萩原朔太郎「沼沢地方」は
初出は「改造」で、その後度々手をいれて、
『定本青猫』そして『宿命』に載っています。
先日の吉松剛造さんは<浦>について
「うらうら、うねうね、猫町の<U町>あるいは占いのうら」
などと考えられるし、
「<沼沢地方>は小さな風土でなく、
<太古の宇宙>。
純度の深い<憤怒>があって、
<朔太郎は幻視者>」と言われていた。
国立国会図書館デジタルコレクション。
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沼澤地方
蛙どものむらがつてゐる
さびしい沼澤地方をめぐりあるいた。
日は空に寒く
どこでもぬかるみがじめじめした道につづいた。
わたしは獸(けだもの)のやうに靴をひきずり
あるひは悲しげなる部落をたづねて
だらしもなく 懶惰のおそろしい夢におぼれた。
ああ 浦!
もうぼくたちの別れをつげやう
あひびきの日の木小屋のほとりで
おまへは恐れにちぢまり 猫の子のやうにふるえてゐた。
あの灰色の空の下で
いつでも時計のやうに鳴つてゐる
浦!
ふしぎなさびしい心臟よ。
浦! ふたたび去りてまた逢ふ時もないのに。