スペード第4話 『アナフィラキシー』



一貫して、価値観というものを考えさせられる作品です。大切なものは、状況によって、大切ではないものになるのだろうかと訴えてくるような気がします。


メイスン大佐は、息子の死を持ってそのメッセージを受け取ることになったのだと思うのだけど、受け止められたのかどうかは、その後が描かれていないので分かりません。


でも、手塚漫画のすごいところは、ストーリーが終わったあとにも、この登場人物はその後どうなったのだろうと、読者に思わせるところです。読後の余韻が素晴らしいのは、手塚作品のメッセージ性が高く、明確だというところにも理由がある気がします。


メイスン大佐は、息子を愛しているので死なせたくありません。

ですが、戦死なら、死んでも良いと考えています。


悲しみを誇りという形で昇華することは、大佐にとって当然のことだったからです。でも、息子は違いました。息子だからといって、彼は大佐と同じ感性を持ってはいませんでした。大佐とは違う感性を持った、ひとりの人間なのだということ、そしてそれは読者の私たちにも痛烈なメッセージとなって、人間とは、家族とは、命とは、というテーマを問いかけてきます。


実は熱く語っておきながら、そんなに好きなお話というわけでもないのよね。


作品としてはすごく良く出来てると思うんだけど…。なんでだろ??単に好みの問題なのかもしれない。漫画から音が聞こえてきそうなほど、導入部と、メイスン大佐の登場のシーンは映画的で、カメラワークの素晴らしさを感じます。

リボンの騎士のサファイヤが、さりげなく説明役をしているのもご愛嬌。


息子の死を知った大佐の、表情の移り変わりも大注目です。手塚先生の線って、あんなに単純なのに、どうしてあんなに表現豊かなんだろう。生き生きとしたリアルな表情が素晴らしいと思います。


さて注目の主人公、ブラックジャック先生ですが。


メイスン大佐が、自分の戦場での活躍を楽しそうに語る姿に「ぺっ」とかつばを吐いていらっしゃいます。

まー珍しい(笑)

そして報酬は1000万円をご請求。

「現ナマ」なんつー言葉を使っていらっしゃいます。


この作品では、先生はわりと悪者チックに描かれている気がしますね。大佐の息子さんが死に掛けてることに対しても、ニヤニヤと笑いながら対応したり、「金のためにやるのさ」なんてセリフをわざわざ言ったりとしているところに、手塚先生のブラックジャックを良い人にするつもりは無いことへの意図を感じるのですが、どうでしょう。


ですが、大コマを使って、命がけのオペをしてるんだというセリフもあることから、ブラックジャック先生は信念の人であることが強調されているようです。

そうだよねー。命に対する認識。これがなくっちゃ手塚漫画じゃないのよさ(ピノコ)


多分、今までの中で、第4話が一番しゃべってるんじゃないかなー、ブラックジャック先生。



◎好き度 ★☆☆☆☆

◎報酬 1000万円

◎ここまでのブラックジャック情報

・術後、バーで飲んでるグラスにストロー。なに飲んでんだ。

・初のメス投げ登場。うまい。

・軍人の大佐を軽々と姫抱っこ。力持ち。

もちろんブラックジャックです。


ブラックジャック役の大塚さんの声がやけに素敵だったことと、テレビアニメ版の先生が庶民くさいキュートさだったことが見続けるガソリンになったのですが、やっぱり原作が好きだなあというのが結論です。


オリジナルの先生は伏せた睫毛がフォモくさくてえろかったです。

21の先生はハードボイルド…というか、うん、ハードボイルドなんだけど、その設定じゃあ先生が気の毒すぎるよーというのが感想です。先生に救いがありません。先生の心の傷が癒えることはぜんぜんないっすよ、あれじゃあ。

もちろん、心の傷が癒えまくった先生など、作品としてのブラックジャックの魅力にはならないのは勿論のこと、先生から復讐心取り上げてどーすんだと言いたい。


殺したいことと救いたいことの間で煩悶する先生の姿は、原作の魅力のひとつだと思うので、その対比が崩れてしまう設定だと、先生の救いがなー。うーん。あたしは、無いような気がしちゃうんだよね。

先生のとーちゃんとかーちゃんが、幻めいた演出で登場して言うセリフひとつで、先生の生きてきた長年の動力部が、解消されるとも思えないし、幻ピノコのセリフで新たな希望を持ったとしたら、まさにオイオイ先生、そりゃないよ、だなぁと。先生の長年の孤独、執着心、復讐心、それらから作り上げてきた今までの自分と人生、人間関係や基本姿勢を、そんな簡単に変えられないし、変えなくちゃいけないとしたら、あまりにもショックすぎるだろう。

