旅の記録-ヨーロッパ・アジアめぐり -3ページ目

ロンドン市内をめぐる (2) ロンドン塔

 どこかお店に入ってお茶でもしようかと思ったが、一人でどこに入ったらよいか分からない。日本でもカフェに入ったりすることはほとんどないのだから、外国に来たからといってすんなり出来るものでもない。


 結局そのまま、ビッグ・ベンの方向に向かって歩き出す。一日券を持っているのだからバスに乗れば良いのだが、どれに乗れば良いか分からず、調べるのが面倒なので歩くことにする。それなら一日券など買わなければ良さそうなものだが…。





 テムズ川近くのお店で水のペットボトルを買って、ビック・ベンが対岸に見える場所で12時の鐘を聴いた。





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 テムズ川を渡っている途中に、子供に結んだひもを自分に括りつけたおばさんと遭遇。突然ボクの胸ポケットに造花を入れてきて、Moneyと言い出す。ボクは、Noといって返しておいた。いろいろ突っ込みどころが満載過ぎて、どこから突っ込んでいいかも分からん。何でひもで子供をつないどるんじゃ、とか、押し売りすな、とか。





 インフォメーション(その都市の観光総合案内所で、ヨーロッパの観光地には大概ある)に行って、市内地図とバスの路線図をもらう。これでバスも利用できるようになるはずだ。トラファルガー広場にほど近いこの場所は、ロンドン近郊の情報も扱っているようだ。明日出かける場所の情報が無いかちょっと見てみたが、パッと見て見つからないのであきらめることにする。こんな場所で時間を浪費してしまうのは、やっぱり勿体ないような気がするから。それならば、街の中をさまよっていた方が面白い。





 お店でホットサンドとオレンジを買って、バスを待ちながら食べた。これが今日のお昼ご飯。


 ロンドンでは、人の集まるところには大抵、果物屋が屋台を出しているし、電車に乗っている紳士も、りんごを丸かじりしていたりする。イギリス人はビタミン不足に対する恐怖が遺伝子に染み付いてでもいるのだろうか。常にビタミンを摂取しようとしているように見える。





 なかなかバスが来ないので歩いてロンドン塔に向かうことにする。また一日券は有効活用されない。


 テムズ川沿いには美術学校でもあるのか、人形を製作している男女がいた。ちょっと楽しそう。





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 ロンドン塔の前で携帯電話の着信履歴を見て、フィンランド在住の先輩から電話がかかってきていたことに気づく。どうも、無音設定になっていたらしい。こちらからかけ直して、ヨーロッパ上陸の報告をする。


 ロンドン塔は、寒々しい雰囲気のある建物群だった。入り口付近では、名物らしい、時代がかった衣装を着たおじさんによる解説も行われていた。





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 しばらくの間、その解説を脇で聞く。英語が良く分からないので、半分くらいしか理解できない。はっきり分からないけれど、どうも目の前にある広場は汚水の廃棄場のようなものだったらしい。理解できている人の間では笑いが起こる。ボクも半笑い。見得の張りすぎ。





 ここには血なまぐさい様々なエピソードが眠っているはずだ。夏目漱石も、入れば二度と娑婆の日を見ることは無かった、と書いていた気がする。アン・ブーリンの幽霊が出ることでも有名だ。それが世界中から観光客が訪れる名所になってしまっているのだから不思議だ。色々と建物を回っていて、ふとテムズ川を見ると、タワーブリッジが見えた。





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ロンドン市内をめぐる (1) Horse Guards 交代式


 早朝。まだ暗いうちから目が覚めてしまった。

 実家に到着報告をしていなかったので携帯電話を使って連絡しようと思うのだが、まだ寝ている人がいる部屋では電話できない。仕方なく、トイレから電話をすることにする。トイレは大きくてゆったりしており過ごしやすくはあるが、本来は電話を使う場所ではない。まだ食事の時間まで間があるので、もう一度寝なおすことにする。

 朝食は、パンとシリアルとコーヒー。いわゆる、コンチネンタル・ブレックファストというやつ。食堂は地下にあるので、天窓からの眺めは、外の通りを歩いていく人を見上げる形になる。

 地下鉄の一日券はオフピークとなる午前9時半以降に安くなるので、それを待って駅で購入。クレジット・カードが使えた。まずは、基点となるトラファルガー広場へ向かった。

 トラファルガー広場には、観光客と鳩がたくさんいる。



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 本来ならばトラファルガー広場もゆっくり見学したいのだが、午前11時からHorse Guardsの騎兵の交代式があるので、その見物のために急いで移動。



 Horse Guardsの宿舎の門の前では、騎兵が警備をしていた。



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 観光客は、みんな並んで騎兵と一緒に写真を取っている。でも、断りも無く馬に触りながら写真を撮るのはどうなのだろうか。遠慮が無い。



 門から中に入ると、広場の中にロープと杭で囲いができていて、観光客はその周りを囲むようにして集まっている。それなりに人はいるが、立錐の余地がないというほどではない。なるべく人のいないほうに陣取って、交代式の開始を待つことにする。



