華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -26ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

もう1週間近く前の話なんですが、実は今月の11日にひよこ(従姉)の勧めで(というか半ば騙された形で強制的に)市内のとある病院の“あっち系の内科”を受診しました。

リハビリに通うのを辞めたかと思えば長年続けていたトイガン趣味を“離れる”と言ってトイガンの大半を整理し、愛車のジムニーも処分して以降、自宅の敷地内からはほとんど一歩も出ず、何もせずに無気力に過ごすことが多くなった私をどうやら彼女が心配したらしく、「リハビリに行く・行かない以前に解決しなきゃいけない問題がある」とかなんとかで私を内科へ引っ張り出したようです。

ただ、私の性格上「内科に行こう」なんて言われても“無駄なプライド”が働いてヘソを曲げ、意固地になる(らしい)ため、そんな私の性格や扱い方を熟知している彼女は「ちょっと“寄り道”してから廿日市まで“あなご飯”を食べに行こう」と、あたかもドライブに行くかのように私を誘い出し、まんまと彼女の策略(と大好物のあなご飯)にハメられてしまいました。

※ただし、病院の帰りに廿日市へあなご飯を食いに行くというのは本当だったようで、実際に内科の帰りにあなご飯をご馳走になりました…(苦笑)

当然、着いた時に病院の看板に書かれた“心○内科”の文字が目に飛び込んだ瞬間「なして病院に来た?!」「話が違うじゃろうが!!」と、駐車場のど真ん中で激昂しました。

が、彼女は私の恫喝紛いの激しい剣幕に対しても顔色一つ変えず終始涼しげか顔で余裕の表情を見せ、それから10分くらい炎天下の中、病院の入り口前で彼女と押し問答を繰り返した末、結局私が折れる形で彼女に降参し、この日は大人しく診察を受けて病院を後にしました。





この話からも分かるように、かつては“歩く瞬間湯沸かし器”“暴発屋”“野人のヤーさん”の渾名で鳴らしたやんちゃ坊主だった不良中年(笑)の私も彼女には頭が上がらない。

私の過去の恥ずかしい失敗や黒歴史(笑)など、身内しか知り得ない事を知る彼女に“弱味や秘密を握られている”というのはもちろんあります。

でも、それ以上に一度は自分を捨てて出て行った“実の母親”の言うことは聞かなくとも、幼い頃から実の兄弟姉妹のように育ち、大人になってからも家族ぐるみの付き合いは続き、様々な事情で私が困っている時には一番に助けてくれる“幼なじみの従姉”の言うことは100%無視は出来ず、渋々ながらも耳を貸さざるを得ません(※聞き入れるかどうかは別)。

生物学的な血の繋がりや血の濃さよりも、付き合いの長い・関係の深い人間から投げ掛けられる“言葉の重み”は時として肉親以上に響くものがあります……私の場合は。





まぁ、今後の通院の送迎や診察・治療の付き添いは彼女がすると言っていますし、彼女の“一度言い出したら聴かない性格”や“目的のためなら無茶を平気でする強引さ”はうちのじい様に似たというか、こういった頑固でめんどくさい部分は私も含め、もはや“血筋”なので半ば諦めております。

人にお節介を焼くこと、姉貴分(?)として私の面倒を看ることに全く苦痛を感じていない物好きな彼女のことですから、大人しく言うことを聞いておくのが吉でしょうな…。





なお、次の来院日はちょうど明日(18日)…。

明日、診断結果が出るようです。

聞く前から既に良い予感がしないので、診断結果を聞くの正直怖い……。
どうも。

そしてお久しぶり。

最近は夏バテ&食欲減退で動きが鈍っている南部廣洲でございます。

かなり今更感がありますが、ここ一週間程度の近況について箇条書き形式でダラダラ~とチラ裏でも書いてみようかと…。




・8月7日(日)…自宅からは一歩も出ず、終日“クズノキワミオヤヂ”な自宅警備員…(笑)

