華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -27ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

備忘録の名を借りたチラ裏記事。

前回の記事にも書いた通り、ちょうど今年は富士フイルムのレンズ付きフィルム【写ルンです】の生誕30周年の節目の年。

それにちなんだ数量限定の特別仕様な写ルンですを今日は紹介します。



富士フイルムの【写ルンです 30thアニバーサリーキット】です。

こちらは1986(昭和61)年に発売された初代“写ルンです”を模した紙箱に現行の写ルンです【シンプルエース】(27枚撮り)が1本、初代・写ルンですのデザインを再現するための着せ替えカバーが1枚、特製ストラップが1個(全部で3種類。ランダムで封入)、写ルンですの歴史を振り返る小冊子1枚をパッケージ化した数量限定(5万本)の特別仕様。









私は発売の2ヶ月以上前から事前に情報はキャッチしていたので、発売日(4月8日)の翌日に同居しているひよこ(従姉)に頼んでクルマを運転してもらい、市内のフジカラーのお店に赴いて購入しましたが、この時点で在庫はざっと見て30本ほど。

聞くところによると入荷したのはこの日で、不思議なコトにまだ誰も購入者が現れていなかったらしく、私が最初の客のようでした。

広島唯一の富士フイルムの現像所を併設する広島で一番大きなプロラボというだけはあり、これだけ豊富に在庫があると、数量限定や特別仕様に弱いミーハーな私は有り金を出せる範囲で「ちょっとだけ買い占めてもいいよね?」「転売すればちょっと小遣い稼ぎになるかもw」…なんて思ったのですが、自分の脳裏に過ぎった邪な考えが厚顔無恥で傍若無人、節操もヘッタクソもない隣国の爆買い観光客とドッコイじゃないかと気づき、軽く自己嫌悪(汗)

買い占めや小遣い稼ぎのタネに…という邪な考えを何とか払い退け、一人でも多くのファンにアニバーサリーキットが行き渡り、30周年の記念すべき節目を共に分かち合うために“あえて”買い占めないんだ…と、自分に言い聞かせて買い占めはグッと堪え、とりあえず2本だけの購入に留めました。

ちなみにもう1本はひよこにアッシー代(笑)の代わりにプレゼント。

久しぶりに写ルンですを手渡され、彼女も「あら懐かしい~!」と言いながら笑みをこぼしながら妙にテンションを上げてましたよ。





ちなみに購入してから既に3ヶ月以上が過ぎましたが、今も冷暗所に保管中。

限定品というコトでなんかもったいなくてなかなか開封出来ません。

本来は使ってナンボな実用品であると考えると、この際、数量限定や特別仕様云々なんて気にせず使ってもらうコトが写ルンですにとって道具冥利に尽きるのでしょうが、こういうちょうと凝った包装やオマケも付いたプレミアムな品って使うのはちょっと勿体なくて……。

使用期限は平成30年の5月となっていますが、それまでに開封の踏ん切りが付くでしょうか??
どうも。

たまにはお日様に当たってやろうなんていう気まぐれを起こし、暑さの和らぐ夕方頃に無謀にも一人で散歩へ行ってきました。



杖突いて歩いて10分もしないうちにバテてしまい、道ばたのベンチや岩なんかに腰掛けて休憩しながら目的地の河川敷へ。

かつては歩いて20分も掛からない散歩コースなのにここまでたどり着くのに下り坂や段差に阻まれながら1時間…。

特にやることもなく、ボーッと河川敷を眺め、風に当たりながら考え事。

私自身も半身麻痺が残って身体が不自由になってからというもの、自由に歩ける、物を掴むという当たり前の動作が出来ることがどれだけ有り難いことなのかと、最近は少しずつそういうことを考えるようになりました。

私は杖を突きながらでも歩くことは出来る、利き腕の左手が使えなくても右手で代替は利きますが、世の中には事故や先天的なもので手足を失う・手足を持たない人だっている。

例え麻痺で肉体的な機能は低下していてほとんど“飾り”となっていても、そういった手足を失った・手足が無い方々にしてみれば生身の手足がある私は何万倍もマシだと思わなければ、そういった方々からお叱りを受けますよね。





ただ、それでも今の私にはリハビリを受ける意味や理由を見い出せないことには変わりはなく、今はとてもリハビリへ通うという気にはなれません。

“ナニクソ!”とか言って燃えるような熱血漢ではない私はそういう暑苦しい展開はガラじゃないし、今時そんなものは流行んない上にダサい、かっこ悪い。

自分が納得出来る合理的な理由や意味がなければ行動を起こさない(起こせない)ダメ人間です。

今は何も考えず、気が済むまで自由気ままにダラダラと過ごします。





この先はどうするかって?

