昨日から覚悟していたけれど

「日常」

が始まったわ。


いろんな所でいろんな感情が渦を巻くわね。


楽しい事も
もやもやする事も
悲しい事も


ゆきおちゃんは言う。

「一生懸命生きていれば、本当に本当に良いことがあるんだ」と。



きっとそれは私の潜在意識の中の願望なのかもしれないわね。


でも、自分で自分を励ましているのではなく、私の気持ち以外の言葉から励まされていると思うと、とても広がって頑張っていけるような気がするわ。



私はわたし
わたしは私


誰がなんと言おうと、ゆきおちゃんたちは「声」であって、私じゃない。
医学的に説明できたとしても、この不思議な現象を理解してくれる人は少ないんだろうな。


「それはあなたの潜在意識です」


か。。。。。


今までに自分を相当分析したわね。


「霊」たちの声
みんなが想像しているものとは違うわよ。


「霊の声」は届ける相手に恐い事を言う事じゃない。


なぜならそれは、神さまが望んでいることではないから。
日々穏やかに暮らす毎日を望んでいたり、何かの目標に向かって進んでいたりと、様々な人たちに、その周りで応援してくれる霊もいるのよ。


霊たちの声は、いまどうすれば良いのかを言うだけであって、恐ろしい言葉や未来をつらつら当てたりしないわよ。


だって、それはその人それぞれの役目があって、その役目を果たすために霊たちは応援しているのだから。



と。


自分の日常を書こうと思ったら、霊の声の話になってしまったわ。



ま。日常が始まり
私は毎日を大事に生きていきたいわね。




ゆきおちゃん

私は良いことあったわよ。
最近肉屋で買う度に干柿を頂くわ。
それに、今日は会社でみんなからのお土産三昧だったわよ。

おいしく頂いたわ。


「声」も日常だけど、いつもの日常もあるわね。


どうか、今まで「声」を届けた人たちが、いろんな事に気付き、幸せでありますよう。


今日の記事はまとまらず、とりとめのない感じで。
なんだか複雑だわ。
毎日はとてもシンプルなのに。


写真は頂いた干柿。
肉屋のおじさん、ありがとう。


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昨日は「最高の嘘」ってタイトルで「私はオンナよ」って言ったわ。

誤解されてしまうわね。

本当にオンナなのよ。
オカマじゃないわよ。





お正月休みが終わり、明日からまたいつもの日常が始まるわ。

朝の満員電車
会社の人とのやりとり
クライアント達との話
訪問先への移動

生活の全て

始まるわ。




去年は無制限でお休みだったから、変な感じ。


独り身って本当に気楽だけど、でも突然一人になったから、相当な孤独を味わったわよ。



今年は3人で大変だけど、でも賑やかな日常がスタートするわ。


若干の重たさを感じつつ(朝起きるのがつらいわ)でもやっぱり楽しみだわね。


ちゃんと楽しんで行こう!


うん。




全ての変わらない毎日に

神へ感謝し、全ての人達に感謝して

「今」を感じ

私はまた更にどんどん進んで行きます。


神さまありがとう





今年は嫌がらず、ちゃんと掃除洗濯もするわ。
時々娘に押し付けちゃうかもだけど。

あと、頂いたメールのレスポンスを早くします。

みんなへの感謝の意はここで伝えなければ!

