彼女を送った後、俺はある場所へ向かった。店内へ入り陸を探す。俺より先に気がついて手をあげる。
「おぅ!こっちこっち。」
テーブルへ歩いていく。
「急に悪いな。」
「いやいいよ、別にする事なかったしな。ビールでいいか。」
頷く。すぐにビールきて一気に流し込む。
「おい、おい、何かあったのか?」
「あぁ、ちょっとな。」
「お前が頷くってことは深刻なことか。」
答えずに箸をとる。
「そっか。じゃ、もう一つだけ。それは雪さんのことか?」
「あぁ。」
「そうなんだ。娘の葵ちゃんだっけ、話したか?」
「話したよ、俺のことお兄ちゃんて呼んでくれている。」
「へーそんなに仲良くなったのか。良かったな。」
「そっちは、彼女できたか?」
「それがさ、何で俺って彼女できないんだろう。」
「お前は選り好みし過ぎだよ。しかも、自分こと好きじゃない人選ぶから余計だ。」
「そんなことないよ。別に美人じゃないとダメじゃないしさ。」
「いや、お前はそうだ。今までの彼女みんなモデルみたいだったしな。今回もそうだし。」
「そっかー、まぁ美人は嫌いじゃないけどな。えっ、今回もって誰のことだよ。」
それには答えずに聞いてみた。
「それよりさ、お前最近千佳さんと会ってるのか?」
「会ってるよ。この前買い物行ってきたし。なんで?」
「千佳さんなんか言ってた?」
「何かって?」
「4人家族のこととか?」
「4人家族?なんのことだよ。」
苦笑いする。
やっぱりまだ言ってないようだ。千佳さんも人が悪いな。それとも陸を牽制してるのだろうか?いや違うな。あの千佳さんの反応だと違うと思う。
「陸に言わないんですか?」
「言わないわけじゃないけど陸くんが聞いてこないから、まっいっかて感じかな。」
「僕が言ってもいいですか?」
「いいわよ、でも私が先に言っちゃうかもしれないけど。」
そう楽しそうに話していた。
「なぁ、何のことだよ。」
「とりあえずさ、千佳さんに聞いてみたら。」
「オィ、ここまで言っておいて止めるなよ。何だよ、教えろよ。」
「いや、俺が言っていいのかわからん。」
「何だよ、それ。」
携帯をいじり始める。俺は焼き鳥に手を伸ばす。
「ほら、いいってよ。」
携帯の画面を俺に見せる。
「お前、メールで確認したのか?」
「だってお前が言わないから。」
「わかったよ。千佳さん4人暮らしだけど、旦那いないんだって。」
「は?何言ってんだお前。」
「だから、旦那いないんだよ。離婚してる。」
「嘘だろ。離婚?いつ?」
「だいぶ前らしい。」
「えっ、だいぶ前っていつだよ!」
「だから俺たちと会うずーっと前だって。」
「マジで、俺てっきり4人家族って言うから・・じゃ、もう1人誰だよ。彼氏か?俺、いくつダメージ食らえばいいんだ。」
頭を抱え込む。そんな陸の姿を見て思わず笑う。
「何で笑うんだよ。俺ショックで・・てか、もっと早く言ってくれよ、お前親友だろ。」
「だから今言ってるだろ。あと勝手な憶測でショック受けるなよ。」
「何だよ。」
「今説明してやるから。子供2人と時々千葉からお母さんが来るから4人家族なんだってさ。」
「最初からそう言ってくれよ。俺の心臓2回壊れかけたよ。」
「お前、面白いな。」
陸は俺を睨みつける。
「俺は全然面白くない!お前いつから知ってたんだよ。」
考える振りをして答える。
「そうだな、かれこれ1ヶ月ぐらいかな?」
「嘘だろ。」
「嘘じゃないよ。本当だよ。」
「信じられん。俺はお前に失望した。。お前は俺の親友じゃない。」
思った以上の陸の反応に満足する。
「だから前に言っただろ、お前の親友が俺でも、俺の親友はお前じゃないかもしれないって。」
「くっそー、マジか〜。」
グラスを持ち上げ飲み干す。
「うめー。すいません生1つ!
