私の人生を写真で喩えてみたわ。
ざぶーん
ざぶーん
ざぶーんざぶーんと大きな波にのまれたりしながら、ざぶーんざぶーんとどうにかして生きております。
過去のあれやこれやを書いても、いいことはひとつもないので。
今、書きはしませんが。
実は書きたい気持ちがウズウズしております。
いつかおいおい書くとしますか。
匿名だものねぇ。
一昨年に精神世界の病気(過去に散々書いてるので、そう略すわ)になってから、人生がガラリと変わった私。
当時は散々泣いたものでございます。
はい。
人生の折り返し地点に入り、テレビの「初めてのおつかい」を観てすぐ泣くものの、それでいて自分の事では滅多に泣かない年頃ですが、当時は人のいないところでは、声をあげてわんわんと泣きました。
当時は夢で泣いて起きた事もありました。
色んな事が寄せては返す波のように起こって、その度にその波の様にざぶーんざぶーんと泣きました。
人前で「雨」のように、しとしと泣けるオンナだったら、きっと今頃違う人生を歩んでいたと思います。
そういえば。。。。
以前過去の事で、思い出して人前で思い切り泣いたら
「感動した」
って言われたわ。
何なの一体。
感動させるために泣いたわけじゃないのに。
相手は映画や芝居ばかり観てる人で、リアルで傷ついて泣いてる人を見たことが無かったからなのかもしれないけれど、その一言で更に深く深く傷ついたわ。
ふんっ!
そうそう。。。
「泣く」という行為はとても疲れます。
ゆっくりの神さまが降りた、医者から社会へ出る事を禁止された日々は、泣いては寝て、泣いては寝てを繰り返していたわ。
大波のように襲ってくる悲しみとがっつり向き合った時期でもありました。
自分の中に起こっている、何なのかわからない「声」や「種」とも向き合っていたわね。
娘たちと離れて暮らして「孤独」とも向き合った。
一番信用していた友人に「助けて!」と相談しようとしたら「病気」の私と関わりあいたく無かったのか、「霊」が怖かったのか、逃げるように去って行った。
自分の事を誰にも理解してもらえない中、医者は白衣から突き出した、悪魔の矢印のしっぽをクネクネさせてこう言ったわ。
「泣いたのかい?」と。
嬉しそうに。
そう見えたわ。
その後本当の意味で、一番の理解者になったのが、その医者だったとは、当時は思えなかった。
そうは言っても、まだ自分の中に「声」があるのは、医者には内緒なのよね。
ただ、私の本当の気持ちを引き出してくれたのは彼だったわ。
娘たちの事と仕事の事。
先に進むための方法を教えてくれる。
今はオトコについてと演劇についてを教えてくれるわ。
・・・・・・
話がまたそれたわ。
たくさんたくさん泣いて、解決したのはやっぱり「人」と「時間」だった。
たくさんの人に助けられながら、時間をかけてやっとここまで来た。
人との他愛のない会話が、自分にとってどんなに癒されるかという事を、痛いほど知ったわ。
毎日の娘たちの他愛ない会話が、私にとってどんなに大事かも知ったわね。
今では、娘たちや両親や友達に、今までとは明らかに変わった「今の私」を理解してもらえるようになったわ。
それに
波のように、ざぶーんざぶーんと泣いた分だけ強くなれた様な気がするわ。
そう。
精神世界の病気と言う、荒波を乗り越えたいま。
全てをさらけ出しても、もう気にしたりしない。
べろんべろんに自分をさらけ出すわ。
出せるところで。
出しちゃいけないところで出したら、捕まっちゃうわ。もう。
大きな荒波を乗り越え、嫌でも強くなった私。
「霊」の声にも動じなくなり、自分の内側から起こる「声」と「声のない動きの種」にも慣れた。
相当強くなったと思うわ。
幽霊なんて全然怖くないのよね。
それより
私がいま世の中で一番怖いのは、ゴキブリだけよ!