頑張らねば。

iPhoneからの投稿
突然だけど

一昨年と去年は最高の嘘を見たわ。
特に去年は最高だったわね。



嘘にも色々あるわね。



相手の事を思っての嘘
自分を守るための嘘
自分を誇示するための嘘


他にも色々あるわね。きっと。


あと、私はオンナよ。
ブログでは言葉遣いがオカマみたいって言われたわ。



今日はそんな事を、ともガチのペコちゃんと14時間話した日なのでした。

とにかく変わらない。


眠る前の「幻聴」


私には統合失調症の診断はないわよ。
以前にも書いたけれど、眠る前の幻聴は「生理的幻聴」と言って、問題ないと言われたわ。



私の内側から出てくる声とは全く違う「声」



一昨年はこわーいこわーい幻聴がどーんと来て、その後遠くの方から私を励ますように、疲れた時には必ず私の名前を呼んだっけ。



その遠い遠い声が表面化して、私の内側から来る「声」になったと思っていたわ。


それは全て私の潜在意識であって、結局は病気になった訳だけど。



精神科医から言われた私の病名は「統合失調症」でもなく「解離性障害」でもないのよね。





でも「声」



問題ないと言われるにしては、多すぎるのよね。



時々、誰かと会ったときにその人の「声」が残って、その日の眠る前はその人の「声」がする時があるけれど。


遊園地に行った時の夜みたいな感じ。
ジェットコースターに乗った感触が残っているかのように、その人の「声」が脳裏に残っていて、眠る前に出てくる。






でも、またそれとは全く違った「声」



そうね。
イメージとしては


私の周りに「霊」がいて、話をしている感じね。
私に対してきっつい事も言うし、冗談も言う。
私に全く関係ない言葉も。


ある友達からは

「ノブには言葉がいっぱい詰まっているんだよ、とにかく自分の事を物語にして書いてみたら?」と言われたけれど。



・・・・・・・・・・・・・・・・・



そんな気が全く無いのよね。


全く何も考えず、何かを書こうとすると「福音書」みたいな言葉がたくさん出てくるだけで。


でもその感覚は結構面白かったりするのよね。



変な病気。
ふんっ。



でも、私に言葉が詰まっているなんて、全くもって共感出来ないわ。
私のボキャブラリーの少なさったら。
本も読まないしねぇ。




ゆきおちゃんは
「考えても仕方のないことだ」と言うし



誰かに「声」を届けるときは、ゆきおちゃんは全く現れないわ。
確実に他の「声」なのよね。





とにかく


眠る前のやかましい「声」たち。

男女問わず現れる「声」たち。

「生理的幻聴」にしては多すぎる「声」たち。



慣れるまでに苦労したわよ。
普通の人には怖がる声もあるって。
冗談を言って、うっかり私が笑ってしまったとしても面白く無いって。



もうっ。


ゆっくり眠る前に私に囁かないで欲しいわ。




全てを「霊」として
霊たちに言いたい。



うるさいっつーの。
「イチゴ狩りに行きたい。お父さんに頼もうかな」



と、離婚後に次女が言ったのは、一昨年の暮れ。



毎年恒例だった、家族行事の「イチゴ狩り」は娘たちにとって楽しみな家族行事だったんだと、初めて知った。



皮肉なことに、最後の家族行事のイチゴ狩りのことは、2011年2月11日に「最後のドライブ」と言うタイトルで書いてあったわ。



本当に「最後のドライブ」だったわね。



彼女たちにとって、特別と思われる「イチゴ狩り」

父親と「行ってこーい」と言えれば良かったんだけど、もしかしてもしかして、彼女たちの特別な家族行事に、まだ傷の癒えない原因の、弁護士の彼女がひょこひょこと着いてくるかも・・と思ったら、なんか任せられなかったのよね。



「娘たちに季節を感じさせる思い出を作ってあげること」


柔らかい母を目指す私にとって、精神科医のこのアドバイスは、一番やらねばならない事なのだと思うわ。



ましてや、娘たちにとって特別なこと。



うつ病の父親と、こんな病気を持つ母親と、あと取り返しのつかない出来事があった今。



これから娘たちが、いろんな事にぶつかった時、それを乗り越えられる女性であるよう、親としてどう動いて行ったらいいか。


私の目の前の課題はそこにあるのよね。


「今」の季節を共有しあう。
楽しければ楽しいと思うほど、それが思い出になり、その思い出が愛された記憶として残り、愛された記憶は、これからの彼女たちを作る。




と言うわけで。


シングルマザーは大枚をはたいて(安いけど)、「イチゴ狩り、イチゴスイーツ食べ放題、世界遺産日光東照宮バスツアー」に行ったわよ。


初めてなのよ。
バスツアー。
この歳で。


ウフフ



朝5時代に起き、娘たちとわさわさと用意して
時間ギリギリだったので、走ってバス乗り場の上野へ

バスに乗り込み
イチゴ狩りをして、その後お昼ご飯。


そして世界遺産日光の社寺散策。

東照宮の参拝料の高さに、家族3人で切符売り場の前で呆然と立ち尽くし、話し合った結果、とりあえずおみくじをひいてみたわ。

(「眠り猫」見たかったわ。すっごく見たかったわ)

とりあえず、お金のかからないところを探し、「七福神」が祀ってある場所へ

「福よ来い来い、福よ来い」と一緒に言わされ、賑やかな体験をし。


そのあと安いからと「宝物館」へ。


土産屋をいろいろ見て、そのあとイチゴスイーツを食べまくり。


帰りのバスでは、隣の知らないおじさんと一緒にがっつり寝たわ。


後で娘たちから聞いた話だけど、行きのSAでマスクを買った娘たち。
私の隣にいた、おじさんの加齢臭が凄すぎて、思わず買ったんだとか。


なんだかやたらと勧めると思ったら。。
そうだったなんて。



バスの中にはいろんな家族がいて、人がいて、行動は一緒だったけれど、いろんなカタチの旅があったわ。



今まで車でしか出かけたことが無い、私に取ってはとっても新鮮な旅だったわね。


一昨年の「最後のドライブ」に書いたけれど、新しい私たちの「カタチ」見つけたわ。


そして彼女たちの特別な苺を、特別に出来る限りギリギリまで食べさせてあげたいと思うわね。



ちなみにこの写真の苺は、一昨年の最後の苺。
今年は夢中で食べたので、写真を撮るのを忘れたわ。


苺は毎年毎年変わらないけれど、季節が巡ってくる度に、私たちは少しずつ変わって行くのよ。


だから、毎年特別な苺なのね。



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