そっかぁー、千佳さんは彼氏いないんだ。」
陸は嬉しそうにつぶやく。本当に嬉しそうだった。2人の関係がこれから急速に近くかもしれない。俺も嬉しかった。それから2時間程飲んだ後、陸と別れた。
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退院して2週間が経っていた。
入院したこともあり出張が少なくなった。心配した上司が調整してくれていた。そろそろ部下に少し任せてはどうかと言われ、私の下にいる1人を主任に引き上げたいと相談する。
8時を過ぎデスクにはすでに数名しかいなかった。パソコンの電源を落とす。バックを手に取りエレベーターへ向かった。ホールを見渡す。女子社員数名が話をしている。外へ出ると少し肌寒かった。
交差点で信号を待っていたその時、声をかけられる。
「ゆき・・。」
振り返れなかった。その声が誰かわかっていたから。
「ゆき。」
恐る恐る振り返る。やっぱり彼だった。
・・涼先輩。
「涼先輩。」
「この前は驚かせてごめんな。」
「いいえ、私こそすいません。」
「コーヒー、一緒にどうかな?」
もう逃げることはできなかった。
言い訳をしてこの場を逃れても、いつかこの人とは話さなければならない。
「はい。」
「この辺りはよくわからないんだ。どこかいいとこある?」
「はい、半個室のようなカフェがあります。」
「そう、良かった。じゃ、そこにしよう。」
>>>>>>
店内は人が少なった。
店員も彼に気が付かない。テーブルにはカフェラテが2つ置かれている。
「元気だった?」
「はい、元気です。」
「病院で会った時は驚いたよ。どこか悪いの?」
「いいえ、大丈夫です。少し目眩がしたので検査して貰っただけです。」
「そう、それなら良かった。」
彼はコーヒーを口にする。
サングラスと帽子をかぶった涼先輩、でも昔と変わってない。店内にはスローテンポのKPOPが流れていた。なんだか落ち着かない。手持ちぶたさな私は指を触る。先輩はどうして会社の前にいたんだろう。絶対に偶然ではないはず。すると先輩が話しだした。
「ゆき、俺は君に謝らないといけない。ごめん。あれから気になって君のこと調べて貰ったんだ。だから今日会社の前で待っていた。」
やっぱりそうなんだ。私の態度が先輩を刺激したのだろう。先輩は一体どこまで知ってるのだろうか。私の私生活を知ったと言うことは葵のことも、まさかユイ君のことも知ってるのだろうか。
「気分悪いよな、怒っても構わない。怒られても飽きられても、君に逢いたかったんだ。昔君に避けられてるとわかった時、一度は諦めた。でもこの前会ってわかったんだ。俺は君を忘れられない。」
涼先輩は真剣な顔で私を見る。
「ゆき、結婚して・・いないんだよね。」
知られてしまった。
「もしかしてあの子は・・・。」
私は思い出していた。
沖縄でのコンサート。一緒に行くはずの千佳は仕事で行けなくなり1人で行くことになる。先輩に連絡すると、夜一緒に食事をしようと誘われた。前回のコンサートで連絡先を貰っていた。軽い気持ちだった。記憶のないまま知らない人と話すことが多かった私にとって彼の歌は癒しだったから。千佳に誘われて行った前回のコンサートで、楽屋へ行って花束を渡した。先輩は記憶のない私に優しく接してくれて嬉しかった。後で千佳から知らされる。高校の時の私は先輩が好きだったと。だから先輩の友達を探して連絡を取ってくれた。
コンサートを終え、待ち合わせたホテルの最上階で食事をする。個室だったこともあり、気兼ねせずに話ができてとても楽しかった。
トイレへ行くと少し酔ってる自分に驚く。もう飲まないようにしなきゃと自分にいい聞かせる。戻ると先輩はグラスを片手に海を見て立っていた。「こっちへ来てごらん」ガラス張りの窓からは灯台と海が波打つように広がっている。星が綺麗だった。「綺麗ですね・・。」
先輩がすぐ隣まで来ている事に気が付かなかった。
「ゆき」
耳元で私を呼ぶ声に驚く。