 観光客が多いためか、警察による警備も行われており、馬の通り道に人が立ち止まらないようにしている。何か気に食わないのがこの女性警察官。彼女は欧米人には説明しながら整理しているが、東洋人には命令調で、立ち止まるな、としか言わない。どうも、英語がしゃべれないと思っている人間には冷たいような気がする。



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 まあ、交代式を見たからといって、何か得られるものがあるかというと、必ずしもそういうわけではない。所詮は儀式。同じことの繰返しなのだ。しかし、同じことを繰り返し続けるのはそれなりに大変なわけで、それを続けているということは当人達にとっては何がしかの意味がある行為なのであろう。だから、交代式を見物することは、見えない価値観みたいなものを探る行為なのかもしれない。





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イギリス到着、初めてのお宿

 クレジット・カードなくなった事件の後は、金属探知機に引っかかることもなく(ベルトは外した)、普通に飛行機に搭乗。それほど長い飛行時間ではないが、ご飯が出たのが嬉しかった。チキンのトマト煮みたいなもの。
 飛行機は先ほどまで乗っていたものより二回りは小さい。到着地が近づいてくると、機内で入国カードが配られる。それをもらって記入。本来、大文字で書くべきところを小文字で書いてしまう。そのままでも何とかなるような気もしたが、念のため、アテンダントにお願いしてもう1枚もらい書き直す。そして、午後10時近くにロンドン、ヒースロー空港に到着!



 イギリスの入国審査は厳しいという噂を聞いていたが、それは本当だった。滞在期間や入国目的を聞かれたり、帰りのチケットをチェックされるのは仕方ないにしても、旅行期間中の移動手段のチェックまでされるとは思わなかった。ボクはユーレイルパスを持っているから問題なかったけれど、何ももたずに旅をする人はどうやって言い逃れをするのだろうか。

 あと、現在の職業を聞かれたのも痛かった。嘘だけれども、学生だと答えたら、大学生なのかと聞かれる。博士課程だと答えたら、何を専攻してるのかとも。とにかくしつこい。物理だと答えて、やっと開放される。初っ端からこれでは本当に先が思いやられる。

(推測だけれど、オープンジョーの期間が1ヵ月半以上だったのが問題だったのではないかと思う。10日とかならば何の問題もなくすんなり通してもらえた気がする。あと、入国管理官の性格にも因りそう。)



 念のため、キャッシュ・カードが使えるかをATMでチェックする。最初は使い方に戸惑ったけれども、最終的には普通に使えた。これでお金に関してはなんら心配は要らない、はず。こんなことなら、両替しなくても良かった。



 空港から宿泊施設のある最寄駅までは、地下鉄で行ける。自動販売機ではなく窓口でチケットを購入して電車に乗り込む。電車の中にはあまり乗客がいない。外も既に真っ暗だ。ロンドンは意外に早く寝静まってしまうのかな、と思った。

 乗換えをして目的の駅を目指す。その一つ前の駅に止まる前にアナウンスがあった。何か、ボクが行く駅の名前を行っているようだが、よく聞き取れない。聞き取れないものは仕方ないので無視する。

 さて、次で降りなければ。そう思って準備していると、電車は速度を落としただけで止まることはなく、降りるはずの駅を通り過ぎてしまった。…有り得ない展開。

 次の駅で降りて乗換えを試みる。しかし、改札を行ったり来たりしている内に、チケットが改札を通らなくなってしまった。駅員が寄ってくる。どこに行きたいのかと問うので、Bayswaterに行きたいと言うと、そこはcloseだと言う。訳はできるけど、意味が良く理解できない。戸惑っていると、何か紙を持ってきてボクに見せる。書かれているのはcloseという単語のみ。再度closeだと言う。いや、それは分かっているけど、理解不能なんだよ。

 ようやく理解したところによると、ボクの行きたい駅はある時間を過ぎると閉まってしまうらしい。どっかの商店じゃあるまいし、そんな馬鹿な。第一、それでは困る。どうしても行かなければ、眠れないじゃないか。



 歩いていく方法は無いのかと聞くと、Queenswayという所から行けるらしい。そこまでの行き方を聞いて、礼を言って先を急ぐ。かなりの時間をロスした。しかし、途中駅が早仕舞いするなんて、日本の常識では考えられない。地下鉄の運営の仕方も色々だ。ある意味、合理的なのかも知れないけれど、不便なことは否めない。

 ついに駅に着く。ところが、そこからの行き方が良く分からない。大体の位置は分かるのだが、道は真っ暗だし、ホテルはいっぱいあるし、看板は目立たないしで、見つけられない。店じまいをしていた人に聞いてみるが、あっさり分からないと言われる。仕方なく、ちょっと高級そうなホテルに入って、フロントの人に聞くことにする。泊まる訳でもないのに、かなり恥ずかしい。



