てざわりの記憶 -15ページ目

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

どっど~ん


ずばばばば


ずっしゃ~ん


ごごごごご(ぽこ~んぽこんぽこんぽこぽこ)


 ・・・ぽこんぽこんは何の音だ?

正解は波の後を追いかけて海に向かって転がっていくちっちゃなポリタンクでした。


 普段なら海水浴客でにぎわうこの浜辺も、大型で強い、なんて言うたくましい肩書きの台風に来られたのではまったく形無しだ。

おなかに響くような深く、重い海の音。

この音は、まさに今、ここでしか味わえないほんもののナチュラルサウンド。

まして、テレビの前でなんてけっして解かりはしないのだ。


 大雨、洪水警報、波浪注意報、河川の増水にご注意を。

山間部では、ここ数年のうちで土砂災害の危険性がいちばん高まっております。

都市部でも冠水の危険が高まっており、現在府内町の一部などで・・・

豊後大野地区では送電線の断線による大規模な停電が発生中。

現在、JR久大線と日豊本線は上下とも運転を見合わせております。

大分空港では視界不良のため現在全ての機の離発着を中止しており、等々。


・・・で結局、私はこんなところで何をしているか、と言うと。


 「はい、こちら大志木海岸の佐伯です!ごらんのように、この時期真夏の海水浴客で・・・きゃ-!」

突風にふらつきながら実況を続ける私。

『ダイジョウブですか、佐伯さん!?』

うるさい、心配するんだったらさいしょっからこんな中継なんかやらせるな。

「はい、大丈夫です。え~、現在風速40メートル、雨量も降りはじめから、ぐふ!」

ぽっこ~ん

なにやら小さなポリタンク状のモノが私の側頭部を直撃した。

イヤホンを通じて聞こえるスタジオ内の笑い。

『佐伯さん、本当にだいじょ~ぶなの~?』

にこやかなアホタレントの声が私の神経をさらに逆なでする。

今にも波にさらわれそうな小柄の女子アナを海にたたせて、悲壮感を演出しようとする作戦だろうが、そうはいくか。

見てなさいあんたたち、私ここで死んでやるから。

痛~い映像生中継させて、責任問われるがいいわ。

「大丈夫です!えっと・・・」


 「おつかれさまでしたっ」

「いそげ撤収、撤収」

結局ロケは無事に終わり、レインコ-トを脱いで移動用のバンに駆け込み、バスタオルを頭からかぶった。

「おつかれ佐伯さん、運がわるかったねぇ」

なじみのおじいちゃん運転手、国東さんが運転席から振り向いて、缶コーヒーを手渡してくれる。

「はは」

短く笑い、丸めたレインコ-トを後ろに投げる。

「国東さんも。局の前冠水してるって聞いたけど、よくここまで来れましたね」

どうも、とありがたくを受け取り、伸ばしたツメに気をつけながらそっと開けた。

コーヒー独特のいいかおりが、ずぶぬれの脳髄にしみる。

「まあねぇ、ガボガボいいながら何とか来たよ。それより佐伯さん、夏休み中だったんでしょ?せっかく泊りがけで関まで来てたのに、こんな中継に借り出されちゃって」

「・・・ヒマしてたのは事実ですよ。それに」

「それに?」

「ほんものの海の音が聞けたから、よしとします」

「ふうん、じゃ、次の台風でもやる?もう発生してるみたいだし」

「いいですけど、次こそ波にさらわれて死んでやりますからね。こうして私は、危険な台風の現場に借り出される全国の女子アナの未来を救ったのでした」
「・・・海っ娘の佐伯さんが、波くらいで死ぬかねえ」

「ま!このご時世、そのような発言はパワハラ扱いですのよ、国東のおじさま」


 ばたばたと他のスタッフたちがバンの中に駆け込んでくる。

みな口々に番組D(デレクター)への呪いの言葉を吐きながら、投げ込むように機材を後部へ放り込んでいた。

「国東さん、でっぱつでっぱつ。こんなとこ、とっととオサラバしよう」

そんなセリフとともにスライド式のドアが乱暴に閉められ、「決して近寄らないように」などと自分らで言った海岸から、私たちは逃げ出した。


 びぃゆ~う、と電線を鳴らしてつっぱしる風の音に追われながらなんとか国道に出た私たちは、一旦手近なコンビニの駐車場に入る。

「佐伯さん、どうする?ホテルまでは送っていくけど、この分じゃ明日も海は大荒れだよ。キャンセルして帰るんなら、ホテルからそのまま自宅まで送っていくけど」
私は首を振った。

