かぼちゃ-ポタージュ。
これまでの人生の中で、たった一度だけ、
私は倒れたことがある。
正確に言うと、仕事中、どうしても立っていられなくなって、
座り込んでしまったのだ。
体力くらいしか、取柄のない私だから、
このときは、誰よりも自分自身が、驚いてしまった。
一体、何が起きたんだろう、と病院へいってみると、
「貧血ですね」
と言われた。
最初、それを聞いたとき、私は医者の言葉ながら、嘘だっ、と思ってしまった。
だって、貧血といえば、小学生のときなんかに、
朝礼の途中で倒れてしまう生徒、というくらいが、
私のイメージだった。
で、私はといえば、朝礼どころか、炎天下の下、
一日中だって、喜んでずっと外にいる。
外、大好き!
太陽、大好き!だもんなあ。
そんな人間が、貧血になんて、なるかしら。
小学生のころなんて、授業を全部、外でやったらいいのに、
なんて、よく思ってたくらいなんだよ。
机とイスを持ち出してさ。
きっと、ものすごく集中して授業もできたと思うんだけど、
まあ、それは私だけかも知れない。
そんな私には、貧血なんて言葉は、とても遠い存在のように
思えたんだ。
だだ、改めて医者に言われた言葉を考えてみると、
確かに、うなずけることも多かった。
例えば、医者が言うには、貧血には、
「栄養ある食事をちゃんととって、充分な睡眠をとるのが一番」
ということだった。
そのときは、八月も終わりに近かった頃で、
仕事も、一番忙しかった時をようやく終ようとしていた時期だった。
私は、夏場は食欲が細るのでほとんど食べなくなる。
しかも、仕事が忙しかったので、一ヶ月くらい前から、
睡眠時間は一日平均しても、五時間くらい。
うーん、そうか。
これが、いけなかったのかも知れないな。
とはいえ、睡眠時間は、少しいつもより早く寝るようにする、
などして、なんとかできるとしても、
食欲というのは、とつぜん沸いてくるものでもないから、
ちゃんと食べること、と言われても難しい問題だ。
特に私の八月の食事環境は、ちょっとした修行僧も同然だもんなあ。
かといって、仕事はこれからも続けるわけだし、
夏だって、いやでも毎年、必ずやってくる。
そのたびに貧血で倒れてたら、うーん、これは、
周りに迷惑ばかりかかって、仕方ないぞっ!
で、いろいろと考えた結果、スープくらいならいけるんじゃないだろうか、
と思ったんだ。
どんなに食欲のないときでも、スープくらいだったら私も食べられるだろう。
それで、八月はなんとか乗り切るんだ!
問題はどんなスープにするか。
あまり、あっさりとしたスープじゃ意味がない。
体力をつけないといけないもんな。
かといって、コッテリとしすぎたスープでは、
夏場の私の喉は、とても通っていかない。
で、考え付いたのが、カボチャ。
カボチャのポタージュスープなんて、どうだろう。
作り方はとても簡単。
蒸して柔らかくしたら、ミキサーでガガーッ!
あとは故障、生クリームと牛乳で味を整えるだけ。
それからというもの、私の夏はカボチャポタージュと暮らす一ヶ月になった。
そのおかげか、それからというもの、貧血になることだけは、
かろうじて、なくなっている。
今年も、大変お世話になりました!
モスマンハンター(その6)
朝、弟たちがまだ、寝息を立てているのを横目に、
私は目を覚まして、起き上がった。
夢はおぼろげで、起きたとたんに内容は忘れてしまったが、
何かを見ていたようだった。
私は近くの水場で顔を洗い、頭の中をスッキリとさせた。
体は癒えた。
新しい武器も完成した。
あとは、あのときのモンスターに再戦を挑むだけだった。
私は、忘れたくても忘れられない、
あのときの戦いことを思い出していた。
完敗だった。
まったく、私は歯が立たなかった。
それどころか、あいつの目には、きっと、私の姿さえ
まともに映っていなかったに違いない。
私はギリギリと歯ぎしりした。
腹がたった。
自分の情けなさに。
自分の、呆れ果てるような弱さに。
あのとき、何もできなかった自分に腹がたった。
密林を、自分が守るのだと言いながら、
逆に助けれるだけだった自分に、腹がたった。
でも、これで最後だ。
次、戦うときは、絶対に私が勝つ!
私は新しく作った武器を構え、それを太陽にギラリと反射させた。
見ていてくれ、弟たち。
見ていてくれ、密林に暮らすし、平和を望むすべての生き物たち。
私は、絶対に勝ってやるぞっ!!
