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本当は全く無いわよ。
「恋の予感」なんて。



今年の1月1日に入った瞬間、一人の男友達から「年あけました、今年もよろしく」とぶっきらぼうなメッセージが来たわ。


この瞬間に、一人一人にメッセージを送る彼を想像すると、なんだか普段のイメージと違う彼に「プッ」と笑ってしまったけれど。




でも、よーくよーく考えたら



「お。勘違いしてもいいのかしらん」と思うのよね。



年明け早々、1分たりともずらさずメッセージが来るっつーことは、ある意味勘違い要素たっぷりなのよね。


病気になってから、彼にずいぶん助けられたわね。
遠からず近からずの距離で、私を病気と認めそこから目をそらさずまっすぐに受け入れ励ましてくれたわ。




「おーい」



って呼んだら、出来る限りすぐ来てくれるような人だわ。


去年は「すぐ彼が出来るよ」とくしゃくしゃと頭を撫でてくれたっけ。




ま、友達だからね。
ありがたいボーイフレンドだわ。




世の中



良くも悪くも、思い込みでいろんな事が進むわね。



出会って、おつきあいするのも、別れることも



勘違いや思い込みで、物事が進んで行くことがたくさんあるわ。




詳しいところを書きたいところだけど、相手の思い込みや勘違いで物事が進んだ経験は良い思い出が無いので、やめておくわ。




互いにそんな気は全く無いけれど



でもオトコとオンナ



みんなには良くあることなのかもしれないけれど。
今まで真面目に主婦をしてきた私。
この歳になって尚更オトコに対しては、世の中を知らないのよね。
がっつり勘違いしたわ。


だからこれから

良い塩梅で、下心ブラブラしますか。
今年の初めにオンナになった感じだわ。



こんな事、書いている自分を恥ずかしいと思いつつ、今年は誰に対しても「恋の予感」勘違い炸裂で行くとするわよ。
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お正月の花ね。


「梅の花」


全然関係無いけれど




新年早々、悩みを書くわ。
このブログに載せること、本人からの許可も貰っているわ。



そう



去年の暮れくらいから娘が痔主なのよ。




遺伝なのかしら。
私もその歳くらいから、痔主だったわ。



経験者にはわかるわね。
痔主になった、あの気持ちあの感覚。



これになったら肛門(以下、梅の花)にしか、気持ちが行かないあの感じ。



「早く薬を買いなさい!」
と言っても、なかなか買わないので、私が薬を買いに行き、今では「プリ○S」を愛用。





痔主の原因の一つに便秘が原因と言われているけれど


そう、その通り。


自分の梅の花の伸びのキャパを超えたものが、襲って来るから痔主になるのよね。








娘が2歳の頃


「おかーさん、うんちしたいよ」と半べそでやって来て、出るものが出るまで、私は一時間くらいお産のように彼女を励まし続け、やっとの思いで出したと思ったら


「ちゃりーん」


と、陶器の便器に音がするくらいの、堅い堅いものが生まれて来たわね。





生まれながらの筋金入りの便秘少女。
今では励ますことは無いけれど、でも想像がつくわ。




これも遺伝なのかしら?



私もトイレの度に「出産」するかの思いよ。
外での時は「いきみ」を聞こえないようにするのに苦労するわ。
時々、誰かの「いきみ」の声を聞いた時、なんだかとっても共感するの。




娘よ
痔主を侮ってはいけないわ。
この先、出産を経験する事になったら、赤ちゃんが産まれて来るときに、看護師さんに梅の花を押さえてもらう時のあの恥ずかしさは、何とも言えないわ。
実際その時はそれどころでは無いけれど、でも恥ずかしいわ。




とにかく、どこもかしこも娘にはキレイでいて欲しいと思う私。



親としては今は梅の花に気を取られていないで、勉強や遊びや他のいろんな事に集中してもらいたいわ。




痔主はしつこいのよ。
ちゃんと薬を塗ってもらわねば。



娘よ
軟膏をいじって遊んでる場合じゃ無いわよ。


がんばらねば。
この山は高いわよ。




今年の早めの対策。
とにかく娘の梅の花を治すことね。


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新しい年がはじまったわ。
去年はいろんな人に支えられて、助けられた年だったわね。

有難い一年だったわ。



関わった皆さんに感謝の意を込めて


「あけましておめでとう。今年もよろしく」


です。






このブログを始めて3年目。
結構こまめに更新。


2年間でずいぶん変わったわ。
自分も周りも、全てが。


振り返って思うけど、病気は私に取って、「Break」(壊れる)じゃなくて「Breakthrough」(突破口)だったと思うのよね。





去年の仕事の納会の時に、会社の人から「これからどうして行きたいと思ってるの?」と聞かれ、会社では内緒にしておいた「声」を誰かに届ける話をしたわ。




「声を届ける事が多くなって行きたい」と。




聞いたその人は、想像もしていなかった答えに戸惑っていたけれど
私も今まで内緒にしていた事を、思わず出してしまった自分にびっくりだったけれど




今年の目標は



「声」



をどんどん出して行こうと思うの。




もちろん、霊の「声」もあるけれど




思った事
考えている事




自分や相手にとって、良い方向は何なのか。
そんなことを、どんどんどんどん出して行こうと思うの。



あとは。



そうね。。。



最近油断してお腹ぽっこりになってしまったから、ペタンコにしたいわ。

この歳でペタンコは難易度の高い挑戦よ。



できれば「オトコが放っておけないくらいはかない感じオンナ」になるために←それが理想
もうちょっと痩せたいわ。つーか、痩せるわ。



理想にならなかったとしても、見た目大事ね。。。


オンナを磨くわ。







除夜の鐘を聞きながら、やっぱり思う事。



「ケセラセラ」

これが一番。



私にとって本当に向かうべき山は、どこなのかわからないから。
一昨年病気で、いろんな意味ではだかんぼうになり、心や器が一寸法師サイズで小さかった私。
これから嫌でも登らなきゃならない山もあるわ。
目の前にある山を、よいしょよいしょと「どうにかなるさ」と思いながら、精一杯登るわ。



