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「月球儀」&「芭蕉座」  俳句を書くメゾソプラノ山本 掌のブログ

第四句集『月球儀』
「月球儀」俳句を支柱とした山本 掌の個人誌。

「芭蕉座」は芭蕉「おくのほそ道」を舞台作品とする
うた・語り・作曲・ピアノのユニット。
    



俳句を金子兜太に師事。「海程」同人・現代俳句協会会員。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉増剛造講演「サクタロウ・利根川・イカホ」、

講演を前橋文学館で聴いてきました。

いま文学館で催されている

「サクタロウをアートする」のイヴェント。


吉増剛造さんは現代を代表する詩人。

萩原朔太郎の詩や撮影写真からのイマジネーションで、

詩や文章のほか、写真や映像作品を制作されています。

映像作品を「gozo Ciné」と名ずけた五本を上映。

その映像に吉増さんご自身が解説(ツッコミ)を

入れるというとても贅沢な時間を味わいました。

やわらかい声、その語り口、

吉増さん自体が<詩>であるような・・・


「朔太郎フィルム日記」2007年10月20日 8分4秒

「利根(タンネ)ー朔太郎の」2009年10月7日 2分45秒

「沼沢地方(朔太郎)から新潟(金時鐘)」2010年11月6日 10分37秒

「アメリカ、沼沢地方、・・・・」2011年6月23日 7分10秒

「太古の思い出(ノスタルジア)ー『猫町』」2011年9月2日 19分25秒 

 

 

 

 

 

 

吉増さんのサイン(ご自身の顔をインクで潰した!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「パフォーマンス東京 “ Solitaire "」

現代音楽の作曲家・野澤美香よる企画・主催のパフォーマンス。
  http://micanozawa.com/

2018年10月9日(火)に催されます。

出演は
Nanda Kumar(ナンダクマール) 南インド イダッキャ奏者
http://www.nandakumar.mimemo.net/

安野太郎(やすのたろう) 作曲家
http://taro.poino.net/

●日時:2018年10月9日(火) 開場18:30 開演19:30

●場所:六本木cube(キューブ)
http://www.mp-cube.net/
東京都港区麻布台3-4-11 中央飯倉ビルB1

●入場料:3000円(1ドリンク付き)

 

 

 

 

「パフォーマンス東京 “ Solitaire "」については、

こちらをどうぞ。


<「パフォーマンス東京 “ Solitaire "」は

様々な表現ジャンルから既成のルールをはみ出し

ボーダーレスな活動をするアーティストをプロデュースするシリーズ。

一晩に多様なパフォーマーが一堂に会し、

しかしコ ラボレーションはせず「ソロ」で魅せる“ Solitaire "。

これまで現代音楽、ジャズインプロヴィゼーション、

DJプレイなどの音楽表現のほか、ダンス、舞踏、伝統舞踊、

アートパフォーマンスなどの身体表現を六本木のクラブ空間にて上演。

観客はオールスタンディングで自由に場所をかえながら

平素とは異なる照明ワークの中でパフォーマンスを体験する。


6回目を迎える今回は、

数世紀にわたり寺院専属の

 

イダッキャ演奏をつとめるコミュニティの出身で

南イ ンドケーララ州より来日するナンダクマールと、

 

 

 

 

 

 

 



ゾンビ音楽をはじめとする演奏システムにより

演奏/音楽の根本を再思考させる安野太郎を迎える。

一般的には古典劇の伴奏もしくは合奏という形態がとられる

伝統打楽器のイダッキャであるが、

ナンダクマールはソロインプロヴィゼーションも行う稀有な奏者であり、

日本ではまだなじみの無いこの豊かな表 現力を持つ楽器の

魅力を堪能できる素晴らしい機会になるであろう。

また二回目の出演となる安野太郎は、

来年開催されるヴェネツィアビエンナーレに向けての

新たなプロ ジェクトのための実験をここで披露してくれるそうだ。

言語や感情の抑揚をもっとも原初的な方法であらわす

打楽器によるパフォーマンスと、

コンピュータにより制御された万全のプログラムから洩れ出す

エラーの増殖が作り上げる音楽とのカップリングは

観衆にまったく新しい体験と余韻を提供してくれるはずである。>


◆野澤美香はyamanvaの「おくのほそ道」の作曲家で、

芭蕉の句を書き下ろしています。

東京生まれ。国立音楽大学作曲学部卒業。
作曲を故・入野義朗に師事。

日本現代音楽協会新人賞入選。
ICC国際作曲コンクール第二位受賞。
シビテッラ・ラニエリ財団からのフェローシップでイタリア滞在。

02年日本音楽集団委嘱「霊長類研究所」、
03年ニューヨークでの「ミュージック・フロム・ジャパン」で
「メイド・オン・ザ・インサイド」を世界初演など
国内外で楽曲が演奏される。