ンな先のことは知らん。

その時はその時。

切羽詰まった時に考えます。










追伸…

気まぐれで一時的にコメ欄を再開。

極力早く返事はしますが、キーボード打つのは亀さんなので、約束は出来かねます。
久し振りに新顔の時計を紹介。



【セイコークォーツTYPEⅡ】です

割と初期の普及型クォーツのようですが、詳しいことはよう知りません。

名前が長ったらしい&いちいち“TYPEⅡ”と打つのもめんどくさいので、特に断りがない限り以後“弐式”と略します。





一応、オリジナルのブレスも付いた個体で、こちらは行きつけの時計屋で譲ってもらった大量のジャンクの中にあった一本(不動品)。

手に入れた直後の写真は撮っていないので画像はないですが、これも大概に汚れ塗れの傷物だった。

修理の際にケースとブレスを洗浄し、時計屋の主人が修理メニューとは別にサービスとして研磨材入りのクロスで曇りが軽く取れる程度にキレイにしてくれたのでこれでもまだマシになった方。

写真じゃ分かりづらいですが、風防は私があまり好きじゃないカットガラス。

ガリガリの傷だらけですが、時間の確認にはまだ支障ないレベル。

予算の都合で今回はパスしましたが、風防はいずれ新しく入れ替えたいところです。

光加減や近寄って見ると消し切れなかった古傷や痘痕が結構目立ちますが、この写真や遠目に見る分にはそこまで汚らしくは見えないので、普段使いならこれくらいがちょうどいいかな。





今でこそこの通り動いていますが、実はコレ、手に入れた時点では中の回路、コンデンサが電池の液漏れ、裏蓋の隙間から侵入した汗や湿気、水気による錆で侵され、わやになっていたジャンク品。

修理までの過程を書くと非常に長くなるため、ここでは割愛しますが、母方の祖父の遺品にあるセイコーエンブレム以上に修理費用が嵩んで苦労させられた一本。

国産のS社の3~4万クラスのクォーツが新品で買えてしまうくらいは掛かりました…(←完全に無駄遣い…)

しかし、この弐式は私が大好きな亀戸マークと亀戸系の機械を積んだ時計であり、見た目のデザインもピンと来るものがあり、往年のオールドクォーツを味わってみたい、修理して動かしてみたいと思い、あえて割に合わない博打(修理)を打ちました。

大手術だったようなので、またいつ動かなくなるか分かりませんが、現行の時計にはあまりグッと来るものがなく、あっても非常にお高いことから、こういった気に入ったデザインで選べる中古時計を再生して使うのが私には合っています。

まぁ、半身麻痺が残って働けなくなってからは収入も途絶えて久しいですから、どしてもこしても新品の時計なんて買う経済的余裕はありませんので(←無駄遣いしてる時点で矛盾してないか?)。





つか、片手じゃ時計の付け外しも出来ないからほとんどポケットに入れて使ってるから腕時計の意味がねぇんだよなー。

バカだよねー、マジウ○コ(小並感)。

いっそ懐中時計でも持った方がいいんじゃねぇか…なんて最近は思う…。

↑オールドクォーツ仲間のセイコーエンブレム(母方の祖父の形見)と2ショット。どちらも修理費用は本当掛かりました。2つ合わせて70k…端から見れば無駄遣いこの上ない金額(苦笑)
左半身が麻痺ってから4ヶ月近くが過ぎました。

リハビリ(?)がどうとかじゃないですが、最近は利き腕じゃない健側の右手でフォークやスプーンを握ってメシを食うたり、遅いながらも右手でキーボードを打てるようになり、いくらか慣れてきました。

といっても基本的に自宅内では車椅子に乗って過ごす生活。

杖を突いて歩けんこともないですが、便所から一番離れた部屋、無駄に広い自宅ですから、そんなんでエッチラオッチラびっこを引いて歩いてれば便所に着く前に漏らしてしまうため、クソ以外は専ら尿瓶で用を足す感じ。

