トランスファー、シェレメーチエヴォ国際空港(モスクワ)にて
午後5時過ぎ、ひとまずモスクワに到着。ようやく足が伸ばせる。
トランスファーの乗客は空港外に出ることを許されないので、次の便までゲート内でひたすら待機。降りた乗客全員が同じ場所に行くわけではないようで、目的地ごとにふるいにかけられる。良く分からないけれど、ロシア国内便の乗客を集めているようだ。なぜ良く分からないかというと、空港職員からは何の説明もなく、ただ目的地の地名が連呼されているだけだからだ。確かにボクは英語で話されてもきちんとは理解できないけれど、やっぱりワードよりはセンテンスで話してもらった方が、意図を汲み取りやすい。
選別が終わり、残った人達は隔離された通路を歩かされ、トランジットカウンターへ。窓の外を見ると、雪がちらついている。
何せロシアです。外国人には厳しいというロシアです。ちょっと街を歩いているだけでも警官に呼び止められ、パスポート・コントロールという名の賄賂の要求がなされるという評判の国です。例え空港の中とはいえ、次に何が起こるのかと非常に不安になります。そんな気持ちでビクビクしながら歩く自分は、我ながら気の小さいことだと思う。
実際は特に何も起こることはなく、チケットとパスポートを渡して、確認後に搭乗券を渡されるだけ。パスポートにスタンプも押されないし、何の質問もされない。心配して損した。ゲートを抜けて、乗り継ぎ便を待つ。あと3時間強も待合時間がある。何をしていれば良いというのか。
現在いる空間は出国手続後にしか入れないので、厳密に言うとロシア国内ではない。長辺が300メートルくらいの、サッカーのゴール・マウスのようなコの字型の空間には、免税店やレストランなどが所狭しと並んでいる。値段の表示はユーロやUSドル、ルーブルではない。おそらくカードも使えるのだろうけれども、自分の荷物が多いこともあって、なかなか店には入りにくい。かといって、一ヶ所に留まるのも何となく嫌だったので、ただフラフラと歩いていた。
そのとき突然、日本人のおじさんに声をかけられる。キエフに行くらしいのだが、搭乗券にゲートが書かれていないため、どこに行ったら良いのか分からないらしい。自分の搭乗券をポシェットから出して見比べてみる。こちらには、ゲートと座席がきちんと記してある。どうすればよいか聞かれるが、そんなこと、海外旅行初体験のボクに分かるわけも無い。少し話をして、窓口に相談に行ってもらうことにする。心配ではあるが、人のことにかまっていられるほどの余裕が無いのも事実だ。
疲れたので、あまり人のいないところに立ち止まって少し休憩。心配性なので、もう一度チケットとパスポートを確認しようとして、一気に青ざめる。ウエストポーチのチャックが開いていて、チケットやパスポートを入れていたカード入れが無いのだ!
幸いパスポートとチケットは、先ほどのコントロールで出したままになっていたので手元にあるが、なくなったカード入れの中にはクレジット・カードが入っている。大ピンチである。そのカードは携帯電話の支払いにも使用しているものだから、これを止めてしまうと電話の使用も不可能になるかもしれない。それでは何のために携帯電話を購入したのかも分からなくなってしまう。しかし、止めなければ、カードの不正使用で膨大な請求が来るかもしれない。
だが、一体いつ無くなったのだろう。パスポートを出したときにはあったし、他の場所にしまうはずも無い。そうは思いつつも、他のカバンを開けて一応チェックして見るが、やはり無い。コントロールの時に落としたのか。落し物に届いていないか聞いてみるべきか。でも、どこのセキュリティーを通ったか正直なところ覚えていないし、英語力にも自信がない。
そうか、さっきのおじさんにすられたのか。馬鹿な。こんな場所ですっても逃げ場はないし、何のメリットがあると言うのだ。人のせいにして自分の責任から逃げようとするのは悪い癖だ。自分で落としたに違いない。でも、一体どこで…
旅の序盤で起きた予想外のトラブルに、一瞬にしてパニックになる。一気に血の気が引く。外は雪が降っているというのに、青くなった顔面からは汗がポタポタと落ちてくる。
落ち着け、落ち着け。必死に自分に言い聞かせる。いま原因を追究しても何にもならない。重要なのは、どうすれば被害を最小限に食い止められるかだ。幸い、カードは他にもある。1つなくしたからといって、旅に支障が出るとも思えない。今やらなければならないのは、何よりカードを失効させる事だ。
しかし、携帯電話の電源を入れてもネットワークに接続しない。これは使えない。仕方なく、先ほど彷徨っていたときに見つけた公衆電話を使用することにする。この電話はクレジットカードを使えるので、非常に便利そうだ。カードを差し込み、番号を押す。何度かの試行錯誤の末、カード会社につながった。しかし、回線が混んでいるのか、なかなかつながらない。段々と乗り継ぎの飛行機の搭乗時間も近づいてくる。
ここで電話するのはあきらめよう。イギリスでも電話はできる。時間があくのは致命的だが、これ以上ここで何かをするのは正直言って面倒くさい。どうせ限度額以上には使われないから、最大でも被害はそこに留まるはずだ。弱気な心が鎌首をもたげる。ボクは受話器を置き、休める場所へと向かうことにした。
体を休める場所があったとしても、今の状態で心が休まることなど無い。それならば、体を休める必要も無いだろう。これは罰だ。油断をした自分に対する罰だ。そう思うことにした。
することも無いのでもう一度ウエストポーチの中を探ってみる。パニクっていた時にまた何かなくなっていたら目も当てられない。デジカメを取り出し電子辞書を抜く。後に残るのは何も無い空間だけ。そう思って探ると、一番大きなポケットの内袋の裏側に何かがあるような気がする。あわてて覗き込むと、そこには無くしたはずのカード入れがあった。あまりにもぴったりと隙間にはまり込んでいて気づかなかったのだ…
体の力が一気に抜けると同時に、すさまじいまでの安心感が心を覆う。良かった、本当に。こうなってくると、先ほどカード会社に電話がつながらなかったのはもう僥倖と呼ぶしかない。もしつながっていたらカードは失効していたし、携帯電話も使えなくなっていただろう。そうなれば、旅に何がしかの支障をもたらしていた可能性がある。まさに不幸中の幸いといった感じだ。いや、現実には何も被害が無かったのだから、ただの幸いだろうか。とにかく助かった。
安心すると余裕が出てくる。脱力している自分の写真を1枚とっておいた。
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