初心者同志 -49ページ目

尻尾と対決ハンター(その1)。

オンラインゲーム「MHF」



「私も、剣を振るってみたい」


苛烈な大自然の原野で、凶暴なモンスターたちを前にして、

一心に笛を吹きつづけてきた、一人のハンターの、ふとした思い。


そんなハンターの前に現れた、一匹の狂相のモンスター!



MHFss214


ひ、ひひえっ!


でも、やるしかない!

狙うは、ずっと憧れ続けてきた、尻尾の切断だっ!



MHFss215


おおっ!

うーむ、あれかっ!

大きいなあ、斬れるかなぁ・・・・・・。


とにかく、やってみるしかないぞっ!

おりゃああっ!



MHFss216


あれっ。

・・・・・・届かない。


うーん、おりゃあっ!



MHFss217


ううっ。

届かないーっ!


これって、ほんとに斬れるのかーっ!?



果たして、どうなる!?

つづく。



読めない本。

私は本が好きだ。

だから、当然、買った本はすべて読んでいる。


かというと、そうでもない。


中には、読まないままになっている本が、何冊かある。


何度か読んでみようと思っているのだけど、なぜか最後まで読めなくて、

ついつい、途中で別の本に浮気してしまうのだ。


私は一度好きになった小説などは、毎月一回ずつ読み直してしまうくらい、

徹底的に読みこむ。


すでに一度読んだ本を改めて読むくらいなら、まだ読んでいない本を

読めばいいのに、と、そんなとき、自分のことながらいつも思う。


そして、実際そうしようと、読み始める。

でも、いつも、同じようなところで読めなくなってしまう。


だから、私にはその本の印象は、ずっと序盤の、まだ物語の始まりかけたところ

印象だけしか残らない。


どうして読めないのだろう、と思うのだけど、いまだにその理由はわからない。


それだったら処分してしまってもよさそうなのに、それもしない。


いつか読むはずだから、と、そういう本に限って、

いつまでも本棚に並べたままにしていいる。


最近、ちょっと気になって、その本のタイトルをネットで検索してみた。

誰かが、もし、この本を書評していたりしたら、それを読むことで、

自分でも読んでみよう、という気持ちになるかも知れない、と思ったのだ。


探しても探しても、書評どころか、検索にヒットさえしなかった。


この本は、本当に実在しているのだろうか。

私の目にだけ見えている、幻なのかも知れない。


そんなことを言っている間は、やっぱり、読み進められないのかも知れない。


ああ、うーん、どうしたらいいのだろう。


悩ましいなあ。




ペットの名前は難しい。

友人の、新しく飼いはじめた文鳥の名前をいま考えている

という話題から、みんなが昔飼っていたペットの名前の話になった。


一通り聞いてみてわかったのは、意外とみんな、無難な名前を

つけているなあ、ということ。


頑張りすぎて、ペットというより、SF映画に登場する宇宙船のような

名前になってしまったり、家族の一員だから、といって

普通の日本人のような名前をつけてしまったり、という人は誰もいなかった。


うーん、意外とみんな常識人。


そういえば、私も、子供のころに飼っていたネコは

色が黒かったので、「クロ」とつけて、呼んでいた。


・・・・・・今思うと、色々と後悔することはある。


そんなとき、ふと思い出したのは、自分でもずっと忘れていた、

初めて飼うことになったの犬のこと。

まだ、私が小学生になる前のころのことだ。


まだ、ずっと小さかった頃で、記憶もおぼろげなんだけど、

確か、こういうことだったと思う。


近所に住んでいたお爺さんが、もう歳で、自分で犬を散歩に

連れて行ってあげられないから、という理由から、

新しい犬の飼い主を探していた。


ちょうどそのころ、犬を飼いたい、という話を私の家では

していたのかも知れない。


両親と一緒にその家を訪ねてみると、その家では

2匹の犬を飼っていて、この2匹を一緒に、あるいは、

好きなほう1匹だけでもいいので、ぜひ、もらって欲しいと言われた。


そのとき、私は親に、「どうする?」と聞かれたのを覚えている。

つまり、2匹とももらって帰るか、1匹だけにするか、それを

私はそのとき、決めなければいけなかった。


それが、かわいい子犬だったら、もう少し悩んだかも知れない。

でも、その犬は2匹とも立派な成犬だった。


両親からは、飼うことになったら、世話はちゃんと自分でやりなさいよ、

手伝わないからね、と、その家を訪ねる前に、

何度も言われていたことも、あったと思う。


私は、「1匹だけにする」と、答えたのだった。


そのとき、なんとなく、飼い主のお爺さんと両親が、

困ったような、仕方ないな、というような顔をしたことを、

子供ながらに敏感に気づき、なんだろう?と思ったものの、はっきりとしたことは、

わからなかった。


わかったのは、ずっとあとになってからのことだ。


すでにつけられていた、その犬の名前の由来について、知ったときだった。


私がもらってきた犬の名前は、「チルチル」

あのとき、お爺ちゃんの元にいた、もう1匹の犬が、「ミチル」


実は、2匹は兄弟犬だったのだ!