これは、一人のヒーローの物語。
閉所恐怖症、その2。
スイッチの入っていないテレビが、とつぜん、バチッと火花をあげた。
とたんに、まるで、自分のすぐ足元が
一気に崩れはじめたのかと思うような、すごい音と
空気が震えるのを感じて、
私は反射的に、窓の外を見た。
空全体が、カメラのフラッシュのように何度も瞬いている。
一瞬にして、空が、厚い灰色の雲に包まれていく。
大粒の雨がゆっくりと、閉め忘れられた蛇口のように、
ポツン、ポツン、と、雫となって落ちてくる。
私が慌てて窓を閉めるのと、強い風にあおられ、
雨が勢いを得て、その窓を叩きだすのとが、ほとんど同時だった。
雨はどんどん力を増し、今にも窓を叩き割ってきそうだ。
ふと、朝、花壇に水をやったばかりだったことを思い出すが、
それもすぐに、どこか、頭の隅にいってしまう。
私は外の雨に見とれている。
暑い夏を、はやし立てるように、ふいに降る、
夕立の雨が、私は好きだ。
雨は、まだなお、強烈な勢いで降りつづけている。
私は、少しだけ、窓を開ける。
飛び跳ねるように入ってくるの大粒の雨と共に、
わずかな隙間から侵入してくる、
冷たくなった風を、私は楽しむ。
真っ黒となった空では、なんども光の塊が炸裂しているようだ。
そのたびに、ずっと遠くで、
恐ろしい生き物が唸っているような声が、聞こえる。
不意に、電気がきえる。
すぐに、すべての電気が戻ってくる。
オーディオプレイヤーが音をたてて、再起動を始めた。
雨が弱くなっているのに気づく。
暑い雲の切れ間から、
地上にある物に、天からスポットライトでも当てているみたいに、
幾筋もの光の束ができて、伸びている。
私は、ふと、気がつく。
それでもまだ、私の窓から部屋に入ってきていた、
小さくなった雨の粒が、外の世界と、私の部屋を繋ぐように、
小さな虹を作っている。
部屋の中は少し、濡れている。
窓の枠のところでは、水が溜まって今にも溢れかえりそうになっている。
でも、私は、少しだけ、
それでも窓を開けずにはいられなかった自分に、
こんなときだけは、感謝したくなる。
何かを得ようと思ったら、私たちは、何かを我慢しなければいけないのかも知れない。
暑いばかりで、冷房もない部屋で生活する私だけど、
それでも、こんなときばかりは、夏も悪くないなぁ、と思ってしまう。
モスマンハンター(その5)
密林が深い夜の底へと沈み、
虫たちの声までもが静まりはじめたころ、
ようやく、私は弟たちと共に、住処へと帰ってきた。
私への恩を忘れ、見知らぬ、しかも人間などの下へと行ってしまった、
相棒のことをブツブツと愚痴りながら。
まったく、あれだけ大切にしてやったっていうのに!
私ほどの持ち主など、そうそう現れるものではないんだぞ!
とはいえ、これから先、武器を持たないままでいる
訳にもいかないし、うーむ、困ったぞ。
また、いつ、あの時のモンスターと戦うことになるか分からない。
いや、いつかは、絶対に、もう一度、対決しなくてはいけないのだ!
この、密林の平和のために。
この世界で暮らし、平和を望んでいるすべての種族のために!