 フロントの人が日本語を話しているように聞こえたので日本語で道を尋ねたが、ボクの聞き間違いだったらしい。彼が会話をあきらめチェックインの手続きを始めるので、あわてて英語に切り替えて道を尋ねる。どうも目的の場所は隣にあるようだ。ありがとう。この会話の中で発見したのが、自分の知識に自信が無いときは、答えたあとに、”I think.”と言えば良いようだ。一つ勉強になる。



 何とか宿に到着。本当に名前が目立たない。中に入ってチェックインしたいと言うと驚かれる。午後11時半。こんな遅くにチェックインをするやつはそうはいないのだろう。当然かもしれない。

 初めの宿なので予約をしてあったのだが、なかなかそのデータが見つからない様だ。受付は、若いお姉さん。隣に座り込んだもう一人の女の人は、誰かと電話している。色っぽく、気だるげに話している。タンクトップだし。一瞬、薬でも決めているのかと思う。

 やっとデータが見つかったと思ったら、今度は支払いのクレジットカードが通らない。中から、若い男の人を呼んできて、彼にやってもらう。仲が良さそうだ。おかげで支払いはできたが、このゴタゴタで学生割引をしてもらうのを忘れた。残念。ちょっと損した。



 3rd floorに行って、部屋に入る。4人部屋。中は真っ暗だ。当然だが、眠っているらしい。仕方なく電気をつけるが、申し訳ないので電気をつけたり消したりしていたら、”Could you keep the light peace?”と言われる、多分。電気を消せと言われていることは分かったので消す。

 廊下で荷物の整理。どう見ても怪しい人にしか見えないのだろう。隣の部屋の女の人に、怪しむ目で見られる。当然かも。



 このユースの問題点は、シャワーの数が少なすぎること。ボクの泊まっている階には存在しない。こんな数で、宿泊客の使用をどうやって捌くというのだろう。まあ、こんな遅い時間に使用する人はいないので、シャワーを浴びて寝る。シーツを敷くべきだが、部屋が真っ暗で敷けないので、寝袋で寝ることにした。おやすみなさい。長い一日だった。


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トランスファー、シェレメーチエヴォ国際空港(モスクワ)にて


 午後5時過ぎ、ひとまずモスクワに到着。ようやく足が伸ばせる。

 トランスファーの乗客は空港外に出ることを許されないので、次の便までゲート内でひたすら待機。降りた乗客全員が同じ場所に行くわけではないようで、目的地ごとにふるいにかけられる。良く分からないけれど、ロシア国内便の乗客を集めているようだ。なぜ良く分からないかというと、空港職員からは何の説明もなく、ただ目的地の地名が連呼されているだけだからだ。確かにボクは英語で話されてもきちんとは理解できないけれど、やっぱりワードよりはセンテンスで話してもらった方が、意図を汲み取りやすい。

 選別が終わり、残った人達は隔離された通路を歩かされ、トランジットカウンターへ。窓の外を見ると、雪がちらついている。

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 何せロシアです。外国人には厳しいというロシアです。ちょっと街を歩いているだけでも警官に呼び止められ、パスポート・コントロールという名の賄賂の要求がなされるという評判の国です。例え空港の中とはいえ、次に何が起こるのかと非常に不安になります。そんな気持ちでビクビクしながら歩く自分は、我ながら気の小さいことだと思う。

 実際は特に何も起こることはなく、チケットとパスポートを渡して、確認後に搭乗券を渡されるだけ。パスポートにスタンプも押されないし、何の質問もされない。心配して損した。ゲートを抜けて、乗り継ぎ便を待つ。あと3時間強も待合時間がある。何をしていれば良いというのか。



 現在いる空間は出国手続後にしか入れないので、厳密に言うとロシア国内ではない。長辺が300メートルくらいの、サッカーのゴール・マウスのようなコの字型の空間には、免税店やレストランなどが所狭しと並んでいる。値段の表示はユーロやUSドル、ルーブルではない。おそらくカードも使えるのだろうけれども、自分の荷物が多いこともあって、なかなか店には入りにくい。かといって、一ヶ所に留まるのも何となく嫌だったので、ただフラフラと歩いていた。

 そのとき突然、日本人のおじさんに声をかけられる。キエフに行くらしいのだが、搭乗券にゲートが書かれていないため、どこに行ったら良いのか分からないらしい。自分の搭乗券をポシェットから出して見比べてみる。こちらには、ゲートと座席がきちんと記してある。どうすればよいか聞かれるが、そんなこと、海外旅行初体験のボクに分かるわけも無い。少し話をして、窓口に相談に行ってもらうことにする。心配ではあるが、人のことにかまっていられるほどの余裕が無いのも事実だ。



 疲れたので、あまり人のいないところに立ち止まって少し休憩。心配性なので、もう一度チケットとパスポートを確認しようとして、一気に青ざめる。ウエストポーチのチャックが開いていて、チケットやパスポートを入れていたカード入れが無いのだ!