・8月8日(月)…母方の祖母たちの墓参りのため、長崎原爆の日の前日にひよこ(従姉)と新幹線で長崎入り。長崎市内某所のホテルに2人で宿泊。市内を軽く散策…。やねこかった…(汗)

・8月9日(火)…朝早くに博多からフェリーで生まれ故郷の壱岐へ渡り、母方の祖母が眠る山奥の墓所へ墓参り。夕方までに新幹線で地元へ帰郷。

・8月10日(水)…前々日と前日の旅の疲れと夏バテでダウン。この日は終日“生ける屍”状態…(笑)

・8月11日(木)…“あっち系の内科”を受診。詳細はいずれ記事に。

・8月12日(金)…夏バテでダウンする(笑)

・8月13日(土)…6年前に亡くなった我が家のばあ様の年忌法要。法事の後に我が家と地元の親戚の墓参り。

・8月14日(日)…夏バテで…(ry





──と、いう感じの1週間でした(苦笑)

まぁ、前半の長崎への墓参りはやねこかったですね…。

長崎のホテルに着いて「さて昼寝しようか」と思った矢先にひよこが市内散策をしようと提案。

「(市内散策なんて)やねこいだけだからホテルから出とうない」という私の訴えは既に観光する気満々のひよこの耳には全く入っておらず、小柄で華奢な割に足腰が強い彼女は車椅子の私を押して市内を回るのですが、座っている私が逆に疲れました(汗)

彼女は純粋に歩けない私のため、気分転換のためにと外へ連れ出していることは分かっていますし、彼女に悪気なんて微塵もないことは知っていますが、それ故にタチの悪さを感じるのが付き合いの長い幼なじみ、身内である私の率直な思いです(苦笑)





まぁ、これで母方の祖母の方と、我が家と近隣(県内)に住む親戚の墓参りも昨日(14日)までには無事に済ませてきましたので、これでまずは一安心。

近年の我が家はお盆で客が来ることは少なくなった(※じい様やばあ様、父親の世代の方々の多くが鬼籍に入られたり、その関係で付き合いが疎遠になったり、私は兄弟とはほぼ絶縁状態で付き合いは全くなく、同世代の親戚は近隣だとひよこしかいない)ため、親戚が少なくなると仕方がないです。

我が家(特に私)は元々宗教的な信仰心が低くく、お西さん(浄土真宗本願寺派)の影響が非常に強い“安芸門徒”の土地柄もあってお盆に特別な行事や風習がない(※) ことから、よその地域や家庭に比べれば寂しいお盆ですが、それはそれです。

※よその地域にある“迎え火・送り火”、“精霊馬”、 仏壇の脇に飾る“盆提灯”、子供の時に長崎に住んでいた頃に見かけた“精霊船”などのその地域独自のお盆の習慣がなく、そもそも“追善供養”という概念や発想がない。

無宗教でめんどくさがり屋な私には墓掃除という形の墓参り以外は特に何もしなくてもいいからラクっちゃラクです(苦笑)



↑ちなみにこちらがお盆期間中の地元の共同墓地の様子。画像はネットから拝借。





でも、これでしばらくは通院以外で外出はしたくないなぁ←

ハムは薄切り派?厚切り派?

▼本日限定!ブログスタンプ

あなたもスタンプをGETしよう


あなたもスタンプをGETしよう

胸糞悪いお題を見つけたので意趣返し。

運営は薄切り大根、厚切りサツマイモどっちを食(は)む派?

……んなもん選ばせるかっ。

運営は雑草食って泥水でも啜(す)ってろ!

このお題に乗っかって投稿する私もアレですが、よくこんなふざけたお題を出せたもんです。





もっとも、私は戦後生まれで戦争体験なんて父親と祖父母からしか聞いたことがない世代ですが、戦中~戦後間もない頃さながらの極貧生活で1日中ひもじい思いをし、給食費を払えなくてミジメな思いを小学生の頃に一時期経験し、戦中~戦後の貧しくて厳しい時代を体験された方の気持ちや苦労は多少なりとも分かります。

そこら辺に生えてる野草の類を摘んだり、イナゴやカエル、ヘビ、ザリガニなどのゲテモノ食いなんて今の子はまずしないでしょ?