足元がフラついた。先輩は片方の手で私を受け止める。時間が止まる。心臓かドキドキしている。アルコールの熱なのか、恥ずかしさの熱なのかもう分からなかった。グラスを置いた手をガラスにあてる。支えている反対の手はまだ腰にあった。引き寄せるようにその手に力をいれる先輩。私を見つめている。目を閉じた。抵抗しなかった。
あの時の私は彼に恋をしていたと思う。コンサートでの彼はカッコよくて、周りにいるみんなが彼に恋をしていた。そんな彼が目の前にいて、正直舞い上がっていた。
目覚めると、隣に先輩がいた。
綺麗な顔をした『森本涼』がいた。
高校の頃の彼は思い出せない。確かなことは昨日の私は彼に恋をしていた。でも今の私は後悔をしていた。そっと着替えホテルを後にする。テーブルに手紙を置いて。
彼から何回もメールがあった。私は返事をしなかった。千佳に何かあったかと聞かれ、飲み過ぎて何を話したか覚えてないから恥ずかしいと言って誤魔化した。彼のメールはずっと続いていた。会いたい、私が好きだと書かれていた。心が揺れなかったわけじゃない。でも理由があった。そう彼は芸能人、それだけで十分だった。。。。また先輩からメールが来た。「君のこと思って書いた曲なんだ、必ず聞いてほしい。」それが「変わらぬ想い」だった。新曲がリリースされ、話題になり大ヒットとなった。同時にMVで共演した女優と噂になりワイドショーと週刊誌が彼を追っていた。その頃だった、葵がお腹にいるとわかったのは。私は少しも迷うことなく産む決心をしていた。そして、携帯の番号を変えた。
「ゆき?ゆき?大丈夫?」
心配した顔で見ている。
「すいません。ぼーっとしてました。」
「具合が悪い?」
「いいえ、大丈夫です。あの、、やっぱり今日は帰ってもいいですか。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
彼は部屋から出て行った。戻って来た彼は私に声をかける。
「行こう。」
立ち上がると目眩がした。テーブルに肘をつく。涼先輩が駆け寄る。
「大丈夫じゃないね。俺の腕をとって」
私は素直に腕を掴む。
外に出ると車が待っていた。後部座席を開け運転手さんが立っている。
「送るよ。」
「いいえ、大丈夫です。電車で帰ります。」
「ダメだ。そんなにフラフラして俺が心配で無理だから。」
先輩はそう言って私の背中に手を回す。ふわっと体が浮いた。軽々と私を持ち上げ車の中へ入っていく。一瞬の出来事に何も言えなかった。運転手さんが静かにドアを閉める。彼はメモを手渡し「ここに向かって」と言った。「はい承知しました。」運転手さんは返事をする。スイッチを押すとガラスが閉まる。先輩が私を見る。そして額に手を当てる。冷たい!私は思わず叫びそうになり身震いする。
「ゆき、熱があるみたいだ。」
「大丈夫です。少しポカポカしてるだけなのですぐに戻ります。」
ブランケットを膝にかけてくれる。
「すいません。」
私の顔を覗き込むように見つめている。
「ゆき、こんな時に聞くべきじゃないのは分かっている。でももし俺の予想が合ってるなら早急に動かないといけないんだ。どうしても聞きたいことがある。答えてくれないか?」
「はい。」
私は返事をする。
「君の娘さんは、俺の子なのか。」
私はすぐに返事をする。
「はい、葵は涼先輩の子です。」
いつか聞かれるとわかっていた。そしてユイ君とも話をして自分で決めたことがある。もし先輩に聞かれたら、その時はちゃんと答えると決めていた。
「そうか、わかった。ありがとう。」
涼先輩は泣きそうだった。
「ゆき、ありがとう。」
「でも、葵は知りません。」
「わかっている。」
「すいません。」
「君が謝る必要はない。謝るのは僕の方だ。君たち2人を探さなかった俺が悪いから。ゆき、ごめんな。1人で大変だったよね。」
先輩の言葉は私の何かを刺激した。涙が流れる。どうしてこんなに涙がでるのかわからない。悲しいわけでもないのに涙が止まらない。