と、大きな波と涙を乗り越えた私は、どれだけ強くなったかを言いたかっただけなのでした。
でも結構まだまだ小さいのね。実は。
この絵の言葉を解釈すると、そんな人達を見て私はこの絵のようになるわね。
何かをやるにしても、作るにしても、自分がない人や、自分しか見えてない人を見るとこうなるわね。
全く関係ないけれど
娘のあるママ友に初めて出会った時、当時公務員の妻だった私に「あなたのその境遇でこんな事を言って申し訳ないけれど、あなたにはアウトローの香りがするわ」って言われた事があるの。
何事も誰の話も「うんうん」と聞いて、自分を殺していた時代。
いまその事を言ったママ友とは、超仲が良いけれど、今では彼女に「初めて会った時にあんたを見抜いたわよ」って言われてるわ。
いつでも、いろんな所でも誰かと合わせるペルソナを被るけど、実は自分の意思がしっかりくっきりある私。
特にやりたいことに関して、仮面を被る必要の無い所では、自分をどんどん出すわ。
自分をどんどん出すと、人とは全く違う意見があることに気付く。
意見をどんどん出して、それが偉い人であっても、どんな相手でも、自分が自分らしく生きるために、どんどん反抗する。
そうなると、どんどんアウトローとなって行くのよね。きっと。
でも
単に逆らうへそ曲がりでは無くて。
でも単なるイエスマンはぜっっっったいに嫌だわ。
ここで、自分の意見を言わせてもらうならば。
演劇の独特な雰囲気が大嫌い。
舞台の芝居なんて特に嫌いね。
役者たちは
人の話を素直に受け入れているようで、全く聞いていない。
相手を見てるようで、結局は自分しか見えていない。
ちゃあんと周りが見えてない。
映画やドラマや芝居ばかり見てるから「生身」の人間がどうかなんて見えてない。
自分は「人」を演じるのに、人が見えず自分しか見えていない。
そうでは無い人も多いけど、でもそんな人ばかりの様な気がするわ。
でも演劇の「信じる」世界って独特なのよね。
誰か偉い人の事を信じてその人に付いて、その人を信じているようで、実はその偉い人の前で自分を信じてもらいたい。
「信じる」が歪んでる。
随分前に、有名な脚本家の芝居を勧められて、高いお金を払って観たけど。
有名な声優が出ていると言うのもあって、チケット代が高かったんだと思うんだけど。
今だから言うわ。
最悪だった。
史上最悪の芝居を観たわ。
最悪過ぎて、芝居に対してトラウマさえあるのよね。
芝居の構成とか見せ方とかはいいんだけど。
何が最悪かというと
役者全員がそれぞれ自慰行為。
自分の芸の披露にうっとりの役者もいれば、本の事を関係なしに自分を自己主張する役者。
役の事を把握して無いヒロイン。
感情をむき出しにするのがおっかねぇのか知らないけど、振り切って芝居の出来ないイケメン役者。
それぞれが自慰行為だったわよ。
振り切って「それすごい自慰!」って、思うようなものならともかく、全部中途半端な感じ。
自分のキャラしっかと持って、ちゃんと相手を見てる?
本の意味理解してる?
ちゃんとその役に寄り添った?
どんな事が好きでどんな事が嫌いか、食べ物の好みはとか知ろうとした?
「役」がぜんぜん見えないのよ。
観客を馬鹿にしてる?
あれって、演出家いたのかしら?
いたとしたら、その演出家が創ったのは、役者達の技術的な自慰の仕方と仲良しクラブね。
と。
そう思わせる芝居だった。
有名な脚本家が創ったと言うのもあって話はまあまあ良かったけど、その良かった全てを役者達全員にぐっちゃぐちゃにされた感じ。
チケット代が高かっただけに、今でも思い出して腹が立つ。
声優は技術で観客喜ばせると思ってるのか。
素人観客をなめるなよ。
「はい」のと言う、セリフの奥に、たくさんの感情や言葉が詰まっていることは、みんなみんな日頃から見ているのよ。
舞台の上をちゃあんと、しかと観ているわよ。
素人でも。
あの芝居。
タダでも絵のような状態になるわね。
「個」(キャラクター)をしっかりと持って、相手と関わって影響されて行く。
これは即興で学ぶわね、でも実生活ではみんなそうなのよ。
「個」か「他者」かが偏ったりするから、みんな悩んだりするものなのよね。
でもって、演劇なんてそれをしっかりとみせないとダメだと思うわ。
そこまで言うなら、じゃああなたがやってみれば?