だって先生は、その薄暗い誰にも見せない自分の一面を心の頼りに生きてきた部分があるんだからさ。

小さい頃からずっと燃やし続けた執念があるからこそ、先生の恋や、恩師やピノコという女の子の存在、危ういエピソードの一つ一つが、彼に問いかけるという形で生きてくるわけです。手塚漫画は、その対比方法や設定がべりべりワンダフル(←蓮花風)だと思っているのでなー…。

21は話としてはハラハラもので面白かったのですが、終盤のまとめ方が、ブラックジャックが面白いとされる核の部分とずれてしまったような気がして残念だったかも。まあ、だからこそ”21”なんだろかしらん、とも思うんだけどね。原作ファンなので仕方ないです。


なんだかんだブツクサ言ってみましたが、髪の毛白黒のツギハギ先生が、大塚さんの淡々としたキュートなシブ声で動くのを観るのは楽しかったです。先生可愛いですなー。テレビ版のNGシリーズなんて、原作くさい先生の庶民具合が、みていて楽しかったです。あれはもう大塚さんの演技が素晴らしいんだと思うなあ。


そうそう、ちまたでは刻印は未放映なんでしょうかね~

ロック大好きなので、先生とロックのエピソードが観たいのですけど、youtubeでは発見できませんでした。

映画版にはおりましたけど、彼はみどりはんという恋人に夢中でありましたので。原作のロックと黒男くんの関係がとても好きなので、ちょっと寂しい。

あと、ロックさんが先生より激若だったので、なんだかぐわおーという気分になりました。


あ、キリコさんが人気あるわけはなんとなく分かる気がするけれど、やっぱ先生にはロックだなーと思う。大穴で蟻谷さん。大穴すぎる。




スペード第3話 『ミユキとベン』


『どろろ』の百鬼丸と、どろろがゲスト出演です。

どろろは小さい頃からのファンなので、出演しているだけでも目にウフフなのが嬉しいこの物語。不良学生のふたりが、ミユキの入院している病院を見上げている詰め襟姿がなんともキュート。

ベン役の百鬼丸が、しょっぱなから政治だの政府だのを口にしているせいか、太刀打ちできないほどの巨大さで描かれている病院と、社会的に何の力も無い、小さな不良少年の対比にぐっと来ます。


たくさんの悪いことをして、鑑別所に入った回数を数えたりすることで、社会や大人への反抗をしているベンだけど、好きになった女の子を助けることの出来ない自分、助ける手段や、発想を持たない自分に歯噛みします。子供とは、自分で何かをしたいと思ったときに、自分だけの力では何も出来ないのです。だからこそ子供なのだと思うのです。

ですが、ベンくらいの年齢は、たくさんのことに気がつきはじめる年齢であり、たくさんのことが分からずにいる年齢でもあるのでしょうねえ…。それは彼らの年齢のときにしか味わわない痛みであり、それが一途ながむしゃらさに繋がるのかもしれません。

それを思わせてくれる手塚先生の手腕に胸きゅん。ほんと勝手に胸きゅん。



ベンは言います。


『病人を助けてくれ。助からねえ病人だけどよ、なんとか助けてほしいんだよ』


思いの疾走を感じさせるセリフのひとつですね。

ブラックジャック先生は、ベンよりずっと大人なので、助からない人間を助けろとはおかしな話だと、さらりと現実を口にします。もちろん、現実と常に戦って苦悩し続けているのは先生自身なのですが、ここではまだ、そういうヒューマンな先生の姿は描かれ始めてはいません。


病院の許可が無ければ手は出せない、と、現実だけを淡々と話す先生に、ベンは言います。




『じゃあ彼女をかっさらってくるよ!!』




うーわー

青い。

ちょう青い。


あーおーいー。


素敵だな、おいベンよ。

年齢とともにまといつくフラストレーションを、意味も無く反発や悪事で晴らしていたベンにとって、法に訴えることや、人脈を使うこと、権力や金を使うことなどは自分の引き出しに無いのです。

それって素敵だと思いませんか。

どうにかしたいけど、どうしたらいいのか分からない。

けれど、自分の考え付くなかで、一番自信のある方法から、その願いをかなえようとする。

それが子供じみた発想であろうとも、ベンにとってはそれしかありません。

それがいい方法だとは、本当は自分だって思ってはいないけど、それでも、ミユキを元気な体にしたいという願いがかなうなら、それでいいじゃないかという、周囲の迷惑や手続きを、まったく考えない浅はかさが、やけに清らかに、そして純粋なものに感じられるのです。