「もう、何も心配しなくていいから。」
先輩は私の手を取る。下を向いて泣く私にティッシュを手渡す。私の心は疲れていたと、その時初めてわかった。頑張りすぎて、頑張ることが息をするのと同じになっていて、気がつかなかった。
いつの間にか家の前に着いていた。
彼は私の手を取る。その目は敬愛と寂しさに溢れていた。
「ゆき、聞いてくれ。俺は君たちを困らせることはしないと誓う。だけど、俺はたった今から君たちを守らないといけない。それは俺のせいだから申し訳ないと思っている。でも、これから私がすることを否定しないでほしい。これは君たちを守るために必要なことだから。それだけは分かって欲しいんだ。今は、何を言っているか分からないと思う。でも・・お願いだ!何が起こっても俺を信じてくれ。そして俺を遠ざけないと約束して欲しい。」
先輩の目は真剣だった。
「わかりました。」
先輩がホッとしたのがわかる。何を言ってるのかその時は分からなかった。後になってちゃんと話すべきだったと後悔することになるなんてこの時は知るよしもなかった。ポケットからメモを取りだし私に手渡す。
「これは俺の連絡先だから。下はマネージャーの連絡先。その下は僕の専属の運転手彼の番号だから。何かあれば電話して欲しい。できれば帰ったらメールが欲しい。俺の方からも必要な時に連絡でるようにしたいから。でもその判断はゆき任せるから。」
「はい。」
私は返事をして車を降りる。車はすぐに行ってしまった。壁に寄りかかる。そこへ走ってくるユイ君が見えた。トイレに行った時彼にメールしていた。家に帰って1人でいたくなかったから。
思わず駆け出す。
彼はしっかりと受けとめる。
疲れていたんだと思う。私はそのまま気を失っていた。
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目を覚ますとベットの上だった。
真っ暗だ。ここは?どこなんだろう・・だんだんと目が慣れてくる。
ユイ君の家だった。
でもどこを探しても彼はいない。
どこにいるの?
ふらつく足で彼を探す。ドアを開けるとソファーに横たわる彼がいた。
静かに近づく。床に座る。
寝てる彼を見て胸が熱くなる。やっぱり私は彼が好き。この思いを伝えることはないかも知れない。その逞しい腕に手を置いたその時、「雪さん」彼の声がした。見上げると彼が微笑んでいる。
抱きしめて欲しかった。
でも涼先輩に会ってきた私を彼がどう感じているのか分からなかった。そんな私の気持ちを察したのか、彼はそっと私を抱き寄せる。そして頬に手を添えて優しい目でこっちを見つめている。
心が痛かった。
締め付けられるこの思いを抑え込まないといけない。彼はじっと見つめたまま動かない。あの時と同じだ。彼は私を待っている。でも、でもいつか彼を傷つけてしまう日が来る事を知っている私は、踏みとどまっていた。はたから見たらただのキスでも、私にとっては気持ちを抑えないといけない苦しいキスだった。今は自分の気持ちを抑える自信がない。
きっと困惑な目で彼を見つめていたんだと思う。私のその思いを彼は感じ取っていた。頬に添えた手を首の後ろへ回し、そっと近づいてキスをする。全身に波打つように伝わっていく彼の緩く柔らかい温度。私の心に寄り添うように優しく・・無理のないキス。
心はもう彼に向いていた。そして体も・・・彼を感じていた。
気持ちを抑える前に始まってしまったキス・・私の心と体は彼を求めている。もう・・無理。
私は、彼の両肩に手を回す。
そしてその思いを解放した。
彼は一瞬目を開けたと思う。再び目を閉じると求めあう磁石のように2人は惹きつけ合っていた。優しくて激しいキス。体中が彼を求めていた。頭を守るように手を添える彼。ソファーへゆっくりと身を委ねていく。もうこの気持ちを抑えきれなかった。彼が好き。彼にこの気持ちが伝わってしまった。彼を求める私のキス・・もう何も隠す必要がなかった。
すると急に彼は私をみる。
なに?