「まさか。台風でホテルに閉じ込められるなんて、素適な休日だとおもいません?」

一同は呆れ顔だ。

「あいかわらずな佐伯ちゃんだ。わかった、ホテルまで送っていくよ」

「よろしく」

満面の笑顔で私はうなづいた。


 ホテルの部屋に戻った私はすぐにル-ムサ-ビスで一階の喫茶店のチョコレ-トケ-キとポットの紅茶のセットを頼み、着ていたス-ツをベッドの上にわざと乱暴に脱ぎ散らかした。

そうやってジ-ンズとTシャツになってホテルご自慢のオ-シャンビューの大きな窓の前の椅子に腰を落ち着けるころになると、やっと人心地がついた。

視界いっぱいの、一種禍々しい暗さを持った雲。

まるで誰かがびしょびしょの洗濯物をこっちにむかって振り回しているかのような叩きつける雨。

行ったり戻ったりを気まぐれに繰り返す風。

あんなに綺麗な色だった海も、いまやすっかりご機嫌ななめの暗緑色だ。

・・・これはこれで、なんだか落ち着く気分になるから不思議。

子供の頃は台風が好きで、一番暴風雨が強い時間に雨戸を開けたくて仕方が無かったっけ。

あの頃の私にこれを見せたら、さぞかしはしゃいだ事だろう。


 とまあ、そんなとりとめも無い事を考えていると部屋のチャイムが鳴った。

私はさっそく扉を開けて、紅茶セットをもったウェイターさんを中に招き入れた。

「窓際の丸テ-ブルの上に置いてくだ・・・・」

そう言って指差したテ-ブルの上。

どこかで見たことのある青い小さなポリタンクが鎮座していた。

無論、さっきまでそんなものはなかったし、私自身現場からゴミを拾って帰るほど慈善家でも変人でもない。

しかしどうみてもそれは、中継の最中に私の頭を直撃した例のモノであった。

指差しポ-ズで固まった私は、部屋の中ほどで困って振り向いたウエイター氏としばし無言で見詰め合う。

風と雨の音と紅茶のいい香り。

そして途方にくれた人間二人。

先日、放送大学前期の単位認定試験の結果が返ってきた。

どきどきどきどき。

はやる心を抑えながら、なぜか六時間後にあけた封筒。

落としてませんように。

せめて、落ちても一つ。

結果は


発達と教育の心理学的基礎 「○A」

心理学入門           「A」

認知心理学概論        「○A」

計量心理学           「C」

基礎発達心理学        「○A」

人格心理学           「B」

心理学史             「○A」


・・・・・おういえ!

助かったか、計量心理学~><

結構「○A」(90~100点)が多かったのも嬉しい事実。

一年目ということで押さえ気味に単位の申し込みをしたものの、この結果がこれからの良い指針になればいいな、と思う。

後期の申し込み数は、一つ落として六単位。

これは、産業カウンセラーの資格取得試験が、後期の単位認定試験にばっくりかぶさるのと、一応追試を睨んでの選択だった。

思いのほか結果が良かったので、これならもう二、三申し込んでも良かったかな、とも思うけれど、まあしょうがない。

そのぶん、資格試験に力を注ごう。


その産業カウンセラーの教室で先日、懇親会があった。

四月から始まったこの講義も残すところあと二ヶ月あまり。

実際、業界内ではいろいろと批判のある「来談者中心療法」だが、これの持つ「傾聴」「共感」「カウンセラーの自己一致」の精神は、あらゆる療法に通じるものがあるのは確かだ。

