「ねぇ、ママ用紙は？」
「バックの中かな？」
「ないよ、あれ明日提出だからね。」
「うん、わかった。それまでに探しておくね。」
「行って来まーす！」
「ねぇ！お弁当持った？」
「持った！！」
バタンとドアが閉まる。
朝は慌ただしい、特に葵が学校に行くまでは毎日が戦場のよう。私は座ってコーヒーを飲む。ユイ君にメールしたいけど、今の私には勇気がない。
あの日、ユイ君は車で送ってくれた。
落ち込む私を見て、「明日予定ありますか？」と聞く。土曜日は何も予定がなかった。葵は３日間従姉妹の家だから、ゆっくりしようと思っていた。
「ううん、特にないわ。」
「じゃ、そのまま海に行きませんか？」
「海？」
「そう、朝には着きますよ。」
「でも、帰りの運転も大変でしょう。」
「少し仮眠をとれば大丈夫ですよ。」
「あっ、でも雪さんスカートですよね。着替えに寄りますか？」
わたしは考える。今帰っても、気分は落ちたままだ。それなら出かけいたい。
「着替えてもいい？」
「はい、じゃ家に寄りますね。」
私は急いで着替える。
必要であろう物をバックへ次々と入れていく。なんだか、段々と楽しくなってきた。あれも、これもバックへ詰め込む。
車に乗り込むと、ナビの設定をしていた。
「忘れ物ないですか？」
「えぇ、大丈夫。なんか楽しくなってきちゃった。」
「僕もですよ。」
車が動き出す。
都心の夜景を眺めながら、ワクワクしている自分がいた。まるで、小学生が遠足のバスに乗った時のように全てがキラキラして見える。夜景ってこんなに綺麗だったんだ。
高速に乗り辺りが静音に包まれ始めた時、眠気が襲ってきた。眠い・・・でもユイ君が運転しているから眠ちゃいけないと、自分に言い聞かせる。でも、ものすごい睡魔に襲われた私は首が揺れる。
「雪さん、少し寝てください。」
恥ずかしい。。。
「でも、ユイ君も疲れてるでしょう。わたしが寝てしまったら・・」
「僕は大丈夫ですから。
ゲームで徹夜とかするので慣れてるんです。だから、少し寝てください。もし、眠くなったら車止めて僕も仮眠を取りますから。無理はしません、心配しないでください。」
「じゃ、眠くなったら声かけてね。絶対よ。」
「はい、わかりました。約束します。」
私は、目を閉じる。
心地よいBGMが緊張をほぐしていく。森本涼の「変わらぬ想い」珍しい。同じ曲を１日に２回も聞くなんて・・そんなことを考えているうちに、眠ってしまっていた。
いつ眠りについたか覚えていない。きっとすぐに夢の中に入ってしまったんだと思う。
雪さんは目をつぶった。
とても疲れていたようで、すぐに寝息が聞こえ始めた。俺はその寝顔を見て嬉しくなる。三度目だ。
サービスエリアに着いた。
持ってきたブランケットをそっとかける。起こさないように気をつけながらシートを倒す。その一瞬の隙に、腕に抱きつかれる。
もう笑うしかなかった。
無意識に腕を絡ませるクセのようだ。きっと子供がぬいぐるみを抱いて寝るのと同じなんだろう。俺はもう片方の手で自分のシートを倒し、彼女に寄り添いながら目を閉じた。
＞＞＞＞＞
目を開けると運転してるユイ君が見える。
あたりは薄暗かった。
「ユイ君、眠くない？大丈夫？」
「大丈夫ですよ、僕もさっき仮眠とりましたから。」
「そうだったの。全然気がつかなかったわ。」
「よく眠ってましたね。」
「すっきりしたわ。ねぇ近くにコンビニとかある？」
「探しますね。」
買い物を済ませ車に乗る。
窓を少し開けると磯の香りがした。なんだか、懐かしい香りがする。
「もう少しで着きますよ。」
私はうなずく。
車が海へ向かって走っている。まるで吸い込まれていくようだ。目を閉じると磯の香りが私の心を吸い込んでいく・・そんな感覚に陥ったそのときユイ君が言った。
「着きました。」
目を開けると、そこには海が広がっていた。
ドアを開け砂浜へ駆けだす。
ユイ君が後を追うようにこっちへ歩いてくる。
朝日が昇り始めていた。水平線が黒からオレンジ色に変化する。ゆっくり上へと昇る朝日は、オレンジ色から黄色へと変わっていく。綺麗。輝きを取り戻したかのように眩しかった。
隣にいるユイ君みる。
