ちょっとさかのぼって月曜日。


午前中から診察で病院を訪れていたのですが、その数日前からの症状の悪化もあって、

そのまま入院することになってしまいました。


呼吸苦がちょっぴり厳しいので、しばらく入院して様子をみることに。


なので、このBLOGもちょっと間をあけちゃいました。ごめんなさい。

でも、本日パソコンが家から届けられたので、とりあえず莫大な量の皆様からのコメント、熱いコメントに

しっかりと目を通させていただきました。


応援、ありがとうございます!! 

おひとりおひとりに返事ができなくて申し訳ございません。

でも、しっかりと目は通させていただいていますよ。


BLOGのほうも、また、体調がよくなったらがっつり書かせていただきますが、とりあえずのご報告まで。





火曜日に見舞いに来てくれた大勢の仲間たち。

左上から時計回りに、モデルのLYOKI、同じ編集部のノゾ、そして上司の黒沢編集長、

大学時代からの親友ごっつ、僕、モデルのマイミ、同僚のアサミ。


けっきょく、発熱と気圧変化による頭痛が限界となり、

山頂の山小屋で布団を借りて休憩


下山はしっかりと睡眠をとったあとの午後になりました。


・・・山頂に至るまでの道のりは、思っていたよりもぜんぜん大変で。


途中で予想外の暴風雨に見舞われ、

必死に岩にしがみついて、一歩、一歩・・・。

ただ目の前のその一歩に集中することで、

最後のほうは前へ、上へ、と進んだ。


昨年の9月といえば、入院の3ヶ月前。病状の進行からして、

すでにこの登山のときには肺に大きな腫瘍を患っていたことになる。


途中の発熱や頭痛、息苦しさの多くは、きっとそれが原因だったのだろう。


でも、何故あのときにどうしても僕は富士山へと向かったのか??

それについては何度も自問した。


いったい、どんなメッセージがそこにあったのだろうかと。


たぶん、きっと――。


これから僕が乗り越えなくてはならない険しい道のり、

がんと向き合う――そのことを事前に伝えたかったのではないかと

思えてならない。


先日、近所を散歩している途中――何度も何度もうずくまって、

休んで、息を整えて、また歩いて、やっとの思いで帰宅しながらそんなことを思った。

思い出したのだ――ちょうど1年前。僕は富士の山頂付近で、同じような苦しみを味わい、

普段ならなんてことのない一歩一歩を、必死の思いで歩んでいた日のことを。


目の前の一歩一歩を。


一日一日を、一生懸命に。



その先には必ず素晴らしいご来光があることを、願う。





2007.9.16(SUN) AM 5:35 富士山9合目にて



雨が止むことを期待して休憩したのですが・・・あっさりと期待は裏切られ、

外は依然として暴風雨状態。・・・しかもじつはこのときから少し発熱がありました。


でも、ココまで来てそんな後ろ向きなことは言っていられなっしょ!


あとは上を目指して雨雲の上へと突き抜けるのみ。ガッツで出発。


次に目指すは8合目。標高約3,350メートル地点。

山頂でのご来光に間に合わなくとも、そこまでいけばご来光ポイントとしては文句なし!


そして進むは、視界のまったくない、深い霧と横殴りの風雨の中。

――おそらく今いるのは、雨雲の真っ只中。

でも、少しずつではあるけれど、徐々に深かった闇に変化が訪れはじめてきた。


やがて、雲を抜けた。


しばらく登ると、徐々に足元のほうから太陽が・・・。





コバルトブルーからピンク、オレンジ――。息をのむ光のグラデーション。

地上では見ることのできない、宇宙を感じる大パノラマ!


時刻はもうじきAM 5:00になろうとしていました。


まるでオーロラのように、光と色彩が雲という立体スクリーンを照らして織り成す、

まさにスピリチュアルなショー。


しかも、それを遥か上の頂、富士山頂という日本一のプレミアム席から

まさに僕たちは見下ろしているのです。思わず絶叫! WAAAAAAOOOOOH!!


結局、頂上でのご来光には間に合わなかったけど、

なんとかご来光LIVEは満喫。


そこから一気に頂上を目指し、ふたたび突風ふきすさぶ嵐に見舞われながらも

無事に登頂成功!! しかし、さすがにもう9合目あたりからもう限界が近く、

100メートルおきにとっていた休憩が、

やがて50メートルおきになり、20メートルおきになり・・・。



息が、まったくもたない!!



(第3部につづく)





