危険な男
私は、気の合いそうな人二人に会ったが
二人とも、私の理想とは違っていた。
こう言った出会いでは、よくあることだが
初めて利用する私にとっては、次から次へと探すのが
だんだん嫌になっていた。
元彼の変わりなんて、どこにもいないし
こんなことをしている自分にも罪悪感があった。
もう、こんなことは辞めようと思い
メル友からのメールには返信しなかった。
正志という人から何回もメールが入っている。
「どうしたのですか?体調が悪いのですか?
心配しています。」
そんなメールを貰っても、もう返信をする気は
おこらない。
夕方になってまたメールが届く。
「どうして、返事をくれないのですか?
あなたは、私の心を弄んだだけなのですか?」
流石にこんなメールを貰ったら返信しない訳には
いかない。
「ごめんなさい。私はもう誰ともお付き合いしたく
ないのです。私には酒乱の夫がいます。今私のして
いることは逃げでしかありません。だから自分の問題は
自分で解決します。」
Re:
「どうしてそれを早く言ってくれないのですか?
あなたのことが心配です。
出来たら今、あなたと話がしたいと思っています。
お願いです。こちらに電話下さい。
090-****-*****」
私は仕方なく、指定された番号に電話をかけた。
「もしもし・・・」
はじめて聞くその電話の声に何故だか
惹かれてしまった。それは多分人間として動物的に
本能的に感じる、相性だったのかもしれない。
私は自分のことを正直に伝えた。
もちろん、元彼のことも話した。そして夫のことも。
素直に彼の気持ちに応じられない事も話した。
すると、彼は今から会いたいと言う。
時計をみれば夕方、7時を過ぎていた。
8時を過ぎれば、夫が帰ってくる。
会うと言ってもほんの少しの時間しかないのだ。
私は何かに引っ張られるように
指定された場所に車を走らせた。
そこは、大型スーパーの駐車場。
私は、裏手にある場所で彼の車を探す。
一台の車を見つけ、歩みよった。
ウィンドウガラスを開け、
「あやさん?」と言った。
私は小さく頷いた。
「ごめんなさい、時間がないから・・・
しかもこんな格好で・・・」
私は、ピンクのセーターにGパンと言う
普段着のままだったので、少し気にしてしまった。
彼は笑って、
「そんなこと気にしないでいいから、早く車に乗って」
私は、言われるまま彼の車に乗った。
「どこか、一目につかない場所に車を移動させるから」
スーパーから少し離れた人通りの少ない道沿いに車を
止める。彼が話し始めた。
「僕の印象はどう?」
「思ったより、落ち着いているんですね。」
彼は会社の帰りなのでスーツを着ているし
最初のメールでは私と同い年のはずだったので
その落ち着きとは、つまり年齢をさしていた。
「やっぱりわかるよね。もうすぐ50だよ。でも若く見える自信はあるんだけど。」
たしかに、本当の歳からすると彼は若く見えるし
なにか、危険な感じさえした。
危険な感じとは、上手く表現できないけれど
話し方や見た目から、恋に慣れている人のような、感じだった。
「そうなんだ。で、私はどうなのかな?」
「思った通りだよ。あやさんは可愛い人だと思ってたから。
でも痩せすぎだよ。ちゃんと御飯食べてる?」
「・・・チョコレートしか食べてない・・」
当時の私は、元彼との別れがあり拒食で、
口にするものと言えば、何切れかのチョコだけだった。
そして今、拒食であること、眠ってないこと
精神状態が普通ではないことを彼に話した。
そして、男女のつきあいはもうしたくないことも伝えた。
「あやさんさえ良ければ、僕が相談相手になるから、
これからは何でも話してよ」
「うん、ありがとう。」
時計はもうすぐ8時を知らせる。
「もう帰らないといけないの」
「ほんの短い時間だったけれど、会って話しができてよかったよ。」
彼はすこし微笑みながら、
「じゃぁ、握手をしよう」そう言って手を差し出した。
「うん」
それは、はじめて交わした彼の手のぬくもりだった。
転落の扉
私は彼からの連絡がなくなった頃あるサイトへ
「メル友募集」の書き込みをした。
私にとってそれは初めての経験であり、またそう言った所は
どう言う所かもだいたいは予測がついた。
それでも私は、誰でも良いから話してくれる相手がほしかった。
やさしさを貰えるためなら、どんな関係になっても
それは構わない。私は自分を傷け生きていこう。
もうどうでもいい、そんな自分がいた。
書き込みをしてすぐ、何人かの男性から
メールがあった。
私は趣味の合いそうな人たちとメールのやりとりを始めた。
ただ、こうやってメールのやりとりをするうち
この世界にいる人たちは、欲望を満たすだけの女性を
求めているのではなく、私と同じように異性に
「安らぎや、癒し」を求めていた。
私はそれゆえ、この世界を「寂しい街」と名づけた。
そして私は寂しい街に来て、男たちの寂しさを
知ることになる。
私にメールをくれる男性たちは、どの人も同じように
やさしい言葉を掛けてくれる。
私はすべての人に病気のことを話したし、元彼との別れのこと
も話した。彼らは口々に
「あなたの癒しになりたい」と語る。
そんなメールを貰って嬉しくない訳はない。
出会い系にはまる女たちは、たぶん男性のやさしい言葉に
陶酔していくのだろう。だから一度足を踏み入れると抜け出せない
世界なのかもしれない。
男たちもまた、自分たちの寂しさを新しい出会いや
恋で埋めるのだろう。男たちは社会に出ると仕事と戦い
家庭に戻るとよき父親であることをしいられる。