でも、私はしましたからね、生きるためにね。





今のようによほどの事がない限り栄養失調や飢餓、ちゃんと治療を受ければ死ぬことはない軽い病気などで命を落とすこともなく、昔に比べて国や政府からは手厚い生活保障を受けられる機会がある現代日本に生きられる私たちはどれだけ恵まれていることか…。

薄切りだとか厚切りだとそういう話よりも、8月6日がどういう日なのか、よく考えて欲しい。

こうして記事を書いているこの時、71年前の今のこの時間帯、広島市は原爆により発生した火災で市街地は火の海──当日に亡くなられた方の多くは熱線や爆風による“被爆死”よりも実は火災による“焼死”が多かったそうです。

建物が倒壊して下敷きとなって動けず、生きたまま炎に巻かれて焼き殺された……考えただけでも恐ろしい話です。





今日は朝早くからテレビ中継で71回目の平和祈念式典を見守りましたが、存命中の被爆者の平均年齢は80歳を越えたそうで、被爆の記憶は無いものの被爆当時は母親のお腹の中にいた“胎内被爆者”ですら既に還暦をとっくに過ぎた70代…。

語り部の大半は被爆当時が幼児や小学生だった方が増え、詳細な被爆体験を語れる被爆者も非常に少なくなった今日、10年、いや、5年先には被爆者から直接被爆体験を聴ける機会はもっと少なくなるでしょう。

私の身内で被爆者だったばあ様や父親は既にこの世をさって久しく、親戚で存命中の最後の被爆者も認知症でボケてあの時の証言はもう出来なくなりましたから、身内や親戚の中でも原爆の記憶は風化しつつありますからね。

私は幼い頃からこういった話は嫌というほど聴かされてきましたが、例えば今我が家に同居している従甥2人はそういった身内や親戚の被爆体験はほとんどと言っていいほど聴いたことがない。

核兵器のもたらす惨禍、原爆の実態というものを“生の声”で聴くことなく従甥たちが大人になってしまうことに危機感を感じておりますので、やっぱり今一度、従甥たちを連れて原爆資料館に足を運び、平和公園内にいるボランティアの語り部さんから証言をいただくべきかなぁと思っています。

信じられない話ですが、従甥たちが通っていた小中学校は同じ広島市でありながら平和学習はほとんどなく、原爆資料館も小学校中学年の時に1回しか行ったことがなく、しかも時間的な都合で駆け足で回ったくらいだというので、尚更今年は連れて行くべきかもしれない。

まぁ、私は足が悪くて車椅子なので、ひよこに頼んで連れて行ってもらうことにはなるでしょうが…。





父親が入市被爆者、母方の祖母が広島と長崎で被爆した二重被爆者──被爆二世・三世の私としては健康不安はもちろんですが、地元ヒロシマの果たす役割や今後の平和都市ヒロシマの在り方がどうなっていくのか……心配でなりません。

予約投稿。

ここ最近、スマホ向けアプリの【ポケモンGO】が良い意味でも悪い意味でも巷で流行っていますな。

私も20年ほど前、ポケモンブームが巻き起こった際に親戚の子供たちに触発される形で年甲斐もなく初代ポケモン(ゲームボーイ)を遊んでいたことがありますが(※元々小中学~高校の頃からファミコンといったテレビゲームは好んでやっていて、成人してからはウォーシュミレーション系のパソゲーもやり込んでた)、まさかポケモンがここまで息の長いゲームになるとは想像だにしませんでした。

一緒にポケモンで遊んでいた親戚の坊やも今やアラサー世代──遠い過去の話ですよ。





まぁ、そんな話はさておき、ここからが本題。

実は昨日(1日)、捻挫した右足が少しは落ち着いてきたこともあり、ひよこ(従姉)に車椅子を押してもらい、彼女の肩を借りながら急な階段を登り、墓掃除を兼ねて墓参りに行ってきたんですが、ここで少々トラブルが。