結末も、若さゆえの情熱が、命という深いテーマで切なく処理されており、印象に残るラストシーンになっています。手塚先生は、こういう切なさを描くのがすごく、すごく、すごーーーーくお上手でいらっしゃる…。

わたしがこんなこと書くのもおこがましいけれど、本当にそう思うんだなあ…。


構成的には、前半、ベンをしっかり描いている分、後半が少しだけ駆け足気味なんだけど、それでも十分にドラマチックだと思いました。


ちなみに、はじめて報酬の請求シーンがあります。

3話目でようやくだったのねー。







◎好き度 ★★☆☆☆

◎報酬 500万(用意できず)

◎これまでのブラックジャック情報

・先生のお家初登場

♪ベランダが壊れている

♪小高いへんぴな場所にある

♪なぜか酸素ボンベが客間に




スペード第2話 『海のストレンジャー』


バカスカ殴られる先生像が、第2話ですでに登場しています。そしてさっそく拉致られている。さすが先生ですな。

土砂降りの中、謎の天才外科医が姿を現すイントロが大変ドラマチック。そして全体的に映画チックな印象です。ですが個人的には、物語が少々地味なので、第一話と比較するとインパクトが弱いかも。


先生の細かい設定がまだ無いせいか、先生も表情に乏しく無口です。

イルカさんを黙って治療してくれるあたり、そりゃあ読者は『ブラック・ジャック先生はやさしいいい人なんだ!』って思っちゃうよね。態度はつっけんどんだけど、本当はやさしいんだ~!って。

そら手塚先生が、もっと悪人にしたかったのに!と悔やんでも仕方ないよなあ。やっぱり手塚漫画の悪役スターはロック氏なのであります。ははは。


とりあえずセミヌードは初披露ですね。タイもゆるーくリボンにしていらっしゃる。

ちなみにゲストは丸首ブーンなど。




◎好き度 ★☆☆☆☆

◎報酬 依頼主が捕まったので無いっぽい

◎これまでのブラックジャック情報

・けっこう腕っぷしは強い

・イルカも治療可能

・体中に傷がある



スペード第1話 『医者はどこだ!』


手塚先生らしい、鮮やかなオチでばっちりまとまったお話。

なにしろ鮮やか。起承転結のお手本のような読みきりストーリーで、とても印象的です。

初めて読んだのは随分と昔で、ほんの小さな子供のころだったのだけど、大まかなあらすじははっきりと覚えていました。それほどに単純明快で分かりやすく、それでいてインパクトのあるオチだったということだと思います。


この頃のブラックジャック先生は、お顔が定まってないんだけれど、それはそれでまた新鮮で楽しいよね。

先生のチャームポイントのひとつのリボンタイも、第一話では蝶々結びにはなってないしね。


ブラックジャック自体よりは、ストーリーそのものに焦点があっている作品のように思います。

それも当然なのかな~

だってブラックジャックは読みきり5回の予定だったらしいもんねえ。


よかった!

続いてくれて!


ちなみに手塚漫画きってのスター、ロック氏が、はまり役のアクドで登場なのが嬉しいです。

ニクラ氏んとこの、アクド坊ちゃんってあたりがいいわよね~

こーいう手塚漫画らしい、気の抜けた遊びが大好きです。憎らしい悪党ね。ははは。


まー、ロックは登場してソッコーぽっくりいくわけですが、悪顔のロックが好きな人にもたまらないのでわでわ。






◎好き度数 ★★★☆☆

◎報酬 トランクにぎっしり

◎ここまでのブラックジャック情報

・日本の医者

・本名不明

・今までに300人治している

・帰り際の挨拶は「あばよ」


高知の旅ブログで入賞しました。


とてもびっくりしました。


わたしでも、何かを頑張ったら、なにかになれるのかなあ。



高知、あなたはどう思う?


