年金生活者なのに連休続行中![]()
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昨夜はフィールドワーク?で多少疲れていたのか早くから寝て、今まで熟睡しました![]()
<尾黒古墳群探索>
土曜の夜はsalsonもないので再度、隣の須恵町の古墳探索に出かける。中央を走る35号線から東に山手にある須恵東中学に登る道が最初判らず手間取った。一応、城山団地を目安にしたのだが。
DBではこの道からUターンする道があることになっているが、これが車1台分の細い道。離合は不可の歩道のような道で迷った。しかし、GPSでここしかないと決断、対向車が来ないことを願いながら一気に登り切る。この道の行き止まりの先に目指す古墳があることになっている。黒矢印の位置に到着。坂道に路上駐車する。坂の町、SFで鍛えられたこともあり、サイドブレーキだけでなく、食パン大の石を車止めに使い、確実に固定する。
道の行き止まりの位置にある家を訪問、古墳について尋ねる。写真右手の御宅。
中年のご夫婦で親切に対応していただき、私のスマホ画面のDBを何度もご自分で拡大したりスライドしたりして確認しながら、場所が間違いないことを確認してもらう。
曰く、ここに20年以上住んでいるが、自宅から50m程度しか離れていないはずの古墳の話は聞いたことがないとのこと。また、ここからは道はなく深い森が続いているとか。確かに、とても分け入って行けそうになかったので此処まで探索中止。
御宅の位置から下界を眺めるの図。確かに眺めは最高。すぐ下に坂の下の倉庫の青い屋根が見える。端にかろうじてUターン出来そうな空き地に路地駐車する私の車。
この付近には数軒の家が立て込んでいるが、皆さん中型車だけでなく大型車もお持ち。自宅前の猫の額ほどの駐車場に停めておられる。なかなか凄いと思う。写真の赤で囲った一帯。
もう1つの古墳群(尾黒南古墳群)の一帯は住宅が立て込んでいて古墳は最初から残っていそうになかったので、車で通り過ぎたのみ。最初の図の赤○で囲んだ古墳群。
それにしても、奈良文化財センターのDBは非常に重宝している。住民の方の多くも興味を持って自分が住んでいる場所に古墳が登録されていることを自分の目で確認、「意識を高められた」と言われる方が多かった。
DBとしてはやや不正確、情報不足の面もあるが、それ以上にこのDBの存在価値は高い。もっと広く知られてもいいと思う。
帰り道、またファミレスに立ち寄りチーズインハンバーグセット(サラダ、スープ、フリードリンク付き)を食べる。これで1200円しない。やはり日本は安い![]()
『経済成長の起源』7
著者は読者から当然出るであろう「ヨーロッパ中心主義」を述べているのではないことを強調している。この20世紀初頭に見られた世界観は「勤勉、革新的、リスクをとる」とした考えが不快だけでなく、社会科学としても納得いかないという。p130
これに関して、アマゾンの書評を見ると低い評価を出した人に、まさにこの点について批判している人がいたが、この人はちゃんとこの本を読んだのだろうか? 同じような事は『21世紀の資本』についての書評でも感じた。その時は、この人はトンチンカンなことを書いていて、全く本を読んでいないことが明らかだった。
話を元に戻すと、
ここで興味深い例を、日本の例を挙げて紹介する。1888〜1913年の四半世紀にわたり日本で生活し、日本語も完全にマスタしたアメリカ人宣教師がその著書の中で日本人は、
『怠け者で時間にだらしない、刹那的に生きている』としている。p131
ところが20世紀後半での日本人に対するアメリカ人の印象は逆になったと。これは著者はよれば、個人はインセンティブに応じて生きるので、19世紀の日本人がもしそうであったのなら、それは日本人の本質的な性格を表しているのではなく、低賃金や劣悪な労働機会に対する反応である可能性が高いとしていることだ。p140
今でも、ある種の『日本人凄い論』や、『日本人勤勉論』『日本人は時間に正確』が幅を利かせているが、これも現代日本社会の中でたまたま生まれた性格なのかもしれないと考えることは重要な気がする。これについては先に書いたのでそこを参照してもらいたい。
さて、何故、何千年も世界の最先端であった中国がこの数世紀、取り残されたのかという疑問は「ニーダムパズル」というらしい。これは英国の科学者で歴史家であったジョゼフ・ニーダムがあげた疑問で、それに対して色々な答えが出させているが、満足させられるものはないと著者は言う。p135 これには同意できる。