我が家の先祖代々の墓(一番古いのが戦国時代末期~江戸時代初期)がある場所は私のご先祖様と遠いながら血筋にあたる毛利氏ゆかりの武将とその家来の葬られた供養塔に指定されているのか、これを目当てに敷地面積6坪もないこの場所に平日から小中学生やその親御さんや保護者らしきジジババが50人くらい集まり、あふれて入れない者は墓地に続く脇の階段に列を作ってズラーッと並んどったんですよ。

墓地へ向かう途中に普段は全くクルマ通りの少ない狭い農道の脇に違法駐車らしきクルマが十数台以上も停められていたので「おかしいのぅ…」とは思っとったんですが、どうやらこのポケストップを目当てに近隣の団地から人が押し寄せてきたようです。

近隣の古い団地も含め、地元にはポケストップやジムがほぼ皆無なド田舎──少しでも近いところに…という感じでしょうか。

当然これでは墓地の掃除や墓参りも出来ゃあせんし、墓地でペチャクチャと騒がれるのはたまったものじゃない。

更に違法駐車で道もほぼ塞がれているため、いくら交通量がほとんどないとはいえ、これでは対向車も離合出来ゃあせん。

そもそも観光地でもない一般の墓、まさか我が家の墓の直ぐ隣の供養塔がポケストップに指定されていること自体が驚きと同時に憤りを感じました。

ご先祖様の眠る墓の周辺で騒がれるのはもちろんですが、ご先祖様ともゆかりのある毛利系の家臣たちが祀られている供養塔は私にとっても我が家の出自とも関係する大切な場所。

墓参りに来た際は供養塔の周りに生えた雑草や落ち葉を取ったり、お盆や年の瀬などには我が家の墓同様に花やお供え物を手向けて線香を上げるなど、自主的に供養塔の管理を買って出ていることから、我が家にとっては先祖の墓も同然。

ちょうど私以外にも定期的に墓参りに来ていたお隣の墓に参っていた年寄りもいたことから「墓参りの邪魔じゃけぇ出て行きんさい!」と年寄りが注意はしたものの、一部には従わない悪質なプレーヤーもいたことか、「出て行かにゃ(警察を)呼ぶぞ」と警告し、それでも聴かなかったため、直ぐに110番。

ポリちゃんが来てようやく解散したということがありました。





ちなみにこの件を直ぐにポケGOの運営に苦情を入れましたが、今のところ返答は一切なし。

ポケストップの指定を外してもらえるかどうか………。

こういうポケストップの仕組み(指定の仕方や基準)とかっていう難しい話はよう知らんですが、常識的に考えれば一般の墓地を“溜まり場”に指定するというのは不愉快極まりないし、運営側の良識を疑います。





もちろん、これは私の住む地域だけのケースではなく、余所でも実際に起きている問題だと思います。

ちょうど原爆ドームや原爆資料館がある平和公園でも実際に被爆体験を持つ語り部や良識ある街の市民からは“平和を祈る場所がただの遊び場にされるのは不謹慎”“訪れるならせめて慰霊碑に手を合わせる、遠方からの方なら資料館を見学してからにしてほしい”という声も少なくないことから、プレーヤーのマナーやモラルが問われています。

ちなみに私個人の見解としては平和公園も普通の公園と同じ“憩いの場”である以上、慰霊や観光以外の休憩に訪れる方もいるワケで、平和公園に来たら慰霊碑に絶対に手を合わせろとか、ポケGOはやっちゃダメだとか、そういったことをイチイチ強要するつもりはサラサラありません(※現時点では平和公園内でのポケGOは禁止されておらず、プレー自体は自由)。

ただ、憩いの場であると同時に慰霊の場としての“荘厳さ”や“聖域性”を著しく損ねない、他の観光客や地元市民に迷惑をかけない、法律や条令、看板などに掲げられた禁止行為に触れない範囲内であればある程度は黙認という立場です。