と言われるかもしれないけど。
私は素人。
逆に私の仕事やって見ろって言いたいわ。
私の仕事は「人」をしっかりと見て、関わって行く仕事なのよね。
その役者たちには絶対に出来ないって保証するわ。
話はがっつりそれたけど。
(思い出したら、腹が立ってヒートアップしたわ)
その偉い脚本家や有名な声優を見て、イエスイエスと言っても結局は自分しか見えてない役者たちの芝居。
そんな人達を集めて、何かを創っても「イエス」が吸収されているのなら、良いけれど、全く吸収されていなかった、一番悪い例の芝居だったわね。
まだ懲りずにやってるんだろうねぇ。
きっと。
でもって、そんなの多いんでしょ。
だから一般の人は行かないんだよね。芝居。
私もその一人よ。
もし、私が何かを創るのであれば、自分にしっかと吸収するまでは反抗するわよ。
もし、即興出来るようになったら、しっかと自分に落とすまでは、しつこく師匠ワタリーに反抗するわよ。
素直に言う事なんて聞かないわ。
そんな事を思っていた時。
あのママ友の「アウトローの香り」の言葉を思い出したの。
結局は何も出来なくて、私は完璧に外れてるのよね。
でもって夢中になって演劇すれば、トランス状態。
病気になって、即興しばらくやったけど、感覚がおかしいと思った状態が何度もあった。
それがトランス状態だって知ったのは、ずいぶん後のこと。
素人のくせに。
だから病気。
「できる限り物事を完璧にこなす情熱を持つこと。そして、難しい問題に立ち向かうときは、みんなと違うふうに考えて、創造的な反抗者となることだ」
と林檎のロゴのコンピュータを開発した人が言ってたわ。
本当の絵の意味はわからないけれど
でも、私の今回吐いたものは、素人として最悪な芝居を観た、率直な感想よ。
アウトローな香りのする私は、できる限り完璧にこなす情熱を持ち、どんなことにも創造的な反抗者となって、今回あえて芝居に対しての批判をするのでした。
なんかこの写真、私の気持ちみたいだわ。
色んな事が渦を巻いてる。
すべてがキリッとした綺麗な色ではなくてくすんでて、でもそのひとつ全てがきっちり綺麗に渦を巻く。
私の気持ち。
ぐるぐる、ぐるぐる
娘たちのことも
生活のことも
これからのことも
演劇についても
病気についても
それぞれがぐるぐる、ぐるぐる渦を巻く。
どこへ行くのかなぁ、私は。
私の「自由」はもうあるのか、さてこれからなのか。
やりたいことをまっすぐに出来ないこと
思い通りにいかないこと
娘たちへの想い
母親として生きること
オンナとして生きること
ここでは、私のそんな気持ちを私なりに前向きに、書いているつもりでございます。
はい。
そういえば、ペコちゃんに師匠ワタリーの記事に関して
「熟読出来なかったけど、ノブはワタリーの事好きでしょ」
と言われたわ。
ペコ。
それは。
よーくよーく、読んでから言っておくれ。
「好き」って書いてあるじゃあないか。
目一杯「好き」という事を膨らませて、白い画用紙にぎっしり書くイメージで書いたわよ。
マミちゃんと笑顔で読んでるイメージで書いたわよ。
本人はどう思ってるか知らないけど
「誰かを喜ばせる」ってそういうことなのかなぁって、思ったわ。
今度ペコについて、本人が嫌いな嘔吐が止まらない位の、ペコへの大好き記事をいつか書いてやるわ。
絶対に。
ムフフ。
恋愛感情がある人には、きっとこんなところでこんな記事は全く書けないわ。
そういうあんなことやこんなことは、こっそり二人きりの時にやるわ、それは。
そう。
私はツンデレ。
この歳だからこそ。
ツンデレ。
好きか。。。。
目の前にいる相手の感情は、自分の心の鏡。
好きと思えば好きになるし、嫌いと思えば嫌いになる。
勝手な思い込みや勘違いで、相手の事を見ずにすぐに判断したら、相手から自分はどう映っているのか見えないわ。
自分と目の前にいる人と、きちんと気持ちを合わせて行くこと。
最初は嫌いでも、ちゃあんとみたら好きになって行くこともあるわね。
またその逆も。
ちゃんと見れば、実は本当は自分の思っていることと、全く違うことを考えているのかもしれない。
目の前にいる人をちゃあんと見なくっちゃ。
相手が自分を見ようとしていなければ、じゃあ自分は相手を見るのをやめればいい。
自分が好きと言って自分の鏡を出しても、その相手が自分を見ようとしていなければ、その人との鏡を持つ意味は全く無いわ。
なんとなくでいいわ。
この感じ、わかるかしら?
