初心者同志 -81ページ目

苺ジャム。

新聞に、イチゴの出荷が最盛を迎えている

という記事があった。


苺の元々の旬は、春から夏にかけての間だったはずだけど

実は、一年をかけて一番出荷がされるのは、

クリスマスのケーキ需要で、12月なんだと、

以前、なにかで読んだことがある。


今出荷されているのも、

その、これからの季節向けに作られた、

ハウス栽培の苺なんだと思う。


私が小学生だった当時、通学路の途中には苺畑があった。


しかもそれは、親戚の人が所有している畑だったんだ。


帰り道、収穫しているところを、偶然通りかかったりする

こともあって、そんなときには、

出荷に耐えられない、少し形の崩れたような苺を、

親戚のおじさんがたくさん持たせてくれたりした。


よく、それを食べながら家に帰ったりしたっけ。

校則が厳しくて、見つかったりでもしたら

酷く叱れることはわかっていたから、勿論、コッソリとだったけどね。


もう一つ、記憶にあるのが苺のジャム。


親戚の家では、他にもいくつかの畑で苺を栽培していたので

出荷できない、形の悪い苺というのが、

毎年、結構な量、出ていた。


私の家では、それを沢山貰ってきて、

そのほとんどを手製のジャムにしていたのだ。


今でも、市販されているジャムは、

なんだか甘すぎて食べられない私は、

自分でできる限り手作りするようにしているのだけど、

中でも一番よく作るのが、そんな経験もあって、

苺ジャムなのだ。


ただ、一つだけ、困っていることもあるんだ。


それは、スーパーの青果物コーナーに並んでいる、

苺たちの、綺麗すぎる形!


なんだか、グチャてつぶすのを、躊躇しちゃうんだ・・・・・・。


商品棚にズラリと並ぶ優等生な苺たちの影で、

一体どれくらいの出来損ないな苺たちがふるい落とされてきたのか、

容易に想像できてしまうだけに、

それをジャムにしてしまうことに、凄く抵抗感を感じてしまうんだ。


うーん、ジャム用に、形の悪い苺も一緒に売ってくれないかなあ。

あれば、すぐにでも買い占めるんだけどなぁ・・・・・・。


仲間ハンター(その④)

オンラインゲーム「MHF」 世界、

ハンターズギルド規範、一般則第17条。


仲間とは―――――。


仲間とは、何時いかなるときも行動を共にすることで、

お互いの理解を常に深めていくものナリ。



MHFss177


だから、寝るときも一緒ナリ。


理解を常に深めるものナリ。



(撮影協力 猟団員クレハさん他)


たとえ話。

まったく、ふいのことだった。


まるで、オレンジジュースだと思って飲んだら、

レモン果汁100%だった、というような顔で

友人が私の顔を、ムッと睨んだのだ。


なんだよ、普通に楽しく話してただけじゃないかよぉ・・・・・・。


と、私は思ったんだけど、どうやら、

友人には友人の言い分があったみたい。


友人曰く、私の、物事を形容するときの言葉が凄く気になる、

と言うのだ。


と言われてもなあ、一体、なんのことだか、

さっぱり分からない。

で、改めて詳しく訊いてみると、どうやら私の物の例え方が、

友人には非常に気に障っているらしい。


うーむ、まさかこれまで生きてきて、そんなことを

指摘されることになろうとは、思いもしなかったなあ・・・・・・。


意外と心の狭いやつめ。

しかし、まあそんなに言うのなら、少しは思い直してみようかな。


たとえば、ちょっと考えてみよう。


相当の努力と幸運でもない限り、実現しそうにない

ことがあるとして、もし、それを語る場合

普通はみんな、それをなんて、例えたりするのだろう。


具体的には、こんな感じ。


その試合、二点差をつけて勝たないと、

サッカーの日本代表は決勝トーナメントに

出場できないという状況で、

後半開始時に、逆に二点差で負けている。


実況のアナウンサーであれば、


「砂漠に落ちた米粒を拾うがごとき試練を・・・・・・」


なんて言うかもしれない。


で、私の場合。


「針の穴にラクダを通すほうが、まだ簡単だ」



・・・・・・うーむ。


友人の忠告というのは、しっかり聞いておくものかも知れないなあ。




仲間ハンター(その③)

オンラインゲーム「MHF」 世界、

ハンターズギルド規範、一般則第17条。


仲間とは―――――。


仲間とは、ときには甘えを捨て、厳しく見守るものナリ。



MHFss175


ハイッ、もっと、腰をいれてーっ!



MHFss176


1、2、3、遅いぞ、あと100回追加ーっ!



・・・・・・厳しく見守るものナリ。




(撮影協力 猟団員Amonさん)

転校生。

ずっと仲のよかった友達だから、

やっぱり最初に転校するのだと聞かされたときは

ショックだった。


転校先を聞いてみると、全く知らない街。


当時はまだ子供で、自分が知っている世界といえば、

自分の住む町内とその近辺、

そして学校へと通うときに使う通学路が

すべてだったくらいだから、

なんだか、とてつもない遠くに

行ってしまうような気がしたのもかも知れないなあ。


もちろん、私たちは先生に言われるまでもなく、

お別れ会をみんなでやろうと計画した。


ナミダ、ナミダの・・・・・・、とまでは行かなかったけど、

これまで、休み時間や放課後にバカみたいに騒いで、

ときには周りから呆れられたりもした、

私とその友人だったから、

なんだかとても粛々と進められていくそのお別れ会が、

とても寂しかった気がする。


最後、私たちはみんなで、


「また、いつか必ず会おうね」


と言って別れたものの、本当にまた会うためには、

一体、どれくらいの奇跡が必要なんだろう、と

子供ながらに誰もが思っていたはずだ。


だからこそ、それから一ヶ月ほどたったある日、

母親に付き添ってデパートで買い物をしていると、

ふと、前のほうから歩いてくる、

見覚えのある友人の姿っ!


「あれ?何してるんだっ、もう転校していったはずだろーっ」


ひとしきり驚いたあと、

話を聞いてみると、転校していったその友人はいま、

この近くに住んでいるのだという。


なんだよ、けっこう近いじゃないかよぉ・・・・・・。


転校したといっても、実は同じ市内で、

決して気軽に行ける距離ではないとはいえ、

絶対に訪ねていけないほどの

距離でもないとわかって、

私たちは、


「うーん、あのお別れ会て何だったんだろうなあ」


と、大笑いしながら話したのだった。


それから私は、仲のよかった友人たちにも

そのときのことを話して、みんなで何度か、

休日などを利用して転校していったその友達の家に

遊びに行った。


でも、考えてみるとそれも最初の数回だけのことだった。


自転車に乗るくらいしか手段がない子供にとって、

やはりそれは遠い距離だったし、

転校していったその友人にも、時がたてば、

転校していった先に新しい友達ができて、

私たちといつまでも遊んでいるほどの時間はなくなっていった。


そして、それは転校する前の学校で毎日を過ごす、

私たちにもとっても同じ事で、

いつからか私たちは、また疎遠になっていったのだった。


なんとなく、印象深い別れと、出会いと、そしてまた別れだったせいなのか、

ふと忘れ難くて、今も思い出してしまうのだけど、

そのときの友人ともう一度会おうと思ったら、

今度こそ本当に、たくさんの奇跡が必要かも知れないなあ、

と思うのだった。