ユイ君もゆっくりと振り向く。
お互い動かない。
私は彼の目を見つめたまま、
ゆっくり近づく。
彼の両腕を軽くつかんで、
バランスをとりながら見上げる。
そして、その唇を捕らえたまま
わたしは踵を上げ
目を閉じた。
下唇に触れたその瞬間、
ユイ君の震えが伝わってきた。
その届かないその唇に
踵を下ろした瞬間
彼の手が私の頬に触れる。
目は大きく開き、動揺しているのが分かる。
見つめあったまま瞬きをする。
見つめ合ったまま
わたしは、目を閉じる。
太陽の光を遮るように
ゆっくりと近づき
私にキスをした。
触れた唇はそのまま動かない。
私は唇を離し、
触れるキスを二度する。
彼も二度する。
追い求める彼のキスを、私は優しく流す。
ゆっくりと優しいキスを繰り返す。
息が乱れる彼に愛おしさを感じる。
止まりそうにないキスに
私は目を開け、
口づけをして離れる。
私は微笑む。
大きく見開いた瞳で私を見てから
歯にかむように微笑んだ。
両手で私を包みこむ。
彼の鼓動の音が聞こえる。強く早く。私の鼓動も早い。彼の胸の中にいるわたしは、凄く幸せだった。
でもそれと同じぐらいに不安も募っていった。きっとこの不安は幸せの代償なんだと思う。プラスとマイナスのように引きつけ合ったと思ったら、片方が離れて今度は反発する。
この幸せの代償は、
いつか私に返ってくるかもしれない。。。
突然、顔にあたった。
一瞬で激しく降り出す。
スコールだ！！
彼は慌てて私の手を握り砂浜を駆け出す。
私は、よろめきながら後を追う。
車内に入った二人には、びしょ濡れだった。
「あはは・・・濡れちゃったね」
「驚きましたね。雪さん大丈夫・・・じゃないですね。」
彼は後部座席に手を伸ばしてリュックを取る。あっ、いけない。雨に濡れたせいで、洋服が体に張り付いていた。彼は持ってきたタオルとパーカーを手渡す。
「ありがとう。実は私もタオル持ってきたの。一応着替えも持って来てるの。海だから、ペタペタするの嫌だなって思って。」
「僕も着替え持ってきました。じゃ、近くの温泉でも入って帰りますか？」
「それ、いいかも！私が探すわ。」
携帯をバックから出す。
ゆい君は頭を拭いている。
私は少し考えてから彼に聞いてみた。
「ねぇ、温泉じゃなくて泊まるのはどう？美味しいごはんを食べてゆっくり温泉も入って、ちゃんと寝てから帰る。もっ、もちろん！部屋は別々でね！どう・・・かな？」
言い出したのは私なのに、すでに後悔していた。でも、その不安をよそに彼は直ぐに返事をする。
「いいですね！僕もどうかなって思っていたんですけど、言い出せなかったんです。」
私はホッとする。
「よかった！じゃ、泊まるとこ探すね。」
「はい、お願いします。」
すごく楽しくて胸が弾む。今日はワクワクしてばかりさわ。何かに縛られることなく、夢のような時間。
そして、その隣には彼がいる。
この幸せはいつまで続くかはわからない。いつか手放さなければいけない日がくることを私は知っている。
彼は若い。
今酔いしれているこの気持ちも、時と共に消えていく。それが時の流れというものだから。失うことがわかっているなら、去るべきかもしれない。
でも、今の私には無理だった。
私の中の彼はすでに大きくなり過ぎていた。彼を遠ざけることができないのではなく、私が彼を手放すことができないのだから。。。。
いつか傷つくであろう日々を想像しないわけではない。でも、その日が訪れることがわかっているからこそ、今だけでも彼の側にいたい。
私の記憶の中の彼に、いつでも会えるように。
部屋は質素だったが、清潔感のある心温まる宿だった。露天風呂も情緒溢れていて二度入るぐらいお気に入りになった。夕飯は亭主の手作りでどれも心がこもっていて美味しかった。
＞＞＞＞＞
次の日の朝食も小鉢が並んででれも美味しかった。帰り支度をしていたら、ノックの音がする。ドアを開けるとユイ君が立っていた。
「少し時間があるので、散歩でもどうですか？近くに神社もあるようですよ。」
「えぇ、行きましょう！」
趣のある道を歩いていくと神社が見えてくる。その美しい石畳に心を奪われる。綺麗だわ。
