Peter Ilyich Tchaikovsky
日本酒を飲んだときに
「まるで、お水みたいで飲みやすーい!」
と言われ
「じゃぁ、お水を飲んでください・・・」
と思うときがあるBartです。
ごぼうとくるみのタリアテッレ(4人分)
材料
タリアテッレ or フジッリ/280g
ごぼう/1本
くるみ/80g
バジル ソース/300g
塩/適量
胡椒/適量
砂糖/小匙1
手順
1.バジル ソース を作ります。
2.ごぼうの皮を包丁の背でこそぎ、友人たちとの談笑のなかで恋人を笑いのネタにしてしまい・・・
いざっ恋人を友人たちに会わせるときに軽く晒し者となってしまったように、ごぼうを斜めに薄く切ってから酢水にさらして、さっと茹でてざるに上げます。
3.チャイコフスキーのくるみ割り人形No.2~4のいずれかを聞きながら、くるみを粗く切ります。
4.タリアテッレ or フジッリを茹で始めます。
5.フライパンにオリーブ オイルを注いで加熱し、ごぼうとくるみを軽く炒めて塩胡椒で調味します。
6.バジル ソースを加えて軽く混ぜ合わせ、砂糖とタリアテッレ or フジッリの茹で汁を大匙6程度加えます。
7.茹で上がったらソースと手早く和えます。
※タリアテッレで作りましたが、フジッリのほうがソースとからんでさらにおいしいかと思われます。


INVICTUS
小学生のころ
母に連れられ、杉並公会堂で展示されていた南アフリカの人種隔離政策
「アパルトヘイト ノン」 ~ Apartheid non
を観に行き、数十年経った現在も当時観た展示写真の何枚かは強く深く脳裏に焼き付いています。
この人種隔離政策は1948年に法制化され、
国際連合に「人類に対する犯罪」とまで言わせた同法を
1994年4月に全人種参加の総選挙で大統領となった
ネルソン マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela 1918 7 18 ~)
によってアパルトヘイト法が完全撤廃されることとなります。
高校生のころ
「あしたのジョー」のようにまっ白に燃えつきたくて始めたラグビーの虜となり
1995年に開催された南アフリカ ワールドカップの動向を食い入るように観ていました。
当時はNZ代表のウィング(WTB)ジョナ ロムー(Jonah Tali Lomu 1975 5 12 ~)のプレイを観て
それはそれは興奮し(※日本はこの大会でNZと対戦し17-145と1試合最多失点の記録で負けています。)
野球を観ながらチップスとビールがあれば満足するアメリカ人男性の気持ちをちょっぴり理解し
決勝戦 NZ:南アフリカ
196cm119kgの体格で100mを10秒5で走るロムーの活躍に期待を膨らませていました。
当時、この決勝戦を観戦して抱いた感想は
「つまらなすぎる・・・」
ラグビーはトライをしてなんぼでしょう・・・
なのにペナルティ ゴールとドロップ ゴールだけって・・・
攻撃型ラグビーが推奨されているなかで、
当大会における南アフリカの戦略は徹底した守備型ラグビーであり、
したがってこの決勝戦は
「史上最低の凡戦」
として記憶に残っていました。
このことを知った上で観たこの映画・・・
初めてのワールドカップ開催と初優勝によって人種間の和解を果たそうとする意志があったとは・・・
そして観たそのあとに貼り付けた当時の実際の映像を観ると
感慨深いものがこみあげてきました。
アパルトヘイトという存在を通して南アフリカ共和国を知ってから
10年と経過しないなかでひとりの指導者と一競技によって大きく変わっていった
それも平和的に
そしてその両方に少なからず接点があった自身の経緯になにか運命的なものも感じつつ
インビクタス / 負けざる者たち [DVD]/モーガン・フリーマン,マット・デイモン,レレティ・クマロ

¥1,500
Amazon.co.jp
It matters not how strait the gate,
How charged with punishments the scroll.
I am the master of my fate.
I am the captain of my soul.
~William Ernest Henley
おまけ(HAKA)
大航海時代に西洋人が銃火器を持っていなければ・・・と想像をかき立てるお気に入りのPVです。
母に連れられ、杉並公会堂で展示されていた南アフリカの人種隔離政策
「アパルトヘイト ノン」 ~ Apartheid non
を観に行き、数十年経った現在も当時観た展示写真の何枚かは強く深く脳裏に焼き付いています。
この人種隔離政策は1948年に法制化され、
国際連合に「人類に対する犯罪」とまで言わせた同法を
1994年4月に全人種参加の総選挙で大統領となった
ネルソン マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela 1918 7 18 ~)
によってアパルトヘイト法が完全撤廃されることとなります。
高校生のころ
「あしたのジョー」のようにまっ白に燃えつきたくて始めたラグビーの虜となり
1995年に開催された南アフリカ ワールドカップの動向を食い入るように観ていました。
当時はNZ代表のウィング(WTB)ジョナ ロムー(Jonah Tali Lomu 1975 5 12 ~)のプレイを観て
それはそれは興奮し(※日本はこの大会でNZと対戦し17-145と1試合最多失点の記録で負けています。)
野球を観ながらチップスとビールがあれば満足するアメリカ人男性の気持ちをちょっぴり理解し
決勝戦 NZ:南アフリカ
196cm119kgの体格で100mを10秒5で走るロムーの活躍に期待を膨らませていました。
当時、この決勝戦を観戦して抱いた感想は
「つまらなすぎる・・・」
ラグビーはトライをしてなんぼでしょう・・・
なのにペナルティ ゴールとドロップ ゴールだけって・・・
攻撃型ラグビーが推奨されているなかで、
当大会における南アフリカの戦略は徹底した守備型ラグビーであり、
したがってこの決勝戦は
「史上最低の凡戦」
として記憶に残っていました。
このことを知った上で観たこの映画・・・
初めてのワールドカップ開催と初優勝によって人種間の和解を果たそうとする意志があったとは・・・
そして観たそのあとに貼り付けた当時の実際の映像を観ると
感慨深いものがこみあげてきました。
アパルトヘイトという存在を通して南アフリカ共和国を知ってから
10年と経過しないなかでひとりの指導者と一競技によって大きく変わっていった
それも平和的に
そしてその両方に少なからず接点があった自身の経緯になにか運命的なものも感じつつ

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It matters not how strait the gate,
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I am the master of my fate.
I am the captain of my soul.
~William Ernest Henley
おまけ(HAKA)
大航海時代に西洋人が銃火器を持っていなければ・・・と想像をかき立てるお気に入りのPVです。
