どうやって家に着いたのか覚えていない。
頭の中はあの言葉が何度も繰り返されていた。
「ママのお友達ですよね。」
確かに彼女はそう言った。
「ママ」と言ったんだ。
これは現実なのか?陸から子供はいないと聞いていた俺は何を信じていいのか分からなかった。
雪さんに子供が・・本当に?
少女が自分の物だと言ったあの封筒。
俺は中身を確認しなかった。
もしかしたら、あの子は養子?でも、笑った時の笑顔は、雪さんに似ていた。やっぱり、あの子は雪さんの・・・。
あの子は高校生だった。
制服を着ていた。確かに公園で見たあの女性に間違いなかった。どういう事だ。再婚したのだろうか。再婚して離婚している?そういう事なのか?わからない。何度考えても、答えが出なかった。
俺はベットに横になり天井を見上げる。
これか、、千佳さんが俺に忠告していたことは。
『見えないものが見えてしまった時、果たして君は目の前から逃げずにいられるのか。』
俺はどうすればいいんだ。
何故、雪さんは話してくれなかったのだろう。いや、話す必要なんてないからだ。俺たちはなんでもない、ただの友人だ。だから、全てを話す必要はなかった。雪さんに他意はないだろう。もし隠していたとしても、俺は責める立場にいない。
千佳さんの言葉の真意は本当にこれなのか?見えないものとは、このことなのか?千佳さんはもう一つ気になる事を言った。
『雪が全てを解決した時に記憶が戻ってくれればいい』
確かそう言っていた。全てを解決した時って?このことか。いや違うような気がする。俺に知られたからといって何も解決しないからだ。
何があるんだ。
この先に何が・・・待っているんだ。
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「おかえり。」
「ただ今、買い物してきたから少し遅くなっちゃった。お腹空いてる?」
「うん、お腹すいた。」
「わかった、じゃ、急いで準備するね」
手を洗いエプロンをつける。鍋にお水を入れてダシを取る準備をする。
「ねぇ、ママ書類もらったよ。」
「そう、良かった。」
長ネギを洗い薄く切っていく。
「お礼を言ったんだけど、すぐ帰っちゃったよ」
包丁の手が止まる。
「ママすぐ帰るから家にどうぞって言ったんだけど、すぐ帰っちゃった。」
振り返って聞き返す。
「葵、会ったの?」
「うん、ちょうどポストに入れるところだったから声かけたの。ダメだった?」
私の反応を察したようで不安げな顔で聞く。
「ううん、大丈夫よ。なんか言ってた?」
「特に何も言ってなかったよ。」
私は手を動かす。
急いで夕飯の準備を済ませる。
食事中、葵は学校の話をしていた。私に気を使ったのか彼の話は出てこなかった。
いつかこうなることは知っていたはずなのに、どうしてこんなに動揺しているんだろう。隠しているつもりはなかった。ただ言い出すタイミングと、きっかけがなかっただけ。それに心のどこかで、話す必要はないと思っていたから。
でも、私は彼とキスをした。
その瞬間から彼はただの友人ではなくなった。恋人でもなく、友人でもない。そんな曖昧な関係にしたのはわたし。だから今はその言い訳がきかない。違う。私は彼に知られたくなくて。言い訳をして逃げきた。もし知られたら、彼が離れてしまいそうで怖かったから。
話すべきだったと思う。こうなる前に・・・。
でもどうしたらいいの。
罪悪感と不安と悲しみに押しつぶされて、何も考えられない。封筒のお礼のメールもできずに、ただ絶望感だけが私の心を覆っていった。
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あれから三日が経った。
雪さんにまだメールをしていない。なんてメールすればいいのか、分からないからだ。彼女からもメールがない。彼女も同じく迷っている。
俺はどうするべきだろう。
きっと彼女からメールはこないだろう。
この話をせずにメールしてもいいのだろうか。いや、そんな訳にはいかない。あの少女は確かに雪さんの子供だ。それを無視するなんて無理だ。
そんなことをすれば、遅かれ早かれ全てを失いかねない。
この話をしない限り、やはり前へ進むことができないのだから。
なら、会って話をするべきなのか。
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どうしたらいいんだろう。
5日目。きっと彼はずっと悩んでいるはず。今も戸惑いながら答えを求めているに違いない。当たり前のように届いていたメールがなくなり、わたしは失意のどん底にいた。
わたしは彼を傷つけてしまった。
なんてメールすればいいの。
ショックを受けてる彼にどう説明するべきなの。今となっては、何を言っても言い訳にしかならない。
葵にもユイ君にもひどいことした。
二人を傷つけてしまった。
時間だけが過ぎていく。ただ後悔するばかりで答えがだせずにいた。
チャイムの音が鳴る。画面を確認してドアを開ける。
「もう重たい!これ、うちの実家から、野菜がたくさん送られてきたの。それでも冷蔵庫に入らないのよ。はい、どうぞ。」
重そうに片方の袋を渡す。
「ありがとう。本当にたくさんね。お野菜買いに行かなきゃって思っていたから助かる。」
「そう、良かった!葵ちゃんは出かけたの?」
「うん、友達と映画観に行ったよ。今コーヒー落としたとこなの。飲む?」
「ちょうどコーヒーが飲みたかったのー。あー、疲れたぁ。」
椅子に座る千佳。
カップを渡す。
「ありがとう。で、ユイ君からは?連絡ないの?」