豪快に笑い飛ばして、”たっすいがは、いかんぜよ”と言ってくれるだろうかしら。



高知で感じたおおらかな愛情を、私は今も忘れられない。

ほんとは、私が怒るようなことじゃないの。

けど、どちらかというと、傷ついたの。


わたしは、これからもずーっと過敏でいるのかなぁ‥

わたしは、これからもずーっと、信じられずにいるのかなぁ‥


信じるってどういうことだっけ。。


何かを信じるって、どういう気持ちだっけ。

どうやって元気になるんだっけ。

元気になる為にはなにしたらいいんだっけ‥


いろんなことを忘れてるし、

本当に思い出せない。


なにしたら、元気になれるんだっけなあ‥。


私の好きなこと。


日本語

言葉

音楽

機微

ひたむきだということ

一途だということ


ことば。


ことば、私は言葉がなけりゃ、何もできない。何にもなれない。

ことば‥。


私に必要なのは言葉‥?


言葉‥


そこから汲み取れる無限の可能性

そこから始まるすべてのイマジネーション

映像、折り重なる記憶、その螺旋、リズム、いとおしいということ


言葉かぁ‥


表現する。


これを、わたしはしたいのかもしれない。



それは、言葉で、なんだろうか。



言葉‥。



伝えられない歯がゆさを、そのもどかしい衝動と、こぼれる初々しさを、もし、表現できたなら。


表現するということ。



表現する、ということ。



傷は癒えないけれど、わたしの”好きなこと達”は、私の傷をふさごうと、私の体の中で渦を巻いて待っている。

早くここから出して、と逆巻いている。

お願い。

私にその方法を教えてちょうだい。

あなた達のほとばしるその日を、場所を、時を、私に教えてちょうだい。



わたしの中の、私の情熱を、わたしは探し続けている。

いつかくる、その日を信じて、探し続ける。



オーシャンズ


1日 ファーストデイ

14日 トゥフォウデイ

水曜日 レディースデイ


全部1000円


観たい映画はオーシャンズ。


どこかで行けるといいな~

カールじいさんも、観たいなー


涙プレイは、輝矢が出るそうだけど、ほへーという感じです。

チケット高かったので、輝矢さんでも出るのかしらんと思ったのです。

ちーさい劇場で輝矢はん見るのも一興かもねー


って、なんかあの人って、見た後すごい虚しくなるんだけどね。

その時はすごく面白い気がして爆笑するんだけど、どうもそのあと、空虚感に襲われる。

それはそれで、たいへん味のある個性だとも思うけど。

熱狂の特質があるのかもね。


あの価格じゃなきゃ見るんだけどなー

ちょっと高いです。


それでも観られたら観たいと思うのは、わるしが好きだから。

うーん。

でも輝矢さんの個性は、わるしの良さと相性悪そうね。


わるしの面白さが半減しそうな気がしていやだわ~


うん

観れたら、観よう。

観れたらネ。

運命だと思って。



1.半身浴を毎日する。どんなに遅くなっても寝る前にちゃんと入る。そしてちゃんと寝る。


2.背伸びダイエットを試す。もう絶対プロポーションコントロールする。


3.通勤途中のマックを…



止める。




たぶんこれが一番でかい。



もう寄り道マックはやめる!!





