数字ハンター。
私のつたない知識による、勝手な思い込みかも知れないけど、
テレビゲームには、数字があふれている印象がある。
たとえば、私がこれまで体験してきたオンラインゲームは、
作成したキャラクターを、どんどん戦わせることで
成長をさせていくというゲームが、ほとんどだった。
その成長した証は、何を見ればわかるのかというと、
数字がずらっと並んでいる画面を見て、
その数値が以前より、上昇しているかどうかを見るんだ。
それを確認することで、ようやく、自分の操作しているキャラクターが、
上がった数値の分、強くなったことがわかる。
こういったゲームを遊ぶ人たちは大抵、常にその数字と睨めっこをして、
この数字を少しでもあげることに、心血を注ぐ。
数字の上昇が、そのまま、そのゲームを自分が遊びこんでいる
証にもなるからだ。
とはいえ、必ず見ないといけないって、わけではなくて、
私なんて、全然気にしなかったけど、
楽しむことというコトに関しては、それほど差はなかったと思う。
つまりは、遊ぶ人次第ということなんだろう、うん。
そこで、オンラインゲームの「MHF」
の話。
このゲームを遊んでいて、私はふと、あることに気がついた。
この「MHF」には、画面上に、数字が、ほとんどないんだ。
遊んでいても、数字を確認しなければいけない瞬間は、ほとんどない。
例えば、自分が操作するキャラクターの体力。
普通のゲームであれば、あとどれくらいの体力のがあるのか、ということは、
すべて数字で表示されていることが多い。
私が、これまで遊んだゲームでは、みんなそうだった。
体力 【350/60】
なんて、出ているのを見て、
「あ、このままじゃ危ないぞ、回復しよう」
と、思う。
でも、「MHF」では、それがただの棒状のゲージになっていて、
数字はどこにも書いてない。
そのゲージが減ってきたら、それが体力が減っている、という証なんだ。
これって、別にたいした違いはないじゃないか、て思えるけど、
実は全然違うんだ、ということに、私は気がついた。
というのも、体力が数字で示されていれば、
当然、戦う相手側の攻撃も、数字で示されるってことだからだ。
体力が50ある私に対して、戦う相手の攻撃は20だから、
一度攻撃されても、あと30の体力が残るぞ、なんて計算が、
数字で示されているゲームでは、可能になる。
これが「MHF]では、数字は最初から存在しないので、
計算するということが、最初からまったく意味を成さない。
体力を示すゲージがいっぱい残っていると思って安心していたら、
凶暴な肉食モンスターが、突然、太い木の幹から顔を出して、
私に襲いかかってきて、
気がつくと、さっきまでたくさんあった体力ゲージが、
一気になくなってしまっていた、
なんてことは、今までに、何度もあった。
計算できないからこそ、予想できない楽しさが生まれる瞬間だ。
「ばかだなぁ、数字があるからこそ、そういうのを計算して遊べて楽しいんじゃないか」!
という人も、きっと大勢いると思うけど、
私は、何も考えず遊んでしまう人だから、絶対にマネできないんだ。
最近「MHF」を遊びながら、そんなことを考えて、
なんとなく、このゲームが私の肌にあった理由の一つには、
そんなことも、あったのかも知れないな、と思ってしまったのだった。
そういえば、すでに一度書いた けど、
相変わらず友人にバカにされながら、
いまだに時計もケイタイも携帯しないような人間だもんなぁ、私って。
でも、数字ではっきりと表示してしまわずに、
なんとなくのゲージだけで表示する方法て、
私は、とてもいいアイディアだと思うな!
