バルビゾンの風

バルビゾンの風

バルビゾン派(バルビゾンは、École de Barbizon)は、
1830年から1870年頃にかけて、フランスで発生した絵画の一派である。
フランスのバルビゾン村やその周辺に画家が滞在や居住し、
自然主義的な風景画や農民画を写実的に描いた。1830年派とも呼ばれる。

   

   

   

   

 

   

   

   

 

Charles François Daubigny
シャルルーフランソワ・ドービニー(1817~1878)
作品名 夏の麦畑 (1850~1855年頃)

 

Vincent Willem van Gogh
フィンセント・ファン・ゴッホ (1853~1890)
作品名 カラスのいる麦畑

※ ゴッホはこのドービニーの《夏の麦畑》の作品の
構図をそっくり真似てドービニーに対するオマージュとして
《カラスのいる麦畑を描いたのです。
ゴッホのカラスはドービニーの《カラスのいる木》の
エッチングから取ったものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当サイトはバルビゾン派(バルビゾンは、École de Barbizon)、
1830年から1870年頃にかけて、フランスで発生した
自然主義的な風景画や農民画を写実的な絵画です。

バルビゾン派と呼ばれる画家たちの作品を
カテゴリー別に展示しております。



学生時代にミレー、コロー、クールベを知り
ヨーロッパ絵画に大いなる興味をもちました。

そして、近代絵画を先導したイギリスの
ターナー、コンスタブルを勉強し
フランスのジョルジュ・ミシェルを知りました。

この偉大なる三人の画家が近代絵画の原点と言うべき
光と影と空気そして自然を余すところなく研究し尽くして
バルビゾンの画家集団へ繋ぎ現代絵画へと導いたのです。

そのバルビゾン派の画家集団の絵は自然への飽くなき追求の中から
生まれでた『素晴らしい!!』の一言に尽きる真の風景画です

そのバルビゾン派の作品をバルビゾン派に共鳴する皆様に
『誇れる一枚の絵』また、世界の現物資産として
お手元にお届けしご鑑賞いただければと
思っております。どうぞご期待下さい。

アートサービス株式会社
代表取締役 津田琢麿
バルビゾンの風(アートサービス株式会社)
〒251-0872 神奈川県藤沢市立石1-6-13
090-3139-6705 代表取締役 津田 琢麿

【沿革】
1974年(昭和49年)日本美術総合株式会社設立
1975年(昭和50年)三井ホーム株式会社と提携
1980年(昭和55年)三井ホームインテリアと絵画販売契約提携
1985年(昭和60年)アートサービス株式会社設立
1987年(昭和62年)三井ホームリンケージと絵画販売契約提携
2010年(平成22年)バルビゾン派の絵画を専門で扱う


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【特別篇】≪ドランとマティスの面白い絵≫

 

 

この二人の巨匠は1898年ドラン18歳マティス29歳の時に出会っている。
1905年5月に、この2人は目の前が地中海の煌びやかな
海と山と古城のある陽光の港町、コリウールに共同のアトリエを借りた。

コリウ-ルの港町はパリから南へ

スペインの国境20キロ地中海に面した港町である。
この港町の色彩感覚が2人の画風に決定的な影響を与えた。

2人は『チューブから出たそのままの色』を

用いて作品にに没頭した。


コリウールのあらゆるもの、港、尖塔、屋根や

通りの角が彼らの創作意欲を刺激した。

このコリウールの港町が友情の始まりであり

大きなコラボレーションとなった。
そしてフォーヴィズム(野獣派)のリーダーになった。

そして、この年の秋の展覧会、

サロン・ドートンヌに出品し、

フォーヴィズム運動が始まる
この時の作品がマティスの

【緑の筋のあるマティス夫人の肖像】である。


現在この作品はコペンハーゲン国立美術館所蔵である。

マティスは1898年29歳の時に

アメリ-・パレイユと結婚。


ドランは「乾燥中の帆」というコリウールの時に

制作した作品を出品している。


点描で描いている明るいコリウールの浜辺に帆を
広げて10艘以上のヨットが並んでいる作品である。

マティスは色彩の魔術師と言われるが、
この色彩の色に、夫人に対するマティスの想いが入っている。

ドランのこの作品【若い婦人像】

(バルビゾンの風所蔵)は1920年作の作品である。


新古典主義的な作品への回帰で描いているこの作品は

マティスの1905年作品のマティスの
【緑の筋のあるマティス夫人の肖像】に見立てている、
マティス夫人の緑の筋と同じような緑の筋が

ドランの婦人の中にも見受けられる。


野獣主義と言われた3年間の

この時期のこの作品を忘れえなかったのでしょう。

15年の月日を経て、マティス夫人の内面を表す
この作品とドランの【若い婦人像】とを対峙させて、
絵画の常に変遷する姿の表れだと主張してる。

この大きく違う作品、3年という野獣主義の期間と
長い新古典主義の対峙する作品がもたらすことは、
いろいろな角度からなる作品の出現を繰り返して
さらに先に進むということなのか、と問う作品になっている。

因みにマティスも1920年以降、
作風が古典に回帰している作品を描いている。