静寂ゆれししむらしげる萩の夜 掌
(しじま)
萩こぼれ人工水晶体屈折 掌
紺碧の伽藍へだてし萩の月 掌
萩原朔太郎「沼沢地方」は
初出は「改造」で、その後度々手をいれて、
『定本青猫』そして『宿命』に載っています。
先日の吉松剛造さんは<浦>について
「うらうら、うねうね、猫町の<U町>あるいは占いのうら」
などと考えられるし、
「<沼沢地方>は小さな風土でなく、
<太古の宇宙>。
純度の深い<憤怒>があって、
<朔太郎は幻視者>」と言われていた。
国立国会図書館デジタルコレクション。
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沼澤地方
蛙どものむらがつてゐる
さびしい沼澤地方をめぐりあるいた。
日は空に寒く
どこでもぬかるみがじめじめした道につづいた。
わたしは獸(けだもの)のやうに靴をひきずり
あるひは悲しげなる部落をたづねて
だらしもなく 懶惰のおそろしい夢におぼれた。
ああ 浦!
もうぼくたちの別れをつげやう
あひびきの日の木小屋のほとりで
おまへは恐れにちぢまり 猫の子のやうにふるえてゐた。
あの灰色の空の下で
いつでも時計のやうに鳴つてゐる
浦!
ふしぎなさびしい心臟よ。
浦! ふたたび去りてまた逢ふ時もないのに。
萩原朔太郎「火」は詩集『氷島』に載っています。
この朔太郎自作の詩の朗読は
1930年にSPレコードになったもの。
youtubeにもありました。
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火
赤く燃える火を見たり
けものの如く
汝は沈默して言はざるかな。
夕べの靜かなる都會の空に
炎は美しく燃え出づる
たちまち流れはひろがり行き
瞬時に一切を亡ぼし盡せり。
資産も、工場も、大建築も
希望も、榮譽も、富貴も、野心も
すべての一切を燒き盡せり。
火よ
いかなればけものの如く
汝は沈默して言はざるかな。
さびしき憂愁に閉されつつ
かくも靜かなる薄暮の空に
汝は熱情を思ひ盡せり。
朔太郎の詩の自作朗読は3篇あります。
その最初がこの「乃木坂倶楽部」
吉増剛造さんのgozo Cineのなかで、
朔太郎の写真と
この詩が通奏低音のように流れて。
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( 国立国会図書館デジタルコレクションより)
乃木坂倶楽部
萩原朔太郎
十二月また来れり。
なんぞこの冬の寒きや。
去年はアパートの五階に住み
荒漠たる洋室の中
壁に寝台(べっと)を寄せてさびしく眠れり。
わが思惟するものは何ぞや
すでに人生の虚妄に疲れて
今も尚家畜の如くに飢えたるかな。
我れは何物をも喪失せず
また一切を失い尽せり。
いかなれば追わるる如く
歳暮の忙がしき街を憂い迷いて
昼もなお酒場の椅子に酔わむとするぞ。
虚空を翔け行く鳥の如く
情緒もまた久しき過去に消え去るべし。
十二月また来れり
なんぞこの冬の寒きや。
訪うものは扉(どあ)を叩(の)っくし
われの懶惰を見て憐れみ去れども
石炭もなく暖炉もなく
白亜の荒漠たる洋室の中
我れひとり寝台(べっと)に醒めて
白昼(ひる)もなお熊の如くに眠れるなり。
(青空文庫『氷島』より、新漢字表記)
萩原朔太郎の肉声が聴けます!
吉増剛造さんの<gozo Cine>に流れていたのは
「乃木坂倶楽部」「火」「沼沢地方」の詩。
独特なイントネーションで読まれています。
国立国会図書館デジタルコレクション、こちら。
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