念願だった富士山登頂を果たしたのは、病気が発覚する直前――

ちょうど1年前。昨年の9月のこと。


夏からつきあい始めた彼女が何度も富士山に登っているという話を聞き、

ついにそのチャンスがきた! とばかり、さっそく登山を約束あし

天候の関係などがあって予定よりも延期になったけど、

どうしても今年中に登りたかった僕は、閉山後の9月の週末に決行しました。


調べれば調べるほどに閉山後の富士山はヤバい、無茶、初心者厳禁!・・・と、

じゅうぶんすぎるほどに不安をあおりたててくれてはいたけど――。


実際の富士登山は、僕の予想をはるかに超える、

めちゃくちゃHARD COREな道のりとなったのです・・・・・・。


4つある中から選んだのは中級者向けの須走口ルート。

5合目でまずはしっかりと休憩をとり、高度を体になじませてから夕方に出発。

まずは7合目を目指したのですが、夜になるにつれて

徐々に風と雨が強くなり、気づいたらハンパじゃない強風に。

いつの間にかまじで岩につかまっていないと飛ばされそうな暴風雨(下は晴れていたのに・・・)。


はじめは群青色の空に浮かぶの日を眺めながら優雅に砂利道を歩いていたのが、

気づけば真っ暗闇の中、ほかの登山者もほぼいない孤独なロード。


脳内i-podがシャッフルするBGMも、はじめは「昴」(谷村新司)だったのが、

そこからストイックな「地上の星」(中島みゆき)へ。

『プロジェクトF(富士山)』の脳内映像では、


「――行く手を阻む突風」

                「暗闇の中、孤独なはるかなり道のり――」


・・・そんな字幕が次から次へとフラッシュ・バックし、そしてBGMはやがて

「Smells Like Teen Spirit」(NIRVANA)と、相当グランジに。


「Hello,Hello,Hello・・・How Low・・・?」

おーーーい。気分は最悪かい? ちなみに高度もまだまだLOWだぜ・・・BACCI意訳


そして脳内i-podのバッテリーもLowになったのか、

暴風雨の中にかすかに幻聴が聞こえるようになったころ、

ようやく山小屋の灯りが! 


・・・嬉しくて、ちょっぴり泣けました。


もうムリ! という状況の中でようやくたどり着いた7合目の太陽館。

そこで食事(ハンバーグと豚汁で死ぬほど美味しかった♪)を済ませると

ほんのちょっとの仮眠をとり、再出発。


長居はできないぜ。


なんといっても目指すは頂上でのご来光!!


(第2部につづく)


このテーマ「RECOMEND BOOKS」では、僕が実際に読んだ中で「コレは!!」というオススメや、

気づきに富んだ内容の厳選された本を紹介していくつもりです。


よく、シンクロニシィティ、とか偶然の一致、なんていう言い方をしますが、

「最近気になっていたことについてのことが、偶然に手に取った本にかいてあった」

「本に書かれていた主人公の心情やできごと、これが今の自分と驚くほどにカブっていた」

――そんな経験は、読書好きの方なら何度も経験があるはずです。


実際、ぼくにも何度もそういった不思議な経験があります。


学生時代の話になるのですが、大江健三郎の「洪水は我が魂に及び」という本を、

ある人の話の中に出ていたことがずっと頭に残っていて、あるとき手にとりました。

かなり以前の作品で「野間文芸賞」を受賞した作品です。


その内容はというと、主人公が「自由航海団」という組織に出会い、やがて行動をともにするようになります。

その「自由航海団」は、やがて訪れる“東京崩壊”にそなえ、核避難所跡をその本拠地とし、

たてこもります。しかしやがてリンチ、殺人、強姦・・・といった組織の行為が露呈していき、

反社会的組織とみなされて最後は機動隊に包囲さえていく――という話。


そして僕がその本を読み終えたあと、しばらくたってからあのオウム真理教の事件が起きました。


あともうひとつエピソードを。


村上春樹のエッセイ「村上春樹堂はいかにして鍛えられたか」を読んだときのこと。

この中で、彼自身が育った地域の教育システムについての批判らしき文章がありました。

その地域とは兵庫県の神戸市近郊であり、中学時代のそこでの教師の体罰について、

いまでも苦い思い出として残っている・・・と書かれていました。


そして、その本が刊行された1997年。あの忌まわしい容疑者「酒鬼薔薇聖斗」による、

児童連続殺傷事件が起こります。


そう、神戸を舞台にした連続児童殺傷事件です。


本の刊行されたのは1997年の6月。そして事件は2月に起こっているのですが、

このエッセイ集は週刊朝日誌上での連載をもとにまとめられたものなので、

執筆されたのは事件よりももちろん以前。つまり、村上春樹はエッセイ内で事件の深層を示唆

するような文章を前もって書いていたことになります。


――と、どちらもちょっと怖めの事件に関するシンクロニシシティのお話になってしまいましたが、

そこまでではなくとも、本屋に行ってなんか引っかかる、人の話の中で心に残っている、

そういった本を購入すると、思いがけずにそういったセレンディピティを得ることができます。

そういう経験は本当によくあります。

(なぜか続くときにはこういうことは連続しておこるものですが)


そして、もうひとつ最近あったエピソードを。


僕はなぜか学生時代、60年代-70年代起こった学園紛争、学生運動について書かれた本が

結構好きでした。もちろん僕自身は本当にちゃらちゃらした大学生活を送っていたため、

そういったポリシーも思想も皆無です。でも、なぜか興味があったんですね。

自己分析をするに、父がいなかったためにその世代(自分の親の世代)の話には興味があり、

どこかそこに自分の中での父性、父権といったものを探していたのかもしれません。


そして、ブログにも書きましたが最近実の父との交流が復活し、

あるときに親父と一緒に食事をしながら、おたがいの昔話をしていたときに、あらぬことから

日大の歯学部生だった父が、当時の学生運動に関わっていたことを知ることになるのです。


そのときの心境は・・・驚いたというよりも納得でした。


そして思いました。20年以上も一切会話もなく、とくに彼のことを僕は父と思えたことは

いままでありませんでした。

しかし、その話を聞いて、やはり僕はこの人の血を受け継いでいるのだ、と思いました。


学生時代、読んだ本の中に僕はまだ見ぬ父の姿を求め、

そして本当の父の姿がそこにはあったのです。


よく「歴史小説が好きな人」は前世が武士だったとか、「ヨーロッパ旅行が好きな人」は

前世でヨーロッパに住んでいたとか言ったりしますが、前世の記憶とかいうあいまいなものじゃなく、

実際に自分が引いている血筋、遺伝子といってもいいかもしれません――が、いまの自分の

趣味・嗜好に多大なる影響を及ぼしていることは間違いないですものね。





最近読んだ本の中でのオススメは楡周平「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京」。

東大安田講堂事件から現代へと続く、まさに「華麗なるの血」のエンターテイメント巨編。

イッキに読んじゃいました。最高です!