とはいえ、人間のハンターも、そう何度も、うまいタイミングで
倒れていてくれたりはしないだろうなあ、やっぱり。
となると、自分で作るしかないのかも知れない。
そもそも、あの相棒を手に入れるまでは、ずっとそうきていたのだし、
これでも結構、私は、手先が器用なほうなのだ。
ふっ、ふっ、ふ。
それで、翌日、早速、私は取り掛かることにしたのだけど、
問題は素材だった。
何を元にして作るのか、だ。
これは重要な問題なんだぞ。
なぜならば、それによって、完成する武器も違ってくるからだ。
理想的なのは、やはり、鋼鉄だろう。
だが、あれは、人間どもは、なにやら変な道具を使って
うまく掘り出しているみたいだが、
元は堅い岩石の中に僅かに眠っているもので、私にはそれを掘り出せるような技術も、道具もない。
うまく、岸壁の上のほうから落石してきた岩の中にあるのを
見つけたことが何度かあって、それで簡単なものなら、
加工して作ったことがあるのだが、
最近は、落石もないからなあ。
うーん、さて、どうしたものだろう。
結局、色々と考えたのだが、耐久力に多少の不安はあるものの、
やはり、骨を使うしかないだろう、という結論になった。
それだったら、密林には、たくさん落ちているしな。
そう決意して、早速出かけようとしたとき、
弟たちがとつぜん、、私の足を引っ張った。
ん、なんだ?今、忙しいんだが・・・・・・。
見ると、私をどこかへ連れて行こうとしているらしい。
一番上の兄が、私について来て、というように首を振ると、
一人歩いていく。
私は仕方なく、弟たち三人の後ろについて歩いていったのだけど、
それにしても、珍しいな、こんな朝早くから、と思ってしまった。
だって、弟たちときたら、いつもは昼くらいまでは普通に寝ているんだ。
うーん、変なものでも食べたのかな。
連れて行かれたのは、私たちの住処から少し離れたところにある、
自然にできた洞穴だった。
ただ、かなり以前に崩れたらしく、
入ってすぐのところで、すでに穴は埋まっていて、
行き止まりになっているのだ。
弟たちは、構わずその中に入っていくと、
とつぜん、前足で、土を掘り起こし始めた。
私が何をしているのか聞く前に、すぐ変化がおきた。
崩れてきた土塊の奥に、キラリと銀色に輝くものが見えたのだ。
弟たちが、鼻を鳴らして、それを口で突付いた。
それは、金属の塊だった。
それも、これまでに見たこともない金属だった。
長くこの密林に暮らしているが、少なくとも、この地では
出会ったことがない。
聞いてみると、弟たちはあるとき、
密林を歩いていると、はるか上空で
岸壁が崩れてくるような音を耳にし、
あわてて駆けて逃げ出すと、自分たちがさっきまでいた場所に、
それが、たくさんの岩とともに落ち来たのだという。
とても綺麗だったので、それを自分たちの宝物にしようと、
ここに隠していたのだそうだ。
弟たちは、私が武器の素材に悩んでいると知って、
この金属のことを思い出しのだという。
そんな大切なものを、私が使っていいのか?
と私が聞くと、弟たちは、本気で怒りながら、
「そ、ん、な、の、当、然っ!」
と言って、私の顔を、誇り高い目で見上げた。
私は息をのんで、弟たちを見つめ、力強くうなずいた。
よし、やろう!
これで、私たちの最高の武器を作るのだ!
私は、弟たちと一緒に、その金属の塊を掘り起こした。
それは、見たこともない金属というだけでなく、
私の体くらいある巨大な塊だった。
昇ってくる朝日にその塊を反射させながら、その日、
私たちは力をあわせて、それを住処へと持ち帰った。
弟たちの力も借り、武器が完成したのは、それから一週間後のことだった。
これは、一人のヒーローの物語。
閉所恐怖症。
最近私は、自分が閉所恐怖症なんじゃないだろうか、
と思うことがある。
小さい頃から、狭いところにいるのが苦手で、
友人の家に遊びにいっても、私はまず、真っ先に
部屋の窓を開けにいってしまうのだ。
そうしないと、密閉された空間に閉じ込められている
ような気がして、とても息苦しいんだ。
しかも、それは夏であろうと冬であろうと関係ないので、
今年のような暑い日がつづいたときなどは、友人から、
「ばかやろう、なんのために冷房入れてると思ってんだ、
熱風が入ってくるじゃないか!」
と言われる。
少しは協力してくれたっていいじゃないかあっ!
そういえば、エレベーターも苦手で、
あれに乗っている間は、さすがに
ドアを少しだけ開けている、というわけにもいかないので、
自然と、少しの距離なら、と階段を選ぶことも多くなる。
それで、人と一緒に買い物に行ったりした場合には、
最初は面白がられるのだけど、
それもかならず、最後には呆れられてしまって、
階段で登っていってみると、
もうまったく、待っていてもくれなくて、
一人で、さっさと買い物を始められていたりする。
それで、私は自分の目当ての品物を見つける前に、
広い売り場の中から、知り合いの人間を見つけることから
始めなければいけなかったりするんだ。
さらに、夏などは、そんなことをしていると、
とうぜん暑いから汗もかくし、
ゼィゼィと一人だけ、息を切らしていたりするから、
知り合いと思われたくない、とでもいうように、
ようやく見つけた友人は、私から距離をとろうとする。
一人で、運動会しているようなものだもんなぁ。
頭から湯気出そう。
でも、そんな悪いことばかりじゃなくて、
時には、そんな私の個性的な行動が、
すばらしい体験を生むこともあって、
私は、そんなに悪いことでもないよなぁ、と思っていたりするんだ。
そのことについては、また、明日にでも詳しく。


