閃光のハサウェイ&キルケーの魔女見た
アマプラで無料やったので見たよ。面白かったけども。思ってたんとちゃーう!でした。まず、ロボットの戦闘は最後に申し訳程度にある感じで、反政府組織のリーダーである主人公ハサウェイが戦略を練り頭脳を駆使しながら政府軍と闘う話かな?そこにあの可愛い女性、ギギが絡んでちょっと恋愛要素あるのかな?って思ったら戦略・戦術の話は最低限の説明しかなく。じゃなんの話やったかっていうと、恋愛の話でした。主人公ハサウェイ(多分20代半ば)は反政府テロ組織のリーダー、そしてギギは富豪の愛人である少女。この二人が運命的な出会いを果たすんですね。で、別れたり再会したりしながら二人は惹かれていくんやけど、ハサウェイは問題を抱えていて、自ら死に向かってるんですわ。ハサウェイの苦悩は二つあるんやけど、①.昔初恋の女の子を殺してしまったことでトラウマからの鬱②.トラウマを誤魔化そうとしてテロ組織・マフティーの活動にのめり込み自分を失うの二つなのよ。てか二つは繋がっている訳なんやけどさ。この2つの苦悩と闘いながらギギっていう奔放で読めなくてどうやら物事の本質が見抜けるらしい特別な少女がハサウェイを認めて自分を取り戻してあげる物語、って1作目を見終わるまで思ってました。それならばすんごいシンプルやったんやけど。で、2作目の途中まで見た時に、ん?コイツ何が悩みで何がしたい訳?って思ったのよ。何でかって言うと、2作目の途中からケリアっていう多分ハサウェイと同い年くらいの女性が出てくる。ケリアは多分若い頃からずっと危ういハサウェイを支えて来た、数年間にわたる恋人っぽいんやけど、1作目で10代のゴージャスなファッションをしたモデルの様な美少女(しかも割と無防備に裸を見せたあげく謎に本気で嫌がる)にガッツリ惚れてしもたせいで、2作目の最初、つまりケリア登場シーンではもう、仲間の前でも隠し切れない下心をぶんぶんまき散らしながら特に言う必要もないのに浮足立ってギギ(どっちかっていうと政府側の恩恵を受けゆう富裕層の人間)のことをしゃべくり回ってしまう。せめて黙っとけ。で、自分ではギギのことが下心的に気になることをなかなか認めんけど、ケリアには辛く当たってしまったり高級感漂う女らしいギギと比べてイモくさい彼女がちょっとイヤになったりする。この時点で、もうハサウェイの悩みがブレてきてさ。後半に、ギギのこととかもあってケリアはハサウェイに何も言わず組織を抜けるんやけど、それを他人から聞いたハサウェイはその前まで声も掛けず優しくもせず感謝もせず、ただただギギと比べて口うるさく、イモくさくて重い女を内心ウザがって避けて来たくせに(そういう表現が露骨にいくつも描かれる)、最後の最後でケリアの乗った車を走って追い掛けるの。え、いや、あんたもうガッツリ10代美少女のギギに惚れてたやん!今どういう気持ちで追い掛けゆうの?万が一追い付いたらどうすんの?え、「若い子に心変わりしてあっさりお前捨ててごめん!」って?いやお前絶対それケリアに「死ね!!」って言われるって。うわーーコイツ嫌いやわあああ何かすんごい悩みゆう割には下心無い相手にはやたら冷たいし。で、車に追い付くはずもなく、ケリアが去った後にシャワー浴びながら①の亡霊に苦悩するんやけど、もう別れてすぐさま脳内にギギの裸が浮かんでくるのよw。ケリアーーーーー!!!ケリアの裸はああぁ?!!いやオマエほんまクズやな。殴らせてくれ。で、「うおおぉ!世俗も肉欲も乗り越えて見せる!!」ていう何か凄いことを叫ぶんやけど、この前の段階でハサウェイはケリア=世俗って感じのことを言うのね。世俗の意味がよ―分からんかったけど、多分ケリア=普通の男として愛する人と家庭を持ち普通に生きることの象徴やったと思われる。で、ギギ=肉欲ね。……うん、まずもう2作目の最初の段階でハサウェイはギギに会ってほんのちょっと話した程度で大して相手のこと知らんのに、その奔放で曖昧で思わせぶりな小悪魔に恋に落ちてしもて、ケリアに対してはもう恋愛感情はない訳よ。だから世俗も肉欲もこの時点でギギやないかオマエ!!んで、罪を償うために①と②の苦悩を一人で背負いカタを付けるために世俗と肉欲を否定するんやけど、2作目の最後で追って来たギギとあっさりキスをする。ここでさ、ハサウェイの苦悩って何?てなった。②を全うするためにハサウェイは多分何年もケリアを遠ざけて来たのに、ちょっと話しただけの10代の女の子はあっさりと受け入れる。で、一体コイツの悩みが何で、ギギに何を求めゆうのか分からんなったので、3作目がどう決着するのか逆に楽しみになったよ。ギギってさ、年齢は劇中で披露されてないんやけど、絶対19歳やと思って調べたらやっぱ19歳の設定やった。何で絶対19歳やと思ったかって言ったら、彼女は絶対に10代でなければならない、ってことと一応富豪の愛人(高級娼婦)だから若すぎると設定に無理があるってこと。何で10代じゃなければならないかっていうと、ハサウェイみたいな一部の男性は多分、成熟した大人の女性が苦手っていう本能的な何かがあってさ、かつ無邪気で奔放やけど何でか不思議なことに何も言わなくても一瞬で自分を理解してくれる少女に理屈も無く振り回されたいって欲求があるんやろうな、て思った。だからわりと執拗にケリアをイモくさくて重くてウザい大人の女に、ギギを対照的に無邪気で気まぐれやけどイイ感じにわきまえた少女(だって愛人だから)って描きよって、ちょっと安っぽいおっさんの夢って思った。もしギギが25歳なら、多分この話は成り立ってない。25歳の女に「マフティーは、間違ってるよ」なんて説教されたらケリアだろうがギギだろうが腹立つんやろ、どうせ。まあさ、分かるよ。今映画作って儲けるためには週替わり特典を作って何度も足を運んでもらってコンビニとかでタイアップしてグッズ当たる様にして…そういう副次的な儲けのために魅力的なキャラが必要ってこと。あの映画でグッズとして欲しいキャラってギギだけ。ビジュアル的にはハサウェイはう~んやし、ケネス大佐のグッズ欲しい女子もまあレアやろって。だからこの映画は過剰にギギの不思議美少女☆としての魅力を押し出し過ぎて、本来主人公であるハサウェイはギギの魅力に振り回される煩悩パイロット、ケネスもギギに振り回される腐れ軍人、ケリアはギギの引き立て役やった。ギギを中心にぐるぐる回る大人たち。やるせないねえ。…てことでハサウェイシリーズ、1作目までは良かったけど2作目の最後で、この映画はうつ病患者が長年自分を支えてくれた同い年の彼女を捨てて小悪魔少女に乗り換えた話、ってことになりました。ケリアのくだり、要らんかったんちゃう?