 幸いパスポートとチケットは、先ほどのコントロールで出したままになっていたので手元にあるが、なくなったカード入れの中にはクレジット・カードが入っている。大ピンチである。そのカードは携帯電話の支払いにも使用しているものだから、これを止めてしまうと電話の使用も不可能になるかもしれない。それでは何のために携帯電話を購入したのかも分からなくなってしまう。しかし、止めなければ、カードの不正使用で膨大な請求が来るかもしれない。



 だが、一体いつ無くなったのだろう。パスポートを出したときにはあったし、他の場所にしまうはずも無い。そうは思いつつも、他のカバンを開けて一応チェックして見るが、やはり無い。コントロールの時に落としたのか。落し物に届いていないか聞いてみるべきか。でも、どこのセキュリティーを通ったか正直なところ覚えていないし、英語力にも自信がない。

 そうか、さっきのおじさんにすられたのか。馬鹿な。こんな場所ですっても逃げ場はないし、何のメリットがあると言うのだ。人のせいにして自分の責任から逃げようとするのは悪い癖だ。自分で落としたに違いない。でも、一体どこで…



 旅の序盤で起きた予想外のトラブルに、一瞬にしてパニックになる。一気に血の気が引く。外は雪が降っているというのに、青くなった顔面からは汗がポタポタと落ちてくる。

 落ち着け、落ち着け。必死に自分に言い聞かせる。いま原因を追究しても何にもならない。重要なのは、どうすれば被害を最小限に食い止められるかだ。幸い、カードは他にもある。1つなくしたからといって、旅に支障が出るとも思えない。今やらなければならないのは、何よりカードを失効させる事だ。

 しかし、携帯電話の電源を入れてもネットワークに接続しない。これは使えない。仕方なく、先ほど彷徨っていたときに見つけた公衆電話を使用することにする。この電話はクレジットカードを使えるので、非常に便利そうだ。カードを差し込み、番号を押す。何度かの試行錯誤の末、カード会社につながった。しかし、回線が混んでいるのか、なかなかつながらない。段々と乗り継ぎの飛行機の搭乗時間も近づいてくる。

 ここで電話するのはあきらめよう。イギリスでも電話はできる。時間があくのは致命的だが、これ以上ここで何かをするのは正直言って面倒くさい。どうせ限度額以上には使われないから、最大でも被害はそこに留まるはずだ。弱気な心が鎌首をもたげる。ボクは受話器を置き、休める場所へと向かうことにした。



 体を休める場所があったとしても、今の状態で心が休まることなど無い。それならば、体を休める必要も無いだろう。これは罰だ。油断をした自分に対する罰だ。そう思うことにした。

 することも無いのでもう一度ウエストポーチの中を探ってみる。パニクっていた時にまた何かなくなっていたら目も当てられない。デジカメを取り出し電子辞書を抜く。後に残るのは何も無い空間だけ。そう思って探ると、一番大きなポケットの内袋の裏側に何かがあるような気がする。あわてて覗き込むと、そこには無くしたはずのカード入れがあった。あまりにもぴったりと隙間にはまり込んでいて気づかなかったのだ…



 体の力が一気に抜けると同時に、すさまじいまでの安心感が心を覆う。良かった、本当に。こうなってくると、先ほどカード会社に電話がつながらなかったのはもう僥倖と呼ぶしかない。もしつながっていたらカードは失効していたし、携帯電話も使えなくなっていただろう。そうなれば、旅に何がしかの支障をもたらしていた可能性がある。まさに不幸中の幸いといった感じだ。いや、現実には何も被害が無かったのだから、ただの幸いだろうか。とにかく助かった。

 安心すると余裕が出てくる。脱力している自分の写真を1枚とっておいた。




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初めての出国、搭乗開始

 京成線で少し通勤ラッシュに巻き込まれたが、無事に成田空港第二ターミナル駅に到着することができた。午前9時。荷物を従え、エスカレーターに乗り、ターミナルを目指す。
 駅を出るとすぐに、空港のセキュリティーカウンターが待ち構えていた。パスポートを提示しないと通り抜けられないらしい。厳重なことだ。海外旅行者が持っていないわけも無いので、ポシェットからそれを引っ張り出し、提示する。すんなりと通過。緊張して損をした感じがする。

 案内表示に従って進んでいくと、エスカレーター手前に両替所を発見する。最初の寄港地は、イギリス、ロンドンだ。国際キャッシュカードを持っているので、現地のATMでポンドを下ろせないはずも無いが、ロンドンのヒースロー空港への到着予定時刻は、現地時間で午後10時近く。営業時間的に使えるかどうか不安はある。結局、不安に負けて八千円相当のGBPに両替をする。初めての外貨、ポンドをゲットだぜっ!指が切れそうなほどピンとした、エリザベス女王が書かれた新札紙幣に、なんだか嬉しくなる。
 お金を財布にしまい、出発ロビーへと向かう。バウチャーのチケットへの引き換えができるのは午前10時からのはずなので、まだ時間がある。その前に、JCBの空港サービスカウンターに行って、限度額の引き上げを行うことにした。ダラダラと歩いていくと、それは意外に簡単に見つかった。ラーメン屋の屋台程度の大きさのカウンターに職員が二人。後ろには各地のパンフレットが並んでいる。幸い、まだ他のお客さんはいない。時間的に早いのだろう。カードを提示して用件を言うと、早速どこかに電話し始めた。さすがに手馴れている。程なくして、限度額増額成功。ついでに、パンフレットをもらい、キャンペーンの登録をしてもらった。何となく恩を感じて、このカードを使おうという気になってくる。商売が上手いのか、ボクが単純なのか。