そうすれば気がつけば、まるはだかでも気にならない器や心を持てるかもしれないわね。


まるはだかでスケスケのオーガンジーの布を、色っぽく纏う事もいつかできるかもしれないわ。



少しそれたわね。



そしてやっぱり
一番の目標は




今年も変わらず、いやもっと、陽気で笑顔で行くわ。



よし。
今年の目標、決まり。



あらためて、更に
「今年もよろしくお願いします」


なのです。
友達のブログのタイトルをパクってみたわ。


カナ、ごめんね。



でも彼女は自由に生きているわ。
自分の理想の「カナ」に向けて、頑張って。
「幸せ」をつかむのよっ!



彼女が自分が「進化」していることを感じているのに対して、自分はどうなんだろうと思った時



私は「迷走中」なのよね。



彼女は私よりずっとずっと若くて、私が彼女の年齢くらいの時はどうだったんだろうと思った時、その頃は自分を殺して夫の理想の妻を演じ、娘たちをどうしつけのいい子に育てるかばかりを考えていたわ。




結果としては
理想の妻は演じきれず、女子力のない下品な言葉を平気で言う娘たちが私の横にいるわ。




大切な大切な娘たちが自分の手元に残った。
自分を殺した原因の結婚は離婚し、自分らしさが戻って来た。



さて



これからの事を考えると



恋愛はまんじゅうこわいだし



即興演劇はドクターストップがかかっているわ。
それに復帰しても、変わらない「自分」だと思うけど、解放されて自由になったら「誰」が飛び出してくるかわからない怖さ(怖くないけど)もあるわ。でもってそれは病気で演劇では無いのよね。



仕事はこの間研修で「ビジネス的に考える能力を持つために、物事を俯瞰的に見ましょう」と言っていたけど、その時に「アタシは違う意味で見てるわよ。もう」って思ったわよ。



生活では柔らかい母を目指しているけれど、今のところ柔らかいのは、お腹のお肉だけね。




と、全てが目指しているところと、若干ズレているような気がするの。



自分らしさを取り戻してきたいま。



これから進みたい方向の、ピントを合わせて行くにはどうしたら良いか。



自分が幸せになるには、どうしたら良いか。




娘たちにも、どれに対しても執着せず、何かあればどれに対してもさらりと手放す勇気。
何事にもあきらめない強さ。


全てにおいてのバランスと優先順位はどこなのか。



そこから


自分ばかりでなく。
関わる人たちが幸せになるには、どうすればいいのか。



ま、いろいろ考えず。
やっぱ、ケセラセラで行くのが一番なのかしら。
だから、ピントが合わないのかしら。



・・・・・・・・




やっぱり「迷走」するわね。
今日は除夜の鐘でも聞きながら、いろいろ考えるとしますか。


よし。


今年をちゃんと振り返って、ブログに残したわよ。


赤裸々に。
全くもって。


ふんっ!


昨日「全員に公開」のボタンをクリックしたあとはきっと、ドヤ顔だったと思うわ。


公開して後悔なんてしないわよ。


これからどんどんどんどん公開していくんだから。


フフフ


そんなこんなで、男のいやーな部分にまっすぐに向き合った私


離婚ってそんなもんよ。


ただ、唯一救いがあったのは、彼に全く未練が無かった事かしら。


そんなこんなで、主治医とはこれからの『恋愛』について、よく話をするの。


先生は私がこれから、ちゃあんと私と向き合えるオトコと出会うためには、どうしたらいいか、指導してくれるわ。


まず


おっぱいの様な柔らかい母になり、背筋をちゃんと伸ばして行くこと。


だそうな。


私はいろんな意味を込めて

「私はこれから、絶対恋愛はしないわ」


と言ったら、先生は


「きみのその絶対は『恋愛』はまんじゅうこわいだね」


ん?まんじゅうこわい?


先生は落語の「まんじゅうこわい」の『まんじゅう』を『恋愛』に例えて言ったわ。。。


この事を言われてから


『まんじゅう』と『恋愛』が私とどう結びつくのか、よーくよーく考えるの。




先生に言わせると、私はとっても『恋愛』したいらしい。




たしかに。
よくブログに書いてるわ。



でも恋の銃口を向けたいオトコがいないんだってば、だから絶対恋愛はないわ。


離婚して、やっと自分らしさを取り戻した。


仕事では「仕事をする私」のペルソナを被り


生活では「柔らかい母な私」のペルソナ被る。


恋愛をして、また「彼に合わせた私」のペルソナ被るのかと思うと、うんざりするわ。


自分らしさを引き出してくれるオトコって、そうそういないわよ。





でも
たしかに



互いに理解し合えるような人が現れたら、きっと



泣いてその彼に、寄りかかると思うの。


ちなみに泣くのは、嬉し泣きよ。





まんじゅうまんじゅう
こわいこわい




柔らかい母は背筋を伸ばして




こわいこわい




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