というのも、平和公園では主に高齢者が囲碁や将棋に興じたり、創作活動(絵画を描く、四季折々の草木や花壇に植えられたら花の撮影、バンドやダンスの練習など)やスポーツ(ジョギングやヨガ、太極拳)をする方々もチラホラいて、そういった方々は節度ある公園の利用を通じて公式・非公式を問わず市民権を得ているため、新参者として公園内でポケGOをやるならなるべく騒がず静かに遊んでほしいです。





でも、広島市市民としては平和公園に立ち寄る際は寺社仏閣といった神聖な場所に立ち入る時と同じかそれ以上に気持ちを引き締め、表面的にでも構いませんので、原爆犠牲者を偲ぶ態度や被爆体験を証言して下さる語り部の方々に対する配慮は持って欲しいもんです。

法律や条例で禁止されてない、罰則がないからといってマナーやモラルに反するようなPlay(=遊び)は慎み、こうして呑気にゲームが出来る幸せや平和がこれからも続くことを願ってまずは心の中でPray(=お祈り)しましょう…少なくとも平和公園内では。





まぁ、オッサンのしょうもないボヤキです…。
実は2日ほど前に自宅内でうっかり敷居の段差(※1cmもない場所)で転んでしまって右足首を捻り、更に転んだ時にフローリングに思いっ切り顔面を強打したことで右目の目尻の外側が真っ青なあおじになってしまいました……。

麻痺で左足が言うこと聞かん上に右足も捻挫してしまったので、今は完全に歩けなくなってしまい、現在は一階のリビングと隣の洋間(パソコンがある部屋)で完全に車椅子に乗って終日を過ごし、安静にしております。

※半身麻痺になってから以前のように動かなくなり、腰が弱りつつあるのに加え、最近は平衡感覚もバカになっているようです(汗)





こんな感じなので、ここ2日ほどはまともに風呂に入れていない(※自力で入れない、体格の大きい私の入浴介助を家族では出来ない)ので、なるべく汗をかかないよう、沐浴の回数を減らすためにとリビングはエアコンは掛けているのですか、元来冷房が苦手な私はエアコンの利いた部屋に長時間居るのは辛く、既に冷え性と関節の痛みが出ています…。

トイレも一部介助なしではズボンや下着の上げ下げがままならないので、現在は私の世話をするため一時的に同居しているひよこ(従姉)に完全に頼り切り。

彼女は身内だから風呂やトイレで恥ずかしいも何もないですが、下の世話まで一部受けねばならない──情けない話です……。





転んだ時に唯一まともに動く右手も怪我をしていたらと思うと今でもゾッとしますよ…。
何の気になしにブログ回りをしていて、「ああ…それはあるよなぁー…」という記事に出くわし、思うところがあったので少しチラ裏…。

このブログでも度々ネタになってますが、私は人相や目付きが悪いこともあり、月に1回以上はポリちゃんに止められて職質されたり、持ち物検査で引っかかったりで任意同行もしょっちゅう求められることがありました。

※今は足が悪くなってからは仕事も外出もしないので、ここ3ヶ月くらいは職質はされてませんが…。

まぁ、医療上の都合で常にサングラスは手放せないことや、30歳頃から趣味で口髭を生やしていることや、外出時はジャージと健サン、セカンドバッグというかなりラフな出で立ちということで「本職かと思った」「堅気に見えなかった」とポリちゃんが口を揃えて言うように、怪しく見えるらしい。

とはいえ、学生時代(特に中学の頃)はかなりやんちゃ坊主だった私はポリちゃんに補導されるのは日常茶飯事……成人した後もよく繁華街で喧嘩やトラブルでポリちゃんにドナドナされ、前科も付いちゃってますから、完全にブラックリスト(要注意人物)として密かにマークされていたのかなぁと思います。

ただ、近年は年齢を重ねるうちに多少丸くなったこともあり、最近は特にトラブルは起こさず大人しくしていましたが、何も悪いことややましいことなんてしてないのに職質で止められるのはあまり良い気分ではないですし、「またかよ!」「いい加減にしてくれ!」と言いたくもなることもあります。

