ラストラブ -18ページ目

この先

「二兎を追う者一兎も得ず」ということわざがある。
まさに、私はその通りだった。


酒乱の夫とはいえ、夫のいる身で
2人の男の間を行き交い、
それぞれに色恋を語っていた私の天罰なのだろう。


恋に狂った哀れな女は、本当に狂った事により
夫からその罪を問われることはなかった。


その後、2人の雅は、それぞれに自分のもとのいた場所に
戻っていった。


雅人は、妻の所に戻ったのか、携帯のアドレスを消した時から、
もう二度と会うことはないと確信したが、
数年後、彼はまた出会い系を渡り歩いていたのを偶然見つけてしまった。
彼は懲りないで、次から次へと女性と不倫を繰り返している。


JUNは、あの7月27日、建築士の集まりが関西であり
そのついでに、私と会う約束をしただけなので
当時、悔しさや、虚しさがあったと思うが、
またネットの世界に戻っていった。
このアメブロで、彼をたまたま見かけたが
相変わらず、女性詩人のサイトに行き恋の詩を書き込んでいた。


結局、人間は、同じことを繰り返えす。
だから依存症から抜け出すのは難しいのだ。
そして人の煩悩は死ぬまで無くならない。


人には人の数だけの人生というドラマがある。
不幸を背負った人は、本当に不幸だろうか・・・
幸せに見えても、本当は苦しみや悲しみを抱えているかも
しれない。そして、人の価値観はすべて違うのだ。

私はどんな生き方も批難はしない。
人に迷惑さえかけなければ、どんな生き方も構わないと思う。
ただ、失うものはあるだろう。


お話はこの先、精神病院の生活になる。
メンタル的なお話が苦手な人は、ここまでで。




幽閉という名の地獄

閉じ込められた窓からは
空は見えなかった

幸か不幸か
現実から隔絶された場所で

自由であることの幸せを知り
まだ生きたいと思った。

死と生の狭間をくぐりぬけて・・・

★画面にて 咲く菊の花 香りなく

2005/10/6

某精神病院;閉鎖病棟にて。

七夕の願い

お話は前後するのだが、私はJUNに逢いたいと
七夕に願いをかけていた。
それは、JUNとの二人の願いでもあった。
私たちは7月27日に逢う約束をしていたのだった。


~当時の詩より~


星に願いを


名前も知らない貴方だけど

もし巡りあうことが
できるのなら

愛のうたを
あなたと一緒に奏でたい


いつまでも

この空に星の輝きが
ある限り・・・・


けれど、私の精神は7月19日におかしくなり
パソコンの接続線は切ってしまい、
そのうえ、私の奇怪な行動から、携帯電話は
夫に没収されていた。
当時、JUNと私を繋ぐものは何もなかったのだ。
しかも、私は精神の混濁が続き
彼との約束はとても叶わない状況になっていた。


今となっては、思い出せない記憶の中で
私は彼とのメールボックスを封印していた。


そう、3年の時を経て・・・今日・・・
私は、そのメールボックスを恐る恐る開いた。


そこに書かれてあったものは、
JUNが確かに、約束の日来ていたというメールだった。
私は驚いた。私の中では、彼とは終わったという
おぼろげな記憶しかなかった。


その後、彼との関わりを絶ってしまったのは
あの恐ろしい精神の混乱を繰り返したくないという
思いだった。


それほど、精神の混乱と幽閉の日々は(精神病院・閉鎖病棟)
強烈な、恐ろしい経験だったのだ。


退院後の詩より


幽閉という名の地獄


その扉は開かない


何人が
ここを拳で叩き
壊そうとしただろう


血の涙を流し


ここを出たい
自由になりたいと
叫んだ


自由なく


生きることは


地獄だった