着陸はビルの屋上。 | 初心者同志

着陸はビルの屋上。

初めて乗ったヘリコプター。


見慣れた街をあとにして、山に向かって飛びはじめても、

私は、窓からずっと、そんな外の景色を見つづけていた。


という、昨日までの話。

長くなってます。




普段はずっと下から、ただ見上げるだけだった、山の景色。


それを今は私が、ずっと上から見下ろしているというのは、とても不思議だった。


新緑の季節。

どの木も見事なまでにびっしりと、綺麗な緑の葉を生い茂らせている。

山は緑の一色に染まっていた。


ヘリコプターはそんな上空をさっきよりも若干、緩やかに飛んでいった。


実際には、一本一本の巨大な木が集まってできている景色のはずなのに、

ヘリから見下ろしていると、まるで粘土を丸く固めたものに

緑色のスプレーを吹きかけて、ワザとまだら模様して作られた、

模型のような景色だった。


なんだか、とても現実感のない景色に思えたんだ。


なぜだろう、と思っているうちに、ふと気がついた。


さっきから見つづけている景色には、街の上空にいたときからは一変して、

人の存在を感じさせるものが、一切ないんだ。


ヘリが街を過ぎ、山の上空を飛ぶようにかってかなり経っていたけど、

それにも関わらず、前にも、横にも、後ろにも、どこまでも、緑の山しかない。


人の住んでいる家屋も見当たらないし、

道路もない。


ただ、ずっとどこまでも、山の景色が、窓の外では続いていた。


それは、街の上を飛んでいたときのことを思えば、

面白みのない、代わり映えのない景色だった、と言えると思う。


でも、私はそれでも、そんな景色から、目を離すことができずにいた。


はるか高いところから見下ろす、延々とつづく山は、

まるで、人を拒絶しているようだった。


物は言えなくても、態度ではっきりと、


「お前たちなんて、ここにはいらないんだ」


と言っているように感じたんだ。


どこまでも、山以外には、なにもない景色。

激しい高低差さえなければ、そこはまるで、平原のようだった。

人が立ち入ることを拒んでいる、広大な平原だ。


私はふいに、ずっと今まで乗ってきたヘリコプターが、

急にとてもちっぽけで、頼りないものに思えた。


そして、とたんに、自分がいかに心細い場所にいるのか、

ということを思い知らされた気がして、素直にそのとき、私は


怖い、と感じた。


ヘリが飛び立ったときよりも、

街の上を飛んでいたときよりも、それはずっと、強い感情だった。


ヘリに乗りながら、その時こそが、私がもっとも恐ろしいと感じた瞬間だったと思う。


気がつくと、最初はあんなに怖くて仕方なかった激しい揺れや、

あの独特な浮遊感のことが、すっかり気にならなくなっていた。


ヘリは慎重に山の合間を抜けていき、

また少しずつ、人の気配が感じられる場所へと戻ってきた。


パイロットの人たちの声が緊張を帯びて、

頻繁に何かの数字を読み上げている。


無線の交信が増えていく。


外の自然の景色にも道路や、人の住む家が混ざりはじめて、

やがて、ヘリコプターが高度を少しずつ下げはじめた。


目的の場所に近づいていた。


それは、ヘリの中から見ても、とても巨大な建築物だった。


いくつかの建物が繋がってできていて、首がたくさん生えている怪獣みたいだ。

その中でも、もっとも高いビルの屋上に、ヘリコプターは位置を合わせていく。


目指しているのは、屋上にあるヘリポートを示すマークのようだ。


ヘリコブターがまるで痙攣するようにブルッ、ブルッと小さく震えはじめる。


今回のフライトの終わりを示すものは、それだけだった。


あとは、なんの衝撃も、特別な感覚もなく、ヘリは驚くほど静かに着地した。


勢いよくドアが開られると、すぐに外の熱気が流れ込んできた。

そのとき初めて、この息苦しいヘリの機内が、実はとても涼しかったことを

私は知ったのだった。


プロペラが回転つづけている中、帽子を飛ばされないよう押さえながら、

私は屋上に降りた。


靴がガシッっ、とコンクリートを捉える。


その時に感じたのは、


自分と同じ人間が住む、頼れる場所に戻ってきた、という深い安堵感。


そして、そんなものがなくても、何も恐れるものなどない、という、


さっきまで見ていた自然の景色に対する、羨望のような思いだった。


ヘリからは、タンカーに乗せられた父が降ろされてきた。


どちらにしても、私に頼れるものは、ここにしかない。


と、私は思った。


私は鉄板のように熱くなっている屋上をゆっくりと歩いて降り、

付き添われて、父と一緒に病院の中に入った。



大抵の人がそうであるように、私も、そのときが来るまで、

私のところだけは大丈夫だろう、と思っていた。


不慮の事故。

突然の病。

予測不能なトラブル。


自分自身に起きたことなら、まだ、冷静に考えられたかも知れない。

でも、今回はそうではなかったので、やっぱり苦しかった。


何もできない自分。

自分にはできないことを、できてしまう人たち。

何も必要としない、自然の山。


父が快方に向かいつつある今だからこそ、

私は改めてもう一度、色々と考えてみたい思いに駆られている。


長い長い、本当に長い、そして熱い二日間だった。