職務質問、再び。
当時、仕事場の近くに部屋を借りていた私の移動手段は、
ほとんどが徒歩だったと思う。
自転車もあったのだけど、仕事場までは歩いて5分と近かったので、
ほとんど使っていなかった。
ただ、朝はよかったんだけど、問題だったのが、
仕事を終えたあとの帰りの道。
いつも時間は深夜を回っていて、しかも一人で、
暗い、ひと気のほとんどないような道を歩いていかないと
いけなくて、その頃は、本当に様々な経験をしたのだった。
私は、残念ながら、これまでに幽霊を見たことは、一度もない。
でも、私がそのときにした体験は、幽霊を見ることなどよりも
ずっと恐ろしいものだった、と今でも自信を持って言える。
昨日書いた、初めての職務質問 も、この時に経験したことで、とても怖い体験だった。
けれど、それでも、今回書く出来事の際に感じた恐ろしさには及ばない。
それは、いつものように、仕事を終えた帰り道。
疲れきって、使い古しのボロ雑巾みたいになりながら、
トボトボと、自分の部屋に向かって歩いていた私は、
いつもの速度、
いつものルートで、
いつもの道を歩いていた。
信号はすでに、昼間のような真面目な活動をやめて、
みんな、赤と黄色の状態のままで、点滅を繰り返していた。
私のほかに歩いている人はなく、車が走る音も聞こえない。
近くの商店街はみんなシャッターを下ろしていて、
明かりも消えて、わずかな外灯の明かりを除けば、
とても暗い道程だった。
私は交差点にいた。
そんな、寂しい道ではあったけど、明かりが届かない、
薄暗い通りだったので、私は右と左を、ちゃんと確認。
それから早足で、交差点を渡りきった。
そのときだった。
背後からとつぜん、
「ちょっと待ちなさい」
という、緊張した声がしたのだ。
つい直前まで、人の姿なんて、どこにも見あたらなかったから、
私はなによりもまず、人の声がしたことに驚いた。
そして、さらに驚いたのは、その声が私に向けられていたこと。
私は小走りだった勢いをすぐに緩めて、後ろを振り返った。
そのとき、私が見たもの・・・・・・
それは、
「ものすごい形相をして、私に向かって全速力で走ってきている
三人の警察官の姿」
だった!
最初、私はそれが、あまりにも現実の光景のように思えなくて、
しばらく呆然としてしまった。
だって、警官が私に向かって走って来てるんだよ。
しかも、その顔は恐ろしげに歪ませて。
でも、呆然としているあいだも、警官はどんどんと私に迫ってくる。
わーん、なんなんだよ、これはっ。
結局、立ち尽くしたまま、
その光景を、ただ見ているしかなかった私のところに、
警官たちは全員でやってくると、周りを囲むようにして立ち、
明かりの届いていない暗闇の中でギラリと目を輝かせて、
私のことを、じっと睨みつけたのだった。
で、走ってきた為に乱れている呼吸を、必死に整えながら、
ゆっくりと口を開いて、こう、訊いてきたんだ。
「・・・・・・こんなところで、何してるんだね?」
うーん、実によく聞く、このセリフ。
職務質問をされたらしい、というのは、それで私にもすぐに
分かったんだけど、でも、だったら、この警官たちは、どうして私を
追いかけてきたんだろう。
そんなに私が、怪しい人に見えたのかなあ。
とはいえ、心当たりはまったくない。
でも、なぜか警察官たちは、私の顔をすごい睨んでいるんだから、あー、わからないっ。
それで、不思議がっていると、さらに、こう質問された。
「なにか、言えないようなことでもあるの?」
うーん、言葉は実に丁寧なんだけど、顔がまったく笑ってないっ。
ただ、このまま黙ってても、いいことがないことは、明らかだったので、
私は自分のことを正直に答えることにしたのだった。
当然、それで怪しいところなんて一つもない、てことは、
すぐ明らかになると思ったんだけど、なぜだろう。
私の話を聞いていた警官たちの顔が、なぜかスススッと次第に険しく。
なにか、いけないことでも言ったのかなあ、と思っていると、
黙って聞いていた警官たちが、お互いに顔を見合うようにしたあと、
意地悪そうに笑って、こう質問してきた。
「じゃあさ、さっきはどうして、こっちを見て逃げたりしたの?」
私は、きょとんとして、思わず警官たちの顔を見つめた。
逃げた、てなんだ?