職質はあくまでも任意ですから、それが必要ないことまで求められるようでしたら止められても無視して歩き去り、説得や追跡をされてもひたすら無視して自宅に入ってしまえばポリちゃんも裁判所の許可や礼状なしでは住居までは踏み込めないので、上手くいけば職質は拒否出来ます(※知り合いの弁護士が教えてくれました)。

ただ、これをやるとポリちゃんは地獄の底まで負ってくる勢いで執拗に追跡してきますし、仮に逃げ切っても後日、ポリちゃんの捜査で割れた身元を元に裁判所から事情聴取のための身柄の拘束や家宅捜索の許可・礼状を持って押し入ってくるため、何もやましいことがなければめんどくさくても、納得いかなくても素直に職質を受けた方がいいでしょうね(※経験者は語る…)

まぁ、仮に違法な職質をされて嫌な思いをしても、訴えるにも手続きが煩雑だったり、損害賠償を求める裁判費用が壁となって、大抵は“泣き寝入り”にならざるを得ないのが現実なので、難しい問題です。


地元でまたえげつない通り魔があった。

http://www.chugoku-np.co.jp/news/article/article.php?comment_id=268077&comment_sub_id=0&category_id=24

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160727-00000010-ann-soci

我が家は新聞を取っていない&普段テレビを観ない生活故、昨日はスマホやパソコンにも一切触れていなかったので、今日の昼頃にネットのニュースで知りましたが、この通り魔事件の前に神奈川の相模原市の障害者施設で殺人事件があったんですね…。

余所の事件もそうですが、地元でもこういう通り魔的な殺人未遂事件が起きると最近はさらにブッソーになったなぁと感じます。

私も一時期、ワケあって催涙スプレーやスタンガンといった護身具を持ち歩かなければならないほど身の危険を感じる生活を送った経験(※実際に夜道で背後からチ○ピラ3~4人に襲われ、軽い怪我をした)がありますが、こういう無差別に近い突発的な通り魔は気を付けようにも限界があり、いつ自分も標的になるか分からないのが通り魔の恐ろしいところ。

そういった凶漢は大抵の場合明確な犯行の動機がなく、ただ“むしゃくゃしたから”とかいう短絡的で幼稚な、しかしある意味一番残忍な動機で凶行に走るからタチが悪い。

こういう事件が増えるのは世の中が不安定な不景気や貧困が巷に蔓延り、人々が“生き辛さ”や“息苦しさ”を感じるそんな今の世相を反映しているのかもしませんな。

昔に比べて凶悪犯罪が増え、治安が悪くなっている現代日本──こんな状況で本当に4年後の東京五輪を開催して五輪期間中の安全をキッチリ確保出来るのか、私ゃ疑問です。

直ぐ横をすれ違う人がすれ違い様に、もしくは踵を返して背後から刃物や鈍器で襲ってくるかもしれない…そんな日常に潜む恐怖に怯え、外出中は常に周りを警戒し、近付く人間は疑わなければならない──嫌な時代になりましたよ。
予約投稿。

またまた写ルンですの話。

またこんなものを買いました。


こちらは前回の記事でも紹介した今年の4月8日に限定販売された【写ルンです 30周年アニバーサリーキット】の反響を受け、その第二弾として7月1日の【写ルンですの日】からちょうどに2週間後の7月15日に発売された製品。

私は発売日の2日後にひよこ(従姉)に再びアッシーさせて下界にあるフジカラーのお店て購入しました。

前述の通り、第1弾が予想以上に大好評だったことと、第1弾を手にすることが出来なかったファンからの再販の要望が多く寄せられたことから急遽第2弾も実現したそうです。

この第2弾はカセット式の110フィルム(ポケットフィルム)を流用した初代写ルンです(昭和61年)の翌年に発売された35mmフィルムを使う【写ルンですHi】と同時期に発売された【写ルンですFLASH】を再現したようで、何となく見覚えのあるデザインが懐かしいです。



この手の“限定品商法”はある面では汚い手法ですが、写ルンですが長年築き上げてきた【誰でも簡単キレイな写真をお手軽に楽しめる】という今までに無かった利便性と、写真という娯楽・芸術文化に対する門戸を開き、写真市場の活性化に貢献してきた実績を讃えつつ、写真フィルムを知らない世代に写真フィルムの魅力をアピールするという意味ではこういった製品は大いに大歓迎です。

