ラストラブ -9ページ目

筋ジストロフィー

「筋ジストロフィー」

それが私の病気だった。

医師は説明を続けた。


あやめさんの場合は、進行性ではないので
そのお歳まで生きられました。
普通なら成人を待たず、亡くなる病気です。

遺伝性の病気で、筋肉を作ることができなくなり
最初は腰の筋肉がなくなり、歩けなくなります。
車椅子の生活を覚悟した方が良いでしょう。
今まで進行が遅かったので、そんなに早く不自由には
なりませんが、寿命は人より短いでしょう。


説明を聞いている私は
まるでその話が他人事のように聞こえる。


絶望・・・。


そんな言葉が頭をよぎる。


結局、この病気は今の医学では治らない。
薬すらないのだ。


いつか訪れる、身体の不自由に怯えながら生きるのだ。


いつ、歩けなくなるのか・・・


それだけを考えて。


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いままでたくさん病気をしてきた

体の病気

心の病気

そして

今度の病気は

いつか命を落とす

体の自由を全て奪いつくして・・・

何の因果か

その時を静かに待つだけ・・・・




病気の宣告

医師から筋生検の説明を受け、同意書を出した。
太ももにメスを入れ、そこからほんの少し筋肉を取り出す。
肌の表面に麻酔、筋肉は麻酔をすると動かないので、
そこは、麻酔なしで切り取ると言う。


午後1時、処置室のような狭い所で小手術は行われた。
麻酔をして、筋肉の深いところまでいくので、
メスを入れられているというより、何か機械でぐいぐい
穴を開けられているような気がした。
ここまでは麻酔が効いているので、痛みは無かった。


医師が、
「筋肉まで届きましたから、今から筋肉を取りますね。
 ちょっと痛いけど、我慢して下さいね」

それを聞くとすぐ、ものすごい痛みが太ももに走る。
なにか、身体の中を赤い光が、痛みとともに走っていくように
思えた。


もう一人の医師が手をしっかり握っていてくれたが、
その痛みに私は、思わずうめき声をだした。
終わるまでの数分が、これほど長く感じたことはなかった。
今でも残る、太股の5針の傷を見ると
あの時の強烈な痛みを思い出してしまう。


その後の3日間は、車椅子生活を強いられた。
傷口が開かないように、安静にするように。

それから、その検査結果が分かるまで1週間ということだった。
しかし、結果が分かったのは10日後。


医師は家族と一緒に説明すると言ったが
早く結果を知りたい私は、一人でその説明を聞いた。


病名は、「筋ジフトロフィー」


その名前を聞いたとき、何故かドラマ、
1リットルの涙の主題歌、粉雪が頭の中に鳴り響いていた。


おりしも、外は雪が降っていた。




ミオパチーの疑い

季節は冬。ヒロと付き合いはじめてから1年が過ぎた。
1月は私の誕生日だったので、ヒロが買ってきてくれた
ショートケーキで、ささやかなお祝いをした。


その頃の私は、精神病も無くなり、甲状腺の病気も安定したので
ある金融機関で働いていた。もう私は健常者、精神病患者ではない。


ただひとつの気がかりは、いつもする血液検査の結果で
CK(クレアチンキナーゼ)が正常値の10倍あることだった。
以前の担当医は、


「甲状腺の病気が治ってきたからです」

と言うだけだった。


それからしばらくして、担当医が変ったので検査を依頼した。
血液をさらに詳しく調べてくれるという事だった。


1月の終わり、採血の結果が分かり神経内科を受診した。


担当医は


「検査入院して下さい」


「えっ、どこか悪いのですか?今働いているし
 入院なんてできません」


「あやめさん、仕事と命とどちらが大事なのですか?
 生死にかかわりますよ!」


担当医がそう言いながらパソコンの画面に
「ミオパチー」という病名をキーボードで打ち込んでいた。
帰ってからPCで検索すると、筋肉の病気であるらしいことがわかった。


2月。病室の空きがあったので検査入院になった。
最初の一週間で、身体の基礎的な検査。
次の週は筋電図を調べる。その検査結果で、何らか
筋肉の病気があることがわかった。
3週目、筋生検をすると話があった。
これは軽い手術で、直接筋肉を取りその細胞を調べる。


そんな折、病院の待合で涙している女性に声をかけた。
その女性は、私の母と同じくらいの歳で
私と同じ位の娘がここで入院しているという。

娘さんの病気は「筋ジフトロフィー」で身体が動けなくなり
この冬に、呼吸困難を起こしこの病院へ運ばれてきた。
気管切開して、一命を取り留めたが不自由を余儀なくされた。
もう話すことはできないのだ。
彼女は、そんな娘の将来を悲観していたのだ。


「あっ、娘が来たわ」


そう言うと彼女は、席をたち娘さんの所へ行った。


娘さんは、かすかに動く指で「電動車いす」を操り
母親を探しにきていた。

全身の筋肉がなくなっていく病気を、目の当たりにした私は
一抹の不安を感じ始めていた。


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雪の結晶病巣



幸せは

いつもこの手から

零れ落ちていく

狂い始めた身体の暴走は止まらず

新たな病の影を落とす

せめて

元気なうちに

君に会いたかった・・・