 時間は早いが、問題のチケット引換カウンターを探すことにする。よく分からなくて空港職員に尋ねたら、さっきいた場所の近くだった。自分に呆れてしまう。でも、グラウンドアテンダントって、もっと愛想が良いものかと思っていたが、それ程でもなかったのでがっかり。マックのお姉さんを見習って欲しいものだ。
 カウンターに行ったら、チケットをもらえた。電光掲示板を見ると、すでにアエロのチェックインは始まっているらしい。Check-in Baggageが無いので、セキュリティーチェックはスルー。チェッカーのお姉さんは、機内預けが無いといったら驚いていた。そりゃ、ゴロゴロ転がしている荷物を見れば変に思うだろう。
 無事にチェックインも終了。搭乗時間まではまだ間があるので、空港内をブラブラすることにする。チェックインしても荷物がまったく減っていないので、移動は面倒くさい。

 ふらふらしていると、アメリカンエクスプレスの勧誘に捕まる。審査を受けるように誘われるが、どうせ(期間限定とはいえ)無職なのだから、受けたところで通るはずも無い。仕事か、と聞かれたが、遊びですと答える。うらやましがられる。これは本音だろうな、きっと。ジャケットを着ているから誘われたのだろうと思うが、実は無職なんですよ、エヘッ。ともかく断るが、なぜかボールペンをもらう。
 これ以上、外で勧誘を受けてもうっとうしいし、さっきのお姉さんと顔を会わせるのも気まずいので、出国手続きをしてしまうことにする。セキュリティーチェック。またしても金属探知機にベルトのパックルが引っかかる。北海道の時と同じだ。セキュリティーのお姉さんはベルトのあたりを触っても良いですか、と聞いてくる。仕事とはいえ、彼女も変な男の下腹部を触ってチェックするのは嫌だろう。彼女たちの精神安定のため、今度からチェック時にはベルトもはずすことにしよう、と心に誓う。今回は、靴まで脱がされる。念の入ったことだ。カバンに入れていた鼻毛切りは無事にチェックを通過。刃渡りが長くなければ良いらしい。セットの中に入っているナイフを捨てさせられていたおじさんもいたが、知らなかったのだろうか。疑問だ。

 出国審査は何も聞かれることは無く、終了。しかし、仕事柄、愛想をまくわけにはいかないとはいえ、出国審査官はとても無愛想だ。
 出国審査が終了しても荷物が減るわけでもなく、移動しづらいことに変わりはない。そんなわけで、ゲートはかなり広く免税店もたくさんあるが、店には入りづらい。いられる場所を求めてウロウロしていると、ヤフーBBのコーナーを発見する。どうもタダで使えるらしい。居場所がないボクにはとてもありがたい。少しの逡巡の末、使わせてもらうことにする。名前と、パスポート提示後に、USB キーをもらう。メールチェックとブログの更新。何となく長い時間使うのは悪い気がして、すぐに終了。終了の仕方が書かれていないので良く分からないが、キーを抜くと初めの状態に戻ったので、それでよいのだろう。なんと乱暴な方法だろうか。
 本当にやることがなくなって、寝椅子に横になりながら、持って来たお菓子、武者せんべいを食べる。移動の際の衝撃か、バラバラの粉になっていた。

 自宅を出てから6時間近く、ようやく搭乗手続開始。アエロフロート、ボーイング777。ボクの席は中央左の通路側。なかなか良い席だ。しかも、時節柄か空いているので、隣3つには人がいない。最高。ゴロゴロしてもOK。窓側のロシア人がこちらを見ながら、アテンダントに対してしきりに文句をつけていた。でも言葉が分からないからぜんぜん気にならん。
 午後12時過ぎ。離陸時には機体がかなり揺れた。なぜか天井から水滴も落ちてくる。すごく不安になる。ネットで見た、アエロの飛行機の着陸時には、乗客が安堵のあまり自然と拍手が起きるという逸話に妙に説得力を感じる。そりゃ、のっけからこれだけ不安を感じさせられれば、そういう対応になってもおかしくはない。

 飛行中の待遇にはおおむね満足。キャビンクルーが、軍人上がりのようなゴッツイ人でちょっと怖かったが、サービス自体はそんなに悪くない。お昼ごはんにはお寿司も出てびっくりした。とても日本を意識しているようです。機内サービスで出ていたビールは、「キリン 一番絞り」だったし。でも、ビールを頼む人にはちょっと嫌な顔をしていました。晩御飯も、チキンとパスタがメインで、パックのにおいがしたけれども、それなりに美味しかった。