これ、なんとか、他のものにも応用できないものだろうか。
たとえば、体温計なんてどうだろう。
あれからも、数字をなくしたら、いいかもしれないよ。
私は、ちょっと熱っぽいなあ、と思って体温計で測ってみて、
それで、少しでも平熱を上回っていたりすると、
とたんに、めまいがしてくるタイプなのだ。
だから、はっきりと数字で示されないほうがいいと思うんだけど、
・・・・・・うーん、ダメかしら。
着陸はビルの屋上。
初めて乗ったヘリコプター。
見慣れた街をあとにして、山に向かって飛びはじめても、
私は、窓からずっと、そんな外の景色を見つづけていた。
という、昨日までの話。
長くなってます。
普段はずっと下から、ただ見上げるだけだった、山の景色。
それを今は私が、ずっと上から見下ろしているというのは、とても不思議だった。
新緑の季節。
どの木も見事なまでにびっしりと、綺麗な緑の葉を生い茂らせている。
山は緑の一色に染まっていた。
ヘリコプターはそんな上空をさっきよりも若干、緩やかに飛んでいった。
実際には、一本一本の巨大な木が集まってできている景色のはずなのに、
ヘリから見下ろしていると、まるで粘土を丸く固めたものに
緑色のスプレーを吹きかけて、ワザとまだら模様して作られた、
模型のような景色だった。
なんだか、とても現実感のない景色に思えたんだ。
なぜだろう、と思っているうちに、ふと気がついた。
さっきから見つづけている景色には、街の上空にいたときからは一変して、
人の存在を感じさせるものが、一切ないんだ。
ヘリが街を過ぎ、山の上空を飛ぶようにかってかなり経っていたけど、
それにも関わらず、前にも、横にも、後ろにも、どこまでも、緑の山しかない。
人の住んでいる家屋も見当たらないし、
道路もない。
ただ、ずっとどこまでも、山の景色が、窓の外では続いていた。
それは、街の上を飛んでいたときのことを思えば、
面白みのない、代わり映えのない景色だった、と言えると思う。
でも、私はそれでも、そんな景色から、目を離すことができずにいた。
はるか高いところから見下ろす、延々とつづく山は、
まるで、人を拒絶しているようだった。
物は言えなくても、態度ではっきりと、
「お前たちなんて、ここにはいらないんだ」
と言っているように感じたんだ。
どこまでも、山以外には、なにもない景色。
激しい高低差さえなければ、そこはまるで、平原のようだった。
人が立ち入ることを拒んでいる、広大な平原だ。
私はふいに、ずっと今まで乗ってきたヘリコプターが、
急にとてもちっぽけで、頼りないものに思えた。
そして、とたんに、自分がいかに心細い場所にいるのか、
ということを思い知らされた気がして、素直にそのとき、私は
怖い、と感じた。
ヘリが飛び立ったときよりも、
街の上を飛んでいたときよりも、それはずっと、強い感情だった。
ヘリに乗りながら、その時こそが、私がもっとも恐ろしいと感じた瞬間だったと思う。
気がつくと、最初はあんなに怖くて仕方なかった激しい揺れや、
あの独特な浮遊感のことが、すっかり気にならなくなっていた。
ヘリは慎重に山の合間を抜けていき、
また少しずつ、人の気配が感じられる場所へと戻ってきた。
パイロットの人たちの声が緊張を帯びて、
頻繁に何かの数字を読み上げている。
無線の交信が増えていく。
外の自然の景色にも道路や、人の住む家が混ざりはじめて、
やがて、ヘリコプターが高度を少しずつ下げはじめた。
目的の場所に近づいていた。
それは、ヘリの中から見ても、とても巨大な建築物だった。
いくつかの建物が繋がってできていて、首がたくさん生えている怪獣みたいだ。
その中でも、もっとも高いビルの屋上に、ヘリコプターは位置を合わせていく。
目指しているのは、屋上にあるヘリポートを示すマークのようだ。
ヘリコブターがまるで痙攣するようにブルッ、ブルッと小さく震えはじめる。