「さっき、急に、走り出しただろう。見てたんだぞっ」
それで、気がついた。
もしかして、この人たち、私が交差点を渡ったときのことを
言ってるんじゃないだろうか。
『こっちを見て』、というのは、交差点を渡るときに見た、
左右確認のことだ、きっと。
あの、右か左を見たときに、そのどちらかに、きっと警察官がいたんだと思う。
暗くて、私は気づかなかったけど。
で、警察官からは、自分たちの方を見て、慌てて走り出したように、
私が見えたんだ。
わかってしまえば、なんてことのない、ただの勘違い。
ホッとして、思わず「ああ・・・」なんて口にしちゃって、
警察官にさらに凄まれたことを除けば、なんとか私は、これが誤解だ
ということを、説明することができたのだった。
で、この話は一件落着。
すべては、自分たちの勘違いだとわかって、
寂しげに去っていく警察官たちの背中は、少し可哀想だったけど、
でも、よく考えてみたら、誰も見ていないような時間にも関わらず、
律儀に交通ルールを守ったことが、不審者の行動に間違われることになった
私の方が、ずっと気の毒だった気がするなあ・・・・・・。
セレブハンター。
ある日、マイハウスに帰ってみると・・・・・・、
セレブの家になっていた。
な、なんだよ、これはっ。
・・・・・・家を、間違えたのかな?
いやいや!私の家だぞ、うん。
うーん、見間違えじゃないよなあ・・・・・・。
心当たりを探ってみると、どうやら、これが原因だったみたい。
うーん、確かに、気になる本だったんだよ、これ。
それで、ついつい、衝動買いをしてしまったのだ。
でも、これって。
つまりは、自分で本を読んで、それを参考に改築してみたら、
こんなことになってしまった、という、ことなんだろうか。
き、記憶にないぞ。
記憶にないけど・・・・・・・自分で、自分を褒めてあげたい。
でも、次からは、異様に価格ばかり高い本があったら、
少しは警戒するようにしよう、と、しみじみ、思ったのだった。
初めての職務質問。
別に、何か悪いことをしているわけじゃないのに、
どうしてパトカーを見たり、警官の姿を見たりすると、
私たちはついつい、背筋が伸びてしまったりするんだろうか。
うーん、きっと、潜在的には自分で自分のことを信頼できていない
から、なのかも知れない。
「俺は、この世界に怖いものなんて何もないっ!」
なんて口にする人に限って、暗い夜道を一人で歩けないとか。
そういうのと同じなんだと思う。
「私は清廉潔白、この議員バッジに誓って、何も悪いことはしておりません!」
なんて口にする政治家に限って、あとでみんな頭を下げて、
「申し訳ありませんでした」といいながら、議員を辞めていったりとか。
どうせ謝るのなら最初から正直にに言えばいいのに。
で、私が初めて警察官に職務質問をされたときも、
考えてみればやっぱり、そうだった気がするのだ。
別に、何か悪いことをしたわけじゃないのに、
心の中では、もう、ずっとドキドキとしていた。
それは、あるとき。
私が一人で、道を歩いてたときのことだった。
深夜に近い時間。
私の方へと、一台の車がスピードを緩めながら、近づいてきたのだ。
暗がりにいた私は。それがどんな車なのかは分からなかったけれど、
この辺りですぴーどを落とそうとする車だから、きっと観光客に違いない、
と最初は思った。
今現在も私が生活している、その土地には、
毎年、観光客が大勢やってくることで知られている、有名な観光地が
いくつかある。
そのとき、私が歩いていた道も、訪れた観光客が
よく利用している道の一つだった。
それで私は、きっと、車できた観光客が、近くの有名な観光地を探していて、
私に聞こうとしているのかな、と思ったのだ。
ところが、私のすぐ横で止まった車は、
