島の発掘は昭和29年(1954年)からスタートし大量の奉献品を発掘したが、その中には銅鏡、金銅製竜頭、唐三彩、更にはササン朝ペルシャ製のカットグラスなども見つかり現在国宝になっている。これをもち、沖ノ島は「海の正倉院」と呼ばれるようになった。p159

 

この時代、イランの地のものまで見つかるとは驚きだ。

 

これらの祭祀は7世紀後半頃に性質が変わったという。

 

まず沖ノ島には小高い標高243.1mの「一ノ岳」があり、しかも白色凝灰岩で目立つことから、対馬からも目視できるらしい。それゆえ、航海上の目標だとする。p167 

このことは1号遺跡で船形が多く発掘されたこととも関連するだろう。p179

 

そしてその意味するところは、

 

対馬>(沖ノ島)>宗像

 

これは潮流の流れも考えると「半島から倭国行き」と結論できそうだ。これは私の独断と偏見。

 

また、最古の祭祀遺跡は頭上に「一ノ岳」を望む場所だという。p169

 

 

 

ますます納得。この島が航海において極めて重要ゆえに神格化されたのだろう。

 

更にこの後、辺ノ津の古代地形が議論されるが、p170、p180

 

ここらは既に国土地理院の3Dでの議論、考察で述べたので繰り返さない。


 

<データーベースとして>

12世紀に描かれた絵巻の中に描かれた絵馬を元に色々議論されている部分がある。こうした資料は意図せず、あるいは当時は常識でも現在では不明なことが含まれている場合があるので、真偽は兎も角、推理を行うのは面白い。