相手の思い込みや勘違いで散々な思いをした事がある私。
考えて見たら、若い頃からそうだった。
勘違いされないよう努力した事もあったけれど、もうね。この歳では「自分」が強すぎて、難しくなってきたわ。
その代わり、相手が私を理解しようとしなければ、もうその相手とはそのままで。。。と言う強さを持てるようになったわよ。
ベストは尽くすわ、でも無理なもんは無理なのよ。
離れるべくして離れるのです。
そういう人は。
今だから言えること。。。
相手の思い込みで、一度生霊にされたことがある私。
私の生霊が相手の所に来たって言われたわ。
あれにはがっつりと傷ついたわよ。
生霊を理解してから、私に言えよ。
あんたに災いなんて起きてなかったじゃあないか。
むしろ、その言葉を聞いてから生霊になったわ。
どうか傷ついた私の呪いが相手に届かないよう。
でも生霊って無意識に飛ぶからなぁ。。。
生霊になったら、魂の半分は抜けてるから、ぼーっとするんだって。
私は元気だから、飛んでないのかしら。
つまんないわ。
当時はとっても傷付いたけれど、いま思えばその人の思い込みは、私から見たら神様からのプレゼントだったかもしれないわね。
なるべくしてなった。
相手を見ようとしない人とは、関わらなくて良しと言うメッセージ、相手が感じた生霊は神様の仕業かもしれないわ。
うんうん。
そうそう。
話がそれたわね。
そう。
いつもそうやって
いろんなこと
昔の事を掘り起こしたり
先の事を思ったりして
ぐるぐる、ぐるぐる。
私の感情は渦を巻いているのです。
写真の渦は下を向いているけれど
でもきっと私の気持ちの渦は、少しずつ上を向いているんじゃないかと、想像するだけで「今」を感じる事が出来るのよね。
だから、結局はいつも「幸せな私」のオチになるのです。
結局はそこかー。
家出のように我が家に来た次女。
「今だから」
と、ぽつりぽつりと私が出て行ってからの暮らしを話し出しています。
当時聞いたら、きっと頭から「どーん」と火が噴火していたわ。
私が家を出て行って1ヶ月もたたないうちに、娘の気持ちを土足で入るかのように、家に入り込んできたこと。
結婚しているときから、父親はその彼女にプレゼントを買っていたこと。
思春期の娘の目の前で、二人は一緒にお風呂に入って行ったこと。
彼女から娘のごはんだけ作って貰えなかったこと。
もっともっと挙げればキリがないくらい「今だから」と話をしてきます。
それがすごい嫌だったと。
娘の心を癒すにはどうしたらいいのかねぇ。
「自分の事だけしか考えない強い女とそれに従う父親」と言う人たちを散々見て、彼女の人間観が歪んでしまわないかとても心配。
でもって、母は病気の仮面を被った変態。。。。
ふぅ。
でも私に言えることは、朝の「おはよう」「行ってらっしゃい」夜の「おやすみ」しか、声を掛けられないのよね。
でも
私がいまだから言えること
「あなたと一緒に住めて、本当に良かった。本当に大好き」
今聞けて良かった。
よく我慢した、がんばったね。
私に気を遣っていたんだね、ありがとう。
そんな大変な事を我慢して、当時私の前で明るく笑っていた娘。
彼女のその強さ、私の自慢でございます。
「今だから」
と、ぽつりぽつりと私が出て行ってからの暮らしを話し出しています。
当時聞いたら、きっと頭から「どーん」と火が噴火していたわ。
私が家を出て行って1ヶ月もたたないうちに、娘の気持ちを土足で入るかのように、家に入り込んできたこと。
結婚しているときから、父親はその彼女にプレゼントを買っていたこと。
思春期の娘の目の前で、二人は一緒にお風呂に入って行ったこと。
彼女から娘のごはんだけ作って貰えなかったこと。
もっともっと挙げればキリがないくらい「今だから」と話をしてきます。
それがすごい嫌だったと。
娘の心を癒すにはどうしたらいいのかねぇ。
「自分の事だけしか考えない強い女とそれに従う父親」と言う人たちを散々見て、彼女の人間観が歪んでしまわないかとても心配。
でもって、母は病気の仮面を被った変態。。。。
ふぅ。
でも私に言えることは、朝の「おはよう」「行ってらっしゃい」夜の「おやすみ」しか、声を掛けられないのよね。
でも
私がいまだから言えること
「あなたと一緒に住めて、本当に良かった。本当に大好き」
今聞けて良かった。
よく我慢した、がんばったね。
私に気を遣っていたんだね、ありがとう。
そんな大変な事を我慢して、当時私の前で明るく笑っていた娘。
彼女のその強さ、私の自慢でございます。



