サルソンから帰ったらばかりの超早めのアップ![]()
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<サルソン>
初めて見る人が沢山来ていた。聞くところによると、沖縄からグループが来ていてパホーマンスとワークショップがあったよう。
そんなわけで目標は達成できたが。とても上手な人を誘ってしまい、慌てる、慌てる。
最後に『すいません、下手糞で』と謝ったら。『とても楽しかった〜』と言われホッとした。 福岡のサルサ界は広い、というか、私は教室のある1箇所しか行かないので他のところの人は知らないというだけ。
途中で、沖縄グループのパホーマンスがあった。
<無言のプレッシャー>
MDさんのところの話に関連して。
道路沿いの生垣は町が管理して剪定することになっているが、大抵、面した世帯が自主的に管理するみたいだ。たまに放置されている場所は無言のプレッシャーがかかっている![]()
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手前は剪定済み、その先と対照的。あの看板はアテツケだろうか?![]()
<技術革命>
今読んでいる『日本人の成り立ち』で書かれている古代人の解析の方法は、出土した四肢骨や歯、頭骸骨の部分の各種測定データーから得られたものを使うもの。
当然のことながら完全な遺骨が出土することは稀で、欠けたものや、数少ない遺物からの分析にならざるを得ない。
それに比べ現代では、例え骨のカケラからでも保存条件さえよければ(例えば寒冷地や土壌の質)全ゲノムDNAが回収可能だ。しかも骨格は遺伝的なものと同時に環境的な、特に栄養条件とかの影響を強く受けるがDNAはそれが無い。まさしく古代人の遺伝子回収の技術の発展と、その分析法はこの分野の革命的なツールとなった。
話は飛ぶが、その意味では1990年という時代に『ジュラシック・パーク』を書いた。マイケル・クライトンは凄い。太古の恐竜のDNAを回収して受精卵に入れて、現代に恐竜を生み出すというアイデアはサイエンティスト並み。ま、彼はハーバードの医学部出ているから当然だね。
<テレビ面会という選択肢>
先日、遠くに住む(特に海外)老いた両親とどのように連絡を取るかとの悩み(?)を「ちー」さん、が述べていた。
1つの解決策として紹介したいのがテレビ面会。ほぼ対面と変わらない機能を持つ。
これはもともとコロナで養老院や病院への面会が規制された時期。思いついたもので、スマホ学習会で紹介した。
スマホとテレビへの接続コードさえそろえれば、簡単に出来る。
また同時接続でなくても、LINEでも音声入力が出来そうなので何度も聞くことも可能。WeChatでは勿論音声入力が出来るし、翻訳だってできるのだ!
スマホの恩恵を一番受けるのが高齢者のはずなのに、何故か年寄りはスマホ嫌いが多い。
以前国勢調査の係になった時、「スマホで簡単に提出できますよ」とそれとなく一言付け加えた時、多くの老人が(てか、私もその老人だが![]()
)『スマホなんて!』と嫌悪感を露わにする人がいた。スマホ嫌いには困ったものだ。
地元では2年程、スマホ学習会を主催して、同時に色々政治工作![]()
した効果があったのか、今年度から「デジタルデバイド対策室準備室」の予算がついた。
やれば出来る、この成功体験が重要‼️
<中国の反日動画>
政府に対する批判は許さないが、反日は許容している、と言うか吐口として積極的に利用している。 実例を挙げる。
二番目のは今回の事件を唆した可能性すらがある![]()
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『九州考古学の現在』10
著者は日本列島の歴史において、列島規模の争乱は2度起こったという。最初は後漢書の「倭国大乱」、そして2回目は中世の戦国時代。p212
1番目は後の大和政権の成立前夜を意味するのだろうか? 史料は限られているが、考古学的には大規模環濠集落と高地の小規模集落(砦?)のセットだとか。p212
第6章では水中考古学の話が続く。日本の1年間の遺跡調査は1万件程度だが水中考古学的調査は極めて少ないとも。私は毎年1万件も実施されていることにむしろ驚いた方。p218
そういえば、以前水中考古学の本を読んだね。
日本での始まりは長野県諏訪湖から縄文土器が採集されたことがきっかけだったとか。この場合は水深が浅く、シジミ取り道具で採集できたらしい。水中と言ってもほぼ地上と変わらない。p231
有望なのが伊万里湾の鷹島だとか。(これは元寇の沈没船による) 実は、この島の位置がなかなかGoogle mapで見つからない。伊万里湾以外に鷹島があるが湾内に今の所、見つからない。いずれにせよ、大陸・半島からの交通の要所である玄界灘は水中考古学の宝庫らしい。
これは位置的なこともあるが、玄界灘が結構荒波ということもあるだろう。p219
有名どころでは元寇、朝鮮から900隻、4万2千人。江南から3500隻、10万人とも言う。これらが、台風で一瞬にして沈没したと伝えられる。p221 大海難事故。
出土遺物としては陶磁器が主だとか。殆どが江南由来だとも。p221 船の規模は全長40〜50m、400トン規模。p222 鷹島の南岸沖合200m、延長12キロの海域が現在埋蔵文化財包蔵地になったらしい。p227
博多の出土品で特徴的は中国磁器が38%だとか、これは京都や鎌倉でも数%。如何に博多が中国人の存在が大きいかがわかる。p240
<データーベース>
日本ではまだ中世以前の交易船は発見されていない。p243