ドアの窓を開ける音をさせただけで、それからさっぱり、
何の反応もしてこない。
あれ、おかしいな。
普通だったら、ここで、「すいません」とか、声がかかってくるはずだ。
私は当時、その周辺の地理に詳しくなかったので、
観光客の人たちに道を聞かれるのが、ちょっとだけ怖かった。
道を訊かれるたびに、私は地元の人間じゃないから知らないんだよっ、
と、思っていたんだけど、そんなこと、観光客の人たちには、分からないもんなあ。
で、本当に私に直接、声がかかるまで、
自分からは反応しないようにしていた。
私には声をかけないで!の、オーラを出すようにしていたのだ。
ま、効果があったことは、一度もなかったんだけど・・・・・・。
そのとき、近くを歩いていたのは私一人だけだった。
車も、私のすぐ横で止まったわけだから、
当然、私に用があるんだな、と思ったのに、なぜかそれから、
私に声がかけられる様子が、まったくない。
車は私の歩みに合わせて、ゆっくりと並走するばかり。
それで、ちょっと気味が悪くなって、ついつい私の方から、
車のほうに振り向いてみた。
驚いたことに、そこにいたのは観光客の人ではなかった。
開いた車の窓から顔を覗かせていたのは、
制帽をかぶり、制服もきっちり着込んだ、二人の男性警察官。
うっ、なんだろう。
だってさ、その二人、なぜか私の顔をじっと見ているだけで、
一言も喋らないんだ。
うーん、なんで黙ってるんだ?
気持ち悪いじゃないかっ。
我慢できなくなって、ついに私が自分から、「なんですか?」と聞くと、
まるで、一時停止していた画像が動きだすように、
二人の警官は同時に、ちょっとだけ表情を和らげて笑い、
「こんなところで何をしているの?」
と訊いてきたのだった。
正直、このときの私は心境は、背筋が凍りつくような思いだった。
だってさ、その警察官の人たち。
顔は笑っているんだけど、目が笑ってないんだよっ!
うー、これなら、まだ黙っていた時のほうが、ずっとよかった!
ただ、それでやっと、その時になって私もわかったんだ。
これって、職務質問てやつじゃないだろうか。
考えてみれば、確かに今、時間は深夜だ。
私の他に、周りには人の姿もなく、
辺りはわずかな外灯の明かりばかりで、
ほとんどが夜の闇に沈んだ、薄暗い道路があるばかり。
そうか。
私、怪しい人に見えたんだ。
事情がわかってしまうと、私は途端に緊張がとけてリラックス。
「これって職務質問、というのですよね?」
と警官の質問に答えるのも忘れて、思わず逆に質問を返してしまい、
そのあとも、
何かあったんですか?
何か事件ですか?
通報があって来たんですか?
なんて、かなり興味深々で、色々と聞き返してしまって、
最初はちょっと怖い表情で、緊張した面持ちだった警察官の人たちも、
さすがに、途中からは、かなり呆れていたような気がする。
で、結局、害のない人間だと判断されたのか、
まるで捨て台詞のように
「早く家に帰りなさい」
とだけ残して、その警官たちは去っていってしまったのだった。
私の質問には、ほとんど答えてくれずに。
あとになって、友人にこのことを話すと、
「度胸あるなあ」なんて、言われたけれど、
でもさ、警官に職務質問されるなんて、誰でも経験できるような事じゃないよ。
きっと、もう二度とないことだろうな、とも思ったので、
不謹慎だとは思いながら、私はとても楽しんでしまったのだ。
いけないことだ、てのは、分かっていたんだけどさ。
ついつい、ね。
普通の生活をしている一般の人間が、
警察官と話す機会なんて、滅多にあるものじゃないもんなあ。
興味がわいたんだと思う。
ただ、一つだけ誤算だったのは、これが最後ではなかったこと。
そんな、滅多にあるはずのない出来事に、
まさか、その後も何度となく経験することになろうとは!