けれど、妻や家庭に不満がある訳ではない。
ただ新しい出会いや恋にロマンを求め、そこで癒しを求める
同僚や妻にいえないことだって、恋人には話せる。
人はみな寂しい心や、不安を持っている。
よく不倫日記で数人の男性とつきあっている女性を
見かけるが、私はそんな事はとても出来ない。
こんな出会いであっても、婚外恋愛と言うものであっても
心を許し、愛を語るべき人はたった一人であらなければ
ならない。人の倫理を語るのはおかしいかもしれないが
私はそう思っていた。
たくさんの男性とメールのやりとりをする私の日常は
忙しいものになっていく。だから少しも淋しくはなかった。
けれど、こういった出会いと言う物は時間が勝負でもある。
男性からすると、女性をものにするには早くに会い、
気に入ればその日のうちにセックスにまで発展しなければいけない。
私は慎重に人を選んでいくうちに、数人の男性たちが
焦りを見せ始める。
「早く会って下さい。きっとあなたは僕を気に入ってくれるはずです」
自信に溢れた人
「あなたが心配です。会ってあなたの癒しになりたい」
そう心配する人。
私は、良い人もいるかもしれない、その場所で最悪の出会いを
することになる。
人は落ち込んだ時に知り合う人ほど、怖いものはないのだ。
こうして、私の転落の扉は開きはじめた。
最後の逢瀬
私は彼の気持ちを知った日から
あの昔の自分よりも、もっと彼を追うようになっていく。
どうしようもなく淋しくて不安で、まるであの19歳の
自分が蘇ったように、彼を求めていく。
「今度、いつ会えるの?」
彼によく聞いた。けれども彼は忙しいと言う。
私は、あの秋の日から2ヶ月も会える日を待った。
もう逸る気持ちを抑えることは出来ない。
その日、私は約束の場所まで小一時間かけて行った。
もちろん私は今までに無いほど、おしゃれをした。
新しい服、新しい口紅、新しい・・・。
待ち合わせの場所に着くと彼は言った。
「ごめん、今日も忙しくてあまり時間がないんだ」
私はそれを聞き少し残念だと思ったが、彼も仕事が
あるのだから仕方がないと思った。
ホテルに着くと私は、愛のあるその形を期待していた。
愛し愛される関係とは、どう言うものなのだろうか。
私は心のうちからこみ上げる温かなものを感じとっていく。
ほんの少しの肌のふれあいだけで、私の心と体は
反応しはじめる。
ところが、肝心なとき彼の体は萎えていく。
「どうしたの?」
「今日は体調が悪いんだ」
彼はその時はじめて、自分の体調の悪さを話した。
病気が再発したと言うのだ。そして普通に暮らすことも
辛いのだと言う。肉体的な男女の関係も
一生出来ないかもしれないという。
「病気のことも、あなたの体のことも、どうして言ってくれなかったの」
もちろんそんなことは、とても話せるわけはないのだが、彼は言った。
「これからは、飲み友達でいよう」
私は
「うん」
と返事をした。
そんな簡単に関係を終わらせたくない私は、飲み友達でも良い、
彼と会えるのならと思った。
その時の私は、その言葉の本当の意味がわからなかった。
そこを出て、地下鉄の乗り場の近くで彼と別れた。
それは私が彼を見た最後だった。
空しい気持ちの私に、秋の日差しが妙に眩しかったのを覚えている。
その日以来、私がいくらメールを送っても、返信はこなくなった。
私はそれゆえ恋の終わりをメールで伝えたが、それすら返事はこない。
私は、そのショックで拒食と不眠で、さらに痩せていく。
その上、ストレス性の狭心症を起こしてしまう。
息ができないほどの圧迫感に、死んでしまうのではないかと
いう恐怖感にさえ襲われる。
不安で不安でどうしようもなくなって、友人に悩みを打ち明けた。
彼女は言った。
別れた恋人は「死んだ人だと思え」
そしてその人を憎むべきだと言う。
私も友人の言葉を聞いて、ただ憎むことで、気持ちを安定させてきた。
そして、友人の勧めもあってメンタルクリニックも受診した。
2種類の安定剤を飲むと、嘘のように動悸が治まった。
死んだように眠り続ける。それが数日続いた。
そして私は次第に落ち着きを取り戻した。
あの日以来彼からのすべてのメールを消し、思い出のものは
すべて捨てた。それまでの彼とのことを書いた、日記も閉鎖した。
そんな時、こんな恋歌を目にした。
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最後の逢瀬
せめてさらば今一度の契りありて 言はばやつもる恋も恨みも
(京極為子)
【意訳】
あなたとはもう縁がないんだと、あきらめることにするわ。
でもせめて、最後にもう一度だけ… あなたに逢って、思う存分言ってやりたい。
積もり積もった恨みを。 …そして、どれだけ愛していたかを。
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私は、彼と中途半端なままでいることが、
苦痛でたまらなくなっていく。そんなどうしようもない気持ちが
一通のメールを書かせてしまった。
「最後に言葉を下さい。
そうすれば次の恋に進めるのです。
もう十分苦しみました。もうこれ以上
苦しませないで下さい。」
そのメールを送信してから、そのメールを書いた
自分が情けなくなった。返信など来るはずもないのに、
なんて愚かなんだろう。
ところがしばらくたってメールの着信音がした。
彼からのメールだった。
「申し訳ありませんが、しばらくそっとしておいて下さい」
これが最後の言葉だった。
こうして、25年の恋の結末はあっけなく終焉を迎えたのだった。