ラストラブ -15ページ目

幽閉という名の地獄(7)

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「退院したら、障害者認定して貰ったら?」


と統合失調症の白井さんが言った。


「あなたなら3級貰えるんじゃない?」


そんな話を聞いて
自分が障害者になってしまったのかと落ち込んだ
ことがある。


けれど、退院したら働きたいと、日曜日の新聞広告を
みんな見ていた。
社会復帰したいと言うのが、皆の願い。
でも、現実は甘くない。


私も不安だった。もし・・・精神病院に
入院していたと知ると、企業はどんな反応を
示すだろうか・・・と。


その当時は自分の病気が完治するなどと
思ってもみなかった。


どこまでが、健常者で
どこまでが、障害者なのか
この障害は、わかりにくい。


幽閉という名の地獄(退院後の日記より)



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ほしい物は


人のゆくもり


手の暖かさ・・・・


閉鎖病棟の中でこれほど、スキンシップの
大切さを知ったことは無かった。

いつか此処を出られる、健常者として
女として幸せに生きたい
それを、願いながら何年も入退院を繰り返す人。


そんな中に私が居て、彼女らの話し相手になる。
時には手を握り、肩を抱き励ます。
そうする事により、心がだんだん安定していく・・・


そうして、彼女たちと触れ合った時間は
私にとって忘れられない思い出になった。


いま、健常者となった私はもうあの病棟に
戻ることはないだろう。


内科や、外科と違い一度退院した者は
お見舞いさえも行けない、閉ざされた病棟。


いつか・・・
話し相手として、そこに行きたい。
残りの人生を精神障がい者の役に立ちたい。
そんな気持ちが芽生えた。


幽閉という名の地獄(6)

私は、入院中に知り合った人を今でも忘れることはない。
彼女らの幸せを願わすに居られないのだ。
精神の病気があっても、女として結婚をしたい、
社会復帰して、働きたい。
みんな、そう願っていたからだ。


今でも気がかりなのは、拒食症のなっちゃん。
いつ心臓が止まるかもしれないと、よく言っていた。
残念ながら、現在の医学では拒食症の原因も、メカニズムも
治療法もない。心理学では、よく母子の関係だと言われているが
それも定かではない。


彼女らは(拒食症の子)みんな、ご飯食べるのが怖いと言っていた。
なっちゃんも、えりかちゃんも、その頃は元気で
食事を一時間かかって食べていた。
個室にいた、みゆきちゃんは絶対口を開かないので
食事は鼻からチューブで流し込まれていた。
みんなは

「あの子もう長くないんじゃない?」

と言っていた。


拒食症も、命を脅かすが精神の病気で一番死に近いのがうつ病だ。
私は後に、開放病棟へ移るがそのとき同じ病棟にいた
古川さんは、自殺をした人。かろうじて、命をとりとめた人。
首に残るそのあとが、すべてを物語っていた。
彼女は普通の主婦、しかも明るさと楽しさが自慢で
彼女の周りにはいつも人が集まり、賑やかな生活をしていたらしい。
ところが、嫁姑問題で彼女はだんだん暗くなり、奇行を繰り返すようになる。
うつ病は、病気に引っ張られるように自殺してしまう。
それは、自分の意思に関係がないから怖いのだ。
彼女の夫は、その自殺からひどく自分を責めていた。
仕事熱心だった彼は、仕事を早くしまい妻の見舞いに来る。
その献身的な姿は、今も忘れることはない。


私が開放病棟に移り、退院の日取りを決めているころ、
夫と、夫の両親は密かにある相談をしていた。
三年後、娘が高校を卒業するに合わせ、私が健常者になっていない
場合は、里に帰す。つまり離婚することを勝手に決めていたのだった。