半年で5歳若返ろうと思います。


がんばります。


やったる。


キレーキレーになったる。


がんばる。






沖縄の思い出つづり。


朝イチの飛行機で飛んだのだけど、小さくなってく町々を見てるうちに爆睡。

気づいてみればすでに沖縄へ着陸のアナウンスが流れてて、すんごい胃の痛みで目が覚める。

とりあえずさっくりと薬に頼り、めんそーれ沖縄の文字をくぐって外へ。


わー、寒くない。


これが最初の感想。

べつに暑くはなかった。けど、翌日はウソみたいに暑かったよ。

秋口の暑さに似てたなー

陽射しが真夏並みに痛かった。紫外線って、肌に刺さるように痛い。


レンタカーの会社がすごく不手際なので、ぼんやりと見守る。

沖縄にもいろんな色々が棲んでいるらしい。

人の暮らしというものを感じた。

若いおねーさん達が、こぞってエキゾチック&無愛想なのに感心などする。

ぜんいん、あむろナミエのどっかどうかの改造版に見える。

風土を感じました。うむ。


特に何も考えていなかったのと、相方が小うるさいのとが手伝って、適当にレンタカーで繰り出した先がパイナップルハウス。

モズクを練りこんだお蕎麦が美味しかったです。

お二階の食堂はソーキ蕎麦が有名とかで、ちょっと出かけてみたけど予約満席でありました。

とりあえずホテルに荷物を預かってもらって国際通りへ。


面白い通りです。

もっと色々見ると、ほんと飽きないと思うんだけど、なにしろ一泊二日だったので端折って眺めました。

外国の方も多かったです。

あとハブが幅を利かせてました。

ほんとにそこかしこにシーサーがちょこんといて、その合間にハブがいるといった具合。

街並みは朱というよりはレッドな赤に塗られており、歩行者天国になっています。

道の真ん中で大きなシャボン玉を作ってはしゃぐ子供達と、その子らを遊ばせている、のんびりとした大人たちの姿が、なんともリゾティでありました。


途中から道を外れて壷屋やちむん通りへ。


やち=焼き

むん=物


っていう意味なんだと思う。

荒焼きと上焼きっていうのに分かれるんだけど、体調不良が手伝って、あんまり真剣には見られなかった。

ちなみに発音は

アラヤチ

ジョーヤチ

であります。


この通りは、すごく昔の沖縄の佇まいが楽しめるところで、いたるところにバナナの木や、椰子や、ポインセチアの大きな木が茂っていて、それらが昔ながらの沖縄の家並みをいっそう情緒豊かにしています。

色彩が鮮烈で、それなのに空気がほんとうにゆっくりで、ゆっくりで、止まってしまいそうなのです。

とても不思議な空間です。

沖縄という島は、人を選ぶと何かで読みましたが、そんなことを思い出しました。

島は、その受け入れた人を全身全霊で愛すし、その人も、島を心の中の何物にも変えがたい存在として愛すのだそうです。


わたしはどっちだったのかなー

どっちだったんだろうなあ。


私の心は疲れきっていて、なんくるないさ、と打ち寄せる新原ビーチの波に、応えられなかったかもしれません。

新原。

みーばるって読むんだね。可愛い響きだなあって、ほんのり口元がゆるみました。


その後は、モノレールのゆいレールを使って首里城へ。

やちむん通りを抜けると、少し行った中空に安里駅があります。

そこから終点の首里駅まで、確か290円。一日フリーパス券は600円です。

遊園地の乗り物さながらに空中の線路をごとごと走って、首里へ。

日曜日だったこともあって、学生さんからツアーの皆さん、家族旅行中の皆さんで、ごったがえしていました。

その隙間を縫うように、ぐんぐん観光タクシーが入り込んできます。

実際、移動に時間をかけたくない場合はタクシーが便利だと思いました。

基本料金500円という破格のお値段です。

わたしの地域は650円だったと思うので、わー安い、というのがその印象です。


移動の足は、まずレンタカーは必須。

沖縄のあちこちに行きたいなら、あった方がいいと思う。

特にビーチに行きたい場合は必要。

ゆいレールは、沖縄の町々を巡りたいときにはいいと思います。

博物館とか、カルチャー施設、名所巡りとか。

タクシーは時間のないときに、ちょこっと使うのにはいいかなー

でも、沖縄の街中にはたくさんの有料駐車場があるし、上限が1000円までなど、決まっている物も多いので、それらを見つけて歩く時間さえあれば、もちろんレンタカーだけでも全然OKだと思います。


なにしろ、あんまり急ぐ人には向かない土地です。


ゆっくりゆっくり、時の流れに自分を任せる過ごし方が出来る人にいいかも。

あたしは今回、それはできなかったかも。


そうそう、首里城を出たときに乗ったタクシー屋さんが言ってたことが印象的でした。


『首里城はどうでした。変わってると思いませんでしたか』


何を聞かれているか分からなかった私は、門が一つ塗り替えられて、綺麗になっていました。と答えたのだけど、タクシーのおじさんの言葉は印象的でした。


『首里城は、無防備だったでしょう。壁にも、鉄砲穴の一つだってあいてないんです。攻め込まれたら、”さあどうぞ”って状態の、無抵抗主義の城なんです』


無防備の城。


それはもうすでに、城ではないと、私は思いました。

そしてそれは、すでに、文化、人種、思想、すべてが、私の知っている日本ではないとも感じました。

とうぜん、それは沖縄が日本以外のものであるという意味ではありません。


わたしにとっての、城という概念が、無きにも等しかった。

わたしにはわからなかった。

もしくは、分からなくなっている。


自分を守る、ということをしないとは、どういうことなんだろうって。


城は、権力の誇示、外敵からの護身、自らの化身。

そんな風に思っていた。

もしそうならば、化身でしかない。

少なくとも、いまのわたしにとっては、そうだということだ。


それでは、なんのためにあんなに立派な城を?