「うん、ない。」
「そっか、きっと彼も雪と同じでどうやって切り出して、何を話せばいいのかわからないんじゃない。」
「そうだと思う。」
「私が彼と話してみようか?その方が彼も雪もいいんじゃない?」
私は考える。
そうかもしれない。でも、これは私から話さなきゃいけないことだ。ちゃんと話さないといけない。それに、もう彼とは会えないかもしれない。だから最後に会って、もう一度だけ顔を見たかった。私はなんてワガママなんだろう。ここまできても自分のことを考えている。
「雪?どうしたの、大丈夫?」
「うん、大丈夫。私が彼と話してみる。」
「そう、わかった。」
「何かあったら言ってちょうだい。それから、借りてたバッグありがとう。」
バックをテーブルへのせる。
「こんな昔のバッグ良く覚えていたわね。」
「それ、結構便利だよ。ポケットいっぱいあるから。」
「そうだった?」
「そうよ。じゃ、私は帰るね。掃除しなきゃ!」
千佳は帰って行った。
座って携帯に手を伸ばす。
なんてメールしよう。謝ってから会って話をしたいという?いや、少しは説明も必要だと思う。何て書いたらいいんだろう。。
私はため息をつく。
ふとお財布から、貰った折り紙を取り出す。
こんなにすぐに開けたくなるなんて、、思ってもいなかった。広げてみる。
『あの日を思い出してください。もし幸せだったなら、その手を掴みましょう。もし悲しいなら、その手を離しましょう。今のあなたはどうですか?あなたにとって大切な思い出はどっちでしたか。』
お守りって聞いていたから、軽い気持ちで開けてしまった。今の私には重い問いかけだった。
千佳が置いていったバックに目がとまる。先に片付けよう。ポケットに手を入れて忘れ物がないか確認する。ん、何かある。キーホルダー?飛行機のキーホルダーだ。どこかで見たことあるような・・・・。
「雪、ほら来てごらん。」
「うわー、綺麗。蛍がいっぱい。すごーい、きれい。」
「こっちへ来て」
わたしは彼の隣に座る。
「きれいね、こんなに蛍がいるなんて。」
「今日は蛍がたくさんいますよって言ってたんだ。旅館の人がここが一番の穴場だって、内緒で教えてくれたんだよ。」
「へーぇそうなんだ。嬉しい。ここは秘密の場所ね!あー、こんなにたくさんの蛍が見れるなんて本当に幸せね!」
「俺は、雪と今ここにいることの方が幸せだよ。」
わたしは恥ずかしくなり視線を落とす。そして答える。
「うん、わたしも大斗と一緒で幸せ。」
足元を流れる水音が優しく響いている。
そして彼は言った。
「雪、結婚しよう。」
私は驚いて彼の横顔を見る。優しい笑顔がそこにあった。いつも私を見つめるあの優しい笑顔だ。
私はにっこり笑う。
「うん。」
とても嬉しかった。そして、なんだか恥ずかしくて仕方がなかった。
「これ、女将さんからだよ。」
「かわいいね!なんか特別っぽくて嬉しいかも。」
「俺のも持っていてくれる?その時が来たら、二人で一緒に開けよう。」
「わかった。じゃ、このバックの内側に入れておくね。大斗も覚えておいてね。」
「ちゃんと覚えておくよ。」
「約束だよ。」
「大丈夫、約束するよ。」
わたしは立ち上がる。
まっすぐにそこへ歩いていく。
まるで何かに引き寄せられるように。
クローゼット開け、奥に手を伸ばす。
中のものをすべて取り出す。息がだんだん荒くなっていた。
椅子に登り、箱を横へ押しのける。
手を伸ばして、その「何か」を探す。手が止まった。
鼓動が早くなる。
取っ手を掴み引っ張る。
それはカゴのトランクケースだった。
ケースを床へゆっくりと置く。金具を開け内側のポケットに手を入れる。
折り紙が二つあった。
うそ・・・どうして・・。
震える手でそれを開く。
そして、もう一つも開いて読む。
頬を涙がスーとすべり落ちていく。
胸元に手を当てる。
鼓動が早すぎて苦しくなり、胸を叩く。
壁に手を伸ばし、キッチンへ歩いていく。体が重い、足がひきずられて、いうことをきかない。思うように動いてくれない。めまいが・・壁が回っている。
胸が苦しくなり、膝をつく。
四つん這いになりながらも携帯を探す。
息が・・・息が苦しい。
どこ、
携帯はどこなの。
息ができず意識がもうとうとしたその時、着信音が鳴った。音を頼りに携帯を探す。あっ・・た。耳に当てる。
「雪さん?ユイです。今少しいいですか?」
・・・ユイくんだ。
涙が流れる。止めどなく涙が溢れてくる。彼の声を聞いてホッとしていた。本当に嬉しかった。意識が遠のく中、もうこれでいいそんな気にさえなってくる。
どこからか彼の優しい声がわたしを呼んでいる。「雪・・おいで」その声は優しく温かくわたしを呼んでいた。ねぇ、そのまま目を閉じてもいいの・・・「雪、こっちだよ」どこ・・・どこなの?
「雪さん?」
目を開ける。ユイ君の声だ・・・。
「雪さん、聞こえてますか?」
涙が止まらない。
苦しい。
ユイ君・・・息が、息ができないの。助けて・・・。お願い助けて・・・。
床へ倒れこむ。
「もしもし、雪さん?
どうかしましたか?
もしもし、雪さん!大丈夫ですか、雪さん!!雪さ・・ん・・」
転がった携帯から聞こえる彼の声だけが、わたしの意識を繋いでいた。
彼の声が段々と小さくなっていくのがわかる。
小さく、
小さく
遠く、
遠くに聞こえる。
私はすべてを手放し
そして消えた。
次回、『開いたパンドラの箱』
僕の手は君の 第13話はこちら
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