飼い主のお爺ちゃんが、なぜ、あのとき一瞬だけ、悲しそうな顔をしたのか、

そのときになってようやく気づいた私は、

とはいえ、そのときの私は1匹の大型犬の世話で精いっぱいだったこともあって、

でも、やっぱり、2匹は無理だもんなあ、と思ったのだった。


今になって、そんな昔のことを、ふと、思い出して、

あのとき、おじいちゃんの元の残った「ミチル」は、結局どうなったんだろう、

と少し、思いを巡らせた。



壁紙のカタログ。

自分の好みをはっきりと正直に伝えることは、悪いことではないんだなあ、と

私はしみじみ思ってしまった。


ずっと以前の話ではあるけれど、

実家が新築されることになったあるとき、それぞれの部屋の壁紙を

どんな壁紙にするのか、自分たちで決めることになった。


そのとき、「これ、よかったら参考にしてください」と、建築家の人が

持ってきてくれたのは、何冊もの壁紙のカタログだった。


それは、座布団の代わりとしてとして使えるんじゃないか?というくらい大きなサイズの本で、

世界中の知識が載っているのかと思うくらい厚かった。


どうして、ただのカタログがこんなに重いんだろう、という疑問は、

中を開いてみて、すぐにわかった。


そのカタログには、部屋の壁に使ったらこんな感じになりますよ、という

実際に壁紙が使われている部屋の写真と共に、その壁紙の実際のサンプルが

本の中に直接、貼り付けられていたのだ。


そもそも、ただ壁紙といっても、その種類は描かれている模様の

違いだけが全てじゃない。

使われている材質や、それによって生まれる質感によっても、

全く違った壁紙として区別がされるのだ。


だから参考にするカタログにも、当然、実際のサンプルが必要になるというわけ。


うーん、納得。


というわけで、当時、もともとは、


「部屋屋の壁紙なんて、どんなのでもいいや!みんなに任せるから」


なんて言っていた私は、そのカタログを見て、一瞬にして心変わり!


壁紙のデザインもそうなんだけど、なによりもそのときは、

これまで見たことのなかった、その「壁紙のカタログ」という本の存在に

魅せられてしまったのだ。


それで、新築する家に使う壁紙を一通り選んだあとも、

自分の部屋にそのカタログを全冊持ち込んで、延々と一人で読んでいた。


建築家の人にそのカタログを返す期日が来たときも、

返すのが惜しくて、

「この本面白いですね、個人でも買えるんですか?」

なんて訊いたり(業者専用と言われた。)

「使わなくなったら貰えませんか?」

なんて、無理なお願いをしたりしたくらい。


そのときは建築家の人に笑いながら、


「じゃ、いつか古くなって使えなくなったら持ってきてあげるよ」


なんて言われたんだけど、もちろん、当時の私は、そんな筈はないよなあ、

大人の礼儀で言ってくれたんだな、とわかっていた。


だから、それから数年後、本当にその人が、その時の言葉を

覚えていてくれて、そのとき読んだカタログとは別の本ではあったものの、

実際に私のために本を持ってきてくれたときは、しばらく言葉が出ないくらい、

感動してしまった。


ああ、自分の本当の気持ちを相手に伝えることって、悪くないなあ、と、

そのとき、本当にしみじみと思ったのだった。


シャッターチャンス。

夜、街を歩いているときは、ときどき不安になる。


帰宅する途中の帰り道、私の背中にかかったカバンには、

いつも、カメラが入っているからだ。


元々は、朝、仕事場へと向かう途中、太陽が昇ってくる瞬間を

いつも見ていたので、それを撮影しようと、カバンに入れて持って行くように

なったのがきっかけだった。


おかげで、私のカメラにはしばらくの間、大量の朝日の画像で溢れていた。

ふと、思いついて、帰り道、夜の街の風景を

撮影するようになったのは、それからしばらく経ってからのこと。


朝は時間に追われているので、ゆっくりとしていられなかったけど、

帰り道だったら、好きなだけ自分の時間を作ることもできた。


それでカメラを片手に、のんびりと深夜の街を歩いていたのだけど、

最近、これって、見る人から見たら、変質者と変わりないんじゃないか?

ということに気が付いた。


夏のような暖かい季節だったら、他にもたくさん人が出歩いているし、

そんな心配もなかったんだけど、今は深夜になると、

気温は零下まで下がって、人の姿もほとんど見かけることがない。


うーん、ヤバいなあ。


で、最近は、相変わらずカバンには入れているものの、

カメラを使うのは控えるようになっている。


でも、ときには、深夜の冬の街の景色のきれいさに、思わず

カメラを出してしまうこともあって、そんなときは、


「せめて、誰にも見つかりませんよう!」


と、やっぱり、ちょっと危ない人のような心境になっていたりする。




night cat


夜の空、なにが見える?