かすかな記憶
■この章を読む前に、しつこいようですが、こちらを読んでね。
病気への理解
彼と別れて深夜、タクシーで自宅へ帰った。
夏の夜の生暖かい風を感じながら・・・。
それが、私が書ける最後の記憶になった。
精神の崩壊というものは、とても恐ろしいもので
これは経験した人だけしかわからないだろう。
よく普通の人が、
「こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ狂ってしまいたい・・・」
などと口にするのは、大間違いだ。
狂うと事は、想像を絶するほど、とても恐ろしいものなのだ。
有名な絵画ムンクの叫びをご存じだろうか、
これは、簡単に言うと、ムンクの幻聴を絵にしたものだ。
彼は精神を病んでいた。つまり、彼には本当の幻聴が
聞こえていたのだろう。
統合失調症の最大の特徴として、幻聴がある。
その幻聴は、とても恐ろしいもので
耳元で良くない言葉ばかりを言うのだ。
それゆえ、耳を押さえ叫び声をあげ、暴れてしまうのだ。
また、被害妄想も起こる。
私はその幻聴のせいで、自分が殺されるのではないかと思った。
パソコンを開けると、ネットの人すべてが私を攻撃する。
ラジオやテレビが私の悪口を言う。
最初は、それから始まり
その恐ろしい幻聴は、ついに私の家族にまで攻撃をはじめる。
(これは幻聴がそう言っている)
この食べ物には毒が入っている、この水もそうだ。
ついに、私はご飯を食べなくなり、一滴の水も飲まなくなった。
7月19日から、8月5日に入院するまでの間
私は、飲まず食わず、訳のわからないことを言い
叫んだり、暴れたりして警察のお世話にもなったらしい。
とうとう家族は暴れる私を、無理に病院につれて行く。
初診の時は、待合で独り言を言い(これは幻聴と会話している)
時折叫んでいた、記憶がある。
2回目通院のときは、飲まず食わずでいるせいで体重は35kgを切り、
歩くこともままならず、診察を待たず待合で倒れた。
お陰で、私の入院は早まった。
そして、数日後、私は精神科閉鎖病棟へ入院するのだった。
それは、何も知らない私にとって、幽閉と言う地獄のはじまりだった。
~退院後のブログより~
それはかすかな記憶だった。
あの夏の日わたしはただPCに向かっていた。
わたしの知らない誰かが私と対話する。途切れることの無い対話・・・。
それがわたしの精神の混乱のはじまりだった。
そして今となっては知ることのできない過去だった。
どこまでが本当でどこまでがバーチャルなのか、それすらもわからない。
けれど数日前まで私は、ネットという「まやかし」の世界にいたことは
確かだった。
「止まらない対話」は私を次第に狂わせていく。
もう止めなければならない。そんな折、家族が戻ってきた。
「早くやめさせろ!」
罵声が飛ぶ。わたしは言われるままに、PCの接続線を切った。
これでもう私を攻撃してくる人はいない。
それは、精神障害者によく見られる「被害妄想」のはじまりだった。
次の日から私は、世界中のすべての人がわたしを攻撃してくる、
そして家族にもその被害は及ぶと思い込んでしまうのだ。
それから私は、私の中の記憶を失くしてしまった。
耳に聞こえるのは、恐ろしい幻聴、そう・・・・
耳もとで何かを削る音と、悲鳴だけが聞こえるのだ。
だから、「助けて」と叫んでいた。
病気への理解
次の章に入る前に、精神の病気の理解をしてほしいと思い
私がある医師の勉強会で、教わったことを参考に書きます。
記憶がなくなったのは、統合失調症という病気でした。
昔で言う、精神分裂症。俗にいうキ○ガイです。
昔ならば、永遠に治らない、それこそ一生病院に閉じ込められた
あの病気なんです。
けれど、現在医学において、総合失調症は治る病気です。
心の病気は脳の病気であるのです。
そして、それは誰にでも起こりえる病気でもあるのです。
人はストレスを受け続けると、どうなるのでしょう。
バケツに水が貯まるように、溜まっていきます。
そして、それがいっぱいになると蛇口から(水道を連想してください)
出して、貯まらないようにするのです。
ところが、脳の病気は、その蛇口が完全に壊れてしまった
状態なのです。
そして、人の気質(持って生まれた体質です)によって
うつ病になるか、総合失調症になるかに分かれるのです。
私は、早期治療で今は完全に治り、薬も飲んでいません。
退院後は、職場復帰もしました。健常者に戻りました。
これは、奇跡でもなんでもありません。現在の医学の進歩なのです。
ですから、もしも心を病んでいる人がいたら、
早く精神科の治療を受けて下さい。
ただし、信頼のできる病院を選んで下さいね。
私はリアルでは、心に不安を持つ人の相談を受ける
ボランティアをしています。
もちろん、今は健常者です。
精神を病んだことを知っているのは、家族だけです。
心が健康な人が、人の心を健康にしてくれます。
心を病んだ人が、同じ病気の人に勇気づける事はできません。
共感できるだけなのです。
私が自殺予防を語る立場では無いのですが、
自殺は、心の病気がそうさせるのです。
どうか、そうなる前に心の病気に気づき、治療して下さい。
罠
彼から何度か会いたいとメールがあったが
それをすべて断っていたのに
その日の電話は違っていた。
友達と飲んでるから。今から出てこない?