幸いなのは今の我が家はじい様や母親の後の介護を考えて余裕を持った作りにハナか頼んでいたこと。

まさかこの家で介護(介助)を受ける第一号が自分になるとは思いもしませんでしたよ。





んで、最近のリハビリの話ですが、ここ1週間くらいサボっております。

一向に左手足の機能改善が見られない、実感が湧かない、何も変わらないことに苛立ちを感じていたことや、リハビリでいつも担当していたOTのあんちゃん(30代半ば)が資格習得か研修かなんかで担当を外れ、代わりに担当になった新卒の若いねーちゃん(ハタチそこそこ)が気に入らないなど、リハビリに対する意欲ややる気が起きないってのもあります。

医者やリハビリの連中は「続けていけば必ず改善はあります」「頑張りましょう」なんて言ってますが、自分の身体ですから、もう二度と治らないのは分かりきっていることで、そんな気休めの言葉をさも当たり前のように平然と言ってのけるコイツらの無自覚な偽善、無神経な慰めが気に食わない。

それならいっそ「あんたぁ一生その身体は治らんで」「リハビリなんかやったって無駄じゃあや」と突き放される方がどれだけラクなものか……。

元々“人間不信”な私はそれが更に加速させる。

こんな嘘偽りのうわべだけで塗り固められた連中の言うことを信用しろうというのが無理な話。

ゼニさえもらえりゃ治らんででも治ると言うコイツらに私のなけなしの医療費を払うなんて本当にバカらしい。

じい様や母親はリハビリに戻るよう言ってきますが、リハビリに行く必要性や理由が見い出せない今の私は聞く耳を持つ気はないです。

もう先のことなんか知らん、考えたくもない。

……クソつまんねぇ人生だ。

ホンマ死にたい…。
予約投稿。

今日(11日)は私の父親が亡くなって6年目の夏を迎えました。

早いもので既に5年もの月日が流れ、もうそんなに過ぎたんじゃのうと、どうにも実感が分かんです。

まいど毎度この日には亡き父親のことをブログで書いている気がしなくもないですが、これでも私、父親のことは今でも正直嫌いなんですよ。

過去に父親から受けた裏切りは許せれないし、私の頭の中に記憶として植え付けられている限り、一生涯許すことはありません(私は死んでも根に持つタイプなので)。

定職にも就かず仕事はしない、毎日フラフラとギャンブルで渡り歩く、家に居てもテレビを見ながらダラダラと酒を飲んで寝る、典型的なダメ親父…。

しかし、その一方で困っている赤の他人(大半は女性だが…苦笑)のために借金をしてまでお金を工面して面倒を見たり、戦後間もない食糧難の時代、ユニセフの支援で始まった学校給食と栄養剤の配給を受けた恩義に今こそ報いたいと言い出し(※)、珍しく出稼ぎ(九州の炭坑)へ行き、3年間のお給金の半分以上、博打でこさえたゼニの全額、当時の金額で300万くらいをユニセフに寄付したりと、意外にお人好しで義理堅い面もあり、根っこの部分はひいじい様やじい様と同じく任侠を重んじ、自分の利害損得に関係なくここぞという時にきっぷの良さを(たまに)見せる人でした。

※キッカケはフィリピンのマニラへ旅行に行った際、貧しいスラム街やゴミ捨て場で低い収入でその日暮らしを強いられている幼い子供たちの過酷な現実を目の当たりにし、戦後間もない頃の焼け野原だった広島市の荒れ果てた風景と原爆・戦災孤児の姿、お腹を空かせて辛かった当時子供だった時の自分とを重ねたらしい。





そして父親は遊びに関しては名人級で、遊びのことなら父親の右に出る者はいなかったことから、健全・不健全なものも含め色々な遊びを教えてもらい、休日にはパチンコや競艇、雀荘、馴染みのキャバレーやスナック、そして当時はまだ珍しかったファミレスなんかにもよく連れてってくれました。

仕事詰めでロクに子供とも遊ばない、子供に暴力や虐待を加える親、最悪子供を殺す親だって珍しくない昨今、そういう心無い親に比べれば仕事はしないけど子供と遊ぶことを優先する、子供と遊ぶことを楽しむ親だった私の父親はそういう意味では子供に対する愛情はちゃんと持ち合わせていたのかもしれませんね。