まるで見透かすようにこっちを見つめている。えっ・・?恥ずかしくなり目を反らす。
彼は立ち上がり私を抱きかかえる。
慌てて首にすがりつく。そんな私を見て彼は笑った。「なんで笑うの・・」「凄く可愛い顔をしてましたよ」と微笑む彼。顔が赤くなっていくのがわかる。恥ずかしくなり「からかわないで」と降りようとすると、「ダメです」と、ぎゅっと締め付けられる。「おろして」「イヤです」彼は部屋へ行きベットへ私を寝かせる。そして彼も隣に横になり、私の方へ向き直る。
「僕もユキさんが好きです」
そう言って私の上に覆いかぶさるようにキスをする。わたしは何も言っていない・・・のに。さっきの激しさとは違い、甘くとろけるようなキス。彼の柔らかい唇が吸い付く。段々と私を求めているように激しく荒々しくなったかと思えば、興奮を抑えるように今度はゆっくりを繰り返す。まったりと甘く長いキスだった。そんなキスに自分が弱いことをこの時初めて知る。。「・・・ぁ。」息が漏れる。
彼の手が、私の手を探していた。
その手が触れた途端、電気のように甘い痛みが体中に広がった。しびれるような感覚・・思わず彼の手を強く握りしめる。高鳴る鼓動がはじけそうだった。
お互いを確かめ合ったキスだった。いいえ、私にはそれ以上で・・とても恥ずかしかった。おでこにキスをした彼は、腕を伸ばしてトントンと叩く。いたずらっ子の顔をしてこっちを見ている。
なに、腕枕?
なんでこんなに恥ずかしいのか自分でも分からなかった。二人で座ってる時とは全然違うこの感じ。ドキドキが止まらない。「大丈夫ですか?」「えっ・・?」「落ち着きました?寝てる時、ずっと僕を見つめていたから。」今日のユイ君は意地悪だ。「・・・起きてたの?」「気分は落ち着いたみたいですね」ニコッと笑う。
反対側を見ようとする私を制して、彼は強引に抱き寄せる。向かい合わせになり体がくっついていた。そして更に私を引き寄せる。足が絡まり合う。「ちょっと・・ユイ君」彼は笑っている。私は真っ赤にって怒る。「もう。今日のユイ君、意地悪」「だってこういう雪さんは初めてだから」そう言っておでこにキスをする。あまりの恥ずかしさに心臓の音が耳元で鳴っている。逃れようともがく。それでも抱きしめる彼の腕は緩まない。もう!何か、何か話をして逸らさなきゃ!
わたしには前から気になっていることがあった。
「ユイ君て付き合ったことないの?」
「どうしてですか?」「陸君がそんな感じなこと言ってたから」「そうですか」平気な声だ。「違うの?」「どう思います?」「・・」「最初のキスの事ですか?2度目のキスはどうでした?」車での彼は別人のように上手だった。「陸は俺の全てを知ってる訳じゃないので」「そうなの?」「そうですよ」私は考える。
あれは演技?まさか。
じゃ、私に合わせたの??
それとも久しぶりだったから?
「っう、あはは」急に笑いだす彼。「どうしたの?」「雪さん可愛すぎます」「またからかってる!もう、私ソファーで寝る」「そんな事言わないで謝りますから・・・」戯れ合う心地よさに幸せを感じる。ずっとこのままでいることができたらいいのにと思った・・・そんな幸せをお互いに感じながら、いつの間にか二人とも眠っていた。
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カップにコーヒーを注ぐ。雪さんはトマトを切っている。
「葵ちゃんにメールしなくて良かったんですか?」
「大丈夫、あの子第2、第4の週末は従姉妹の家なの。」
「そうなんですね。」
「昨日、従姉妹の家に着いたってメールがあったから大丈夫よ。あっ、それにコショウを少しだけかけて。」
俺はサラダにコショウを振りかける。
今朝、2人で買い物へ行った時にユイ君には昨日の涼先輩との話を伝えた。彼は黙って頷いていた。
急にユイ君が声を上げる。
「雪さん!大変です!!」
「どうしたの?」
手を止めて、彼の方をみる。
「森本涼が記者会見するようです!」
私は手を拭いてテレビの前に立つ。テロップには、『森本涼、緊急記者会見』と書かれている。
まさか、、
誰か違うと言って。
司会者が紹介をする。
森本涼が一礼をして席へつく。マイクを手に取り話し始めた。
「お忙しい中足を運んで頂いた皆様に感謝いたします。本日は私森本涼がご報告とご協力をお願いしたくこの場を設けさせて頂きました。私には大切な人とその人との間に子供がいます。」
騒めきと無数のフラッシュが広がる。
眩しいほどのフラッシュが彼を照らす。騒めきもフラッシュも止まらない。
俺は雪さんを見る。彼女は驚いて動かない。
森本涼は更に話し出す