楽しい連中だよ
そんな内容だった。
友達も一緒なら良いだろうと、私は安易に思った。
いずれ、彼と別れ話をしないといけない
そんな思いもあったのだろう。
駅前の居酒屋に行くと、彼と彼の先輩、それに先輩の友人だ
という女性がいた。
私が拒食であまり食べられないというと、彼は優しく
これなら良いよと、色々もってきてくれた。
JUNと、夫のことで憔悴しきってた私は
彼のこうした気配りが嬉しかった。
彼は言った。
現実をみないとダメだよ。
ネットなんて存在しないものなんだよ。
そして、彼の友人も同じような事を言った。
彼らは、私とJUNの関わりをよく知っているようだった。
5月に彼に、私のHPの掲示板のことを話したが
あれから、どうなったとも話すことはなかったのに。
居酒屋を出て、カラオケに行った。私は彼に諭され、
彼に寄りかかるように座っていた。
友人の女性が、仲良いんだ・・・と言った。
それから、店を出て友人と別れ、彼と近くのホテルに行った。
結局、私は彼と別れるどころか、よりを戻してしまった。
彼は、私にに名刺を見せてくれた。今まで私は彼がどこの会社の人で
何をしている人かさえ、知らなかった。
日本○十社 ○○支部
経理課長 近藤 雅人(仮名)
ほら、ちゃんとした会社に勤めてる人やろ?
うん、日本○十社ってあのニッセ○?すごいんやー
そんな会話だったと思う。
私は数か月ぶりに彼に抱かれる。
そして、現実が大切だと何度も諭された。
愛しているよ・・・
あやの肌はどこの誰よりも綺麗だよ・・・
囁きは甘く、愛撫は限りなく優しかった。
いくらJUNが好きでも、所詮・・ネットの人。
こうして、肌を触れることすらできない。
その上、名前も顔も歳も知らない。
JUNについて、唯一、知っていたのは・・・
ねぇ、本当の名前教えてよ
下の名前だったら良いよ
うん、なんて言うの?
雅・・・、まさで良いよ。
・・・・私は少し驚いた。
彼の名前は、まさ。
もちろん、それは彼の愛称だったけれど。
同じ名前のまさ・・・のちに私が混乱を起こしたのは
たまたま同じ名前だったから・・・。
深夜、彼とホテルを出て駅まで歩いた。
まるで恋人のように腕を組んで・・・
現実とバーチャル(ネット)の世界は
彼の言うとおり、まるきり違う。
本当の人間はこうして、ぬくもりがある。
私は彼と歩いて、その幸せを噛みしめる。
こんなに彼は、私のことを愛してくれているんだ。
そう思った矢先・・・彼の携帯が鳴った。
彼は声を荒げ、怒った口調で
その携帯をその場に投げたのだ。
私は、夫のDVの影響で、
怒鳴り声、物を投げる行為を見ると
震え上がってしまうのに。
どうしたの・・・
ごめん、家内から電話や・・・
あと、つけられた。
う、うそ
さっきカラオケで、俺の名前書いたから
きっとそれ見てて・・・
どうすんの・・・
悪いけど、しばらく連絡できないわ
あやも、携帯のアドレスとメールの履歴全部消しておいて。
俺も消すから。
う、うん・・・
それと誰に何を聞かれても、知らんて、押し通すんや。
わかった?
うん。
私は青ざめ、心の中で何かが
さらに壊れた気がした。
それは誰もが経験したことのないような
恐ろしい精神の病気の始まりになる。
断絶された記憶は、この脳の病気で起こったものだった。