映像作品、ダンスとのコラボレーション、
ゲーム音楽「虫姫さま」など活動は多岐に渡る。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公式ページより

 

 

 

 

オペラ「アンドレア・シェニエ」を録画で観ました。

ジョルダーノ(Umberto Giordano, 1867- 1948年)作曲の

ヴェリズモオペラ「アンドレア・シェニエ」。

アントニオ・パッパーノ指揮で、

2015年の英国ロイヤル・オペラハウスでの上演です。


フランス革命前後の1789年~1893年頃、

アンドレ・シェニエは実在の革命派の詩人、断頭台へ。

 

 

 

 

 

ヨナス・カウフマン

 



カウフマンのタイトル・ロール、

翳りをおびた、それでいて輝きのある

カウフマンの声・歌・演技すべてが

 

素晴らしいのは言うまでもありません。

第一幕のアリア「ある日、青空を眺めて」

第三幕の「私は兵士だった」のドラマティックなこと。

第四幕の「五月の晴れた日のように」の詩情あふれる歌唱。

各幕のアリアに聴きほれました。


この舞台では敵役ジェラールのジェリコ・ルチッチ

に惹きつけられました。

主人の令嬢マッダレーナを慕い続け、

従僕から革命の幹部となり、

その権力を使ってでも、マッダレーナを我が物にと謀る。

マッダレーナの直向なシェニエへの愛に、

気持ちをおさえ、シェニエを助ける。

その心理、その心の葛藤、心情が痛いほど。

三幕のアリア「国を裏切る者」、印象的でした。

くっきりとした人間像を刻んで。


マッダレーナの召使のメゾソプラノ、

革命後、娼婦になって、女主人を仕える。

声や姿態にニュアンスがあって。


美術、衣装も音楽の流れにそうもの。

パッパーノ指揮による管弦楽団の音の重厚なこと。

見ごたえのある「アンドレア・シェニエ」。



◆ 4幕2重唱
 https://www.youtube.com/watch?v=hjipWiVPI8s


◆ジェラール アリア
 https://www.youtube.com/watch?v=m-xOn0NVoKs

 

 

 

 

 <ジョルダーノ オペラ「アンドレア・シェニエ」

アンドレア・シェニエ(詩人): ヨナス・カウフマン(T)

カルロ・ジェラール(コワニー家召使→革命政府高官): ジェリコ・ルチッチ(Br)

マッダレーナ(コワニー家令嬢):エヴァ・マリア・ウェストブレーク(S)

ベルシ(マッダレーナの召使→娼婦): デニス・グレイヴス(Ms)

コワニー伯爵夫人: ロザリンド・プロウライト(Ms)
マデロン(老女): エレナ・ジーリオ(Ms)
ルーシェ(シェニエの友人): (Bs)
密偵: カルロ・ボージ(T)

指揮:アントニオ・パッパーノ

演出: デーヴィット・マクヴィガー

英国ロイヤル・オペラ合唱団
英国ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団

(2015年1月29日 英国ロイヤル・オペラ・ハウス)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉咲けり胸の高潮夜もすがら                掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芙蓉咲けり暗黒舞踊派天使館                掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うす闇の芙蓉引き抜くそのあたり               掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆芙蓉・花芙蓉・白芙蓉・紅芙蓉・酔芙蓉(すいふよう)


 芙蓉一花(ふよういっか)・芙蓉閉ず



アオイ科の落葉低木。


暖地に野生があるが、栽培される。


初秋五弁の大花を開く。


白から紅色に変わるものをスイフヨウという。


一日花。



秋の季語。(現代俳句歳時記より)



名残のでしょうか、芙蓉をみかけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関容子『客席から見染めたひと』 講談社 2016年刊

名インタビュアー関容子の聞き書き。

また愉しい一冊を読むことができた。

「芸」に生きる人のうちぶところへすーっと入り、

その芸の真髄まで著者に「ふっと語ってしまう」。

そんな貴重な話がさらっと、

あたたかく、人肌でつたわってくる。

著者はどれほどの舞台を観てきたことか、と。


この16人のなかに、

十八代勘三郎がいないのがなんとも惜しまれる。

 

 

 

◆本のデータベースはこちら

日本エッセイスト・クラブ賞、講談社エッセイ賞、

読売文学賞など幾多の賞にも輝く、

当代随一のインタビューの名手が、

「舞台」という空間を彩る16人のトップランナーに迫ります。


30代から80代まで、世代を超えて語られる「芸」の世界の深淵。

そして師弟の情愛──。

舞台俳優から歌舞伎役者、狂言師、落語家まで、

普段は語られざる彼らの表現者としての本音、舞台論、

芸や技など受け継ぎ後進に伝えるべき「伝統」への思い、

そして数奇なみずからの人生……。


舞台を愛するすべての人に贈る、

「読むと舞台に足を運びたくなる」本。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな本なので、もういちど。