「彼女は私にとって大切な人です。ずっと探してきました。そして最近やっと会えることが出来ました。私の不甲斐なさにより、2人には長い間辛い思いをさせてきました。今は深く後悔しています。謝罪と補償はこれから一生をかけて償っていく所存です。
私には今の彼女たちの生活を守る義務があります。その為彼女の年齢、子供の年齢・性別は公表いたしません。2人は一般人です。いかなる取材も憶測を含める記事も公表することがないよう皆さんにご協力をお願いします。私はもう2度と大切な人を手放したくありません。
もし彼女たちを中傷する記事や暴言そして彼女たちに関わる人々に対する誹謗中傷も含めそのような事が発覚した場合、私は人生をかけて確固たる手段を取らざる得ないことをここに宣言いたします。
ファンの皆さんにお願いします。どうか私たちを見守ってください。私にこの先これほど大切な人が現れることはないでしょう。ファンの皆さんがもし見守ってくだされば私にとってこれほど心強いことはありません。
僕にとってみなさんが僕の家族であるように、彼女たち2人も家族なんです。どうか僕たちを皆さんの力で守ってください。お願いします。」
深々と頭を下げる『森本涼』がそこに映っていた。
雪さんはただ呆然と画面を見ている。
記者たちの手が上がる。
「新興日報の酒井です。ご結婚はいつされるのでしょうか?」
「いいえ、その予定はありません。」
「それは何故ですか?相手が結婚されてるのでしょうか?」
「それはお答えできません。」
更なる騒めきが広がる。フラッシュの音が途切れない。
また別の記者が選ばれる。
「毎信新聞の富岡です。その女性との出会いを教えてください。」
「彼女とは先輩後輩から始まりました。」
「どちらが先輩ですか?」
「年齢に関わるのでお答えできません。」
また別の記者が選ばれる。
「浜松新報の大里です。その女性はどんな方ですか?」
「彼女は優しくそれでいて芯が強い女性です。誰からも愛され、彼女の周りには彼女が好きな人々がいつも集まってきます。凛としていて何をしていても美しい女性。でも内面はか弱い普通の女性です。そのか弱い部分を知っているのは彼女が愛する人、ただ1人だと思います。」
「それは、森本涼さんご自身だと思いますか?」
「わかりません。いいえ今は違うと思います。でもいつか寄り添える日がくることを願っています。」
また別の記者が質問をする
「Dサンデーの藤井です。お子さんには会えましたか?ご結婚は不明との事ですが、同居されているんですか?」
「子供には会えました。同居はしていません。今後もする予定はありません。」
大きな騒めきが会場いっぱいに響き渡る。
質問は止まらない。雪さんは、呆然としたまま座っている。
「雪さん、大丈夫ですか?」
「何故、何故彼はこんな事をするの。どうして。」
「彼は芸能人です。彼に関わる人々は記事にされてしまうリスクがあります。記事が出てからでは遅いと判断したんでしょう。先手を打つことにより雪さんと葵ちゃんを守りたかったんだと思います。」
「こんなことをして本当に守れるの。全国の人が知ったのよ。とても守れるとは思えない。」
「しばらくは騒がれるでしょう。でも彼の判断は間違っていないと思います。今のこのネット社会の中で、一度広がると止めることはできません。どんなに隠していても必ずいつか知られてしまいます。それは彼が芸能人である限り避けられないでしょう。」
「・・・・でも、葵はまだ何も知らないのに、もし先に誰かに聞かれてしまったら、どうしたらいいの?」
「葵ちゃんにはいつまで伏せるつもりですか?」
「わからない。涼先輩は何も言ってなかった。どうしたらいいの。」
「他の人から聞くより、雪さんの口から話すべきだと僕は思います。今の状況だと早い方がいいでしょう。いつ帰って来るんですか?」
「明日よ。」
「これから行きますか?」
「・・・どうしよう。」
「迷っているなら、すぐ迎えに行くべきだと思います。」
彼女は僕を見上げる。そしてテレビの方へ視線を戻す。
テレビの中では、『森本涼』が記者の質問に次々と答える姿が映っていた。その姿は毅然としていて、強い意志とその確固たる信念が現れていた。同じ男として彼は間違いなく彼女を幸せにできる人だと俺は感じた。
次回、『わたしの三人の騎士たち』
添付・複写コピー・模倣行為のないようにご協力お願いします。毎週金曜日連載予定。
誤字脱字ないように気をつけていますが、行き届かない点はご了承ください。
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