今回のフライトの終わりを示すものは、それだけだった。
あとは、なんの衝撃も、特別な感覚もなく、ヘリは驚くほど静かに着地した。
勢いよくドアが開られると、すぐに外の熱気が流れ込んできた。
そのとき初めて、この息苦しいヘリの機内が、実はとても涼しかったことを
私は知ったのだった。
プロペラが回転つづけている中、帽子を飛ばされないよう押さえながら、
私は屋上に降りた。
靴がガシッっ、とコンクリートを捉える。
その時に感じたのは、
自分と同じ人間が住む、頼れる場所に戻ってきた、という深い安堵感。
そして、そんなものがなくても、何も恐れるものなどない、という、
さっきまで見ていた自然の景色に対する、羨望のような思いだった。
ヘリからは、タンカーに乗せられた父が降ろされてきた。
どちらにしても、私に頼れるものは、ここにしかない。
と、私は思った。
私は鉄板のように熱くなっている屋上をゆっくりと歩いて降り、
付き添われて、父と一緒に病院の中に入った。
大抵の人がそうであるように、私も、そのときが来るまで、
私のところだけは大丈夫だろう、と思っていた。
不慮の事故。
突然の病。
予測不能なトラブル。
自分自身に起きたことなら、まだ、冷静に考えられたかも知れない。
でも、今回はそうではなかったので、やっぱり苦しかった。
何もできない自分。
自分にはできないことを、できてしまう人たち。
何も必要としない、自然の山。
父が快方に向かいつつある今だからこそ、
私は改めてもう一度、色々と考えてみたい思いに駆られている。
長い長い、本当に長い、そして熱い二日間だった。
言葉ハンター。
たかがゲーム。
たかが遊び。
たかが、ネット上に作られた世界のこと、かもしれない。
でも、心から信頼できる仲間と、依頼を達成したあとに言い合う、
「お疲れ様でした」
の言葉には、本物の感情が込められている。
危ないところを助けてもらい、思わず出た、
「ありがとう!」
は、心の底からの言葉だった。
だから、私は行く。
今日も、オンラインゲーム「MHF」 の世界に。
空からみた街。
飛行機が苦手だと公言してはばからない私が、
まさか、ヘリコプターに乗ることになるとは思わなかった。
しかも、外は雨が降っていて、その直前までは、
雷までが鳴っていたんだよっ!
「ヘリは今日は飛ばないかも知れないです」、といわれて、
え、どうしよう。
という不安な気持ちと共に、ちょっとだけ、心の隅で
じゃあ、これで乗らなくても済むかなあ・・・・・・・。
と、思ったのは、ここだけの秘密。
しかし、そんな私の思いも空しく、
ヘリは無事、飛びだって、私は揺られながら、外の景色に釘付けになっていた。
というのが、先ほどまでの話。
飛び立ったのは、市街の中心地にあるヘリポート場。
よく見慣れた街が、次第にドンドンと離れていくというのは、
想像していたよりも、ずっと不思議な感じだった。
航空写真みたいなもので見るのとは、まったく違う景色なんだ。
今、この瞬間も、車が道路を走っていて、人も歩いている。
すへてが忙しく動きつづけながら、それにもかかわらず、
その景色がどんどんと容赦なく、小さくなっていく。
私はふと、動いているのは自分ではなく街の方で、
自分の知っているその街が、ぐんぐん下へと落下していくのを
一人、ずっと上から見下ろしているような、
そんな錯覚に陥った。
それは、すごく孤独で、すごく恐ろしい気持ちだった。
旅客機に乗ったときには、外を見ようとはあまり思わなかった。
窓は小さかったし、そこから見える景色は代わり映えがなくて退屈で、
まるで写真のように、現実感のないものに思えたんだ。
でも、ヘリコプターの場合は違った。
ヘリは絶えず揺れていて、景色を形作る窓全体も揺れつづけているので、
その中にある景色も、つねに揺れながら、変化をしていく。
写真のように一瞬だけが捉えられているわけでも、
絵のように人の手で創られているわけでも、