◆関容子『勘三郎伝説』

この著作、私のなかでは禁書。

勘三郎(十八代)が旅立ち、

名インタヴュアー・関容子の書いた

おりおりのエピソードから立ち現れる「勘三郎」、

あまりに切なくて・・・

 

 

 

 

 

 

 

 




◆関容子・文、写真・下村 誠 『新しい勘三郎 楽屋の顔』

「勘九郎から勘三郎へ。

十八代目襲名を記念して、中村屋の御贔屓様に、

見たくても見られない楽屋の顔を、

文と写真で完全再現、ここにお届け申し候」

という本の紹介。


まさに密着、よくここまで撮ったというショットが満載。

驚いたのは「これを勘三郎が許可した」という写真。

「お辰」の顔をつくり、鬘もつけているが、

衣装はまだで胸乳もあらわ。

ゆらりと妖しい。


「歌舞伎」の女形は、

そう、両性具有なのだと再認識した一枚。


本のページをめくりながら、

ああ、勘三郎がもう一度観たい! 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エッセイスト・関容子さんによる

山本掌 句集『月球儀』の評が

現代俳句協会の「現代俳句」10月号

ブックエリアに掲載されました。

 

 

 

 

 

 

 




関容子さんは聞書きの名手、

詩人・堀口大學への『日本の鶯』で日本エッセイスト・クラブ賞、

『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞され、

『勘三郎伝説』『中村勘三郎楽屋ばなし』『花の脇役』などなど、

数多くの著作をお持ちです。

関容子さんのお許しをいただいて、こちらに。

 

 


句集『月球儀』 山本掌

    月光一閃の言葉たち         関容子


  掌に釘ゴルゴダのイエスのごと二月

  てのひらの有刺鉄線春の雨


 掌さんの自身の名に、釘と有刺鉄線。なんと痛ましい。



  右手(めて)に虚無左手(ゆんで)に傷痕花ミモザ

  われ眠る月の柩に仰臥せり



 青白い月光の中に静かに沈潜する世界の住人と思いきや、

 

一変して、

  炙られて妬心炎(ほ)となり蛇(じゃ)となりぬ

  薄墨桜ひと殺めたき真昼あり



 と、内に秘めたマグマのように赤黒く燃えさかる人でもある。



  落ち度なき美童打擲花の塵

  花衣ほころぶ美童の頸を絞め



 迂回し、旋回する美意識。

ここらがその師、金子兜太氏の言われる

 

「常識とは異なる、奇妙な現実執着者(しゅうじゃくしゃ)」

 

 

の由縁だろうか。


 ところで、掌さんのブログの自己紹介には

 

「俳句を書くメゾソプラノ」とある。

 オペラのメゾソプラノの役どころと言えば

 

『アイーダ』のアムネリスにしても、

『ドン・カルロ』のエボリ公女にしても、

 

それぞれ美人で身分も高いのに、

美男役のテノールの心を勝ち取るのは決まって

ソプラノのアイーダであり、エリザベッタである。

 だからメゾソプラノの歌うアリアは、

深い悲しみに満ちていたかと思うと、

めらめらと嫉妬の焔(ほむら)を燃え上がらせ、

いつかまた自己嫌悪に沈んで行く。

そして通奏低音のように、いつもそこに死の姿がある。

つまり複雑に屈折していて、

 

味わいが濃く、聴き応えがある。

 掌さんの句の世界はまさにメゾの歌うアリア。

サラサラと聴き流すことができず、

さまざまな心の動きが凝縮され、

 

からみあっていて、

そこがこれまでによくあるおだやかで

 

心地よい句集の読後感とは

まったく一線を画すところだと思う。


 掌さんの毒にあてられ、少し息苦しくなってきたところ、

こんな洒落た句に出会うとほっとする。

 

漱石先生が好みそう。


 春眠の漬もの石の猫である



 また、優雅で物哀しい感覚が顕著な句は

太宰の『斜陽』の世界を思わせる。

  藤むらさき午後のすうぷは白孔雀



そしてまた本領発揮の、

  わたくしを此の世に誘う黒揚羽

あの世ではないところがユニークで、

もっと怖くて美しく、

 

まるで鏡花の『天守物語』。

海老蔵黒揚羽の図書之助に誘われて、

この世に甦る玉三郎の天守夫人か。


 さて、終わりに私の最も好きな一句は、

  蝶となる耳もありけりうすみどり

なんと官能的で平和で爽やかな景色であることか。

それでいて、やっぱり幽明の境が曖昧な

山本掌の俳句世界が確立している。
 

 

  月に触れわがみのうちのもの激つ

山本掌は、月光の中に身を置くとき、

何かを言葉で一閃せずにはいられない激情にかられる。

前世はかぐやか・・・・・・。