わからない、と感じるのと同時に、なんとも言えない自分への寂しさ、動揺、駆り立てられるような感動、衝撃、みえないものを手探りで探すような、焦りや、その先に感じるかすかな希、それらのものがいっぺんにわたしを取り囲みました。


無防備の城。


首里城は、無抵抗の城。


切り出した珊瑚で築かれた、白く、美しい城壁は、物言わぬおおらかさで、島の暮らしとと共にあったのでしょうか。

わたしには、わかりませんでした。




その後は、ゆいレールに乗って旭橋まで。


この旭橋は、どこに行くのにも起点として使いました。

明治橋、旭橋、県庁前。

沖縄の中心街は、とても分かりやすいと思います。

いちど車で走れば、ちょっと勘のいい人なら、すぐ覚えるんじゃないかなあ。

だって、私みたいな道オンチでも、なんとかなっちゃったんだもん。


旭橋からのんびり歩いてホテルまで。

ホテルはゆいレールに近いところがいいな、と思いました。

ゆったり泊まるのではない限り、オーシャンビューじゃなくても全然OKだと思います。

逆に、オーシャンビューを望むなら、沖縄本土じゃない時の法がいいんじゃないかなー

国際通り近かったり、行きたいゴハン屋さんに近かったり、交通の便がよかったり。なんてのを基準にホテルを選んだ方が間違いないかも。


そのあとはふらりと沖縄のアウトレットまで。

特に行きたいわけじゃなかったんだけど、相方さんがワイワイ言うもんだから、頭痛を押して外出。

でもわたしも、せっかく来たのにねーって思うから頑張りました。

ふらふらしながらアウターをうっかり購入。

でもこれが役立った。

気に入ってます。


そのあと、ヤギ料理の店を目指して、てんてんとしました。

日曜日なので、ちょっと奥まったお店はお休みのところが多かったです。

ゴハン屋さんだけは、しっかりチェックしておくことが必要だなーと思いました。

ヤギ料理二十番というお店で、ヤギの炒め物。ヤギの刺身。ヤギのスープを頂きました。

うむ。

好みの分かれるところだと思います。

沖縄のおしょうゆは、酢を入れることが多いみたい。

でも、さっぱりして美味しい。

ちなみにヤギの刺身は、その酢醤油と、生姜でいただきます。

スープは少し苦手かも。


そうそう、書き忘れたけど、国際通りでは「波照間」というお店でソーキソバを頂きました。

美味しかったです。

炊き込みご飯は、ジューシーって言うんだね。

知らなかったよ。

夜には、サンシンや、沖縄民謡でライブを見せてくれるお店だったみたいです。


その日は泥のように寝ました。


翌日、みーばるビーチへグラスボートに乗りに出発。

海が透明で、うすーい水色でグラデーションされている、白い景色が望めます。

白い。

なにもかもが白い。

空だけが青い。


時間が止まります。


波打ちぎわで、ちゃぷん、と靴の先をぬらしては引いていく波に、今の自分が、沖縄の風と程遠いところにいることを感じて、少し寂しかったのを覚えています。


きっと、沖縄を、私は好きになるのだけれど。

今もすきなのだけれど。

でも、今の私は。


うん、でも、きっと沖縄は、私を好きになってくれたのだろう。

そして待ってくれているのを、とても感じました。


待っててね。

元気になるから。

いつもの私になるから。

そしたら、

それまで、


それまで、もう少し待っててね。。


みーばるを離れて、沖縄ワールドへ。

エイサーとサンシンの音を聞きながら、民芸品、工芸品、飲み物、食べ物、お土産、景色、鍾乳洞まで見てきた。

ハブの館には入らなかったなー

シーサーの可愛いのは、みんな高かったよ。

2000円なんて、安い方なのだ。


沖縄の紋様の、代表的なものに、五つの四角と、四つの四角を交互に模様にしていくデザインがあるんだけど、それはちゃんと意味があるんだって。


「いつ(五)までも、し(四)――」


あれ?


忘れちゃった。。




(だめじゃないか)






いつまでも一緒、っていうような意味でした。

それを、数字の四と、五にこめているデザインなのね。

忘れちゃいかんだろ、ってはなしです。


そしてパイナップルハウスへ戻って、ちょろっと見てから帰途へ。


飛行機ギリギリ猛ダッシュ。






でも楽しかった。


沖縄は、年に数回行きたいと思いました。

きっと、その時の自分と、しっかり見つめ合わせてくれる場所なのだと思うのです。

だから、その時の自分が、どんな自分なのかで、沖縄も、景色が違って見えるのだと思うのです。

自分をしっかりと見つめたくなったら、沖縄に行けばいいのだと。

なにか、そんな風に思いました。






また遊びに行くね。

ありがとう、沖縄。