映画のように自在にカメワークされるわけでもない。
これまで見た、どんなものとも違う遠い世界が、そこにあった。
もちろん、外を見ていればいるほど、
自分がとんでもない高さにいるのだ、という事実を
いやでも思い知らされることになる。
それでも、まだ下に見えていたのが、
自分にとって見慣れた街であることが、
極端に恐怖心が沸き起こることまでは、抑えてくれていたみたいだ。
よく行くビルや、普段通る道、今どこの道路が混んでいるのか、とか
煙突が吐いている煙で、動いている工場と、そうではない工場を
見分けたりすることもできる。
どれだけ見ていても、見飽きなかった。
やがてヘリは、そんな見慣れた私の住む街をかすめ、上昇して
山の中へと入っていった。
明日に、もう少しだけ続きます。
空をとんだ日。
ヘリコプターに乗った。
飛行機に乗ったときには、
と゛うしても、あの独特な浮遊感が好きになれなかった 、と書いたけど、
それでも、その浮遊感は、あくまでも離着陸の際に
感じる程度のことだった。
でも、ヘリコプターの場合は、その浮遊感が
飛んでいるあいだ、ずっと続いているという、恐ろしい乗り物だったんだ。
通常の旅客機の場合は、一度飛び立ってしまえば、あとはとても快適だ。
特別なことでもなければ、それ以降はゆれる事だって、ほとんどないもんなあ。
私は操縦席を見せてもらったことが、あったんだけど、
パイロットの人たちなんて、談笑したりしてるんだよ。
目の前には映画のスクリーンみたいな大パノラマな窓に、
壁から天井までびっしりと埋め尽くされ、
ときどき点滅したり光ったりする、電磁機器。
うーん、私だったら、とても談笑なんてできる雰囲気にはなれないなぁ。
で、これが、ヘリコプターの場合となると、かなり違っているんだ。
まず、パイロットの二人は、常に無線で連絡を取り合ったり
慌ただしく何かのスイッチを押したりして、まったく落ち着きがない。
談笑なんてしている余裕は、とてもなさそう。
それに、とにかく、揺れる。
それも、ただ揺れるのではなくて、
右にグググッ、と沈みむように傾いていったかと思うと、
すぐに、反対側の左にグググッ、と傾いていく。
さらに、倒れこむみたいに、前に沈んでいったかと思ったら、
今度は、のけぞるように、後ろへと傾いていく。
経験したことはないけど、サーフボードに乗るサーファーの気持ちて、
こんな感じなのかなぁ、と思ってしまった。
ただし、こっちの場合は落ちたら海の中、て訳にはいかないけどさ・・・・・・。
絶えず、しかも極端にさまざまな方向へと揺れて、
何もわからない私は、そのたびに、このまま沈みつづけたら、
どうなるんだろうと、ドキドキしてしまった。
機内は当然狭いし、人はシートから半分お尻がこぼれるように
座っていて、常にギュウギュウ詰め。
空調は効いていたんだけど、涼しさは感じなかったなあ。
でも、それも私が、ただ緊張していたから、かも知れないけどね。
そして、ヘリコプターはとてもうるさい。
会話には、ヘッドホンを渡されて、そこについているマイクを通してのみ、
行われるのだけど、
すぐ上で回転しているプロペラが、ものすごい轟音をあげていて、
それはピタリと閉めきられた機内のなかにいても、
容赦なく届いてくるんだ。
で、人の声はマイクを使っても、ほとんど聞こえなくて、
会話しようとすると、私たちは自然と顔を寄せ合って
結局、口の動きを見て、大体、なんて言ったのかを感じとるという、
原始的なやり方でしか、話と呼べそうなものはできなかった。
このヘッドホン、重いだけで本当にいるのかなぁ、うーむ。
そんな、常にゆれ続け、騒音で満たされた機内にいながら、
私はどうしていたのかというと、
ずっと、外を見ていたのだった。
そこには、見慣れていたはずなのに、
まるで別の世界のように一変して見えた景色が
ずっと広がっていたんだ。
もう少しだけ、つづく。