それに、写真フィルムの今後の“生き残り”を考えればこういう商売もやむを得ないですからね(汗)





確かに限定品とは言うものの、紙箱のパッケージ内に普通のシンプルエース(27枚撮り)と着せ替えカバー、ストラップ、小冊子を同封した内容は第1弾とほぼ同じ。

限定品も立て続けに出ると“二番煎じ”や“乱造氾濫”な感が否めません。

しかし、これらは五輪や博覧会、皇室関係の祝賀などで発行される“記念硬貨”や年間を通して購入出来るお土産用の“貨幣セット”などと同じで、お金としての通用力やコレクターから見た金銭的な値打ち云々ではなく、貨幣を通じて“お祝いする”又は“贈り物として渡す”ことに意義があるように、この写ルンですもコレクション的な値打ちというよりも、富士フイルムさんが写ルンですを愛用する(愛用していた)全ての人に30年間支えてもらった感謝の意味を込めて特別にリリースする期間限定の“お祝い品”だと私は思っています。





第1弾同様、第2弾も使うには勿体なくてまだ開封はしていませんが、使用期限は平成28年7月現在で第1弾が1年10ヶ月、第2弾が2年半近くは残っているため、しばらくは大切にとっておこう思います。

行きつけのフジカラーのお店にまだ在庫があれば記事用にそれぞれもう1セットずつ調達しようかなぁとも考えていますが、たぶん第1弾はもう完売してるだろうなぁ…。

いや、実は話のネタにと【ポケモンGO】をやってみようということでインストールしたのですが、ポケストップ(?)とかいうアイテムがもらえる場所やポケモンジムが半径3キロ圏内に一件もねぇんだわ。

カッペをナメてんのか?

ネットで都会民の住む地域のプレイ画面の様子をアップした画面にはたくさんのポケストップやジムが四方八方に囲まれた絵とは大違い。

まさに地域格差。

これクソゲーじゃん。

つか、足が悪くて歩くのがしんどい自分には全く向いていないことに後になって気付いた……。

ダメじゃん。

インストールして30分もしないうちにアンインストールしたったわ。

こんな地方民に不親切なゲーム、カッペにはハードル高過ぎ。

結局時間の無駄だった…。
どうも。

梅雨も明け、割とカラっとした暑い日々が続いてますな。

んで、大して何もしてないですが近況の話。

実は今日、地元で夏祭りが催される予定だったのですが、夏祭りの実行委員会の現場責任者(代理)を昨年に仰せつかったものの、今年は病気で左半身を麻痺ってからはまともに動けなくなり、実行委員会での役員を下りてしまったことから、今年の夏祭りが取り止めとなってしまいました。

70~80代以上のジジババばかりの山間部の田舎(限界地区?)で、夏祭りの現場運営の主体となるはずの“婦人会”は2年前の8月20日に発生した広島土砂災害以降に県内外に転出・移住したり、メンバーの高齢化を理由に昨年解散し、“青年会”のメンバーも60代以上が大半ということで昼間の炎天下での長時間の作業は体力的に厳しいものがあり、話し合いの結果、中止と相成ってしまいました。

土砂災害から少しずつ復興し、落ち着きも取り戻しつつあった中、いろいろな事情が重なり、一度は復活した夏祭りが人手不足で再び中止となってしまったのは本当に残念。

青年会で一番最年少の若手で現場指揮官(代行)の私が病気にならなければもしかしたら夏祭りは辛うじて出来たかも知れないと思うと、普段はチャランポランで無責任男な私も責任を感じてしまいます。

広島県民(特に南部の瀬戸内海側)はお祭りや遊びが大好きなラテン気質の人が多く、こんな田舎の小さな夏祭りでも楽しみにされている方も意外に多いので…。

……まぁ、こんなところでボヤいても仕方がないんですがね。

今日も暑いはずなのに気分はブルーです。