 到着近くなり、アテンダントが何かを配りだす。一応もらっておくと、ロシアへの入国カードだった。トランスファー(乗り継ぎ)の場合は必要ないはず。書かないで置いたが不安は残る。

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出発直前、成田空港への険しい道程

 午前5時20分。目覚まし時計が鳴るよりも早く自然に目が覚めた。初春の早朝はまだまだ寒い。少し冷えた空気を払いのけるように、タイマーをセットしておいた石油ファンヒーターから暖かい風が吹いてくる。雨戸を開け、外の天気を確認する。幸い晴れのようだ。昇りつつある太陽の日差しがまぶしい。
 着替えをしていると、母が起きて来た。コーヒーを入れてもらい、ヨーグルトなどを食べる。

 キャリーバックに詰めて転がして行く荷物を少しでも減らすため、かなり厚着になってしまうが、正装(もどき)用のYシャツとジャケットを着込む。冷えるとはいえども、これだけ着込めば少し暑い。
 うっすらとかく汗と共に、心中の不安もにじみ出てくる。今ならまだ出かけるのをやめられる。周りの人はほとんど知っているので今更中止するのは恥ずかしいけれども、予測もつかない不安と隣りあわせで進まなければならないのならば、それもまた選択肢の一つかもしれない。恥ならばこれまで十分にかいてきた。それがいまひとつ増えたところで、どれほどのものだろう。そんな不安を母に口にすると、自分も旅行に出かける前はそうだった、と言ってくれた。宿が見つからなくて苦労したらしい。話したことによって、少し楽になった。
 同時に、ボクはそんな不安とは無縁だと思っていた、とも言われた。動揺とは無縁だと思われているらしい。そんなことあるわけが無い。単にボクは、自分が弱い人間だと思い知らされながら生きてきただけだ。だからこそ、自分にできることが分かるし、できなくても何とかする方法を知っている。冷静さを失ってしまえば、それもできなくなる。だから、がんばって冷静であろうとしているに過ぎない。それが、人には冷たすぎるように映ってしまうこともあるのだろう。でも、いつだって不安で一杯なのだ。
 やはり出かけよう。そう、気持ちを新たにする。進むことでしか、何かを得ることはできないのだから。

 自宅から成田空港までは、電車で3時間近くかかる。午前6時16分に最寄り駅から発車する電車を目指して、自宅の玄関を出る。この家には1ヵ月半は帰ってこれない。そのことに感慨を感じる余裕も無い。ただ、ひたすら駅を目指す。
 家から最寄り駅までは、徒歩で10分くらいだ。午前6時過ぎに家を出たので余裕を持って駅に着けるはず、だったのだが、キャリーバックだと言うことを計算に入れ忘れていた。普段使い慣れないこれを引っ張りながら歩くのは、予想外に時間がかかる。外側に余分な荷物がついてあることもあり、少しでも斜めになると、回転軸がぶれて横転してしまう。
 ひっくり返らないように慎重に引きながら歩くと、だんだん慣れてきたのか、まっすぐ歩けるようになって来た。ようやく駅舎が見えてきたところで、ふと、振り返ると、荷物が少なくなっている。括りつけてあったジャンパーが無いのだ。道理で歩きやすいはずだ。本当に軽くなっていたのだから。

 どうするべきか。
 ここからは落ちている場所が見えない。もうすぐ電車は来てしまう。かといって、ジャンパーを放置するわけにも行かない。取りに戻るにしても、他の荷物が邪魔だ。走りづらい。とはいえ、置いて行ってこちらが無くなっては、本末転倒でもあるし。ちょっとしたミスが不安感によってあおられ、簡単にパニックを引き起こす。それを無理やりに押さえ込む。
 荷物を抱えて戻る。戻る戻る。幸い、150メートルほど戻った所でジャンパーが落ちているのを発見する。ホッとする間もなく、それらを抱え、キャリーを転がす余裕も無く、荷物をつかんだ指を痺れさせながら、再び駅に向かって駆け出した。階段を駆け上る途中で、電車が入線してくる。あわてて財布を出し、パスネットを購入。何とか電車に駆け込むことができた。息が上がっている。荷物をイスに置いて、ホッと一息、汗を拭くボクを、おかしな生き物でも見るように、通学途中の女子高校生が見ていた。

 前途多難という言葉が正にふさわしい。まるで作られたシナリオのようだ。事実は小説より奇なり、という言葉を実感している。
 そもそも、今回の旅行は、準備段階から、かなり無謀なものだった。海外旅行経験なし。飛行機に乗ったのも、研究会に出席するための、北海道往復のみ。自費での飛行機搭乗は初めて。それにもかかわらず、旅行期間は48日。1ヵ月半以上なのだから呆れる。仮にホームシックにかかったとしても、そう簡単に帰れるわけではないのだ。その準備にしても、飛行機の予約を取ったのは、4月に入ってから。荷物の整理は前日になっても終わらず、とても万全と呼べるものではない。おそらく、話を聞いていた大学院の先輩達は、不安を感じていたのではないだろうか。その前に、一度は海外に出かけてみれば良いのでは、とも進められた。しかし、そんな時間も無かった。
 目的地をヨーロッパにしたのは、やはり、ブランド的な憧れと、その歴史に対する興味のためだろう。同期で、アメリカの大学に行っていた某氏は、アメリカ、特にハリウッドのすばらしさを強調していたが、ボクは、自然や長い人の歴史によってつむがれたものをこの目で見てみたいと思う。それに、アメリカに行く機会はこれからたくさんあるだろうから。加えてヨーロッパは、比較的、経済的治安的にも安定しているということも判断材料に加わっていたことは言うまでも無い。危険な目に会うなど論外だ。いずれにせよ、今この瞬間が長期に旅行できる数少ないチャンスであることは間違いないのだから、それを楽しめるような場所にしたかった。