大人として、親としては欠陥だらけだったけど、一人の個性ある人間として見れば悪い面ばかりでもなかった、ゲ○ゲの鬼○郎のね○み男みたいな父親でした。





本当は墓参りに行ってやればよかったのですが、半身麻痺の残る今の身体では100段もあるキツい傾斜の階段の先にある墓まで歩いて行くことは出来ないので、ひよこや従甥たちに頼んで今週の休みあたりに墓参りに行こうと思います。

せめて杖を突いて自力で墓参りに行けるよう、リハビリは頑張ろう…。
まぁ、これといって特に何もしとらんけど、ゆったり過ごしちょります。



今日は室温32.5℃、湿度80%(←湿度が異様に高いのは昨日は雨が降って今日は快晴な上、新居は気密性が高い故に湿気がこもりやすいから。いつもは湿度55~60%)くらいとまだ過ごしやすい(※)。

※2年前の土砂災害で被災した旧宅にやむなく住んでいた頃の今頃は室温40℃以上、湿気は90%以上が常でした…。

ちなみに私は昔から冷房が苦手な冷え性なこともあり、私の自室にはエアコンはありません(※扇風機はあるけど、やはり冷え性なので昼間以外は使いません)。

窓を開け放てば瀬戸内海からの南風がぴゅっぴゅー吹いてきますから、ゴサを敷いてゴロ寝してれば十分です。

↑もう3ヶ月以上前ですが、壊れた金属バンド(マルマン製)の代わりにネェイトータイプのナイロンバンドに換えました。



前回の記事にチラッと登場したFUJI FILMのレンズ付きフィルム“写ルンです”について覚え書き的な話。

こちらは高感度フィルム(ISO1600)を詰めた【写ルンです 1600 Hi-Speed】という製品。

名前が長ったらしいので、これ以降“1600HS”とします。

これは従来の【写ルンです シンプルエース】と比べ、シャッタースピードが1/140秒→1/200秒に高速化され、手ブレや被写体ブレに強くなっており、チョロチョロと動き回る子供やペット、スポーツなどの撮影に向いています。



実際に地元のJRの汽車(時速50~60kmくらい)が走っている姿を撮影したコマを見ると、確かに汽車はブレているのですが、シンプルエースよりは被写体ブレも少なく、これならブレが分かりづらい向きに構図を変えたり、いっそ“流し撮り”の手法を取り入れて躍動感のある画にしてみたりといろいろ工夫すればこの1600HSも十分使えると思います。

あと、高感度フィルムを使っていることで若干暗い被写体には強くなって、シンプルエースと比べて最短撮影距離が1m→0.8mに縮まり、簡易フラッシュが届く範囲も3m→6mに延びたりと、地味に使いやすくなっています。



お値段はこの27枚撮りが950円(税込)、39枚撮りが1058円(税込)──これに現像代(500~600円)+プリント代(1枚当たり15~20円/枚)などの同プリ代も掛かるため、決して安い道楽ではありません。

しかし、大切な記録や思い出を確実に残す(※現像の失敗などによる“事故”はどうしようもないが…)という意味ではデジタルよりもフィルムの方が確実で信頼性が高いですし、現像処理がしっかりされたネガは保管が良ければ100年くらいは余裕で記録を保てるコトから、私は決して高いとは思いません。

破損した画質データの復旧をしてもらうサービスを業者に頼んで高い技術料を払う→頼んだはいいが“復旧出来ませんでした”→データもお金も無駄になる→枕を涙で濡らすよりは何万倍もマシですからね。





この写ルンです1600HSは平成18年に発売してから既に10年以上は作られ続けているロングラン商品であるものの、それもあとどれくらい生産され続けるか分かりませんが、オイラが生きている間(30年)くらいは生き残って欲しいものです。

写ルンですが生産され続け、一定の需要が見込まれる限り、普通のネガフィルムも“お裾分け”的な感じで当分は生き長らえますからね…。

今あるフィルム写真の文化を守る(?)という意味で大量に買い込んでストックしてある写ルンですを積極的に消費し、富士フイルムさんにしっかり“お布施”をしていきます(苦笑)