運営は草を食(は)む日 | 華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

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ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

ハムは薄切り派?厚切り派?

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胸糞悪いお題を見つけたので意趣返し。

運営は薄切り大根、厚切りサツマイモどっちを食(は)む派?

……んなもん選ばせるかっ。

運営は雑草食って泥水でも啜(す)ってろ!

このお題に乗っかって投稿する私もアレですが、よくこんなふざけたお題を出せたもんです。





もっとも、私は戦後生まれで戦争体験なんて父親と祖父母からしか聞いたことがない世代ですが、戦中~戦後間もない頃さながらの極貧生活で1日中ひもじい思いをし、給食費を払えなくてミジメな思いを小学生の頃に一時期経験し、戦中~戦後の貧しくて厳しい時代を体験された方の気持ちや苦労は多少なりとも分かります。

そこら辺に生えてる野草の類を摘んだり、イナゴやカエル、ヘビ、ザリガニなどのゲテモノ食いなんて今の子はまずしないでしょ?

でも、私はしましたからね、生きるためにね。





今のようによほどの事がない限り栄養失調や飢餓、ちゃんと治療を受ければ死ぬことはない軽い病気などで命を落とすこともなく、昔に比べて国や政府からは手厚い生活保障を受けられる機会がある現代日本に生きられる私たちはどれだけ恵まれていることか…。

薄切りだとか厚切りだとそういう話よりも、8月6日がどういう日なのか、よく考えて欲しい。

こうして記事を書いているこの時、71年前の今のこの時間帯、広島市は原爆により発生した火災で市街地は火の海──当日に亡くなられた方の多くは熱線や爆風による“被爆死”よりも実は火災による“焼死”が多かったそうです。

建物が倒壊して下敷きとなって動けず、生きたまま炎に巻かれて焼き殺された……考えただけでも恐ろしい話です。





今日は朝早くからテレビ中継で71回目の平和祈念式典を見守りましたが、存命中の被爆者の平均年齢は80歳を越えたそうで、被爆の記憶は無いものの被爆当時は母親のお腹の中にいた“胎内被爆者”ですら既に還暦をとっくに過ぎた70代…。

語り部の大半は被爆当時が幼児や小学生だった方が増え、詳細な被爆体験を語れる被爆者も非常に少なくなった今日、10年、いや、5年先には被爆者から直接被爆体験を聴ける機会はもっと少なくなるでしょう。

私の身内で被爆者だったばあ様や父親は既にこの世をさって久しく、親戚で存命中の最後の被爆者も認知症でボケてあの時の証言はもう出来なくなりましたから、身内や親戚の中でも原爆の記憶は風化しつつありますからね。

私は幼い頃からこういった話は嫌というほど聴かされてきましたが、例えば今我が家に同居している従甥2人はそういった身内や親戚の被爆体験はほとんどと言っていいほど聴いたことがない。

核兵器のもたらす惨禍、原爆の実態というものを“生の声”で聴くことなく従甥たちが大人になってしまうことに危機感を感じておりますので、やっぱり今一度、従甥たちを連れて原爆資料館に足を運び、平和公園内にいるボランティアの語り部さんから証言をいただくべきかなぁと思っています。

信じられない話ですが、従甥たちが通っていた小中学校は同じ広島市でありながら平和学習はほとんどなく、原爆資料館も小学校中学年の時に1回しか行ったことがなく、しかも時間的な都合で駆け足で回ったくらいだというので、尚更今年は連れて行くべきかもしれない。

まぁ、私は足が悪くて車椅子なので、ひよこに頼んで連れて行ってもらうことにはなるでしょうが…。





父親が入市被爆者、母方の祖母が広島と長崎で被爆した二重被爆者──被爆二世・三世の私としては健康不安はもちろんですが、地元ヒロシマの果たす役割や今後の平和都市ヒロシマの在り方がどうなっていくのか……心配でなりません。