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出発直前、繰り返しチェック



 前日の夜はいつもより早めに布団に入ったのだが、やはり不安なのか、途中で目が覚めてしまう。まだ午前1時。起きる予定の午前5時過ぎまでは4時間以上ある。眠りながら何となく気になっていたのは寝袋のこと。ひとまず持っていかないことに決めて荷物から外しておいたのだが、何となく持っていったほうが良い気がする。やはり持っていこう。初めての海外、何が起こるかわからない。寝袋さえあれば、どんな状況でも眠る方法に困ることはないだろう。

(終わってから考えると、ほとんど使わなかったし、持って行く必要は無かったかも。やっぱり荷物になったし…)

 旅のベテランの人は、ユースホステル(以下、YHと略記)ではシーツ代を別に取られることもあり、寝袋を持っていればそれを払わなくて良いということを考慮して寝袋を持っていく、と言う知恵があるらしいが、こちらはそれ以前のお話である。



 寝袋をキャリーバックに無理矢理くくりりつけ、やっと一安心。4月のヨーロッパはまだ寒いと言うので、ダイソーで買った網袋にジャンパーも入れたため、元のキャリーバックと同じくらいの大きさの付属品がついている。地面を転がすには非常に不安定だ。これらは手荷物としてまとめて持ち込む予定のため、リュックと共に、同じくダイソーで買ったバンドでまとめてある。

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 そこまでしなくともチェックインさせれば良いだろう、という意見もあるだろうが、アエロフロートロシア国際航空(以下、アエロ)をそれほど信用できない。何しろネット上には、荷抜きや切り裂きなど、預け荷物に関する被害の報告が多すぎる。1度乗ってしまえば、慣れて預けることもできるのだろうが、何度もいうようで恐縮だが、初体験なのである。もしも、Lost Baggageになってしまったら、どうしようもない。不安の種は尽きないのだ。そのため、利便性を考えると本来は持って行きたいナイフなどの危険物は仕方なく抜いてある。

(これもあとから思うと、ナイフはあった方が便利。無いとスーパーで果物を買っても皮がむけない。飛行機の機内食で出てくるナイフはプラスチック製が多いので、パクってもあまり使えなかった。帰国時は荷物をチェックインさせたが、特に問題はなかったことを付け加えておく。)



 ここで、持ち物を確認しておこう。

移動関連品

・旅券(パスポート)

・バウチャー(搭乗券引換券)

・ユーレイルパス(1ヶ月連続)

・予約番号控(Easy Jet、宿泊関連)

・国際キャッシュカード(新生銀行)

・クレジットカード(VISA, MASTER, JCB, AMEX(海外傷害保険自動付帯))

・現金(JPY)

・「地球の歩き方」(ヨーロッパ、中欧編、各都市の地図のコピー)

・「トーマスクック時刻表」初夏版

・「ユースホステルガイド」

・国際学生証(ISIC)

・YH会員証

生活関連品

・パンツ ×3

・Tシャツ ×3

・靴下 ×3

・ハンカチ ×3

・Yシャツ(長袖) ×2

・ジャケット

・ジャンパー

・タオル ×2

・シャンプー(小) ×3

・ボディーソープ(小)

・洗剤 ×15

・歯ブラシ、歯磨き粉

・くし

・電動ヒゲソリ、カミソリ

・耳掻き、綿棒

・鼻毛切りハサミ

・風邪薬

・下痢止め

・酔い止め

・痒み止め

・胃薬

・筋肉痛対策薬品

・絆創膏

・栄養剤(ビンの、カロリーメイト、かつおだし)

・トイレットペーパー、ティッシュ

・袋(ビニール、ナイロン、ゴミ袋)

・南京錠

観光関連品

・デジタルカメラ、バッテリー×2

・電子辞書

・折り畳み傘

・ペンライト

・充電器関連

・腕時計

・携帯電話



 想像できる限りの状況に対応でき、かつ、荷物をできるだけ少なくするという命題を実現するセットのつもりである。

(これもあとから考えると、相当余分なものが多かった。クレジットカードはVISAかMASTERがあれば十分で、逆にJCBやAMEXはあまり使えない。非常食はほとんど持ち帰ってきたし、薬も使わないで済んだ。電子辞書も使う暇は無かったなあ。)






