幽閉という名の地獄(3)
病院の拘束帯・・・・。私はそれをここで初めて見た。
ベットに縛りつけられている女の子。
個室でいるその子に、私は声をかけた。
今日、大部屋に入院したんだ。あやだよ。
よろしくね。
私は尚子、よろしくね。
尚子は、病棟でなっちゃんと呼ばれていた。
私は拘束帯を気にしていると、なっちゃんは言った。
これね、私が動き回るから制限されているの。
体重が増えたら、外して貰えるんだよ。
そうなんだ・・・
なっちゃんは拒食症。かなり痩せていて顔色も悪い。
当時、私の体重は35kgくらいだったけど
なっちゃんは、もっと少なかった。
なっちゃんと話していると、若い女の子の声。
この部屋に勝手に入ったら、ダメ!!
それに、話したらあかんで。
と、怒り口調に言う。
知らなくてごめん。教えてくれてありがとう。
どう見ても私の娘ほどにしか見えない、その子の名前はしおり。
しおりは19歳。知的障害があるので幼く見えるのだ。
そのせいで、病棟内はいつも騒がしかった。
この病棟で、病歴の長い白井さんは言う。
何であんな子、ここにいるん?
私ら心の病気で入ってるのに、あの子は違う、
見てるだけでイライラするわ。
白井さんは、統合失調症でキレやすく要注意人物だった。
のちに私は、彼女の一番のお気に入りになるのだけど。
入院後すぐ、みんな私がどうして此処に入院して来たのか
知りたがっていた。
私は、彼女たちに言わせればプリンで(2チャン用語)
気がおかしくなった、哀れな女なのである。
けれど、私は皆に比べれば今まで普通の人生を歩み
精神の病気も、それほどひどいものでは無かったので
彼女たちは、私と仲良くしたがっていた。
みんな、精神を壊しているけれど
・・・・それは、耐え難い苦しみを味わったから。
普通に幸せに暮らしていて、精神は壊さないのだ。
みんな、きっかけがあった。
*精神科医療保護入院、拘束帯、隔離室などの措置は
見ていて辛い経験でした。私も当時は保護入院。
任意入院になって、外出できるようになるまで
4週間を要しました。
■医療保護入院
精神保健指定医が診察した結果、精神障害があって、医療および
保護のための入院が必要だと判断された場合、
ご本人の扶養義務者にあたる方の同意により4週間、
また保護者の方の同意が得られた場合には医療保護が
必要な症状が消失するまでの間、ご本人の同意がなくとも
行動制限を伴う形の環境で治療がなされる入院の方法です。
幽閉という名の地獄(2)
◆朝顔も 切花となり 捨てられる◆
この句を読んだのは、フラワーアレジメントが趣味の
真佐子さんが、しおれていない朝顔をいとも簡単に
捨てるのを見たから・・・
入院した次の朝、睡眠剤と安定剤が効きすぎ
ふらふらしながら洗面所に行ったとき
真佐子さんがいて
「あの子、挨拶もできひんの!」
そんな言葉が聞こえてきた。慌てて
「おはようございます」
と、言った覚えがある。
どこの病院でもそうだが、起床時間が決まっていて
朝食までに身支度をする。
わたしのいた精神科は、内科や外科と異なり
一日のスケジュールが細かく決まっていた。
それは、運動不足解消のエアロビ体操があったり、
室内掃除や、ロッカー整理など曜日別にも
スケジュールがある。
それでも、その病棟の外に出ることが
出来ないので、一日暇で長く感じていた。
真佐子さんは、よく言っていた。
「刑務所の方がマシやわ。ミシン掛けとかしたら、
じっきに、時間たつのに・・・」
たしかに、此処に(精神科)閉じ込められたような
ものだから、そんなことを考えたのだろう。
真佐子さんが精神を病んだ原因は、見えない嫉妬だった。
定年退職後、パソコンばかりしている夫をみて
浮気をしているのではないかという被害妄想に陥ったのだ。
女子病棟に入ってくる既婚者の多くは、夫婦の問題で
妻がパニックになり、救急車で連れてこられるのが多い。
ここ女子病棟にいる数人、私も含めてだが
至って普通の主婦が、家庭内の事情で連れてこられていた。
真佐子さんが、私に辛くあった理由は、この入院の仕方にあった。
ここの患者のほとんどが保護入院で、真佐子さんも同じだった。
私は、入院時落ち着いていたので、普通に入院できたのだが
救急車で来たり、家族の説得が間に合わなかった場合は、
保護入院になる。
体を拘束され、泣き叫びながら隔離室に
連れて行かれるのだ。
食事時にこの光景を見たなら、それこそ食欲がなくなり
吐き気さえする。
人として生まれてきて、こんなひどい入院の仕方が
あって良いものかと,此処に来た者すべてが思うだろう。
■幽閉という名の地獄
どこまでがおかしいのか
狂った女の病棟は
思ったより普通だった
ただ・・・
こんな入院の仕方が
あっていいのかと思った
まるで拉致されるように
ぐるぐる巻きにされて
連れてこられる子たち
みんな「助けて」と叫んでいた
まるで独房のような
光も差さない
お仕置き部屋の中で
数日の叫び声のあと
憔悴してぼろぼろになっていく
声もしなくなった数日後
その部屋から出してもらう
お風呂に入れてもらって
髪を看護士さんに乾かしてもらい
病院服から
普通の服に着替える
そして皆の場所に出てくる
それでも
ソノ場所も閉鎖されて
外に出ることは許されなかった・・・
幽閉という名の地獄(1)
あや、病院は携帯の持ち込み禁止だよ
うん、わかった
そう言って持っていた携帯を夫に渡した。
携帯はもう契約を止めてあるので、
持っているというだけの、まるでおもちゃのようなもの。
それでも狂った私はその携帯を大事そうに
握りしめていた。
朝になればJUNから、おはようのメールが届き
私は写メで、笑顔を撮って送っていたのだから。
JUNと私を繋ぐ大切な携帯。
狂った私に現実はわからない。JUNは約束の日
大阪に来ていたけれど、契約を切った携帯には
そのメールは届くことはなかったのだから。
8月5日、入院の日。通院で貰った薬、セロクエルが効いて
私は、まるで子供のように素直で、これから自分の病気を
治すために入院することもわかっていた。
ただ、まだあの恐ろしい幻聴と、拒食は続いていた。
荷物を持って昼頃に、家族と一緒に精神科閉鎖病棟に入る。
閉鎖病棟に入るなり、あの恐ろしい幻聴はなくなっていた。
ここまでは、怖いものは追ってこないだろう、殺しにくる人は
いないだろう、そんな安堵感があったのか、ここに来てはじめて
ご飯を口にした。とても美味しかったのを覚えている。
精神科閉鎖病棟は、思ったより静かで
入院している患者も、まったく普通の人だった。
ただ、普通の病気ではないので、退院後の自立支援を
促す意味で、毎日の日課と毎曜日のスケジュールが組まれていた。
そして、この病棟の何よりの特徴は
一度入院したら、退院までここを一人で出ることはできない。
つまり、閉鎖ということは患者にとって
閉じ込められ、まるで幽閉されたような病棟だった。
ゆうへい 【幽閉】
牢などにとじこめること。
「地下室に―する」
三省堂提供「大辞林 第二版」より
■幽閉という名の地獄
その扉は開かない
何人が
ここを拳で叩き
壊そうとしただろう
血の涙を流し
ここを出たい
自由になりたいと
叫んだ
自由なく
生きることは
地獄だった