「あれは？」
「足湯です。夏には蛍が飛んでるそうですよ。」
わたしは、蛍を見たことあるのかしら。
今度は夏にきてみたい。
＞＞＞＞＞
後部座席に荷物を入れ終えたユイ君が座る。私に三角に折られたおり紙を手渡す。
「これは思い出の記念だそうです。寂しくなった時に開けてくださいと言ってました。僕も貰いました。」
「素敵ね、わかったわ。大切にしまっておく。」
どこにでもある折り紙で作られていた。
見覚えのあるようなその折り紙に心が温まる。その日になったら開けよう。この気持ちを忘れないようにと、私は心に誓った。
＞＞＞＞＞
マンションの前に着いた。エンジンを止める。
「楽しかったですね。また、行きたいです。」
「えぇ、また行きましょう。」
私はシートベルトを外し、ドアノブに手を触れたその時、
「雪さん。」
彼が呼んだ。
わたしは振り返る。
彼は身を乗り出し、私の首筋に手を伸ばして見つめていた。
私を待っている。
私は戸惑い、
迷っていた。
でも彼の気持ちを考えると拒めなかった。
わたしは目を閉じる。
優しく唇に触れる。
私のタイミングを見計らうかのように優しく、そして揺さぶるようなキスをする。完全にわたしは、彼のキスに溶けてしまっていた。
いけない！！
わたしは彼から離れる。
「じゃ、気をつけて帰ってね」
ドア開け後部座席の荷物を取りだす。
慌ててしまい、小さい方のバックを落とす。
「大丈夫ですか？」
「えぇっ、、大丈夫よ。」
わたしはバックの中へ化粧品をほうり込む。恥ずかしい。。車から出てくるユイ君を遮るように、振り向いて手を振る。
「ありがとう！」
彼は笑っていた。
私は逃げるようにマンションへ入っていった。
楽しい週末だった。
あんな自由な時間を過ごしたのはいつだったかさえ思い出せない。幸せな時間だった。
でも、彼とキスをしたのは間違いだったかもしれない。二度目のキスは、想像していたキスではなかった。いいえ、彼のせいじゃない。私の心が動いてしまったから。塞き止めていた気持ちが溢れ出し、キスと共に感じてしまっていた。押さえきれない気持ちが、キスのよって彼に知られてしまいそうで怖かったから。
どうしよう。
たぶん、書類は車の中だわ・・・。
聞かなきゃ。だって明日でしょう。もう時間がない。私はユイ君にメールをする。
しばらくして返事がきた。
やっぱり車にあったらしい。取りに行くとメールをすると、今日の夕方近くに用事があるのでポストに入れておきますと返事が来た。私はお礼のメールをする。よかった。会わずに受け取れることに安心する私。
さて会社に行く準備しなきゃ！
＞＞＞＞＞
雪さんのマンションに着いた。
３０３号室だったよな。ポストに入れようとしたその時、声をかけられた。
「あのー、うちに何か？」
俺は振り向いた。
そこには女子高生が立っていた。よく見ると、図書館で雪さんと千佳さんと一緒にいたあの少女だった。
「あっ、３０３号室ですか・・・」
「えぇ、そうです。上原です。」
「あの、頼まれた書類を届けに来たんです」
「あっ、それ私のだ！受け取ります。」
俺はキツネに包まれた気分だった。どういうことだ？困惑している俺をよそに少女は言う。
「あのー、ママのお友達ですよね？」
えっ、ママって誰のことだ。
「たぶん、もう少しで帰ってくると思います。家で待ってますか？」
俺は慌てて答える。
「いいえ、届けにきただけですから。じゃ、失礼します。」
「あっ、待って・・・・」
少女の声を振り切るように俺は歩きだす。
頭の中がぐるぐる回っている。
体が揺れていた。
だが、足だけは
逃げるように駅へ駆け出していた。
次回、『襲う記憶の波』
添付・複写コピー・模倣行為のないようにご協力お願いします。毎週金曜日連載予定。
誤字脱字ないように気をつけていますが、行き届かない点はご了承ください。
第12話こちらになります
初恋のあの人との３度目の再開、ライバル・ストーカー・記憶・レズ・先輩それぞれの想いを感じ、最後に彼女は誰を選ぶのか。
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