それゆえに理想論的な「態度」を求められるこのやり方は批判も多いし、なかなか身につくものでもない。

そんな中、半年近くいろいろな年代の方々とくつわをならべてやってきた。

今日はちょっとした中休み。

教室とは違って、いろいろな顔を覗かせるお互いを楽しみながらの楽しい時間。

カウンセリングのセッションを何度もやってきた間柄ということもあり、安心して自分を出せる場であった。

この人たちが、皆試験に受かりますように。

幸せになれますように。

なんだかそんな、優しい時間を過ごさせてもらった気がする。


自分の好きなものを誰かと分かち合う、というのは一種の冒険だ。

好きな歌を教えたり、好きな料理を一緒に食べたり、好きな映画を一緒に見たり。

けなされたらどうしよう、口に合わなかったら、面白いと思ってくれなかったら・・・。

それが大して思い入れの無い人物とだったら、いい気分はしないとしても、どう思われようとちっともかまわない。

この人と良い感情を分かち合いたい、そうおもって供したものが当然相手の好みに合わない事だってある。

そんな時、傷つくのも身勝手だし、まして相手の責任でもないので、どうしたものかと途方にくれてしまう。

さてどうしたものか。

こんな気分を何度か味わうと人は学習するもので、本当に大事にしたいモノは人に見せずに自分ひとりで味わうのが最良なのだという事に気づく。

そうして人は自分の心の城の最奥に秘密の部屋を作り、そこに一つづつこっそりと何かを運び込んでいく。

ひ~っひっひ。

そして今日も厳重に鍵の掛かったその部屋からは、主の密やかな笑い声が響くのだ。


価値なんてものは一人一人が勝手に決めればいいものなので、古今を問わず「ひみつの大事な道具入れ」は、他人から見ればけっきょくガラクタばっかりだ。

「ああ、アンタはまたこんなものばかりためこんで!全部捨てなさい!」

よく聞くこの言葉は相手のこころの枠を破壊する、本人もわかってて作り上げた砂上の楼閣を一突きにする恐ろしい言葉だ。

・・・・無論、それが必要なときがあることは私とて承知してはいる。


だからって、全部捨てたのか!?

アレを!

アレが私にとって何なのか、一体あなたは知っているのか!

ああ、なんてことだ・・・。

そりゃあ、もう使うことも無いし役にも立たないだろう。

だが、私にとってアレは、ただありさえすればよかったもののだ。

とりかえしがつかない、とはまさにこのことか・・・。


・・・・・アレってなにかって?


・・・・誓って言うけれど、きっとあなたにとってもガラクタだろう。

言うもんか!(笑


ことばって       どこかに        きりとりせんがある

いつかきいた     あるあなたの本心   切ったり張ったりして

音楽みたい      あっちこっち      いれかえては

旋律にのせて     くるくるまわして     ひとり遊びのふとんの上

しずかにうかべる   小舟のように     行くあての無い航海に出る

あなたの居た風景  沈んでは浮かぶ   電池の入ったウキ

まぼろしのように   不安定な       魚達の灯台

過ぎた日に浮かぶ  たいせつなもの   かえっておいで

たしかにあった    そのてざわり     もう

今はないもの     見失わないように  今夜が昨晩になるまえに。

     

           

なんだかんだで、試験は終了。

自信があるものあり、運を天にまかせたものありだけれど、ともかく終わったのだ。

試験というモノの持つ独特の緊張感を久しぶりに味わった。

勉強は出来るほうではなかったけれど、むかしから試験は嫌いではなかった。

はじまる瞬間の、もう戻れないかんじ。

沢山の人がいるのに、一人一人が目の前の紙切れと自分自身に向き合う孤独感。

終わった瞬間は、着陸を果たした飛行機の安堵感に似ている。

どこに着いてしまったにしろ、もう着いてしまったのだ。


思いで深い試験はいくつかあるけれど、中でも特別だったのは高校時代に受けたデザイン系の資格試験だ。

他の科に在籍していた私は、一つしたの学年の子たちと一緒に補修を受けた。

すごく目立っていたし、恥ずかしい気持ちもあった。

何度か基本的な講習を受け、実際に課題を提出する段になって、デザイン科の先生は私にキッパリと言った。

「君は下手くそだ。だが、なんとかなる」

この一言は今でも、何かに挑戦する時の私の座右の銘になっている。


実際試験の時は大変で、かき込むマスを一つずらして埋めてしまって頭が真っ白になり、その後30分ほど窓の外を眺めてみたり(笑

やがて我に返り、あわてて全てをホワイトで消し、上から書き直した。

結果なんとかなってくれたその資格は、一枚の証明書以上のものを私の中に残してくれた。


そして今やまた、新たな挑戦の季節がやってきたのだ。

大変だ、なんて口にしながら、少しだけワクワクしている自分が居る。