というわけで次回は、
三人の警官に走って追いかけられた挙句、職務質問をされた、
という、トラウマになりかけた、恐怖の話。
一人暮らしハンター。
目に付くのは、
本棚。
テーブル。
ベッド。
オンラインゲームの「MHF」 でハンターに支給される施設、マイハウス。
依頼を達成し、疲れた身体で帰ってきて、
この家に入ると、なんだかとても安らぐのはどうしてだろう。
ふと、気がついた。
この家、私の部屋にそっくりなんだ。
初めてやってきた友達は、必ず玄関で立ち尽くして、
言葉をなくすくらい、何も置かれていない部屋。
「ほんとに最低な、必要最低限だな」
と友人に言わしめたほど、ほんとうに数少ない家具。
そのくせ、異様に大きすぎて、それだけでほとんど狭い部屋を占めている、
本棚とベッド。
冷房機具のない部屋。
殺風景で、質素な部屋。
遊び心のない部屋。
なにもない部屋・・・・・・。
おかしいなあ、形容する言葉がどんどん出てくるぞ。
うっ、うっ、うっ。
でも、それが私には落ち着くんだから、仕方ない。
ただ、遊びにきた友人が、あまり長居をしたがらないのは、
少し、検討すべき問題かも知れないなあ。
うーん・・・・・・。
一人暮らしの道。
しつけの厳しい父。
干渉が多い母。
子供のころ、きっとほとんどの人たちが、そうであったように、
私も、一人暮らしをすることに、ずっと憧れていた。
いつも、少しでも早くこの家を出て、一人で生活したい、と思っていた。
今思えば、なんて子供の発想だったんだろう、と思う。
生活さえ始めてしまえば、私は、一人暮らしくらいは、
苦もなくできてしまう人間だと、思っていた。
食事は、子供のころから自分でよく作っていたし、
掃除も洗濯も、好きだった。
共働きだった両親の代わりに家事をするのは、
小さな頃から私にとって普通のことになっていたので、
家族の面倒を見なくてもいい分、一人暮らしのほうが簡単だろうな、
とさえ、思っていたのだ。
いざ、今その夢をかなえ、一人で生活してみると、
なんて考えが甘かったんだろう、と思わずにはいられない。
食事?
掃除?
洗濯?
うん、確かに私はどれも大好きだ。
やれと言われれば、どれも嬉々としてやるぞ。
でも。
でもさっ!
仕事を終えて、誰もいない部屋に一人帰ってきて、
それでも、できるのかっていえば、それはまったく別の話なんだよっ!
疲れた。汗かいて気持ち悪い。お風呂入りたい・・・・。
で、入ると今度は眠くなって、もう何もしたくない・・・・・・。
うっ、これって、駄目な人間になっていくときの典型的な言い訳だぞ!
まずいな、できることから、ちゃんと一つずつやっていかないとさ。
あとで苦労することになるのは、目に見えてるもんな!
・・・・・・でも、やっぱり眠いし、明日やればいいや・・・・・・。
なんて言っているうちに、いつのまにか五日間くらい過ぎていたりするんだよっ!
しかも、一人暮らしだから、当然、
誰も忠告してくれる人なんて、いないしさ。
ああ、人て生き物は、やっぱり一人では生きていけないものなんだな、
と、それで、私はしみじみと、最近、感じているのだった。
きっと、この暑さがいけないんだよ。
夏という季節のせいなんだ・・・・・・うう。



