アレ! | てざわりの記憶

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

自分の好きなものを誰かと分かち合う、というのは一種の冒険だ。

好きな歌を教えたり、好きな料理を一緒に食べたり、好きな映画を一緒に見たり。

けなされたらどうしよう、口に合わなかったら、面白いと思ってくれなかったら・・・。

それが大して思い入れの無い人物とだったら、いい気分はしないとしても、どう思われようとちっともかまわない。

この人と良い感情を分かち合いたい、そうおもって供したものが当然相手の好みに合わない事だってある。

そんな時、傷つくのも身勝手だし、まして相手の責任でもないので、どうしたものかと途方にくれてしまう。

さてどうしたものか。

こんな気分を何度か味わうと人は学習するもので、本当に大事にしたいモノは人に見せずに自分ひとりで味わうのが最良なのだという事に気づく。

そうして人は自分の心の城の最奥に秘密の部屋を作り、そこに一つづつこっそりと何かを運び込んでいく。

ひ~っひっひ。

そして今日も厳重に鍵の掛かったその部屋からは、主の密やかな笑い声が響くのだ。


価値なんてものは一人一人が勝手に決めればいいものなので、古今を問わず「ひみつの大事な道具入れ」は、他人から見ればけっきょくガラクタばっかりだ。

「ああ、アンタはまたこんなものばかりためこんで!全部捨てなさい!」

よく聞くこの言葉は相手のこころの枠を破壊する、本人もわかってて作り上げた砂上の楼閣を一突きにする恐ろしい言葉だ。

・・・・無論、それが必要なときがあることは私とて承知してはいる。


だからって、全部捨てたのか!?

アレを!

アレが私にとって何なのか、一体あなたは知っているのか!

ああ、なんてことだ・・・。

そりゃあ、もう使うことも無いし役にも立たないだろう。

だが、私にとってアレは、ただありさえすればよかったもののだ。

とりかえしがつかない、とはまさにこのことか・・・。


・・・・・アレってなにかって?


・・・・誓って言うけれど、きっとあなたにとってもガラクタだろう。

言うもんか!(笑