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海外旅行に出かけようと思った理由は



 ボクはこれまで海外に行ったことがない。飛行機に乗った経験すら、羽田-北海道の往復1回のみ。それなのに、イギリスはロンドンに始まりフィンランドはヘルシンキに終わるという1ヵ月半ヨーロッパ周遊の旅を、無謀にも企画したのである。

 初めての海外旅行というと、韓国2泊3日とか、ハワイ7泊8日とか、近場かもしくは日本人観光客がいっぱい居そうなところに行くのが定番。あえてこのセオリーを外したのは何故か。一言で言うと時間がないのである。




 大学院、しかも博士課程まで進んでしまったボクはもう27歳(当時)。博士論文審査も終わり、会社の都合で入社が7月のため、3ヶ月程度の無職期間を控える身である。外資系の会社のため、入社後の研修は海外で行われたりもするため、入社前のパスポート取得は必須事項。真っ白いパスポートを持って研修に行くのも何やら恥ずかしいので、とりあえずどこかに行っておきたい。(幸いというべきか、研究者生活を断念したおかげで、将来に備えた蓄えを消費に回すことができるようになったという事情もある。)

 行くならば、歴史があって見る価値がある場所、例えばヨーロッパに行ってみたいのだが、全体をまわるにはそれなりに期間を必要とするだろう。第一、長い時間狭い飛行機に乗って向かうのに、一週間やそこらで帰って来るのはもったいなさ過ぎる。こう考えると、近場の韓国を手始めにステップアップ、などという順当な手順を踏むには、3ヶ月は短すぎるのである。




 当時たまたま、先輩がヘルシンキの大学に赴任するところだったので、そこを復路の出発地にすることはほぼ決定。(日本に近づくから帰りやすい。)往路の到着地は一番遠いところ、しかも英語が確実に通じるところという条件で、ロンドンにすることに決定!

 大学生協でパンフレット等を集めつつ、地球の歩き方をずらっと発注しつつ、まずは航空券の予約。往路の到着地と復路の出発地が異なるチケットはオープンジョーと言うそうで、これが可能で、かつ、最も安いチケットを探したら、必然的にアエロフロート航空になった。

 繁忙期をギリギリで避けると、出発は4/21(木)。(何せ翌日以降の出発だと3万円くらい料金が上がっちゃう。)7/1入社ということを考慮すると、最低1週間前には帰って来たい。だが、ちょうどその頃は予約がいっぱいで席が取れない。仕方なく、6/7(火)を帰国の日とした。これで往復料金が約6万円。後にサーチャージも返還されたので、かなりお得だったと思う。




 あとは地球の歩き方とにらめっこをしながら、ルート検索。ユーレイルパスという、ヨーロッパ各国の鉄道共通のフリーパス(日本で言うと青春18切符に近いか?)の存在を知る。飛行機で各地を点々とするよりも、地べたを這いずり回る方が土地の空気を知ることが出来る気がするので、速攻で購入。これが1ヶ月有効で約10万円。ファーストクラスチケットとはいえ、かなり高いが仕方なし。(現地で高速バスも走っていることを知るが、時間がかかるから…)

 ここまで決まると大体各国の滞在期間も決まる。なるべく多くの国を回るようにすると、2~3日/国というところ。まるで「キノの旅」のキノみたい。初めの方や、パスの期限が切れる後半は、格安航空会社を利用することにする。その結果、決定されたルートは次の通り。




日本-成田→(ロシア-モスクワ)→イギリス-ロンドン(周辺めぐり)→フランス-ニース(モナコを含む)→スペイン-バルセロナ→フランス-パリ(周辺めぐり)→ベルギー-ブリュッセル(ルクセンブルクを含む)→オランダ-アムステルダム→ドイツ-ケルン→スイス-クール(リヒテンシュタインを含む)→イタリア-ミラノ、ヴェニス、ローマ、ナポリ→ギリシャ-アテネ→ブルガリア/ルーマニア→ハンガリー-ブダペスト→オーストリア-ウィーン→チェコ-プラハ→ドイツ-ベルリン→エストニア-タリン→フィンランド-ヘルシンキ→(ロシア-モスクワ)→日本-成田




 かな~り、詰め込みました。




 あとは、現金をあまり持っていきたくないので、新生銀行のインターナショナル・キャッシュカード(いまは手数料が高いので、イーバンク銀行のVISAデビット・カードの方がお得かも)を準備したり、各種クレジットカード(海外傷害保険付帯の会費無料)を作ったり、国際学生証(ISIC)をちょっとインチキ(もう学生じゃなくなるのに)して申請したり、YH会員証を作ったりした。

 地球の歩き方は便利だけど、嵩張るし、持ち歩くと狙われるという噂もあるので、地図とホテル情報を中心にコピーした。宿泊場所の予約は、最初のほうだけは事前にネットで予約しておき、あとは旅の進捗に合わせて、各地でネットもしくは電話予約することにした。何せ、初めてだから、予定通りに進むかどうかなんて分かんないし。




 これで大体準備は完了。あとは出発日を待つのみ。




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