営業トーク
海の家では、
毎朝バイト達が、駅や駐車場から海岸に下りてくる海水浴客の呼び込みをしている。
常連客や指定の割引券を持っている人などは、利用する海の家は決まっているが、
それ以外のお客さんは、呼び込みで海の家に入れる。
どこの海の家も、自分のところを利用してもらおうと、呼び込み合戦が始まる。
だが、どこを利用するかはお客さんの自由なので、呼び込みを無視して素通りすることも多い。
売店にいるオレは、砂浜を歩いているお客さんに声をかけている。
家族連れに若い男性客や女性客、カップル客からグループ客等々、客層は様々だ。
バイトに言わせると、
オレの呼び込みは、客の獲得率が高いらしい。
バイトの呼び込みを無視した客を、オレが獲得することが何度もあった。
売店にいると、いろんな人と会話をする機会も多く、雑談もよくする。
バイトに比べれば、会話慣れしているので当然のことだ。
ただ、バイトに言わせると、特に女の子の獲得率が高いらしい。
バイトたちは、オレの呼び込みを『ナンパ』と呼んでいたそうだ。
ある日も、オレが女の子のお客さんを連れて行ったとき、
バイトの女の子が、
「またナンパしてる。」
と言い、
荷物の預かり所に案内した時も、料金係のバイトが、
「ナンパ成功したんスか?」
と言った。
オレはそのたびに、
「ナンパなんかしなかったよな?」
と女の子たちに確認する。
ノリのいい女の子になると、
「そう、ナンパされちゃったの。」
と答えたりする。
そんな会話も、お客さんとのコミュニケーションを取るきっかけにはなっているのだが・・・。
ただし、これはナンパではなく、あくまで営業トークであることを強調しておく。
不思議な彼女
8月 土曜日
売店に来た1人の女の子。
ビールを注文しながら、
「さっき砂浜でタバコ吸ってたら、監視員の人に怒られちゃったよぉ。」
といきなり話し始めた。
「そりゃそうだよ。喫煙場所以外でのタバコは禁止なんだから。」
「そうなんだってね。だからすぐタバコ消したんだよ。エライでしょ?」
グチを聞いて欲しいのか、褒めて欲しいのかわからないので、
「でも、そういうマナーを守れるコって、オレから見たらポイント高いよ。」
と褒めてあげた。
すると、
「ホント?おにいさんありがとう。」
と嬉しそうにビールを持って砂浜を走って行った。
次に現れたのはお昼頃。
砂浜からではなく、海の家の中から売店にきた。
「おにいさん、生ビール1つ。これ濡れちゃってゴメンね。」
と言って、びしょ濡れの千円札を出した。
「大丈夫だよ。それよりちゃんと喫煙所で吸ってる?」
と聞くと、
「それがさぁ、海でそのお金と一緒にタバコも濡らしちゃったから、吸えなくなっちゃったの。あたしってかわいそうでしょ?」
と言った。
「それならすぐ近くにコンビニがあるから行ってくれば?」
と場所を教えた。
「うん、ありがとう。」
と言って、戻って行った。
3度目は、帰りぎわだった。
「おにいさん、お水ちょうだい。」
と、ミネラルウォーターを注文した。
「あたし、あれからタバコ吸ってないんだよ。」
「えっ、コンビニ行かなかったのか?」
「うん。ずっとガマンしてた。エライでしょ?」
と言った。
どう答えようかと考えたが、
「それじゃ、ご褒美にオレの1本あげようか?」
とタバコを差し出すと、
「うわぁ、おにいさんありがとう。」
と言って、嬉しそうに1本抜き取った。
「おにいさんも一緒に吸おうよ。」
と喫煙所に付き合わされた。
その間も、その日あった事をニコニコしながら楽しそうに話してくれた。
そして、タバコを吸い終わった彼女は、
「おにいさん、ありがとう。またね。」
と言って、海の家に入って行った。
オレも売店に戻ろうと、タバコを消している時に、ふと思った。
そういえば、彼女は誰と来ていたのだろう。
売店に来る時は、いつもひとり。
なにか買う時も、1人分だけ。
話してくれた内容も、
バナナボート乗ったとか、波にのまれて鼻が痛かったとか、ヘンな男に声をかけたらとか。
彼女以外に登場人物が出てこない。
誰かと一緒にいるところも見た覚えがない。
1人で遊びに来ていたのだろうか。
売店に戻って、海の家の中を見回したが、
もう帰ってしまったのか、彼女の姿は見つからなかった。
とにかく不思議なコだった。
修羅場
8月31日で海水浴場の営業は終了したが、
この夏のエピソードは、まだ残っているので、もう少し紹介する。
お盆休み中のこと。
カップル客がパラソルを借りにきた。
多分、アメリカ人のお客さんだろう。
英語で話しかけられているようで、高校生のバイトがテンパっている。
オレは、売店を出て様子を見に行った。
別に英語が話せる訳ではないが、
ビーチでの用事など、大体内容は決まっている。
毎年、対応しているうちに、単語の羅列だけでなんとなく意思の疎通ができるようになった。
時には、日本語の話せるお客さんに、簡単な会話を教えてもらうこともあった。
この日もバイトに代わって、料金、閉店時間等、ひと通り説明し、パラソルを貸し出した。
パラソルの下で、2人は楽しそうに話し始めた。
特に問題なさそうなので、あとをバイトに任せ、オレは売店に戻った。
しばらくして、男がビールを買いにきた。
またしばらくすると、今度は売店の前を通りすぎ、海の家の陰から彼女の様子を、じっと見ている。
彼女は、パラソルの下で膝を抱えてうつむいている。
彼女となにか揉めたようだ。
数分間、その様子を見ていたが、彼女の所へ戻って行った。
またしばらくすると、今度は道路のほうに歩いて行った。
戻って来た男は、マクドナルドの袋を手に戻って来た。
食事を買ってきたのだろう。
その後、2人は帰って行ったが、
彼女は泣きながら、男はその肩を抱くように歩いている。
男は彼女の耳元で、何か話しているようだが、彼女は一切無視して、ただ泣いていた。
2人が帰ったあと、バイトがやって来て、
「さっきの2人ヤバイっすよ。修羅場でしたよ。」
と言った。
内容はわからないが、
初めは仲良く話していたが、そのうち口論になった。
男が彼女をなだめているが、彼女は納得しない。
男が怒ると、彼女は更に大声で言い返す。
男は仕方なく、その場を離れる。
彼女はうつむいて泣いている。
そんなやり取りが何度かあったが、
結局、彼女の怒りは収まらず、
ハンバーガーをぶちまけたそうだ。
オレは、バイトと一緒にパラソルのところに行ってみた。
そこには、ハンバーガーやポテトが散乱し、シェイクまで飛び散っていた。
オレはパラソルを片付けてきたバイトに、
「そのゴミ、穴掘りよろしく。」
と言った。
バイトは、
「穴掘りっすかぁ。」
と言って、スコップでを穴を掘り、ゴミを埋めた。
ケンカするのは勝手だが、余計な仕事は増やさないで欲しいものだ。